私はビルの屋上に立っていた。
10階以上はあるだろう高いビルだ。
どうして此処に居るのだろう。今は何時だろう。
私は思った。しかし、もうどうでも良かった。
しかし今からやるべき事は分かった。此処から飛び降りるのだ。
そうすれば解放される。そう思った。
私は手すりを乗り越え、誰もいない路地に向かって跳んだ。
地面に着くまでの短い間、私のたった14年の人生の走馬灯が見えた。
*
私は、東京のそこそこ裕福な家庭に生まれた。
父は高名な弁護士で、全国各地を飛び回り、休日に家に居ないこともしばしばあった。
母は有名な大学の教授で、自分の実験室を持っており、家に帰って来るのが遅かった。
その為、私は幼い時はほとんどの時間を祖母の家で過ごした。
祖母はとても厳しい人だったが、その厳しさは私への愛情に裏打ちされた厳しさで、私は祖母と一緒に居るのが好きだった。
しかし、私が保育園に通い始めると、段々と祖母とは疎遠になっていった。
そして、両親による英才教育が始まった。
両親は私に読み書きを覚えさせ、一通りできる様になると、ピアノ、バレエ、英会話、そろばん、華道などの習い事を私に課した。
どの習い事の先生もとても厳しかったが、私は両親の期待に応えようと必死にそれらをこなした。
両親は私が成果を挙げても「それくらいで出来て当たり前のことだ」と言い、私が失敗すると「そんなことも出来ない子は、うちの子じゃない」と私を
小学校に入学してからも、習い事でロクに友達と遊ぶことが出来ず、家に帰ってから母に教えられる勉強も苛烈さを増していった。
そして、私が中学一年生の時の夏、ずっと私の心の支えだった祖母が亡くなった。
祖母を亡くした後、私はふさぎ込み、友達との付き合いも嫌になって、学校では一人で本を読んだり勉強したりして過ごすようになった。
そんな私から友達は徐々に離れていき、次第にクラスで孤立していった。
私がいじめを意識し始めたのは、冬頃だった。
ある日、私が学校に来て下駄箱で上履きを履こうとすると、上履きが片方無い事に気付いた。
私がそれを探してきょろきょろしていると、後ろからクスクスと笑い声がしてた。
私が振り向くと、そこには私の上履きの片方が落ちていて、何人かが廊下を走っていくのが見えた。
その後は、机に落書きをされたり、筆箱の中身を盗まれたり
遂に耐え切れなくなった私が担任に相談し、担任がクラスメイトたちに注意をしたおかげで、嫌がらせは一旦沈静化した。
しかし、私が二年生に進学してしばらく経つと、またいじめが始まった。
新しいクラスでもどのグループにも入らずに一人で過ごしていた私は、すぐにクラスのいじめっ子に目を付けられた。
ある日、私が本を読んでいると、クラスのリーダー格の女子生徒とその取り巻きに囲まれた。
「あんた、いつもノリが悪いよね~。もっとこっちの事考えてよ。あんたがいるとクラスが暗くなるの」
「そうそう~いつも本ばっか読んでるし」
「なんか陰湿だし~」
「わ、私は陰湿じゃないよ……」
「陰湿の癖に言い返して来るなんて、生意気ね」
「そうだ!今からあんたのあだ名は陰湿ね。」
「だから私は陰湿じゃ……」
「うるさい。あんたは黙って私たちの言う事聞いてればいいの。」
私がいくら言い返しても無駄だった。そこから私の地獄の様な日々が始まった。
「ねえ陰湿、体育の片づけやっといて」
「陰湿、私たちの分も掃除やっといて」
「なに?無視?ナメてんの?」
私は最初の方は無視していた。しかし無視を続けると、机やノートに落書きをされたり、体操服を汚されたりと嫌がらせをされた。
最初の方は見て見ぬふりをしていた他のクラスメイト達も、段々と私をいじめ始めた。
「こっち来んなよ。陰湿菌が伝染るだろ」
(なんで?私は菌じゃ無いのに。)
「陰湿の癖に漫画なんて呼んでるの?あたしに頂戴よ。陰湿は本読んどけばいいんだよ」
