理解のあるトレピ君   作:ゆーり

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ライアン怪文書。


近くて遠い君へ

 幼い頃からの憧れだった。走るのが早くて、上品で、綺麗で、堂々としていて、いつだって皆の期待に応えていて。

 

 言ったことはなかったけど、君を追いかけてあたしはトレセン学園に入ったんだよ?

 

 その後も『勝ちたいと思っていいんだろうか』なんて頭の悪いこと考えてたけど、いまは吹っ切れた。

 

 君が怪我をしてあまりレースに出られなかったこと、本当にすごく心配してたんだ。

 

 怪我を治してレースに勝つ君を見られたとき、とっても嬉しかった。

 

 菊花賞で君と戦うことが決まったときは緊張したよ。

 

 結局勝てなかったけど、これまでの中で一番強い自分で挑めたと思う。

 

 だから次の天皇賞こそは、君のライバルとして勝ってみせるって、そう思ってたんだ。

 

 なのに……。

 

「マックイーンにとって、あたしはその程度の相手でしかなかったの」 

 

 

―――――――――

 

 

 その声に込められた静かな怒気に、体がびくりと震えた。

 

 体を動かすことが大好きで、誰かのことを思いやれる優しい娘。それがメジロライアンだ。他者に敵意なんてものを抱く娘ではなかった。

 

 ……なのに。

 

「答えて、マックイーン。次の天皇賞、あたしも出るよ。君にとって、あたしはライバル? 同じメジロの名前を持つウマ娘? それとも、同じレースに出ているだけのその他大勢?」

 

 快活で、陽気で、爽やかな娘だった。なのに今は、燃えるような怒りを立ち昇らせながら、私を睨み付けている。  

 

「わ、私は……」

 

 正直に言って、なんとも思っていなかった。レースの相手として見れば、全員等しく敵なのだ。もちろん、他のウマ娘より注意は必要な相手。けれどそれは、そうと認識しておけば対処ができる程度だと判断しているからこその対応だ。

 

 私はいままでに、特定の誰かに勝つことを目的としたトレーニングやレースなんて、ただの一度もしたことがなかった。

 

「少しだけ不思議に思ってた。レースで勝った後のマックイーンは、トレーナーさんに対しては嬉しそうな顔をしてた。けど、それ以外は安心したって感じで、あんまり喜んでなさそうだった」

 

 正解だ。私にとってレースは責務であり使命。成すべきことを成せなければ、罵声と失望を突きつけられる。滞りなくこなせても、ありふれた賛辞の言葉を聞かされる儀式が待っているだけ。

 

「なにより、君は誰とレースで勝負していても変わらなかった。いつも通りを貫く姿を見て、それが君の強さなんだと思ってた。けどあれは、誰が相手でも大差ないと思ってるからだったんだね」

 

 勝つために必要な情報は覚えている。けれど、それ以上の個々に意識を向ける必要を感じたことがない。レース外ではともかく、ゴールを競う相手としては、知っているだけでそれ以上の興味なんてなかった。

 

「天皇賞はメジロのウマ娘にとって特別なレースだ。けど、そんなことは関係ない。ずっと近くにいて、憧れの対象だった君に挑む大一番。それがあたしの天皇賞だ! 答えろ、マックイーン! 君にとって、天皇賞で戦うあたしはいったいなんだ!」

 

「それ、は……」

 

 なんの言葉もでなかった。体が、ターフに立った時の孤独とは違うもので震えていた。

 

 だって、知らなかったのだ。ライアンがこんなにも私のことを見ていただなんて。

 

「……わかった。それが君の答えなんだね。君にレースで勝ったことのないあたしを意識しろだなんて、思い上がりだったのかもしれない」

 

 そう言ってライアンは、激憤に顔を歪ませたまま踵を返した。

 

「天皇賞で、必ず君に勝つ。君を追い抜いて、メジロライアンの姿を目に焼き付けさせる」 

 

 

―――――――――

 

 

 あの後、どうやって部屋に帰って床に就いたのか記憶が曖昧だ。イクノさんにも『心ここに在らずといった感じですが大丈夫ですか?』と心配をされてしまった。

 

 試しに彼女にも聞いてみた。『私のことをレースの相手としてどう思っていますか』と。昨日のライアンの宣言を聞いて、自分と周りのことが分からなくなってしまった。

 

