楽器をぶっ壊したテンションで暴れまわるのはもう何度目だろうか。
村への道中にいた楽器も壊れないような雑魚程度なら全く問題ないのだが、私は楽器を壊すと、頭の中が破壊と暴力と楽しさで脳汁が溢れ、そのテンションのまま新たな敵を求めて突撃する内に、意識が飛んで気づけば知らない場所にいる、という事をやってしまうのである。
やっているときは間違いなく楽しいのだが、如何せん意識がないのでチームプレーどころか意思疎通も出来ず、殴る相手は一応区別しているとはいえ、組んだパーティーのメンバーからはやばい奴として距離を置かれ、その後はほぼ組んでもらえない。
おかげで大体一人か、急増パーティーに入れてもらうしかない現状は、私のこのゲームにおけるささやかな悩みの一つだったりする。
それでも我慢するなり、無理ならばそもそも戦闘しなければいいのだろうが、それでは私がこのゲームをやる意味がない。
なにせ私のデンドロをやる目的は、楽器破壊と八つ当たりによるストレス解消なのだから。
私は幼少の頃、私の耳の良さを音楽的才能だと勘違いした親と、その親に乗っかりレッスン料をせしめる為に才能があるなどとと適当に嘘を言ったクソな三流指導者により、遊びの時間もないほど無駄に厳しいピアノのレッスンを受けていたことがある。
元から音楽になど興味もなく、遊べもしないことに時間を使わされていた私は、そのせいですっかり音楽が嫌になり、まともにレッスンを受けなくなったが、二人はそんな私を厳しく叱り、ますます指導が厳しくなっていくという悪循環に陥った。
自身の指が恨みを込めて鍵盤を叩き、その仕返しと言わんばかりにピアノから乱れて歪んだ音が鳴り、その声に被せる様に叱責が飛んで来る。
そんなクソな状況は、私がレッスン中に嘔吐してぶっ倒れたことでようやく目が覚めた母親が音楽指導を取りやめた事で終わったが、そのことは成長した今でも形を変え悪夢となって見るほどのトラウマとなっている。
身を歪めて笑うピアノの前に縛り付けられ、指が鍵盤から生えた棘に刺されて離れない私を、化け物が苛む歪んだ夢。
その夢を見るたびに、私は固く拳を握り締め、あのクソ二人の顔と死ぬほど向かい合ったピアノを思い出し、それらをぶん殴る妄想で自らを抑えていたが、所詮は妄想、悪夢がなくなるわけではなく、私の中に鬱屈したものが溜まっていくのを感じていた。
いつか、それが良からぬ方向に爆発しないか、内心恐れていた私を救ったのは、デンドロだった。
何せ、現実と変わりない感覚で体を動かせる世界にも関わらず、そこで何をしようとも現実に何があるわけでもなく、楽器を叩きつけようが、ぶん殴ろうが、何をしようとも咎められることのないモンスターもいる。
この世界で何を貯めこむ事もなく、思うが儘に己の好きに暴れられるデンドロは私にとって、ストレス解消させてくれる最高の夢のゲームでなのである。
……やらかさなければ。
□ 東の森の奥 ヘイト・インストロ
「いやあ、面白かったですよあの暴れっぷり」
「楽しそうだったよな、俺らが追い込んでた群れが吹っ飛んだのはびっくりしたけど」
「なんかすげぇ笑いが聞こえたかと思ったらあいつらボーリングのピンみたいに飛んだもんな」
「俺、あの硬い奴が地面に連打で地面に埋まったとき笑ったわ」
ある人は陥没や爪痕の残る地面に腰かけ、またある人は折れたり、煙を上げて炭化している木の幹に体を預け、更に他の人は何故か周囲を囲うように出現している土の壁にもたれながら、ツナギの彼らは思い思いに私の所業への感想を語っている。
恐らく迷惑をかけてしまった私を前にしているというのに、彼らの顔は皆一様に明るく、そんな彼らに対し、いたたまれなさで私は体の至る所に冷たい汗をかきながらその場に立ちつくしていた。
嗚呼、やらかしてしまった。
どうも彼らがあの黒い怪物と雑魚の群れを追い込んでるときに、暴走した私が突っ込んだらしい。
モンスターの横取りというのはゲームマナー的に大変まずいし、モンスターを散らしてしまったというのもまずい。
あいつらは村的に殲滅の対象であるから、変に散らして生き残らせると処理に困るのである。
彼らがわざわざ群れを固めていたということは、逃がさない事を重視していたという事だろう。
騒がしく会話を続ける彼らに再度、深く深く頭を下げた。
「本当に申し訳ありませんでした。それに皆さんの得物も横取り……」
「ああ、いいですよそんなの」
「おっもしろかったもんねぇ! 」
「あれもっかいやってくれない?今度は動画取るわ」
そんな私に対して蝶ネクタイの彼はそう返してくれた。
その言葉に思わず顔を上げた私に、他の方々もサムズアップをしたり、両手を広げて大きく手を叩いたりと実に楽しそうな笑顔を私に向けてくださている。
そんな優しい方々の様子に私は思わず瞬きを何回もした後、私も笑ってしまって、森の木の枝が揺れるほどの笑い声が響き渡ることとなった。
