■東の森、樹上
発達した長い指から伸びたフックのような爪を枝に掛けて樹上に身を留め、茂る木の葉に身を隠した一匹のモンスターが、その隙間から大きな目をぎょろつかせて地上の様子を伺っていた。
「KIKIKI」
【セントリーターシャ】という種類のそのメガネザルのようなモンスターは、その大きな目の中に、接近する複数の人の姿を捉えて小さく笑い声を漏らした。
地面を動くそれらは上を見ることもせず、樹の上にのモンスターに気が付いている様子もない。
間抜けが、だから俺たちに狩られるんだ。
それの感情を人の言葉に直せばそんなものだろうか。
【セントリーターシャ】が合図を出して、樹上に陣取った他の仲間と一緒に襲い掛り、動揺したところを、少し離れた所に隠れている猪に乗る【ゴブリン・ブルライダー】達と黒皮のボスたちが突撃するという簡単な手ではあるが、たとえ相手が樹上を警戒していても、木の葉にまぎれたモンスター達は目視では発見が難しく、この手にやられるものも多い。
「Kiiii……」
合図の為に大きく口を開けて息を吸い込み、そして仲間が潜む木の影にそいつらが来たその時、【セントリーターシャ】の口から合図の大声が放たれる。
筈だった。
しかし彼の口から確かに放たれたはずの声は、周りの枝葉一枚揺らすことなくかき消えた。
思わぬ事態に慌ててその場から飛び出そうと、枝葉をかき分け樹を移動しようとするその音さえも発されない。
更に動揺する中、それでも仲間に元に向かうべく木から飛び出そうとしたその瞬間、彼の視界の上から黒い何かが音もなく突撃してくるとその喉笛に齧りつき、胴体に爪を突き立てて皮膚ごと内臓までを引き裂いた。
腹を裂かれた痛みと共に、黒煙を上げて内臓を焼く激痛までもが加わって、モンスターの口から絶叫が放たれようとしたが、その声は食いつかれた何かの牙により喉が潰され声にならずに消える。
やがてHPがゼロになり、光となって消滅していくモンスターの大きな目に最後に映ったのは、己放り捨てて飛び去る虫のような何かと、視界の端で螺旋を描いて樹を下っていく蛇のような何かの姿だった。
□ヘイト・インストロ
マルボーズの彼らと山を行く傍ら、先ほど狩人の彼らと一緒に襲われた時の事を彼らに語った。
樹上の奇襲は厄介であったので、その情報は共有すべきだと思ったからなのだが、それだったら自分の〈エンブリオ〉とジョブが役に立つと、ツナギに蝶ネクタイという奇抜な恰好をのマイクさんが言い出した。
それから行軍の足を一転止めると、マイクさんは自身の紋章から、片方がラッパのような型をした一本の管を取り出し、それを地面に突き立ててその管の口に耳を押し当てた。
すると、突き立てた管の周囲の地面がミミズかモグラでも這ったように細く小さく波打ち八方へと延びていくと、それらは枝分かれしてどこかへと進んでいく。
「あれはなんなのですか?」
「マイクさんの〈エンブリオ〉のトコヤだな」
「結構面白い力持ってるんだ、よーし俺も準備するか」
いうが早いか、マルボーズの方々の内一人が紋章に手を当てると、中から黒いバッタのような何かを呼び出した。
落ち葉のだらけの地面の上に、重さを感じさせずに出現したそのバッタもどきは機械的な鉄板にて体が構成されており、その全長は呼び出した彼とほぼ同じ。
そしてどういうわけか顔と背中にそれぞれの鬼のような顔があった。
それを呼び出した彼は恐らく〈エンブリオ〉であるそのバッタもどきの背の口に、懐のアイテムボックスから木の棒やら何かの塊やらを取り出しせっせと放り込んでいる。
「ガキってんだけどな、燃料入れないとうまく動かねぇんだ、ああこれは炭とか固形燃料だな」
代わり空も飛べるしすげえ動けるけどよ、と話を締めくくって彼は燃料の補給に戻った。
「居ましたよ」
そんな彼に目を向けていた私と、それぞれ装備の点検などを行っていた彼らにマイクさんの声がかかる。
彼は耳に管の口を押し当てたまま、空いている両手に紙とペンを握って何かを書き込んでいた。
見れば木の枝のように枝分かれした線と、その線の内一つに赤のインクで丸がいくつか書かれている。
その線の他には簡単な地図が書かれていた。
「私のトコヤが伸びた先の内、この丸の位置からモンスター達の声がしました、いくつかは小さかったですが近くに木があったようなので、多分その木の上にいるんでしょう」
「音を拾う管を伸ばして周囲の様子が聞けるってのは、相変わらずいいっすよね」
「木とかに巻き付いて登ったりたりできるし、伸びた先の位置もウィンドウでに表示されるから、スキルと合わせて地図作れるのも便利」
「私のやりたい使い方では無いのですがね、本職は【測量士】ではありませんし」
