特にアニメ二期12話とか。
「重賞初勝利おめでとう、マックイーン! きっと、おばあさまも喜んでくれてるよ!」
「私も素晴らしい走りだったと思うわ。追い付くためにも気合を入れ直さないと」
神戸新聞杯を終えて数日、学園の食堂でライアンとドーベルがお祝いをしてくれた。本当はメジロ家に帰っておばあさまにも報告すべきことなのだが、なぜか足が向かなかった。
たかだか重賞で一つ勝利を挙げただけで自惚れるなと言われるのが嫌だったのか。メジロの使命から外れ、トレーナーさんに傾倒しかけている事を見抜かれるのを恐れたのか。いずれにしても、後ろめたいことがあっての行動であるという自覚はあった。
「電話で伝えはしたのでしょう。おばあさまからはなんと?」
「『おめでとう。この結果に浮かれることなく精進しなさい』と。喜んでくれていたのかは、よく分かりませんでしたが」
以前はおばあさまの期待に応えることこそ、私にとっての至上命題だったはずなのに。いまは、祝いの言葉にどんな想いが込められているのかを知りたくなくて、避けてしまっていた。
トレーナーさんと同じように『マックイーン』に向けて言ってくれた肯定の言葉であったなら、どれだけ嬉しいか。メジロの名を持つ以上は当然の役割だという義務的な賛辞であったなら、どれだけショックを受けるか。
それを確認してしまうことが怖くて、逃げてしまっている。これもまた弱さなのだろうか。そう考えると、せっかく勝てて嬉しかったのに、なんだか気分が落ち込んでしまいそうだ。
「ほらほら、そんなに沈んだ顔をしないでよマックイーン。今日は一緒に美味しいものをいっぱい食べて、菊花賞のためのエネルギーをチャージしないと。あたしも、負けてあげるつもりはないよ」
そう言ってライアンは、ニカッっという擬音が聞こえてきそうな笑顔を見せた。以前はこの令嬢らしくない在り方を自身の欠点と捉えていたようだが、いまの彼女にそういった翳りは見えない。この太陽のような笑顔こそが、彼女の最大の魅力であると気付けたのだろうか。
「メジロの名を持つウマ娘が人気を二分して争う菊花賞かぁ。私も早く同じ場所まで進まないといけないわね」
ドーベルはまだ選抜レースに出ておらず、自分に自信が持てない状態が続いているようだったが、最近はなにやら思うところがあったらしい。エアグルーヴ先輩に憧れているらしいから、彼女からなにかを学びとって成長しようとしているのかもしれない。
「ふふ、ドーベルがどのような方をパートナーに選ぶのか楽しみですわね」
やはり、女性トレーナーになるのだろうか。男の人が苦手なドーベルに認められる男性トレーナーが現れたとなれば、相当な傑物かもしれない。
「どんな人を選んだとしても、マックイーンのところには勝てなさそうだけどね。メジロの使命を果たすことこそ己に課せられた命題だってクールな仮面を被っていたのに、最近はとても柔らかく笑うようになったのね」
……へぁっ!?
「ほんとうにねー。あの時スカウトを断っちゃった人がここまでマックイーンを変えてくれるだなんて、あたしが受けてたらどんな風になってたのかなー」
むっ……。例え先にスカウトされていたとしても、そうはならなかったのですから考えても意味ないのでは。
「あははっ、そんなにむくれた顔しないでよ。横取りなんてしないし、あたしなんかよりもずっとマックイーンの方がお似合いだよ」
困ったように笑うライアンを見て、一気に羞恥心が湧き上がってきた。自分以外とトレーナーさんが組むことを想像しただけで不快感を抱くだなんて、どれだけ独占欲が強いのか。
「……な、なんですかその目は!」
恥ずかしくて身悶えていると、二人がニヤニヤとこちらを見てきた。令嬢がすべき表情ではありませんわよ、恥を知りなさい!
