理解のあるトレピ君   作:ゆーり

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私はマックイーンを持っていないのでキャラが良く分かりません(半ギレ)
だから早く弊トレセン学園にも入学してきてください。


雪解けの季節へ向けて

 走ることを純粋に楽しめなくなったのは、いつの頃だっただろうか。

 

 昔、本当に幼いころはライアンやドーベルと屋敷の周りを駆けているだけで楽しかった。

 

 おばあさまから言い渡された天皇賞への期待も、最初はキラキラとした『夢』だったはずだ。

 

 けれど、日が経つにつれて大人たちから向けられる『期待』が本気であることに気付いた。

 

 世辞やおべんちゃらの類ではない。それを理解したとき『夢』は『使命』に変わった。

 

 『夢』であったときはこそばゆかった期待が、『使命』となった今では重く冷たかった。

 

 その重さと冷たさに負けないように、必死でトレーニングをした。

 

 なのに、体に感じる冷たさが消えることはなかった。

 

 勝つため走る。ならば、他のウマ娘は全て敵だ。同年代のライアンとドーベルなど特に。

 

 周りの大人たちは頼れる味方ではない。私はあのヒトたちの『期待』に応える存在だ。

 

 そうやって一人レース場に立った時、孤独という寒さに凍えそうになった。

 

 逃げたかった。競いたくなかった。『期待』してほしくなんてなかった。

 

 けれど、私はメジロのウマ娘『メジロマックイーン』だから。

 

 弱さ、甘さ、情けなさは捨てた。それは『期待』されているメジロの令嬢には不要だから。

 

 そうして私は、強くなった。

 

 

――――――――――

 

 

「では、まずはレースの方針からだ。骨膜炎の回復と相談しながらにはなるが、最終目的を天皇賞(春)とする。クラシック三冠や他のGⅠは世代のライバルを把握するために出すかもしれないが、結果は気にしない」

 

 ……どうしましょう、内容が意外すぎて反応の仕方が分からない。

 

「どうした鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」

 

「私の使命に対して否定的だったと思ったのですが、いまの話を聞く限り、全てが私の要望に沿っているように見受けられますわ」

 

 クラシック三冠。出走できるかはともかくとして、これを目標にしないウマ娘が果たしてどれだけいるだろうか。ダートやスプリンター適正の娘であっても、出走することを望む者も多い。それを、出走しても結果は気にしないと言い切った。

 

「否定的なのは事実だよ。だけど、否定する方法はお前の要望を無視する以外にもあるのさ。ま、楽しみにしておくといい」

 

 直前になって天皇賞への出走をやめさせるとかだろうか。

 

「一応言っておくが、口に出して伝えたことを反故にしたりはしないぞ? トレーナーとしての責務は果たすし、お前がちゃんとレースに出られる状態と実力を維持するなら、裏であくどいことをしたりはしない」

 

「なら、私から言うことはありません。メジロに相応しく在り続けるだけです」

 

 名前を借りただけのお飾りよりはマシであろう専属のトレーナーだ。最良には遠くとも、拾い物としては上出来だろう。

 

「レース以外についてだが、骨膜炎の回復を最優先にする。再発を防止するための走法の改善、シューズや蹄鉄を含めた用具類の最適化は時間を掛けていこう。トレーニングは水中トレーニングをメインに負荷を押さえつつ、心肺機能と筋力の向上を図る。ステイヤーとして根気やガッツは重要な要素だ。地味な内容ばかりになるかもしれないが飽きて放り出すなよ?」

 

 誰に向かって物を言っているのか。根気、ガッツ、地味、大いに結構である。優雅な白鳥の水面下ではないが、見えないところで泥臭い努力を重ねるのが令嬢のあるべき姿だ。

 

「……ライアンとパーマーにも似たこと思ったけど、あまりお嬢様っぽい素質ないよね君たち」

 

 なぜそんな感想になるんですの!?

 

「あと、トレーニング後は足の触診も兼ねて俺がマッサージをする。当たり前だが、それ以降勝手にトレーニングをするのは厳禁だ」

 

「変なことしたら腕をへし折りますわよ。私の得意技は腕ひしぎ十字固めですから。覚えておいてくださいませ」

 

「……それ、普通の令嬢は関わり合いのない技じゃないかな」

 

 その場しのぎで結んだトレーナー契約だったが、軽口を言い合う相手として置いておくだけでも、多少は有用かもしれない。

 

 

――――――――――

 

 

「マックイーン、パフェ食いに行かないか。この雑誌に出てる店の限定品がすごいんだよ!」

 

「またスイーツですの!? ステイヤーには体重管理も大切ですのよ! レースに出る予定がないからと言って、不摂生は推奨できません!」

 