 『超えるべき壁、目指すべき高い目標と思っています。いつか勝たせてもらいますからね』と、メガネを光らせながら言われた。冗談交じりのように言ってはいたが、はっきりと感じ取れた。紛れもなく本気だ。彼女も私を真っ直ぐに見ながら、勝つと宣言してきた。

 

 寒さではない、はずだ。なのに、体の震えが止まらない。なんだこれは。

 

「あれれ、どうしたのマックイーン。そんな体をさすりながら歩いてるなんて、もしかして風邪? 天皇賞も近いんだから、しっかり体調管理しなきゃ」

 

「テイオー……」

 

 レースに勝つということは、一番速くゴールに辿り着くということだ。それを複数で争う。自分と競争する妨害者。それだけのはずなのに。皆、あんなにも『マックイーン』を見ていたのか。

 

「これはやっと自覚した感じかな? まぁ、あれだけ熱い宣戦布告をされちゃったら、燃えないわけないもんねー」

 

「聞いていたんですのね。……その自覚というのは、なんのことだったんですの?」

 

 競争相手のことなんて、まるで見てなかったことで合っているのだろうか。

 

「メジロマックイーン。ここまで五戦五勝。うちGⅡが二回、GⅠが一回。デビュー当初は骨膜炎治療のため出走回避することが多かったものの、完治して以降は無敗。特に菊花賞と阪神大賞典の他者を全く寄せ付けない走りから、同世代最強のステイヤーと目されている」

 

 テイオーは質問の回答とは思えない内容を、台本を読み上げるように語った。

 

「ウマ娘メジロマックイーンの世間での評価だよ。それにしても本当に自覚してないだなんて驚いたよ。GⅠを含めた重賞レースでこれまで無敗。あのメジロライアンに菊花賞で勝利したウマ娘。マックイーンはさ、世代の全員から……ううん、上も下も合わせたウマ娘たちから、勝つためには超えなければいけない存在として認識されてるんだよ?」

 

 いつもの元気で子供っぽい雰囲気がまるでない。テイオーもまた、戦いの場に立つ者として真剣な目で私のことを見据えていた。

 

「もしかして昨日の会話、軽口だと思った? そんなわけないじゃん。ボクはね、本気で君に勝つつもりだよ。三冠を獲ってグランプリも天皇賞も勝利する。無敗の七冠という偉業の先へ至り、絶対を超える。そのためにマックイーン、君にも勝つ」

 

 厳かで重厚な気迫。いまのテイオーは、まさに"帝王"と呼ぶに相応しい様相だった。

 

「……うーん、あと半歩ってところかな。でも、敵に塩を送るのはここまで! あとは自分たちで解決してよね!」

 

 もう何が何だか分からない。私はいったいどうすればいいのだ。誰か教えてほしい。

 

「なに言ってるのさ。それを教えてくれる人が、君にはもういるじゃん」

 

「それはっ……。もう、あの方には頼らないと決めたのです」

 

 頼ってしまえば、弱くなるから。

 

「なに言ってるんだか。というかそれじゃボクが困るんだよね。弱いマックイーンを倒しても自慢になんないからさー」

 

 弱い? 違う。私は強く在るために頼らないのだ。

 

「思い込みなのか誰かに言われたのか知らないけどさ、そんなわけないじゃん。ボクの知っている最強のマックイーンはね、神戸新聞杯の時のマックイーンだよ」

 

 神戸新聞杯。私がトレーナーさんと共に歩むことになんの憂いもなかった頃……。

 

「頼って一緒になって強くなれるならさぁ、いくらでも力になってもらえばいいじゃん。そのためのトレーナーでしょ?」

 

 だってそれじゃ、寒さに耐えられない。菊花賞の時が限界で、いまも体の震えが止まらないのだ。

 

「寒さ? ああ、それで体をさすってたのか。菊花賞のことは分かんないけどさ、いまのマックイーンが感じてるそれって、本当に寒さなの?」

 

 寒さでないのなら、これはなんなのだ。

 

「だって君さぁ、いま楽しそうに笑ってるよ?」

 

 

―――――――――

 

 

「お、来たかマックイーン。おはよう、昨日はよく眠れ……はしなかったみたいだな」

 

