□とある村の前 ヘイト・インストロ
鎧の彼が意外な手先の器用さを発揮してふさいだ幌の穴が一つ。
あの後幾度か襲撃はあったが、護衛マスター達が優秀だったのとモンスターが弱かったこともあって、馬車の被害はそれだけで済んだ。
唯一の被害を与えてしまった私が言うのもなんだが、今回の護衛は成功だったと言えるのではないだろうか。
商人からもう間もなく村に着くと伝えられた後は、一応の警戒を行いながらも軽い雑談を行う程度には明るい雰囲気が漂っていた。
この護衛を受ける前の戦いの話や出会った人の話など【楽士】の彼とそんな話題で話していたが、その次の話題は何のためにデンドロをやっているのかというものだった。
プレイヤー達がデンドロをやる目的ほど様々なものはないと思う。
例えば、現実ではできなかった贅沢がしたい、ヒーローになりたい、ありえないものを作ってみたい、新天地を冒険したい、悪いことがしたい、思いつくものを挙げていけばキリがない。
彼はというと、現実ではチャレンジすることすらできなかった演奏家として有名になるという己の夢に、デンドロという世界で一度挑戦したいからというものだった。
そんな立派な彼へ言うのは恥ずかしかったのだが、返答をしないわけにもいかないので私は一言、単なるストレス発散のためだと告げた。
デンドロが異世界体験じみていてもゲームである以上、そういう目的で利用しているものは結構な数に上るし、おかしくもない。
そんな大した理由でもなかったゆえにすぐに雑談の話題は別のものへと移り変わって行ったが、我ながら少し内心のもやつきを覚えた会話だったなあと思う。
何も嘘を言ったわけではないが、詳しく説明するのもなあいうことを思っていると、馬車の揺れが徐々に収まり流れていく景色も速度を落とし始めた。
そして聞こえてくる我々以外の人の声。
村に着いたのだと商人は我々に告げた。
停止した馬車から降車した我々が目にしたのは、眼光鋭く周囲を見渡し、時には弓の張り具合を確かめる狩人の男たちと、斧を手にその男たちと何やら野太い声で相談しあっている樵なのか山賊なのか迷う風貌の男たち。
そして村の周囲をずらりと囲む鋭いスパイク柵だった。
護衛を受ける前に商人からに聞いていた話では、いい木材がとれる気の良い人たちの村、というものだったのだが、そんな話とは違う緊張感漂う光景には戸惑うしかない。
そんな私達とは対照的に、男たちへと片手をあげて挨拶をしている商人に困惑の色は無かった。
ということはまさかここの村ではこれが普通だというのか、それだったらとんでもない村なのだが。
「おーついたか、フレッドご苦労だな」
「村長、出迎えてくださるとは」
しわがれてはいるが、商人の彼どころか私たちにまで十分届く声。
その声の方に目を向けると、白髪と髭の目立つ老人が、商人の彼へと目を向けていた。
「お主を待っていたわけではないのだがな、まあ言葉は悪いが彼らのついでだ」
「マルボーズさんたちがいらっしゃるのですか」
「ああ、手紙が届いてな、先ほど手紙を持った鳥も飛んできたからもう間もなく来るはずだ」
「こんな時にですか」
「ああ、間が悪いことだがな」
男たちと変わらないガタイの良い肉体で、両手を広げて肩をすくめる様は何とはなしに面白かったが、話の内容はわからない。
護衛の任務ももう終り、商人との関係もあとは依頼料の受け取りなどのやり取りを残すのみの身である以上、話に口を出すことかどうかは悩ましい。
どうしたものかと、とりあえず我々が来た道のほうへと目線を反らすと、村に近づく何かが見えた。
それは姿を大きくするにつれて朧気に馬車だとわかったが、馬車を引く馬の足音が、蹄鉄というには説明がつかない大きな金属音であったのと、見える車体は幌やメリーゴーラウンドなどで見るような装飾のものではなく、無骨な四角く黒い箱という普通とは言い難い物に見えた。
しかし奇妙なことに、その姿が見えているはずの男たちはその弓を彼らに向けようともせず、一瞥しただけで警戒に戻っている。
そんな妙なものが完全に村の入口へと到達し、その歩みを止めたとき、その馬車の全容がわかった。
いくつかのドラム缶が組み合わさって馬の形をしたものが、ラッパのような管がいくつも付いた箱馬車を引いている。
箱の側面には車体の黒に生える白色で大きく暴の字がえがかれ、その字は大きな白丸で囲われていた。
村長は来たか、と小さくつぶやき、柵の間を抜けてその馬車のもとへと歩いてゆく。
ということは先ほどの会話のマルボーズとはこの馬車に乗る者たちのことのことか。
村長の後ろ姿越しに、何やら黒いツナギ姿の集団が降りて来るのが見える。
マルボーズとは? この村の今の状況とは?
わからないことだらけの中呆けている私の耳に、商人の彼からの移動の指示が届いたのはしばらく後のことだった。
何にもわからない話。