理解のあるトレピ君   作:ゆーり

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スポコン編(別名:ライアン編)
優しい温かさで溶けない氷はね、炎で燃やせばいいんだよ。


闘走本能

『メジロマックイーン、一着でゴール! 菊花賞に続いて阪神大賞典を制し、今回も強い走りを見せました、メジロマックイーン! 果たしてこの娘に勝てるウマ娘はいるのか!』

 

 寒くない。

 

 そうだ。私はこうやってレースの寒さを克服した。どうやっても無くせない寒さなら、感じなくなってしまえばいい。

 

『これは次の天皇賞も大いに期待できますね。いまのメジロマックイーンになにか不安要素などはあるのでしょうか』

 

 弱いから、甘いから、情けないから、寒さなんてものを感じ取ってしまう。全部全部捨てた強い私はなにも感じない。最後まで揺らがず、ブレず、変わらないままを貫き通す。

 

『走り自体は素晴らしいものでしたが、表情が少し気になりましたね。気迫というよりは、なんだか苦しそうに見えました』

 

 ……これでいいんだ。『メジロマックイーン』はレースからは逃れられない。だから、仕方ないのだ。

 

『昨年は怪我で思うようにレースに出られないなか、トレーナーと二人三脚でやってきたと聞いています。是非、天皇賞でも結果を出してほしいですね』

 

 これ以上、あの温かさを知ってしまったら、私はもう寒さに耐えられなくなる。

 

 

――――――――――

 

 

「トレーナー契約を解除したい?」

 

「……はい。時期が時期ですから、天皇賞までは契約を継続します。ですが、以降は私の専属から外れてもらいます」

 

 こんなにも告げることが辛いとは。捨てておいてよかった。もしも弱さなんてものを抱えてこの場を迎えていたら、精神がおかしくなるところだった。

 

「理由は話してもらえないのか」

 

 納得いかないのも当然だろう。怪我が完治するまでの献身に、レースでは現状無敗。トレーナーとしての不手際がないにも関わらず、一方的な言い分で切られるのだ。

 

「私が、貴方とはもう一緒に居られない。そう思ったからです。それ以外の理由はありません」

 

「……俺の後任に当てはあるのか」

 

 そんなものはない。探したくもない。天皇賞を獲れば家も文句は言うまい。それでもう引退してしまおうか。

 

「あってもなくても、貴方には関係のない話です。それよりも、ご自分の身の振り方を考えた方がよろしいのではなくて?」

 

 なにか一緒に居られるいい方法はないかと考えてはみた。

 

 けれど、レースの場に立つ以上はメジロの家名という鎖が付いて回る。引退したウマ娘がトレーナーの傍に居ても邪魔なだけ。もっとも、自分勝手にふざけた理由で契約解除を突きつける相手なんて、顔も見たくないだろうが。

 

「なるほど。……わかった」

 

 ……自分から言いだしたことなのに。私と一緒に居られなくなることを了承されただけで、心が砕けてしまいそうだ。

 

「天皇賞まで契約が続くのなら、それまでは全力で世話を焼かせてもらおうかな」

 

 ……っ。

 

「これ以上、私になにか施しを与えても貴方に得はありません。次にスカウトするウマ娘の目星を付けるなりしていた方が有意義です。天皇賞まで私の前に姿を現さなくても、文句は言いません」

 

 もう私のために何かをしてくれようとしないでください。孤独という寒さには耐えられない。強い私以外では居られない。そう答えを出した私に構わないで。

 

「お前がターフの孤独を恐れていることは知っているよ。耐えるために自分を変えようとしていることもな。けれど、そんな必要はないんだ。孤独を怖いと感じる、それがお前だよマックイーン。見て見ぬフリをしたところで、それは弱さをやせ我慢しているだけだ。それじゃ耐えることができたとしても、お前が笑顔になれない」

 

「……っ! そこまで、バレていたのですか」

 

 誤魔化せていると思っていた。身勝手な女の我儘で終わらせられると思っていたのに。

 

「それでも、弱ければ勝てない。勝てなければ……天皇賞を獲れなければ、私にいったいなにが残るのです!」

 

 そのために寒さに耐えレースに勝つのだ。それがメジロマックイーンの使命であり意義。ただのマックイーンに価値などない。それとも、何もないただのマックイーンとずっと一緒に居てくれるというのか。

 

「……いっそパーマーくらい自分に正直に生きられれば、もっとシンプルに答えが出せたのかもな。いや、どれだけ望んでいない『期待』であったとしても、応えようと立ち上がれるお前だから、俺は後悔なく力になれるんだろうな」

 

 心に折り合いを付けなければ。トレーナーさんの力を借りてはいけない。彼はメジロではなくマックイーンを支える。それでは、捨てたはずの弱さがまた顔を出してしまう。

 