「トレーナーさん、教えてください」

 

 頼ることはしたくなかったけれど、それでも確かめたくなってしまった。私はなぜ笑っていたのか。この体が震えはなんなのか。

 

 トレーナーさんなら、私に教えてくれるはずだ。

 

「いまはターフに立っていないのに、体の震えが止まらないんです。きっと、天皇賞に挑むことが怖くなったんだって思ってたんです。けれど、テイオーには楽しそうに笑ってると言われました。トレーナーさん、これはいったいなんなのです」

 

 テイオーは分かっているようだったが、結局教えてくれなかった。

 

「なんなのってそりゃあ、武者震いだろ」

 

 ……武者、震い?

 

「日々の厳しいトレーニングに耐え、己の才能と努力を以て鍛え上げ、全身全霊でレースに挑む。そして、強いやつは標的にされる。誰も彼もがお前に勝つって想いながら走るんだ。そんな感情を向けられて、ウマ娘の本能が疼かないわけないからな」

 

 本能だなんて。私はそんなものを満たすために走っているわけではないのに。

 

「お前は天皇賞の一番人気だからな。周りのライバルから熱い視線がビシバシ刺さってきてるのに気付いてないんだから、ある意味大物だよな」

 

 おばあさまは、対戦相手よりもゴールを見ろって……。

 

「そうだな。間違ってないよ。けど、レースを楽しむなら周りを意識してみるのがいいぞ。なにせ、寒さなんて感じてる場合じゃなくなるからな」

 

「そんなことでこの寒さを消すことができるわけがありません!」

 

 ターフで孤独という事実も、私に掛かる大人たちの『期待』も、なにも変わりはしないのだ。

 

「敵しかいない戦場ではそうかもな。だが、お前はターフでライバルたちとレースをするんだ。勝ち負けが全てじゃない。あのギラギラと燃えてる連中と向き合えば、お前の中にも炎が灯るさ」

 

 私の中の炎……。

 

 

―――――――――

 

 

 ……ひとたび意識してみて、よく分かった。どうやら私は相当に感性が鈍かったらしい。

 

 午後のひととき、食堂で紅茶を飲んでいるだけで見られている。それも、穴が開くほどに。

 

「ライアンだけではなかったのですね」

 

 最も強い視線を寄越しているのは、天皇賞に出るウマ娘たち。次いでステイヤー、中距離の有力なウマ娘。

 

 レースで競う相手として、自分は分析されている。

 

「考えてみれば、当然のことですわね」

 

 レースは一発勝負だが、福引きのような運ゲーではない。その前段階から勝負は始まっている。

 

 体の仕上がり。採る作戦の読み。枠番ごとのシミュレーション。当日の調子。勝つために確認しておくことはいくらでもある。

 

「これも甘え頼ってきたツケなのでしょうね」

 

 トレーナーさんと組んでからは全て任せきりだった。そして、言うとおりに走るだけで勝てた。

 

「私は、ウマ娘としても競技者としても下の下だったのですね」

 

 実力の話ではなく、在り方の話だ。人当たりは丁寧で上品。他者を蔑むこともない。

 

「……それで十分だなんて、どれだけ傲慢なのか」

 

 己がウマ魂の欲求に目を向けることも、相手をリスペクトすることもなかった。互いに健闘を称えても、私のそれはあまりにも薄っぺらい。お決まりの定型文を音に出すだけ。

 

「メジロの使命に同調できない者は不要だなんて、どの口で言っていたのやら」

 

 『勝ちたいと思っていいんだろうか』と悩んでいたライアンを笑えない。他者を慮ることもせずに、自分への同調を求めるなど失礼すぎる話だ。

 

「マックイーンちゃん! やっと見つけたの~!」

 

 ……え?

