デンドロ遊技派の話   作:桂剥き

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森の中に響く声

一旦のログアウトと護衛メンバーと商人の彼との相談の末に、商人の彼は私に偵察任務を割り振った。

 今回の異変において、村の方針としては襲撃されることによる被害を食い止めるために防衛に重点を置き、異変への攻撃は元凶を特定してからの村の戦闘員とマスター達による一斉攻撃でカタをつけたいのだという。

 

 そのために黒い化物を生む母体と呼ぶべき怪物がいるのか、それともなにがしかの群れであるのかを特定するべく山へ入る調査を、今回のメンバーの中で最も音に敏感である私に行ってほしいのだと彼は言った。

 

 広範囲を守ることができるが機動力に難のある盾の彼や、ジョブの関係上必ず音を出してしまう楽士の彼が偵察に向かないのは分かる。

 しかし、弓の彼女は目も良いのだから調査に入るべきだと思ったのだが、彼女の持つ弓は狩人の弓よりかなり大きく、木々のある森では取り回しが悪いとのことであり、守りを重視する村の方針上近づかれる前に視力で察知と迎撃ができる彼女には防衛に回って欲しいのだということだった。

 

 できる事なら、慎重で繊細な行動を要求される偵察の任務はやりたくはないなあと、思わず顔を顰めて渋い顔をする私だったが、さりとて生き返ることができるマスター全員が山に入らず防衛を行うというわけにも行かないのでしぶしぶ了承することと相成った。

 

 そして、一時の準備期間の後、私は山道に詳しくいざという時の逃げ足も速いという狩人二人に山道を案内されながら、私は東の森へと足を踏み入れたのだった。

 

 

 □ 東の森 ヘイト・インストロ

 

 現実世界でよく見る、木々が真っすぐに伸びていて道もある山とは違い、不規則な間隔で生えている様々な形の木々の間を、落ちている葉や名前もわからない何かの雑草を小さい歩幅で踏みしめるように歩く。

 

 私の前を行く狩人の彼らはさすがに山に慣れているだけあって、平地とほぼ変わらずのスピードでスイスイ進んでいくが、リアルでの登山経験に乏しい私は、時折踏みつけた小石や地面から露出した太い木の根に足を取られそうになり、彼らほど軽々とは進んで行けていない。

 

 咄嗟の戦闘に備えて私のエンブリオと楽器は出現させているが、今は気休めの杖程度にしか役立ってはいなかった。

 

 《冒険家》のジョブにでもついていればもう少し楽に進めたのだろうかなどと考えながら、彼らの足と地面に目を向けつつ、それでも一応耳は澄ましておく。

 

 彼らの間隔の短い足音に、踏まれる草とわずかな風で木々のこすれる音という、モンスターが出るという山にしては珍しい静かさだったが、不意にその静けさをわずかに乱す何かの鳴き声が私の耳に入り込んできた。

 

 咄嗟に顔を上げ、足の回転を速めて静かに狩人の彼らに追いつくと、耳打ちをするような微かな声で異常を伝え、その方向を指さすと、うなずいた彼らはその方向へ直接足を向けずに迂回したルートを使って音源のほうへと向かった。

 

 彼らが選択した道はこれまでに歩いてきた道よりもさらに木々が密集しており、歩きにくいことこの上なかったが、その分、木々の陰に身を隠しやすく音源の主には気づかれにくい。

 

 その道を歩くころには、何かの鳴き声としか思えなかったその声が、複数のモンスターの騒ぎ声だとはっきりわかるぐらい、相手に近づけていた。

 

 そして、私たちは声の主たちを目撃する。

 

 粗末な太い枝を持ったゴブリンに、鉄輪のはまったメイスで殴り掛かるゴブリン。

 光の塵になってない所を見るとまだ息はあるのだろうが、大柄な同族に噛みつかれてぐったりしているサル型モンスター、スクラッチエイプ。

 そして、今しがたHPが無くなったのだろうモンスターの最後である、光の塵をその大きな足裏から立ち上らせている何かのモンスター。

 人型ということはわかるのだが、光を反射しないくすんだ黒一色の皮膚が、顔を含めた肉体すべてを覆っているせいで何のモンスターかわからないそいつは、おそらく商人の彼が話していた例の黒い化物なのだろう。

 

 「なんじゃいあれは」

 

 思わず狩人の彼が呟くのも無理はない。

 デンドロにおいてモンスターがモンスターを襲うこと自体は良くあるが、餌不足などでもない限り同族を積極的に襲うということはあまりないにもかかわらず、目の前のモンスター達は黒い化物以外は他種族でなく同族を狙っていた。

 

 「いままでの奴ってこんな感じだったんですか? 」

 「いや、ワシ等と戦ったやつらは憎らしいくらい仲良くしとったぞ。なあ? 」 

 「おう、土投げて邪魔する奴だの、後ろに回り込んでくる奴だの、変に連係取れとったやな奴らだったわ」

 

 目を離さないまま、ひそかな声で語る彼らの話から考えるに、あのモンスター達にとっては今襲っている方は同族であっても仲間ではなく単なる餌扱いという感じか。

 

 やがて襲われている方が壊滅すると、黒い怪物が同族からドロップアイテムを漁り、そのまま食わずに担いでその一団は山の奥へと歩いて行く。

 

 あいつらの行く先に巣だか元凶だか何かがいるのだろう。

 

 目視できる範囲ギリギリで追跡するべく、奴らが姿を消しかけるまで待った後、狩人の彼らに目配せをして奴らの後を追おうと、慎重に密集地帯から抜けようとしたその時。

 

 「KYUWAAAAA!!!!」

 