「マックイーン、考え込むのは後にしよう。天皇賞までは俺がお前のトレーナーだ。だから、それまでにやれるだけのことをやる。そうだな、まずはメジロ家が関係ないただのマックイーンの価値ってのを一緒に探しに行こうか」

 

「なにを言ってますの……?」

 

 私の価値を、私以外の誰が示せるというのか。それを証明するために、私は走ってきたのだ。

 

「当てはあるんだ。まぁ、騙されたと思って付いて来いよ」 

 

 

 

 

 そう言って笑うトレーナーさんに連れてこられたのは、屋内のトレーニングルームだった。

 

「ここにいったいなにがありますの?」

 

 室内を見回してみても、ウマ娘たちが各々に体を鍛えているだけだ。

 

「ちょっと待ってろ。む、本命は居ないが仕方ないか。おーい、テイオー。ちょっといいかー」

 

 ……トウカイテイオー? なぜあの娘を。

 

 トレセン学園の生徒会長でもあるシンボリルドルフに並び立つことを公言しているウマ娘。そう言えるだけの素質を持っており、クラシック三冠制覇の最有力ウマ娘として推す声も多い。私もその軽やかに跳ねるような走りと、見るものに夢を与えるキラキラした魅力に惹かれている部分があることを否定できないウマ娘、ではあるが。

 

「あれぇ、トレーナーがマックイーンと一緒に来るなんて珍しいね」

 

「この前の話、改めて聞いておきたくてな。テイオー、もしも三冠を取れなかったらどうするつもりなんだ?」

 

 なっ……。いきなりそんなことを聞くのは失礼でしょう!

 

「またその話? 心配してくれてるのは分かるけどさ、まだ始まってもないのに負けたあとのことを考えさせないでよぉ~」

 

 それはそうだろう。若駒ステークスを制し、皐月賞へ向けて仕上げをしている大切な時期のはずだ。全力で目標に突き進んでいるというのに、横から茶々を入れられたら堪らない。

 

「そこをなんとか頼むよ。あとではちみー奢るからさぁ」

 

「しょうがないなぁ。一週間分で手を打ってあげようではないか。……自分でもちゃんと考えてみたけどさ、あんまり変わらないかなーって」

 

 そんなバカな。彼女が幼いころから会長と同じ無敗の三冠ウマ娘になることを目標としてきたのは周知の事実だ。成し得るだけの実力を持つだけに、夢破れたときの絶望は察して余りある。自分も周りも、変わらずに居られるはずがない。

 

「そりゃあ悔しいし、泣いちゃうと思うよ? けど、三冠取れなかったら会長と勝負できないなんて決まりごともないし、直接レースで勝って超えたことを証明すればいいかなって。会長だって、一度も負けたことがないわけじゃないしさ」

 

 直接、戦って……。

 

「そうだな。テイオーの目指すシンボリルドルフ。その途中にあるのがクラシック三冠だ。だが、そこを外れたからといって道が途絶えるわけじゃない。敗北してもまだ続いていく」

 

 敗北しても……けれど、私には天皇賞を獲れなかった後のことなんて。

 

「……ははーん、そういうことかぁ。ボクを自分の担当のためのダシに使うなんていい度胸してるねー。これは一月分は奢ってもらわないと割に合わないかな」

 

「お安い御用だ。飲み過ぎて太り気味になって皐月賞獲れませんでしたってのは勘弁してくれよ?」

 

 どういう意味だろうか。いまの話で私とテイオーがはっきりと違うことは分かった。天皇賞というレースそのものが特別な目標である自分。シンボリルドルフが成し遂げたからこそ、三冠に特別な意義を見い出しているテイオー。

 

「難しい顔してるねー。三冠でなくても、無敗でなくても、吾輩はトウカイテイオーなのだ!ってそれだけのことなんだけどね。……そういえば、マックイーンは天皇賞に勝つことが目標なんだっけ? 次で達成しておかないと大変なことになるから頑張ってね」

 

 大変なこと?

 

「三冠の次はグランプリと天皇賞と思ってるからさ。クラシック三冠と違って一回しか出走できないわけじゃないから、ボクが出るまでに勝っておかないとチャンスがなくなっちゃうからね」

 

 ……は? まだ一冠ですらないくせに、喧嘩を売ってくるとはいい度胸だ。

 

「お生憎様。しっかりと三冠を獲ってきてくださいませ。天皇賞は一度も獲れないまま引退を迎えることになるでしょうから、三冠くらいは持っておかないと会長と釣り合わなくなりますわよ?」

 

 ……いけない。つい挑発に乗って余計なことを言ってしまった。天皇賞が獲れたら引退して引き籠るつもりなのに。でも、そうか。もしも連覇を目指していれば、この目の前にいる天才もまた、私の競う相手になったのか。