 トレーニングルームに飛び込んできたトレーナーさんの手にある雑誌には、とても素敵なパフェが映っていた。思わず喉を鳴らしてしまいそうになったが、今は食事制限をして体を絞っているところなのだ。糖質厳禁である。

 

「そんなこと言わずに。見ろこの宝石のごときフルーツと白亜の城を思わせる山盛りクリームを! これを食べに行かないなんて人生における傷になるぞ!」

 

 トレーナー契約を交わしてはや幾月。こうやって時々外出に誘ってくる。スポーツ観戦に食べ歩きメインのウィンドウショッピング、映画鑑賞。それにしても、パフェを食ったかどうかで傷が付く人生というのも数奇ですわね。食べたいのなら、一人で行ってきてはどうですか?

 

「それがよぉ、これカップル限定でしか注文できないらしくってさ。はぁ、マックイーンが無理なんじゃ仕方ないか」

 

 そう言って部屋の隅に倒れ込んだ。

 

 ……カップル限定? わ、私が断ったせいで食べられないのはかわいそうですわね。しょうがないから今回だけは付いて行ってさしあげましょ……

 

「桐生院を誘っていくかぁ」

 

「おい、ちょっと待て」

 

 なんちゅう選択をするんだこの男は。あっという間に勘違いして人生の水族館にゴールインさせられるぞ。まだ天皇賞に挑んでもいないのにそんなこと、絶対に許さないからな。連れて行くにしてもオグリ先輩とかにしなさいな。

 

「私が行きます。他のトレーナーに迷惑を掛けるような行動を取るのはおやめなさい」

 

 油断も隙もない。ただでさえ男性トレーナーというのは、肉食獣の檻に入れられた餌に近いというのに。

 

「なんだ、マックイーンもやっぱり行きたかったんじゃないか。なぁに体重なんて食った分だけ動けばいいだけだよ。体と違って心の栄養ってのは目に見えないからな。ちゃんと補給しとかないと、ある日ぷっつりと切れちゃうぞ」

 

 ……見抜かれたのだろうか。

 

「はぁ……。貴方から見て、今の私はそんなに追いつめられていましたか?」

 

 最大の目標である天皇賞(春)。そこに向けていまは怪我の回復を最優先させている。それを無駄な時間とは思わないが、焦りがあるのも事実だ。周りの声にも、無関心ではいられない。

 

「そうだな。だが、気にしてもしょうがないぞ。連中はなにかの確証があって言ってるわけじゃなくて、自信がないからこそ声を上げて他者からの賛同を得ようとしているのさ」

 

 『やはりメジロマックイーンから手を引いたのは正解だった』、『先の見えない怪我に付き合うとは物好きな新米もいたものだ』。それが、ここ最近聞こえてくる私たちの評価だ。実際問題、私がデビューを強行しなければ、別のウマ娘の育成をすることもできただろう。

 

「なぜ、私の我儘に付き合ってくれたのですか?」

 

 望む水準に満たないと判断すれば即切り捨てるつもりだった私とは違い、トレーナーさんは最後まで付いてきてくれるつもりのようだ。あの時の私にそうするだけの価値を見出せたのだろうか。

 

「うーん、マックイーンから逆スカウトされたからってのが一番大きい理由なんだけどな。あとは、この機会を逃したらお前ほどのウマ娘は担当できないだろうなって打算もあった」

 

 そういって笑う。ライアンとパーマーより優先度が低かったこと、一生忘れませんからね。

 

「臥薪嘗胆。いまは雌伏の時だよ。負け続きってのならともかく、出走してすらないんだ。外から好き勝手言ってくる連中を二人で見返してやろう。じゃ、週末に行くから忘れてないでくれよな」

 

 ……あの人と食べる食事は美味しかった。あの人と歩く街並みは楽しかった。あの人が結果ではなく努力を見てくれる日々は、優しかった。

 

 

――――――――――

 

 

「痛みはどうだ? 最近は足首も柔らかく使えるようになってきたし、膝の入れ方も改善された。体の成長も考慮すれば、再発の可能性はかなり低くなったはずだ」

 

 こうやってトレーナーさんに脚をマッサージしてもらう時間にも随分と慣れてしまったものだ。最初は気恥ずかしいやらくすぐったいやらで悶々としていたものだが、いまでは心身ともに完全にリラックスタイムだと認識していた。

 

「ええ、痛みを感じることもなくなりました。完治したと言っていいと思います」

 

「なら、本格的に始動するとしますかね。まずは菊花賞を目標に据える。その結果次第ではあるが、阪神大賞典を経て天皇賞(春)だ」

 

 ……結局、骨膜炎の完全回復に多くの時間を要してしまった。レースにも出ずにひたすら休養と再発させないための強靭な肉体作りに励む日々。

 