 地上の奴らに意識を向けていた私達を嘲笑うように、見張りとして樹上にでもいたのだろう何かが、唾液が混じった高い絶叫を伴って私たちの頭上へと飛び込んで来た。

 

 急速に大きさを増す影の位置にいた狩人の彼を突き飛ばし、何とか頭を声の方へ向けようとしたが、突然目の痛みと共に視界が閉ざされ、私の体は大きく後方へ吹き飛ばされる。

 

 「KYAKYAKYA!! 」 

 「あ奴らぁ!」

 

 降ってきた絶叫とは違うサルの声が、少し離れた場所から木霊する。 

 あの絶叫は自分に注目を向けて、さらに周りの雑魚を呼び寄せ視界を奪って確実に攻撃を通すものだったか。

 

 飛ばされて地に転がった末に木に激突したが、その衝撃で目の土が飛んで視力が戻り、私はうっすらとした視界でそいつを認識する。

 

 狩人たちが迎撃で撃った矢を受けてもまるで怯んだ様子のない黒い体は、先ほどの化物と変わらない。

しかし、飛び掛かるためなのかクラウチングスタートのような姿勢をとるがゆえに、地面に突き立てている爪は短剣のように長く、その爪の付いた腕は先ほどの化物の二倍は太かった。

 

 その腕の太さに違わぬ力で地面を強烈に引っ搔き、その黒い体がこちらめがけて宙へ舞う。

 

 私を確実に仕留めるつもりか。

 

 身を起こす私に、周囲から土飛礫が顔どころか全身を襲い、またも視界を閉ざしたところで再度の衝撃が今度は私の腹に突き刺さった。

 

 「KYUKYUKYU」

 

 私を仕留めたと確信でもしたのだろう、馬鹿にするような短く小さく高い声が戦闘の喧騒の中鳴り響く。

 

 

 

 ごくろうさま。

 

 

 「《ワイルドインパクト》」

 「KYUUUUUUUUUUUU!!!!?? 」

 「KYAAAAAAA!? 」

 

 スキル発動の宣言と共に私の全力の横振りを受けた化け物は、先ほど飛んできた軌道をさっき以上の勢いで逆さまに吹き飛び、着弾地点にいた取り巻き数匹の声をを押しつぶして地面に叩きつけられたようだった。

 

 一つ息を吸い顔を拭って土を落とし、今振り切った楽器を眺めると、ネックに張られていた弦はすべて垂れ下がってスイングの余韻でフラフラと揺れ、ボディ上部の大穴からは割れた底板の向こうに広がる森の景色が見えていた。

 

 そのまま、自身のシステムウィンドウに目を向けて、減少したSPとまったく減っていないHPを確認する。

 

 「最高だぁ、さすがエンブリオ」

 

 そんな言葉が漏れた口の端が上がっていくのを止められず、うるさいほどに心臓が脈打つ。

 その高鳴りに合わせ、震える腕にと共に揺れる【リャナンシー】は本当に有能だ。

 

 俺が傷つくことなく、楽器にダメージを押し付けられるスキルのおかげで、攻撃に対して何の遠慮もなく楽器を叩きつけてぶっ壊すことができるのだから。

 

 「アッはァ」

 「おい……あんたどうした? 頭やられて」

 「アッハッハァ! 」

 「なんじゃい!? 」

 

  様子を不審がる狩人どもなどどうでもいい。

 口の端から吹き出る涎を拭いもせずに、足元の邪魔な草や根を踏みつけにしてあの殴りがいのあるサンドバッグの元へと駆け込んだ俺は、衝撃にうめくそいつを蹴り飛ばして木を背負わすと、スキルを二つ発動させる。

 

 一つは相手を滅多打ちにする攻撃スキル《ビートラッシュ》

 

 もう一つは、楽器の損傷と引き換えにダメージと当たった時の衝撃を増加させるリャナンシーの固有スキル。

 

 背後に硬い木、そして衝撃という吹き飛ばす力を持った連打。

 

 「KYU!! KYU! KY! K……k……GUe」

 

 吹き飛んで木にぶち当たったと同時に残った衝撃で弾き戻され、その勢いを加算されて再度打撃を食らってまた木にぶつかる地獄のドリブルは、固い皮の下の内臓をぐちゃぐちゃに揺らし、破壊した。

 

 サンドバッグが光の塵になって消えると同時に、ついに限界を迎えたのか、もはや元の姿がわからないほどにぶっ壊れた楽器が、光の塵になってリャナンシーへと吸い込まれていく。

 

 また一つ、楽器が消えてなくなった。

 

 「最ッ高ダァ! 次っ」

 「どこ行くんじゃ!?」

 

 【リャナンシー】に《瞬間装備》で今度はエレキギターを連結すると、さっきの奴がボコボコにやられて逃走に入った取り巻きどもをの足音を追って俺は森の奥へと駆け出した。

 

 

 

 そこからの記憶は非常に曖昧である。

 好き勝手に暴れて、木々ごと取り巻きどもと、そいつらの声に釣られてやって来たやつらをエレキギターを犠牲に粉砕したのはふんわりと覚えている。

 

 さて、そのあとの私はどうしたのだろう。

 

 仰向けの視界に、私を覗きこむ無数のツナギ姿の男たちの顔が樹々の枝葉を向こうに置いて映る。

 

 「はぁい、騒がしき方よ、落ち着かれました? 」

 

 その中の一人、ツナギ姿だというのになぜか胸元に特大の蝶ネクタイをつけた、グラサンの男がにこやかにこちらに声をかけてくる。

 

 「ぁっと、その、すいませんでしたぁっ! 」

 

 テンションが戻った私は恐らく迷惑をかけたのであろうその方々に、謝罪の言葉を吐き出した。 




 ヘイト君が森でヒャッハーな話。

 

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