 

「アイネスさん?」

 

 私たちの世代のダービーウマ娘、アイネスフウジンが涙を流しながらすごいスピードで駆け寄ってきた。

 

「このままじゃアタシ潰されちゃうの! 責任持って対処してほしいの!」

 

「ええと、いきなりなんですの? 潰すだの責任だの、あまり穏やかではありませんわね」

 

 その親しみやすさと頼りがいのある性格から、大概のウマ娘から好かれているはずのアイネスさんを潰すなんて言う者がいるとは驚きだ。

 

「昨日からライアンちゃんがめっちゃ怖いの! いきなり『今から3200m全力で逃げて。あたしが差すから』って据わった目でトレーニング強要されるし! あたし、ダービーでも限界だったのに長距離で逃げなんてしたら脚がぶっ壊れちゃうの!」

 

 おおう……。これ、どう考えても私のせいですわね。

 

「トレーニングに付き合うフリして逃げてきたの! 天皇賞の距離ってことはマックイーンちゃんが関わってるんでしょ、なんとかしてほしいの!」

 

 なんとかと言われましても、非常に顔が合わせづらい。

 

「おい、離せよライアン! ゴルシちゃんはこれから海に鯛の一本釣りに行くんだよ、旬を逃しちまうだろ! くそ、力つえーなコイツ!」

 

 食堂まで聞こえる大声に外を見ると、ゴールドシップが首根っこ掴まれてライアンに引き摺られていた。

 

「真鯛なら秋も旬ですよ。その時に協力してあげますから今は黙って走ってください。アイネスには逃げられるし、ライスさんはへばってしまったので他のステイヤーを探すのに苦労していたんですよ。ゴールドシップさんは脚質は違うかもしれませんが、マックイーンになんだか似てるのでちょうど良かったです」

 

「なんもよくねーよ! 誰か助けてくれー!」

 

 ゴールドシップが周りに助けを求めるだけでも異常事態だが、ライアンの目付きがヤバい。進路にいる全員が目を背けて道を空けている。

 

「そんな、もうライスちゃんまで……。このままじゃ犠牲が増える一方なの」

 

 結局、誰も助けに入らぬまま二人はグラウンドへと消えて行った。

 

 ライスさんとのトレーニングでかいた汗が蒸発しているだけなのだろうが、目付きと声に圧がありすぎて、戦意で景色が歪んでいると錯覚しそうだ。いや、あれ本当に景色が歪んでないか。

 

 ……どうやら、こちらも腹を決めねばならないようだ。

 

 ガタリと席から立ち上がる。

 

「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません、アイネスさん。私、行って参りますね」

 

「おお! ありがとうなの、マックイーンちゃん! これで学園は救われるの!」

 

 決意を新たにして宣言する。

 

「私も天皇賞に勝つために全力を尽くす。そのために、トレーニングルームに行って参ります」

 

「え、そっちなの!?」

 

 

―――――――――

 

 

 正直、分からないことだらけで、もう疲れた。

 

 他のウマ娘に目を向ければ、本当にターフで寒さを感じないのか。

 

 ライアンがあそこまで本気になってくれるだけの価値が自分にあるのか。

 

 ……けれど、二つだけ分かったことがある。

 

 今のライアンは強い。私が、初めて敗北を予感するほどに。

 

 そして、出走する全員が本気で天皇賞を獲りに来ている。

 

 私がトレーナーさんを捨ててまで得ようとしている天皇賞の盾を、奪おうとする輩がいる。

 

 許せない。

 

 それだけは、絶対に許せない。

 

 いいだろう。そんなに『私との勝負』がしたいのなら、やってやろうじゃないか。

 

 周りの大人たちではなく、ライバルである貴方たちの『期待』に応えよう。

 

 いままで生きてきて一度も感じたことない熱が、沸々と湧き上がるのを感じる。

 

 メジロの家など関係ない。この衝動のままに、全員叩き潰す。




嘘(?)予告
次回「キレたライアンvs逆ギレしたマックイーンvs巻き込まれたパーマー -メジロ大戦争-」

〇ライアンの宣戦布告を覗き見してたトレピ君とメジロ家

トレピ君
「というわけで、マックイーンとライアンによる全面戦争が始まったで」

おばあさま
「清楚系令嬢と爽やかスポーツマンやと思ってたのに、なんで骨肉の争いになるんや」

トレピ君
「パーマーも家出してるし、育てた大人の顔が見てみたいですわ(笑)」

おばあさま
「メジロの当主たるワシを愚弄するか(´・ω・`)」

トレピ君
「俺の予定とも全然違うし、本当に雨降って地固まってくれるのかこれもうわかんねぇな」

おばあさま
「はぁー、これどっち応援したらええんや。心労でどうにかなりそうや」

トレピ君
「それは自業自得やろ(鼻ほじ)」
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