 

「なんだ、ちゃんとそういう目もできるんじゃん。ま、ボクと戦う前に今年の天皇賞だよねー。あんまり自覚がないみたいだけど、火傷しないように気を付けてね?」

 

 火傷? いったいなにを……。

 

「うんうん、やっぱりライバルってのはいいもんだなぁ。それじゃあテイオー、トレーニング頑張れよ。あまり無理しすぎないようにな」

 

「いくら無理しても足りない目標だから確約はできないかなー。まぁ、なにかあれば借りを返してもらう意味で泣きつかせてもらうよ」

 

 ……むぅ、なにやら仲がよろしいようで。

 

「じゃあね、マックイーン。レースで勝負できる日を楽しみにしてるよ」

 

 軽やかにステップをとりながら、テイオーはトレーニングに戻って行った。

 

 

 

 

「少しは元気が出たようだな」

 

「……結局、私になんの価値があるという話だったのですか?」

 

 トウカイテイオー、思っていたよりもずっと強いウマ娘だった。持って生まれた才能だけではない。困難な道のりを歩み、圧し掛かる重圧を跳ね除けるだけの芯が彼女にはあった。全てを捨てて身軽になろうとする私とは正反対だ。

 

「ん? あれだけじゃ分からなかったか。俺やメジロ家やファンと別の、お前がいままで目を向けてこなかった存在を教えたつもりなんだが。やはり、本命にドカンとやってもらうのが一番か」

 

 ますます意味が分からない。

 

「私に対抗意識を持たせることが目的だった、そういうことでよろしいのですか?」

 

「ちょっと効果は薄かったがそんなところだ。俺は天皇賞を終えた後もマックイーンに走ってほしいと思ってる。そのためには、レースの楽しさってのをちゃんと知ってもらわないといけないと思ってな」

 

 ……貴方を捨てたあとにレースを続けるなんて辛いだけだ。考えたくもない。ましてや楽しさだなんて、欠片も感じられそうにない。

 

「そんな事は決してないさ。走ることの楽しさを、テイオーたちがきっと教えてくれる。さてと、ここでいいかな。念のためもう一度だけ聞いておくけど、マックイーンはレースで走るのを楽しいって感じたことはあるか?」

 

 そんなことさっきまでの会話の流れで分かるでしょう。

 

「ありませんわね。走ること自体、楽しいと感じたのは幼少の頃の駆けっこが最後でしょうか」

 

 まだなにも理解できていなかった無知ゆえの幸福だ。

 

「じゃあ、このウマ娘には絶対勝ちたいとか負けたくないーとかは?」

 

「特定のウマ娘に対してはないですわね。天皇賞に出てくるなら誰であろうと負けられませんが……って、この質問をここですることになんの意味があるんですの」

 

 いつもの癖で一緒に歩いてしまったが、自分が弱くなるから、もうできるだけ貴方の近くに居たくないのだ。

 

「これが最後の質問だ。お前、他のウマ娘に勝てないとか負けるって思ったことあるか?」

 

 そんなものあるに決まっているだろう。例えばさっきのテイオーとかライアン、とか……。

 

「ダービーを獲ったアイネスさんや、それこそ会長やマルゼンスキーさんなんて、私が勝てる相手では……」

 

 勝てる……相手では……。

 

「期待と責任には怯えても、他のウマ娘の強さは眼中にないか……。なんとも歪なことだ。さて、今日はここで解散しようか。困ったことがあったら言ってこいよ。それじゃ、あとは頑張って」

 

 こ、ここで話を切り上げるんですの!? ……というか頑張るって、なにを?

 

「……マックイーン」

 

 ふと、後ろから呼びかけられて振り向くと、顔を伏せた状態でライアンが立っていた。

 

「ライアン? どうかしま……」

 

「マックイーンにとって、あたしはその程度の相手でしかなかったっていうの」

 

 顔を上げたライアンの目には、燃え立つような光が宿っていた。 




このマックイーン、期待が重くて孤独は辛いが、自分が他のウマ娘に劣るとか思ったこともない。
ライバルだと思っていたライアンはキレた。

〇岐路に立つマックイーンを親目線で見守ってたトレピ君とメジロ家

おばあさま
「貴様、トウカイテイオーと仲が良いらしいな?」

トレピ君
「二人でベンチに座ってはちみーを飲む程度の関係です」

おばあさま
「清楚系令嬢の次は元気系ボクっ娘というわけか」

トレピ君
「清楚系令嬢?(ボブ訝)」

おばあさま
「まぁ、妾程度は広い心で許したる。じゃが、優先順位を間違えたら承知せんぞ?」

トレピ君
「そもそもなんの話してんだよ」

おばあさま
「いまならドーベルも付くぞ」

トレピ君
「ちょっと考えさせて」
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