「二人目の担当をスカウトする?」
マックイーンが天皇賞を制してからはや一ヶ月。
理事長の秘書を務めるたづなさんから、そんな提案をされた。
「はい。優秀なウマ娘の育成と輩出がトレセン学園の使命。マックイーンさんを育てた実績を持つあなたなら、専任と言わずチームを持つことも可能だというのが、理事長と私の見解です」
育てたと言ってもシニア級への挑戦は始まったばかりなのだが。
最大の目標である天皇賞こそ獲ったものの、マックイーンがレースにやる気を見せている以上、これからも手を抜くわけにはいかない。
さらに複数のウマ娘を未来を背負えるだけの余裕があるかどうか……。
「少々下世話な話かもしれませんが、トレーナーとしての評価に関わる部分でもあります。時期を指定したりはしませんが、ぜひご一考ください」
……評価ねぇ。
トレセン学園のトレーナーのお給料というのは、基本給+歩合制だ。
歩合の部分は担当ウマ娘のレース結果がそのまま反映される。
正直、GⅠで勝利することができるウマ娘であれば専任でも相当な高給取りになれるのだが。
だが、チームになると戦績が反映された予算が別途割り当てられ、使い方もほぼ全権がトレーナーに委ねられる。
こうなると遠征や合宿でお高いホテルなんかも使えるようになってプチセレブ状態になるらしい。
「菊花賞辺りではなにも言われませんでしたけど、なぜこのタイミングで?」
マックイーンの調子が安定してなかったならともかく、傍目からは全戦全勝の絶好調に見えたはずだ。
「実力はともかく、その精神性に不安があることを理事長は見抜いていました。あなたについても、レースの結果よりマックイーンさんをどう導くかを見られていたんです。そして見事、あなたは学園側の期待に応えてくれました」
……ほぼマックイーンの独力で成長したことがバレたら、俺はクビかもしれんな。
「スカウトのことは即答できません。マックイーンの意志も確認しないといけませんから」
そう伝え、たづなさんと別れる。それにしても、マックイーン以外のウマ娘か。
本来は天皇賞で切れるはずだった契約だ。当然、次を考えておくべき状況ではあったのだが、俺はなにも行動を起こしていなかった。
結果的にマックイーンが契約続行を言い渡してくれたものの、そうならなければどうするつもりだったのやら。
「……案外、執着しているのかもしれないな」
トレーナーが担当の障害になるなど論外。悪い入れ込み方をする前に対策を打つなら、二人目というのは良い話かもしれない。
――――――――――
「という訳で、二人目をスカウトしようと思う。なにか意見はあるか?」
「却下します。この話はこれで終わりですので、二度と話題に出さないでください」
ええ……。
にべもなく却下されてしまった。
「あのですねマックイーンさん。これは学園側からの要請でもありまして、検討や試行すらしないのはちょっとですね」
即断したマックイーンは顔を背けてこちらと目も合わせようとしない。
「なにがそんなに不満なんだ? メジロ家との確執も解消されたし、俺が担当を外れるわけでもない。練習パートナーができるという意味では、お前にもメリットがある話だぞ」
レースだけでなく、トレーニングにおいても競える相手が居ると居ないとでは大違いだ。マックイーンに近い実力を持つ未デビューなんぞ居るわけもないが、お互いに良い刺激を与えることはできるかもしれない。
「メリットがあることは承知しています。それが、トレーナーさんにとってプラスであることも。ですので、これは私の我儘です。貴方には出来るだけ私の育成に集中してほしい」
菊花賞と天皇賞(春)を制したマックイーンは今年の人気上位ウマ娘だ。グランプリへの出走もあって、より困難なレースは増えていく。大切な時期が続いていることは事実だが……。
「テイオーは宣言通りに二冠を達成しました。菊花賞を獲れば次は確実に天皇賞です。それまでに、私もさらに力を付けないといけません」
そこまでライバルとして特別視していたのか。
確かにダービーでテイオーが見せた走りは圧巻だった。今すぐシニア級に乗り込んで来ても、通用することは間違いないと感じさせられた。
「でもそれ一年後の話だぞ。学園も文句までは言ってこないだろうけど、検討くらいはしてもいいと思うんだけどな」
中距離なら最強のライバルかもしれないが、長距離まで判断を下すのは時期尚早だと思うが。
「……もう。分かりました。はっきり言います。しばらくは貴方のことを独占しておきたいのでスカウトは却下します」
……え、いまなんて?
