□王国辺境のとある街道 ヘイト・インストロ
とある草原を横断し、いずれは名前も知らない王国辺境の村へとつながる街道を、私の乗る幌つき馬車が進んでゆく。
商業用の幌付き荷物馬車の車輪と辺境の整備が行き届いていない街道の荒い地面が織りなす有難くない振動を尻に感じながら、鼻から息を大きく吸って、私が住む現実の世界ではあまり感じることのできない緑の草の豊潤な香りを肺に取り込んだ。
触覚や嗅覚に訴えかけてくる感覚があまりにもリアルであるために、私がいるここは現実ではないのだと忘れそうになるが、私の隣に荷物を背にして腰掛け、五色に輝く弦を己の指で爪弾く大昔のスナフキン何某に似た吟遊詩人の典型のような男を見ていると、これはまあゲームなんだなと思い返すことができた。
「すごいよなぁ〈Infinite Dendrogram〉」
規格外なクオリティに加えて、各個人に各々のパーソナルを反映したエンブリオという名前の個性と能力まで与えてくれるのだから、なるほど全世界で大ヒットを飛ばすにふさわしいものであるのだなあと、割れたギターが描かれた右腕の紋章を眺めながらぼんやり思った。
「おいおい呑気だね、護衛中だというのに」
「あ、申し訳ない……つい気持ちよくって」
注意したまえよ、と半笑いで言葉を続けて演奏に戻った彼に頭を下げて謝罪をし、そっと頭を後ろに向けて、この馬車の持ち主にして依頼主であるティアン商人の様子を伺う。
幸いにして彼の目に映っているのは馬車中央にに積まれた荷物を纏める綱の結び具合だけてあったようで、頭すらこちらを向いていないことにほっと息をついた。
なんとなしに受けた、レベルの低いクエストとはいえ気を抜きすぎた
何より彼らにも悪いと、幌の端から己の前へと流れていく街道の景色に目をやれば、現実の競馬場で眺めた馬と変わらない大きさと速さで辺りを駆ける青いウロコのラプトルのような恐竜と、その背に座して無骨な和弓を構える弓道部のような胸当てと袴姿の乙女が、鋭い目つきで馬車に近づくものがいないかどうかを警戒している。
そんな彼女の姿を時折遮るのは、空飛ぶ持ち手がいるかの如く浮遊する二対の盾、確かこれは依頼前の顔合わせで見た無骨な金属鎧を纏った人物のエンブリオだったか。
確か彼は馬車への搭乗時、御者と共に馬車の前方に乗ったはずなので、私が背にした荷物の向こうに彼はいるのだろう。
弓の彼女が索敵、盾の彼が防衛、演奏中の隣の彼はその演奏にて二人のステータスを高めるサポートを行うなかなかつり合いのとれたいいパーティーだなと思う。
そんな彼らと比べて悲しいことに現在は馬車の外に視線をやる以外にない私は《瞬間装備》にて手の中に自分の得物を呼び込み、万が一に備えておくことにした。
「君は楽士じゃないって言っていたけど本当にそうなのかい?」
「ええ、乗り込む前に言った通りですよ」
「それを持ってそういわれてもね」
指の動きを止めずに首だけこちらに向けた彼の視線の先には、ネックに私の腕から延びる鎖が巻き付いたフォークギターがあった。
確かにこんなものを持っていて【楽士】どころか音楽系に関係するどのジョブでもなく【蛮戦士】なのだと言われても信じられないだろうが、本当なのだからしょうがない。
「まあ私、見た目はあれですがちゃんと役には立ちますよ、それに前線要員は……」
「敵襲!」
「《フォースガード》!」
「うおっ!?」
必要でしょう? と言おうとしていた私の声は、外の彼女の凛とした警告と、鎧の彼のスキル宣言の二つの声に遮られ、次いで彼の双盾が発した力場と共に、ガクガクと振動しながら連続した金属音を立てたことで完全に聞こえなくなった。
盾に防がれて地に落ちるいくつもの石の向こうに目をやると、わずかに何かの影が動くのが見えた。
その影に向かって弓の彼女はためらうことなく矢を放っているところを見ると、今の攻撃を行った者の姿が見えているのだろう。
投石ということは、知能のある人型のモンスターだろうか。
どちらにしろそのあたりは彼女に任せるしかない。
そう割り切った私は、私にできることをするべく、目を閉じる。
「おいおい、なにぉっ!?」
楽士の彼の忠告と彼が奏でる支援の音、それを遮る石の雨の第二波、再度の盾の金属音、疾走する馬車の車輪と荒い馬の息、風の音、彼女の弓とラプトルの音、御者に指示を飛ばす商人の彼の声。
そしてこの馬車に近づく草が折れるいくつもの音。
視覚を閉じたことで鋭敏になった自分の耳に次々に集まる大小様々な音達の中から、その一つの音を拾い上げたその瞬間、私は幌を突き破り空中に身を躍らせると、その音達に向かって両手持ちに切り替えたギターをバットのごとく振り抜いた。
「《ブランディッシュ》」
「GYAYAGA!?」
「VAVOU!?」
スキル宣言と共に、この手に伝わるイカス確かな手ごたえ。
目を開けば、空へと打ち上げられて、風とともに消えていく幾匹かのゴブリンと、それに跨っていたモンスターの残骸の姿があった。
攻撃と共に死角に回る知能はあったらしいが、逆に奇襲を受けて対応が出来ない所を見るとそこまでの頭しかなく、スキルを乗せた一撃でこの通りとあっては、クエストレベルが指すように大した奴らではなかったようだ。
「終わった!」
「ナイス! 君も助かった!」
戦闘の終わりを告げる弾んだ彼女の声と、私に対する彼のねぎらいの声が、今は遠くに離れて動きを止めた幌馬車からこちらへ届いてくる。
遠目に見た馬車には、私が飛び出した穴以外の傷がないようなので相手の投石部隊はどうやら苦も無く始末されたようだ。
あっけない。
私は馬車に向かって歩きながら、彼らへの返事代わりに振ったギターを見て、ため息をつく。
私のエンブリオである鎖【大活砕 リャナンシー】の効果によって、見た目とは裏腹に実用に耐えうる武器と化しているとはいえ、傷の一つもついていなかった。
「クソが」
きつくギターのネックを握り締めながら思わず口をついて出た言葉は、馬車の誰に聞かれることもなく、先のモンスター達と同じところへと消えていった。
悲しい話。
同行している護衛マスター三人のメインの出番はこれでおしまい。