 心に圧し掛かる負担は想像を大きく超えていた。華々しくデビューしていく周りを見て、一歩も進めていないことに焦れて自棄になりかけたこともあったが、ここまで来られたのはトレーナーさんという支えがあってのことだろう。

 

「今日までよく耐えてきたな。レース勘を養えていない以上、最初から思い通りの結果を出すことはできないかもしれない。だが、マックイーンの実力は同期の重賞ウマ娘たちと比較してもなんら劣らない。長距離なら、大抵のやつが後塵を拝すさ」

 

 そういって、こちらを見ながら微笑むトレーナーさん。最初は目の付けどころがおかしい変人だと思っていたが、私に接する態度はとても真摯なものだった。代り映えしない日々に飽きて集中力が落ちないよう、トレーニングの内容にも様々な工夫を凝らし、私を色々な場所に連れ出して見識を深める場を作ってくれる。メジロの令嬢として過ごすだけでは知ることのできない世界をたくさん見ることができた。特にスイーツと映画は素晴らしい。心が潤う。

 

 そして、いつだって私を優先して、努力を褒めてくれる。新人一年目の成果を、怪我をして碌にレースにも出られないウマ娘の治療のため棒に振ったのだ。決して学園側の評価はよくないだろうし、彼にも暗澹たる思いがあったはずだ。だが彼は他のウマ娘をスカウトすることも、私に愚痴を言うことも一度だってなかった。

 

「あら、『マックイーンなら全部勝てるさ』とは言ってくれないのですね。自信がありましたのに、トレーナーさんに信じてもらえていないだなんてショックですわ」

 

 こんな冗談を言える程度には、信頼してしまっているのだろう。

 

「トレセン学園がレースで競い合う場所である以上、結果を求められることは事実だ。だが、ウマ娘たちの輝きは決してレースだけが全てじゃない。そこに至るまでの努力と想い。全て称賛されるべきものだ。少なくともトレーナーである俺だけは、結果なんて関係なく、マックイーンの歩んできた道のりを誇りに思いたい」

 

 本当にそう思ってくれるだろうか。敗北すれば無価値とは言わずとも、勝利よりも価値があるなんてことはないはずだ。負けた私に失望の視線を送り、勝ったウマ娘を羨むことはないだろうか。

 

 ……あの子がメジロのウマ娘であったら良かったのに、と。

 

「大丈夫だよマックイーン。俺たちは一人じゃないんだ。喜びも悲しみも、分かち合える。俺は今まで頑張ってきた最高にカッコいいマックイーンを知っているよ。もし負けるようなことがあっても、それは俺たち二人の責任だ」

 

 メジロ家の使命に否定的な彼と責任を分かち合う。それを良しと思っている今の自分は『メジロマックイーン』と呼べるのだろうか。

 

 ふと浮かんだその考えを、頭の隅へ追いやった。

 

 

――――――――――

 

 

『阪神レース場。芝2400m、神戸新聞杯。十六人のウマ娘たちが挑みます』

 

「ふぅ……。落ち着きなさい、メジロマックイーン。己の力を出し切る。そうすれば、自ずと結果はついてきます」

 

 呼吸を落ち着けながらゲートに入る。ここまでに二度のレースを経て挑む初めての重賞レース。対抗バたちの実力が高いものだったとは言えず、問題なく勝利してきた。だが、ここからは違う。GⅠの前哨戦となるレースも多く、実際この後には菊花賞が控えている。並び立つウマ娘たちの強さも数段上がっている。

 

 それでも、ここで勝利して力を示す必要がある。菊花賞は3000mで天皇賞(春)は3200mある。戦い方が違うとはいえ、2400mでヘバッてはいられない。

 

『各ウマ娘、ゲートに入って体勢整いました。…………スタートです!』

 

 ゲートが開くと同時に前へと踏み出す。

 

『各ウマ娘、きれいなスタートを切りました』

 

 出だしは順調。菊花賞までに適切な長距離レースの経験が積めない以上、どうしても未知の部分は出てくる。そこに頭を悩ませて余計な労力を割くよりも、全レースで共通する要素の質を高めていくことがトレーナーさんと話し合った方針だ。

 

 スタートの集中力、最初の先頭争い、第一から第四コーナーにかけてバ群に沈まないポジションの確保。長距離においてはスタミナ管理が最重要。終盤まで力を温存できるレース展開にする必要がある。

 

『先頭から四バ身離されて、二番手はメジロマックイーン』

 

 取った作戦は先行策。脚質に合わせてのものだが、精神的にも追うより追われるほうが心の負担が少ないと感じたからだ。

 

『さぁ、距離1200mを通過しました』

 

 流石は重賞レースというべきか、レース運びの巧みさも格段にレベルが上がっている。

 