自身の行ったことなある場所であれば、簡単な地図を描くことのできる【測量士】のスキル《マッピング》を、自身分身とも言える立場の〈エンブリオ〉を使う事で発動しているのか。
感心する私に対し、彼らはその場でモンスター達への奇襲作戦を提案した。
私と彼らの内数人が、何も知らないふりをして近づき、油断するモンスターをマイクさんと、飛行ができるガキのマスターさんが木の上の敵を始末、そこから地上の敵にに向かって奇襲を仕掛けるというそれは、その場の誰も反対されずに実行されることとなった。
そうして今に至る。
木の上の味方が全滅しているとは知らずに、逆に奇襲を受けて大混乱する地上のモンスター達を、マルボーズの皆さんは逃がさない。
あの燃料補給は自身の爪や牙に高熱を持たせるための物であったのか、赤く灼けたそれらによって、イノシシに乗ったゴブリンたちを引き裂いてゆくガキと、その中にいるらしいマスターの方。
乗り手をやられて混乱するイノシシモンスターに突撃して吹き飛ばしながら、その通り道に七色に輝く油を振りまいて、ほかのモンスターを転倒させる巨大なイノシシ型のガーディアンと、それに掛けた手綱に捕まって油で滑りながら地上を移動し、その手に握った大きな包丁のような武器で突撃の勢いのままに相手を切り飛ばす乗り手のマスター。
それらから逃げようとしたモンスター達に至っては、地上からせり上がってきた土壁に行く手を阻まれ、特定方向に逃げようとした個体は途端にAGIが低下し、更にいつの間にか木々に巻き付ていたマイクさんのトコヤから放たれる《ウィンドブロウ》の風の力で吹き飛ばされて逃走も叶わない。
マイクさんの本職は【翠風術師】で周囲の風を操れるので音を消したり相手を吹き飛ばす事ができ、トコヤの固有スキルによりトコヤが伸びた別の先端から魔法を放つことができるので、こういう芸当ができるのだそうだ。
土壁を張ったり、相手の進行妨害ができるのはヌリカベという〈エンブリオ〉のマスターの力であるらしい。
そんな彼らによりあの黒皮のモンスター達ですら、他のモンスター達と変わらず無様に油に足を取られて木の葉をくっつけ転倒し、赤い爪にその身を焼かれて自慢の黒い皮膚を引き裂かれ、イノシシに吹き飛ばされて気に陥没の後を残しながら光となって消えていく。
「うわぁ」
私は楽器を振るってこそいるが、彼らが与えたダメージが凄まじいために楽器はまるで壊れず、飛ばない意識のままに少し相手に同情する余裕すらあった。
狩人の彼らはと言えば、マイクさんたちの提案により後方で待機とのことだったが、まあ居てもやることはなかっただろうし、巻き込まれる方が危険だっただろう。
やがて戦闘とも言えない蹂躙劇は最後の一体が消えた事で終わりを告げ、その場にはモンスターのドロップアイテムと、戦闘の痕跡のみが残ったのだった。
それからも彼らは先々で遭遇するモンスターの群れを危なげなく撃破し、着実に彼らが知る目的地へと歩を進めていく。
「おっと」
そんな彼らに時折、道案内をしている鳩とは別の色の鳩がマイクさんの元に舞い降り、小さく鳴き声を発すると同時にその口にくわえていた紙切れを投下し、去っていく 。
開いて中を読むマイクさんと一緒に、頭を寄せてマルボーズの方たちも内容を確認している所を見ると彼らの通信手段なのだろう。
しかし、よく的確にこちらの位置が分かるのものだと思うが、あの鳩も〈エンブリオ〉という事だろうか?
「他の場所の仲間達も順調に目的地に移動中、と」
「あと少しで行けるな、楽しみだ」
他の場所でも今のような具合であるなら、山中に残るモンスター達の殲滅も時間の問題かもしれない。
彼らの後を追う私はそう思っていたのだが、そんな考えは先を行く彼らが指し示した森の先の光景を見て吹き飛んだ。
私たちがいる処からちょうど見下ろすような位置に存在する山の窪地、そこには樹どころか草すら生えていない土地が、1キロメテル程のキレイな円形に広がっていた。
「さて見えましたね」
「ここは、ワシ等がお主らに貸してやった……」
「ええ、大変申し訳ないのですが、私たちが遊んだ更地を使われてしまったようです」
彼らがこの土地を作り出した、という事にも驚くが本題はそこではない。
彼らの更地の中央には木々の代わりにそれよりもはるかに巨大な一艘の船が鎮座していた。
山の中に明らかにそぐわないその巨船の周囲、そこには。
「Gyuuuuu!!!!!」
「「「「「「「KiiiiYaaaa!!!!」」」」」」」
私たちが遭遇したモンスター達が、その土地を黒く埋める程に存在していた。
マルボーズの戦力紹介とラストステージ到着の話。