「去年はなんのかんのとメジロ家の使命が付いて回っていましたから。なにも気にせず一人のウマ娘として貴方とレースを戦い抜く。そんな一年にしたいんです。だから、せめて今年は私だけを見てください」
見んねライアン! 卑しかウマ娘ばい!
「マックイーンってそんなキャラだっけ? もう少し取り繕うタイプだったと思ったんだが」
あと、俺はもっとこう切羽詰まってる感じのウマ娘をグズグズに溶かしてくのが好きなんだが。
「取り繕う理由が全てなくなりましたから。もっとも、取り繕う仮面を付けていた時期が長すぎて、外し方が良く分かっていません。少し暴走気味かもしれませんが、気にするつもりもないので」
いや少しは気にしなさいよ。別にパーマーみたいに家出するわけじゃなくて、メジロの令嬢としてはやっていくんでしょ?
「時と場所はちゃんと選びます。羽目を外すのはこの部屋と実家くらいにします」
羽目を外す……その一環がいまの自分たちの状態なのだろう。
「最近は気温も上がって来たし、この体勢はちょっと暑くないか?」
天皇賞を制したマックイーンから、初めてとも言える欲しいモノのおねだり。要求されたのは、三人くらいが座れそうなソファと大きなテレビだった。
一緒にレースの映像を見て研究するというのが理由だったので深く考えず購入したのだが、もっぱらリラックスタイムの映画鑑賞に使用されていたりする。
発送先が学園のミーティングルームじゃなくて俺の部屋だった時点で気付けよ、過去の俺。
「趣味と実益を兼ねていますので。私が一番落ち着けるように計らうのが貴方の役目です」
そう言って俺に引っ付いて肩に頭を預けるマックイーン。練習後に軽くシャワーを浴びただけのはずなのに、なんだかいい匂いがするのは女性だからか、ウマ娘だからか。
「レースの熱さも好きですが、この人肌の温かさも心地よいですね。このまま眠ってしまいそう」
勘弁してくれ。
「寮に運ぶのが面倒だから寝落ちは止めてくれよ。周りの目が痛いんだぞ、あれ」
フジキセキの生暖かい視線と言ったらもうね。
「今日はメジロ家に外泊すると伝えているから問題ありません。おばあさまにも伝えています」
甘やかしすぎだろ当主! メジロの連中は全員振れ幅が極端なんだよ。中庸とかほどほどって対応ができないのか。
「ダメに決まっているだろう。俺がURAから追放されるだけならともかく、他に迷惑が掛かりすぎる」
ウマ娘やトレーナー用の寮もトレセン学園が管理する敷地扱いだからこそ、こうやって部屋に来ることも許容できているだけなのだ。
本来なら速攻でマスコミにすっぱ抜かれてワイドショーで食い物にされるところである。
「むぅー。仕方ありませんわね。無理を通して全てご破算になってはいけませんもの」
はぁ……。こういうところの聞き分けは良いのがせめてもの救いか。
「うん? こんな時間に業務連絡とは珍しいな」
スマホが鳴ったと思えば、この着信音は学園からのモノだ。
たづなさん、まだ仕事してるんだろうか。あの人の滅私奉公ぶりには頭が下がる。
……げ、これは。
「どうかしましたの? なんだか苦い顔をしていますが」
「ああ、まぁちょっとな」
心構えをさせるために言ってきたんだと思ってたが、割と本気なのかな。
「ふーん。隠さず見せてください」
あ、スマホ返せよ! 親しきなかにも礼儀ありだぞ!
「大人しくしてくださいませ。力で勝てないのはご存じでしょう?」
スマホを取り返そうと手を伸ばすとスルリと抜けられて、逆に俺の顔面に向けて脚が伸びてきた。
「ふぁ!? ぐぇっ……」
一瞬で首に脚が回ったかと思ったらそのまま首四の字固めをかけられた。
力じゃなくて技じゃんこれ!