「でも令嬢ってドロドロした派閥争いとか格付けバトルで粘着質な対応を取るものじゃない?」
ドラマの見過ぎですわよ。内実はどうあれ外面はしっかりと取り繕えと言っているのです。
「あら、身内同士なのだから別にいいじゃない。私も可愛いマックイーンが見られて感無量よ?」
ぐっ……。多勢に無勢。ここで戦いを挑むのは分が悪いですわね。
「二人とも覚えていなさい。あなたたちが隙を晒したときは盛大におちょくって差し上げますわ」
「そういうのも令嬢らしくないと思うけど……いや、むしろ令嬢らしいのかな?」
ライアンのその言葉に、三人が一斉に噴き出した。ああ、この娘たちとこうやって気楽に笑い合うことが、とても懐かしいことのように感じる。いつか、おばあさまとも気兼ねなく笑いあえる日が来たらいいのに……。
そんな風に思いを馳せていたからだろうか。ふと目をやった食堂の窓ガラスに、幼少の頃の自分が映っていた気がした。
―――――――――
「さて、無事にGⅡレースを勝利して万全の状態で菊花賞に挑めるわけだが、懸念はあるか?」
もはや日課となった夜のマッサージタイム。細かいスケジュールの打合せは日中に学園の一室で行うことが多いが、大まかな方針や精神面の話題はこの時間に話すことが多くなっていた。
「今日、ライアンに会ってきました。精神的な弱さを克服して肉体に見合うレベルになったからでしょうか、とても良い顔付きになっていました。菊花賞に出走するなかで、もっともレベルの高い相手になると思います」
「……そうか。もともと高い資質を持っていたウマ娘だ。その弱点が克服されたとなれば強敵だろうな。だが、俺の見立てではステイヤーとしてならマックイーンの方が上だ。向こうもレースで3000mを走った経験はない。同じ条件なら、お前が勝つさ」
「……………………」
「どうしたマックイーン? 眠たいのか?」
……っ!! いけない。トレーナーさんが一位指名してスカウトしにいったライアン。その娘に、いまの自分なら勝てると断言してもらえた嬉しさで魂が天に昇りかけていた。
「い、いえ。なんでもありません。『やっぱりライアンをスカウト出来ていたら』なんて言われたら業腹ですもの。しっかりと勝ってきて、振られて良かったと思わせて差し上げます」
冗談交じりに言ってしまったが、もしそんなことを言われたらどうにかなってしまうだろう。他のどんなウマ娘であっても認められない発言だが、同じメジロのウマ娘にそんなことを言われてしまったら。いや、止そう。トレーナーさんは勝てると言ってくれたのだから。
「振られたことを良かったとは思えそうにないんだが……。あれ、結構ショックが大きいんだぞ。それよりも本当に大丈夫か? なんだか目に光がなかったように見えたんだが」
「ええ、私が勝てばいいだけのことですので」
勝ちを譲る理由など最初から一つもないが、絶対に負けてはいけない理由は増えてしまった。
「そ、それならいいんだ。ライアンの陣営が奇策や小細工を弄するとも思えない。ダービーと同じく差しにくるだろう。ラストスパートに誰も付いて来られなかったいままでと違って、最後まで追われるプレッシャーを受けることになる。スタミナの消耗もこれまでとは勝手が違うだろう」
菊花賞の3000m。神戸新聞杯ではあと1000m走っても問題はないと判断したが、それは勝負の駆け引きが絡まない状態での話。後ろから迫る重圧に揺らがず、自分の走りを最後まで貫けるか。
「トレーナーさんは、私を応援してくれるのでしょう?」
「ん? それはもちろん。最前列で応援するさ」
なら大丈夫。貴方と二人なら、私は強く在れます。
―――――――――
『クラシックロード終着点。菊花賞を制し最強の称号を手にするのは誰か……』
遂にこの日がやってきた。初のGⅠにして長距離レース。クラシック三冠最後の一つにして、天皇賞までの最大の山場。
皐月賞ウマ娘とアイネスさんは適正距離の関係で出走していないが、私だって隙がないとは言えない。これまで全レースで勝利してはいても、長距離レースは未知の領域だ。
最大の障害になるだろうライアンもしっかりと仕上げてきたようだ。彼女からトレーナーさんを奪ったと言えなくもないため、少しだけ後ろめたさがあった。だが、彼女のパートナーもまた素晴らしい人物だったようだ。
「……ふぅ」
天皇賞(春)までに出走する予定の長距離レースとして、最高の格式を有する菊花賞。ここで何も成せないようであれば、世代を跨いで強豪たちが集う天皇賞で勝つのは夢のまた夢だろう。そんな考えが頭をよぎり、ふと不安がこみ上げてきた。
走るとき、不安に苛まれるようになったのはいつからだっただろうか。かつての私なら、なんら臆することなくターフに立ち、そのままゴールまで駆けていたはずだが。
チラリと応援席のトレーナーさんを見やると、すぐに気付いて微笑んでくれた。まだゲートに入ってもいないのに、胸の鼓動が高鳴ってしまう。いけない、これではレース前に息が上がる。
『各ウマ娘、ゲートインが完了しました』
……深呼吸をして、今日までの道のりを思い返す。天皇賞まで、一人で歩き続けられると思っていた。だが、実際には何度挫折しそうになったか分からない。挑むことすらできないのではないかという不安と力及ばず敗北するかもしれないという恐怖。それに吞まれそうになる私を支えてくれたのは、いつだってトレーナーさんだった。
以前の私が見れば『なぜ、あの方を選んだのですか?』と本気で理解できない顔をするだろう。だがいまとなっては、あの人が笑顔で傍に居てくれるから自分は頑張れる。その献身に報いたい。あの人が見てくれている私を真実にしたい。そのための今日だ。
『さぁ、ゲートが開いた』
ゲートが開くと同時に飛び出す。体は軽い。脚の調子も問題なしだ。これならいける。
『メジロマックイーン、内を突いて周囲を伺います。後ろからはメジロライアン、いい位置だ』
序盤の展開も問題ない。後ろから感じる圧はライアンのものだろうか。あちらも、私を一番の脅威と認識しているだろう。日本ダービーでアイネスさん相手に見せた追い上げは驚異的だった。簡単に突き放させてはくれないだろうが、それも想定の範囲内。位置取りはこのまま、第四コーナーを抜けてから一気に突き放す!