(それは私のなのに……)
担任に相談して注意してもらったが、いじめは止まなかった。しかも彼らは大人の目がある所ではおとなしく振舞っているのだ。
親にも相談したが、帰ってきたのは
「そんなもの無視すればいいでしょう。それよりあなたはいい高校に入っていい大学に進む為にもっと勉強時間を増やしなさい」
という無責任な言葉だった。私は、親が私の事を自分達の名誉のための駒としか思っていない事を悟った。
そうしている内に、二年生最初の定期テストが行われた。
私は元々一日の内かなりの時間を勉強に割いていたので、ほとんどの教科で満点をとり、当然の様に一位になった。しかしそれがまずかった。
私の学校では、テストの順位が教室に張り出される。テストが終わって暫くした日、その紙が張り出されたので皆自分の順位を確認するためにそこに群がっていった。
その中にあのクラスのリーダー格の女子の姿もあった。彼女は自信満々にその紙を見に行ったのだが、結果を見た途端顔色を変えて私の方を睨んできた。私が一位で彼女が二位だった。
「陰湿!なに一位とってんの?ありえないんだけど?」
「え……」
「『え……』じゃないでしょ!」
正直何を言っているのか分からなかった。
「授業始めるぞー。席着けー」
そこに先生が入ってきて一旦会話は中断された。
その後は会話は無かったが、放課後、私は誰もいない体育館裏に連れていかれ、数人の女子たちに囲まれた。
「陰湿。なんで連れて来られたか分かってるよね?」
「なんっでって……」
「あんたがテストで一位を取ったからでしょうっ!あんたは人のことも考えられないの?」
「人の事って……」
「うるさいっ!」
バシッッ
直ぐに頬に痛みが走る。しかし人生で初めて他人から暴力を振られた私は、何が起こったのか直ぐに理解できなかった。
ドスッ
彼女はそのまま腹を殴ってきた。鈍い痛みが腹を襲う。私は痛みに耐えきれず、その場に崩れ落ちた。
「あんたがっ、陰湿の癖にっ、一位を取るからっ、一位はあたしの物になるはずだったのにっ!」
ドスッ、ドスッ、ドスッ。
連続で体中を殴られる。それを見ていた他の女子たちも私の事を蹴飛ばしてきた。
「もう二度と一位を取らなけらばいいの。分かった?」
彼女たちは、私を散々痛めつけたあと、そう言って帰って行った。しばらく私は呆然としていた。そして、痛む体を動かして家路に着いた。
(なんでこんな事になったんだろう……。私が何をしたって言うの?)
(結局みんなそうなんだ。少しでも気に入らなければ暴力を振るい、自分の為に人の物を奪う。人間なんてそんなものだ。)
(もう誰も信じられない。人間なんて信じられない。私に味方なんて居ないんだ。)
気付けばそんな事を考えていた。
それから、私に対する嫌がらせは更に過激さを増していった。
そして、また定期テストの時期になった。
(もうあんな事はいやだ。殴られたく無い……。)
私は、暴力を振るわれる事に対する恐怖心から、テストで手を抜いた。わざと答えを間違えた。
しかし、私は手を抜きすぎた。
「なんなの⁉この点数は!」
私は親に怒られていた。暴力への恐怖から私はテストで70点を取ってしまったのだ。しかも三つも。
「こんな点を取る子はうちには要りません!暫く外で反省しなさい!」
私は家の外に締め出された。
これがきっかけだった。既に壊れかけていた私の心は、唯一の安全な場所である家を
その後の事は覚えていない。気付いたらビルの屋上にいた。
*
地面がすぐそこに迫っている。
(やっと解放される。もう誰にも虐げられなくていいんだ……)
私はそっと目を閉じた。直後、凄ましい衝撃と共に私の意識は暗転した。
プロローグが3000文字って……
最初からテラの世界を期待していた方はごめんなさい!次からテラ編です。
申し遅れました、作者のRinverです。これからどうぞよろしくお願いします!