「ギブギブ! お前これ令嬢のやることじゃねーだろ!」
「ご心配なく。締め落とすつもりなんてありませんし、動きを制限するだけです。……なるほど、スカウト候補ウマ娘のリストですか」
たづなさんから送られてきたのは、次回の選抜レースに出走する予定のウマ娘たちのリストだった。
トレーナー権限で調べれば分かる範疇の情報とは言え、各ウマ娘の適正などの情報も書かれており、俺にスカウトさせたいのが伝わってくる。
『駿川たづなオススメ!』とかいう印も付けられていたが、微妙に職権乱用ではなかろうか。
中距離の逃げウマ娘が多いのはたづなさんの趣味なのか、マックイーンとは別タイプを育ててみろというお達しなのか。
「引き抜きを防ぐために枷を付けようという魂胆でしょうね。余計なことを。データは削除しておきますので」
ちょっとぉ!? 学園からの正式な業務連絡だから! これでも俺はサラリーマンだからそれはマズいの!
「心配しなくても、職を失ったらメジロ家で相応のポストを用意します。安心して私の育成に集中してくださいな」
そういう権力にモノを言わせるやり方はよくないんだぞ!
「ええ、そうですわね。これはメジロの血の悪いところです。だから、それに頑として否を突きつけられる貴方を我々は必要としています。無理強いはしませんが、頭の片隅にでも覚えておいてください」
分かったからそろそろ放してくれないだろうか。あと、スマホ返して。
「はい、どうぞ」
こいつ、本当に消してやがる! たづなさんに何て言い訳すればいいんだよ……。
「しかし困りましたわね。理事長とたづなさんが諦めるとも思えませんし、こちらも何か手を打たないと」
なんでそんなに学園の方針とぶつかり合おうとするの? 受け入れればいいじゃん。
「本気でぶつかり合うことの大切さを天皇賞で教えてもらいましたから」
やかましいわ。
「そうですわね。宝塚記念にしましょう」
いやなにが?
「スカウトについての所信表明。スカウトするというのなら、方針くらいは明言しておくべきでしょう」
まぁ、それは確かに。……俺が甘やかせるやつ以外に方針なんてものはないけど。
「それを伝える訳にも行きませんから、基本的には私からの条件だけ話すようにしましょうか」
なんで俺のスカウト方針にマックイーンの条件なんてのが加わるんだよ。
「あら、それは貴方のお眼鏡に適いさえすれば私の意志は無視してスカウトするという意味ですか?」
……むっ。
「そんなことはしない。学園からの要望に沿うように努力はするが、いま担当しているお前を蔑ろにする選択はなしだ」
「ふふ、なら何も問題はありませんわね」
上下関係とかどうでもいいけど、最近マウント取られっぱなしなのは流石にどうなんだろうか。
ここいらでトレーナーの威厳というものを改めて教える必要がある気がする。
「もういい時間ですわね。お風呂に入って床に就くとしましょうか」
そうだなー、……って。
「屋敷まで送ってやるから、さっさと帰る準備をしろ!!」
〇メジロ家のおばあさまとアルダン
おばあさま
「そわそわ……」
アルダン(引退して割と暇)
「おばあさま、どうかなされたんですか?」
おばあさま
「いや、その、マックイーンが今日帰ってくるやろ? 待ち遠しくて」
アルダン(引退して割と暇)
「……え? あれはトレピさんの家に泊まるためのアリバイ作りなので来ないのでは?」
おばあさま
「あのクソ野郎! うちのマックイーンを毒牙にかけるつもりか! 出会え者ども! 討ち入りじゃ!」
アルダン(引退して割と暇)
「あれ? マックイーンはおばあさまにも了承を得られたと言ってましたが」
おばあさま
「当主の仮面なしで話せるのが嬉しすぎてぶっちゃけ内容が頭に入ってきてない」
アルダン(引退して割と暇)
「ポンコツすぎる」
〇どうでもいいトレピ君の設定
ウマ娘の能力を伸ばすという点ではあまり優秀なトレーナーとは言えず、マックイーンの強さ自体は本人の才能に因るものだったりする。
ゲーム風に言うとトレーニング効果やステータスアップ、スキル・ヒントは持ってないタイプ。
持ってるのはお出掛け時のバステ解除、トレーニング時の体力消費軽減、失敗時のやる気ダウン・バステ付与、体力消費・ステータスダウンを確率無効などなど。
たづなさんを更に安定重視に特化させた感じ。