一通り笑った後、いくらか罪悪感が薄れて、彼らの方をしっかりと見られるようになってようやく、彼らのその姿を私は目撃していたかもしれないことに気が付いた。
「もしかしてあなた方はマルボーズとかおっしゃる……? 」
「あれ、私たちのことをご存じで? 」
蝶ネクタイの彼が首を傾げた。
名前とあの村と取引をしているということ以外は知らないが、村の前で目立つ馬車とそのツナギ姿の印象が強かったから覚えていたのだ、と私が返すと、彼らは納得してくれた。
「ユーソー君のトロイと我らがこのコスチュームは目立ちますものね」
「いや、マイクさんの見た目と馬車のデコのせいじゃねえっすか? ツナギに蝶ネクタイは目立ちすぎっすよ」
「俺もそー思う」
やはり気持ちの良い方々だ、しかし、彼らがマルボーズだとというのならばおかしなことが一つある。
「貴方たちってこの討伐には……」
「おおーい! よーやくみつけたわ」
出しかけた言葉を後方の森からの声に消され、何者かと振り返ると、私が暴走してしまってあの場に置き去りにした狩人の方々が、手を振りながらこちらへと向かってくる所であった。
体の装備のところどころに森に入る直前にはなかった傷が見受けられたが、血の跡などは見えず、歩く姿に変なところは無かったので、どうやら怪我などはしていないようだ。
「わっけ分からん声上げて走っていったときはどーなるかと思っとったが……」
暴走してその場を去るという暴挙を行った私をそれでも心配してくれていたのか、表情を緩ませ、優し気な声でそう言おうとしていた彼らの言葉が、歩みと共に止まる。
「なんであんたらがここに」
森の中での隙のない様子とは全く違う無防備な棒立ちになり、目を大きく見開いて狩人の一人はそう言った。
もう一人は言葉も発しない。
その視線の先にはマルボーズの皆さんの姿があった。
「あれ、お久しぶりです」
狩人の彼らの態度がおかしい事に困惑する私とは違い、彼らは楽しげな様子を微塵も崩さずにこやかに挨拶を返す。
「また、楽しみに参りました。あ、村長様からの許可ももちろん頂いておりますよ」
先ほどとまったく変わらない、気持ちの良い笑顔を向ける彼らだったが、向けられた彼らはその言葉に身を震わせて口を噤み、うなだれる。
何があったというのだろう。
「ああ、そんなに固くならずに、ボスは今回来ておりませんから以前ほど山を削る事にはなりませんし、あなた方の借金も今回の分で大きく減らしますとも」
「借金? 」
「ああ、ご存じないでしょうが、彼らの村が暴走モンスターの大規模な群れに襲われた時に、たまたま買い出しに来ていた我々がうちらのボス共々応戦と殲滅を行ったのですよ」
「その後、その襲撃で壊れた家の修理だのやったし復興の金も払って、その費用を借金にしたんだよな」
あの村、以前にモンスターの襲撃に遭っていたのか。
彼らが今回の件に関してやたら警戒が強かったのもそういう事なんだろう。
しかし、それならば借金と言ってもそれほど理不尽なものというわけではなさそうだし、それだけならば単なる恩人であるはず、彼らがこんな変な態度になるだろうか……?
「んで、金額がデカかったもんだから利子とかの代わりに森の一部を使わせて貰って楽しんだんだよな」
「遊びでテンションの上がったボス必死で止めることにはなったけどおもしろかった」
「止めてなかったら森消えてたよな、遊んだとこも大概だったけど」
これまでと全く変わらない楽し気な口調と態度で、それに合わないとんでもないことを彼らは語る。
遊びで森が無くなるとはどういうことなのか、理解を超える発言に言葉が出ない。
「借金の額を誤魔化した、理不尽な要求だ、なんぞだったら反抗もするし訴えもするが」
「誤魔化しどころか利子も無し、何よりあの時世話になっとらんかったら村は無かった、その後も世話になっとるからなぁ……」
「じゃが、あの惨状を見とると、いつか本当に山が無くなるかもしれんとしか…… 」
肩を落として小さく言葉を吐く狩人二人の表情は複雑だった。
恩人だが、林業で持っている村からその資源が消える可能性をもたらすもの達は迷惑なのだろう。
「あの、遊びとは?」
「「「「「大暴れ」」」」」
思わず聞いてしまった私に、彼らは口を揃えてそう言った。
「ジョブにエンブリオ、そしてアイテム、あらゆる全てを使った大暴れです、楽しいですよ?」
「今回はボスはいないが久しぶりに人数もいる、楽しみだ」
「さあ、行こうぜぇ、ちょうど連絡も来たようだし」
一羽の鳩が、森の木々の隙間を抜けて彼らの元に舞い降りた。
その鳩は彼らの周りを一周すると、まるで道案内をするようにゆっくりと飛んでいき、それと共に山を進む彼らを、慌てて猟師の二人が追っていく。
数秒、私はその様子を目で追って、私も同じ方に足を進める。
なぜかその時、私の胸はうるさいほどに高鳴っていた。
デンドロをエンジョイする人たちの話。