『第四コーナーを超えて最後の直線へ、メジロマックイーン上がってきた! 後ろからメジロライアンが追い縋る!』
バ群に沈んでくれないかと考えていたが、残念ながら彼女のパワーを抑えられるウマ娘は居なかったようだ。ここからはタイマン勝負。速くて、スタミナと根性がある方が勝つ。ステイヤーとして、その条件では負けられない。
『メジロマックイーン速い! 後続を突き放す! これはもうセーフティリードか!』
あと150m。脚はまだ残っている。トレーナーさんに最高にカッコイイ私を見せて、二人でその喜びを分かち合うのだ。このまま……!
『へぇ、いまさらそんな理由で走るんだ。使命を負うメジロのウマ娘とは思えないわね』
……え?
『格式において天皇賞とも並ぶ菊花賞。その勝利を、まだ一年ちょっと一緒に居ただけの男のためにだなんて、随分と絆されやすい性質だったんだ?』
……これは、小さいころの私?
『育ててもらった恩があるのはメジロ家に対しても同じでしょう。なのに、あなたはトレーナーを選ぼうとしてる。なんて惰弱。優しさに溺れ使命から目を背けるだなんてことを、よく恥ずかしげもなくできるものね。こんな者がメジロマックイーンを名乗るだなんて、おばあさまが見たらなんと言うか』
そんな、わたくしはただ……。
『残り100m! ……え? これは、メジロマックイーンが大きく失速! しかし残りは50m! メジロライアンが猛烈に追い上げてきた! 間に合うか! そのまま、順位は変わらず、メジロマックイーンが一着でゴール!!』
私は、菊花賞の勝利をトレーナーさんと分かち合って、天皇賞を獲って……。
『ええ、そうね。菊花賞の勝利おめでとう。けれど、弱くて情けない自分を受け入れてくれるパートナーに甘え、幸せに浸っているような者が『期待』に応え続けらるのか、もう一度己に問うことね。メジロマックイーンは弱さを捨てることで強く在れた。いまの貴方に、なんの強さが残されているというのかしら』
私の、強さ。それは、トレーナーさんと積み重ねてきた今日までの……。
『あまり笑わせないでちょうだい。どれだけ関係を重ねようと、ターフに立つのは己一人。それ以外に信を置くなんて、ちゃんちゃらおかしいです。しっかりと自分の目で確かめなさい。あなたと彼の立つ場所の違いを』
自身の勝利を称える歓声も耳に届かず、ターフに立ち尽くことしかできない。寒さに震えが止まらなくなって、両の手で体を抱きしめた。
「嘘よ、だってトレーナーさんはいつだって私の傍に……」
語り掛けてくる過去の自分の言葉を否定したくて、トレーナーさんを探して応援席を見渡した。
「あぁ、トレーナーさん……」
どうして忘れてしまっていたのだろうか。
私たちが『期待』に応えるための戦場は、こんなにも寒く冷たいのだということを。
見つけられた。私を見て笑ってくれた。なのに、自分と応援席に居るトレーナーさんの距離に、手を伸ばしても届かない遠さに、胸が凍てついた。
トレピ君の優しい温かさで雪を溶かすことはできても、氷塊は無理なんだよね。
作者)菊花賞のアイコンが黄色い菊やったけど、きっと良い花言葉なんだろな → は????
〇二年目で所得税が痛いトレピ君とメジロ家
おばあさま
「はわわ、最後の失速はいったいなんや!? もしかして怪我? アカン、心配でお腹痛くなってきた。トレピ君に電話して確認しよ」
トレピ君
「幸せ症候群が発症して、ターフでの孤独が怖くなっちゃったみたいですね」
おばあさま
「分かっとるなら対策せんかい!」
トレピ君
「そこで、わたしにいい考えがある」
おばあさま
「ほんまか!?」
トレピ君
「おばばが平身低頭してマックイーンに謝ってこれから全力で甘やかすと家中に宣言すればいい。本望やろ?」
おばあさま
「できたら苦労せんわ! 名家のしがらみ舐めんな!」
トレピ君
「めんどくせー連中だな」
おばあさま
「とにかく! マックイーンのことは頼んだで! ……ターフで孤独なんは事実や。こればっかりはどうにもできんかもな」
トレピ君
「確かに俺やアンタが一緒には居れんけど、一人じゃないんよ。そんで孤独なんて目じゃない恐怖がターフにはある。俺がなんもせんでも誰か教えるでしょうけどね。まぁ、お孫さんのことは任せてくださいよ」
おばあさま
「……私のことは義祖母さまと呼んでくれても構わんよ?」
トレピ君
「俺の話聞いてたかババア?」
……他の方の作品見てて「ほへー、匿名投稿なんてあるんだぁ」って試しに入れてたの忘れてそのまま投稿始めたアホがおるらしいんやけどな?
完結したら普段の名前に戻すと思いまふ。