「……それでも、脅威と思える方はいませんわね」

 

 長距離に比べて早いラップタイムと状況の推移。やはりスタミナ配分や仕掛け所の参考としては少し弱いが、瞬間的な速さを競うには都合がいいと考えよう。

 

「時は来ました、参ります!」

 

『最終コーナー、最初に駆け抜けてきたのはメジロマックイーン! 先頭はメジロマックイーン! これは強い!』

 

 スパートをかけて一息に前へと躍り出る。逃げで先頭に立っていたウマ娘に脚は残っていない。後続がどれだけ追ってくるかだが。

 

『メジロマックイーン! 速い! 速い! 脚色は衰えない! 強さを見せつけて今勝利です!』

 

 想定通りだ。脚に痛みはなく、スタミナもまだ残っている。ここから更に1000mを走ったとしても問題ない。

 

 懸念すべきことはあっても、自身の仕上がりとしては上出来だろう。次の菊花賞で長距離のコツを掴み、警戒すべき相手を見定める。

 

『メジロマックイーン! 強いとしか言えないレース! いまから次の走りが楽しみです!』

 

 私の勝利に沸き、歓声を送ってくるスタンドに向かって手を振る。

 

 ……トレーナーさんは、ちゃんと見てくれていただろうか。

 

「マックイーン! おめでとう!」

 

 トレーナーさんを見つけて目が合うと、こちらまで聞こえる大きな声でそう言ってくれた。

 

 ……おめでとう、その当たり前の言葉がなんだかとても特別なものに聞こえた。

 

 そしてふと、このレースに出るきっかけになった出来事を思い出した。

 

『出走するレースを私が決める?』

 

『ああ。距離や時期を指定してくれれば該当するレースは俺のほうで絞るが、そのどれにするかはマックイーン自身に決めてもらいたい』

 

『それにいったいなんの意味がありますの?』

 

『お前さ、メジロ家から言われた天皇賞とその試金石って視点でしかレースを考えてないだろ? そうじゃなくって、一度でいいから自分の意志で走ってみてほしいんだよ。レースの名前が可愛いとか、トロフィーの造形が気に入ったなんて理由でも構わないぞ』

 

 メジロ家から言われたことであったとしても、それは私の意志……のはずだ。

 

『天皇賞を頭から消せとは言わないさ。ただ、判断の主体をお前の意志に任せたいんだ』

 

 そう言われて選んだのが、このレースだった。正直、天皇賞へと続く道の通過点として最適だと判断したから選んだだけではあった。

 

 けれど、自分で選んで、勝つために努力して、その結果をおめでとうと言ってもらえた。なんでだろう。誰かに否定されたことがある訳でもないのに、初めて私を肯定してもらえた気がした。

 

「トレーナーさん、私の走りはいかがでしたか?」

 

 自分に変わった点などないはずだ。なのに、自信が持てなくてそんなことを聞いてしまった。

 

「とても力強くて美しい走りだったよマックイーン」

 

 ……! ダメだ。なんだか恥ずかしくて顔が上げられない。他者からの称賛なんて聞き飽きているはずなのに、どうして。

 

「決して挫けず、一歩一歩できることを積み重ねてきた努力の成果だな。マックイーン、お前なら菊花賞でも天皇賞でも、必ず手が届くさ」

 

 ああ、そうか。メジロの令嬢たるウマ娘としてならいくらでも褒められてきたけれど、こんなにも真っ直ぐに『マックイーン』を見てくれるのは、この人が初めてだから……。

 

「ええ、トレーナーさん。私たちの目標に向かって、一緒に駆け抜けましょう」

 

 だからこんなにも、胸が温かいのか。




この機会を逃したらお前ほど(甘やかしがい)の(ある)ウマ娘は担当できないだろうなって打算もあった。ちなみにこのレース、トレピ君の思惑とは全然違うことになっている。


〇後方理解者面トレピ君とメジロ家

トレピ君
「これが『特盛パフェに舌鼓をうって全体的にとろけてるマックイーン』、こっちが『勝負服の試作品を着てキメ顔しているマックイーン』です」

おばあさま
「カワイイもカッコイイも出来るとかうちの孫娘完璧すぎんか? 誘拐されそうで心配やわ」

トレピ君
「大型バンとか素手で壊せそうだし大丈夫じゃないっすかね」

おばあさま
「せやったな。最近は遊びも覚えてきたみたいでおばば安心したわ。これからも頼むで」

トレピ君
「おかのした。じわじわと毒で侵すように堕落させてあげますよ」

おばあさま
「ふふ、お主も悪よのう」

トレピ君
「ははは、孫の教育に失敗して盛大に拗らさせたアンタにだけは言われたくないわ」

おばあさま
「ははは、こやつめ!」
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