プロヴァンスがある部屋の前で足を止めた。
トントントン。
「入って良いぞ。」
私達はその部屋に入る。少し殺風景な部屋だ。幾つかの棚と観葉植物、ソファーとテーブル、デスクしか無い。デスクには大量の書類が整然と置かれており、1人の女性がパソコンで作業している。その人はこちらを見ると立ち上がり、歩いてくる。
綺麗な人だ。短めの銀髪に同じ色の猫耳。そして強い意志を感じさせる眼光を湛えた薄緑色の瞳。
「プロヴァンス、レオンハルト、調査ご苦労だった。……その子は?」
「エアースとコンパスが調査地域の探索中に発見して、保護しました。」
「そうか……。少し話をしたい。2人は外で待っていてくれ。」
「分かりました。」
2人が部屋から出ると、ケルシー先生は私にソファーに座るように促す。私が腰を下ろすと、彼女も反対側に座った。
「さて。まずは自己紹介をしようか。私はケルシー。ここロドスで医者をしている。君の名前は?」
「私はカミル、です。」
「ふむ。カミル、君と少し話がしたい。大丈夫か?」
「は、はい。大丈夫です……。」
「ありがとう。そうだな、何か分からない事があったら先に質問してくれ。私が答えられる範囲ならどんな質問にも答えよう。私からの質問はその後にしよう。」
「え、えっと……ここは、何なのですか?」
「ここはロドス・アイランド製薬会社。ロドスでは主に
「オリパシー?」
「……鉱石病を知らないのか?鉱石病とは、長期に渡って
「オリジニウムとは……?」
「源石はこの大地に普遍的に存在する鉱物で、その大半は黒く透明な結晶だ。強大なエネルギーを持っており、様々な工業製品に利用されている。他に質問は?」
「特に……無いです。」
「分かった。では私から質問しよう。答えたくない質問は答えなくても良いが、正直に答えて欲しい。」
「は、はい。」
「君はプロヴァンス達の調査地域に居たと聞いたが、何故そこに居たんだ?」
「……分かりません。」
「分からない?記憶が無いという事か?」
「いえ……。その前の事は覚えています……。」
私の身に起こった事を話しても信じては貰えないだろう。あまりにも荒唐無稽な話だ。でも、一度だけでも誰にも理解され無かった私の苦しみを聞いて欲しかった。
「あの……少し長い話になるかもしれませんが、私の話を聞いてくれますか?」
「ああ、問題ない。時間はたっぷりある。」
「私は……実は一度死んでいるんです。死んだはずなのに、気付いたらあそこに居て……。それに、私が居たのはこことは別の世界だと思います。オリジニウムなんて物は聞いたことが無いですし、耳や尻尾がある人はいませんでした。」
「……それで?」
ケルシー先生の顔には微かに驚きが浮かんだが、すぐに元に戻った。私は促されるままに、私が経験した事を全て語った。
幼い時の祖母との思い出。私の事を駒としか見ていなかった両親の厳しい教育。馴染めないクラス。祖母の死。クラスメイト達によるいじめ。暴力。自殺。そしてこの世界に来てからのこと。思い出す程、自分が何のために生きていたか分からなくなる。
「私は、何でまだ生きているんでしょう?死んだはずなのに。一度死んだ私は、生きていちゃいけないんです。生きていても……辛いだけです。」
「それは本心か?」
「え……?」
「本当に死にたいと思っているのなら、君はここに居ないはずだ。やろうと思えばもう一度死ぬことも出来たはずだ。何故そうしなかった?」
「……っ!」
「もう一度聞こう。カミル、君は本当に死にたいのか?」
確かにそうだ。僅かに残った生への執着が、二度目の死を拒否していた。本当は、何も成さず、何の意味もなく人生を終わらせたく無かった。
「私、私は……。」
「生きたいか?」
「生きたい……生きたいです。こ、このまま無意味に人生を終わらせたく無いです。」
「そう望むなら、生きろ。生きていれば苦しいことも多くあるだろう。それこそ数え切れない程。しかし、それを超える喜びを見つけることもできる。我々はできる限りの手助けをしよう。しばらくここに居て、やりたい事を探してもいい。」
「私の話を……信じてくれるのですか?」
「確かに君の話はとても不思議なものだ。普通の人が聞いたなら、ありえないと一蹴されるだろう。しかし君は誠意をもって話をしてくれた。君を信じるにはそれだけで十分だ。信頼し合う事、それはロドスをロドスたらしめているものなのだから。」
こんな風に話を聞いてもらったのは何年ぶりだろうか。祖母を亡くしてから、私の言葉に耳を傾けてくれる人は一人もいなかった。だけどこの人は私の話を根気よく聞いてくれたばかりでなく、素性が分からない上に、ありえない話をする私を信じてくれた。その上、私の「生きたい」という潜在意識を見抜いて、背中を押してくれた。どれだけありがたい事か。……覚悟を決めよう。どんな苦しみの中でも生きていく覚悟を。
「……一度死んだ者が生まれ変わっているのはおかしなことかもしれません。でも、私という存在が意味を持つ為に、私が得たこの生を大切にしたいです。」
「そうか。私は君の事を応援するよ。カミル。君がこの大地で生き残れる様に。」
「はい。前の名前は何故か覚えていませんから。」
「分かった。まだ聞きたい事は沢山あるし、君に教えなければならない事もあるが、それは明日にしよう。今日は宿舎の空いている部屋に泊まってくれ。食事は部屋に運ばせよう。明日の午前中は医療部で検査を受けてもらう。午後は今後の事にもついて話し合おう。」
「私の話を聞いて下さって本当にありがとうございます。おかげで自分の本当の想いに気付く事が出来ました。」
「それは良かった。……君は自分を守るために自分の心を騙していたのだろう。それは人間の防衛機構だから咎められる事では無い。しかし、自分を偽って生きるのは良くない。自分を偽り続ければ、自分の意志はどんどん摩耗していってしまう。そうなってしまえばそこにいるのはもう自分では無い。ただ他人に同調し、周りの流れに身を任せ生きている空虚な抜け殻だ。それはとても生きているとは言えない。カミル、君には自分の気持ちに正直に生きて欲しい。自分の気持ちに正直になり、他人の考えを柔軟に受け入れる事は、人生に意味を見出す助けになる。……すまない、少し難しかったな。」
「いえ、良く分かりました。」
「そうか。今日は疲れただろう。ゆっくり休むといい。部屋には二人に送らせよう。プロヴァンス、レオンハルト、入って来ていいぞ。」
「終わりましたか?」
「ああ。悪いが今からカミルと一緒に支援部に行って空いている部屋を探してくれるか?」
「分かりました。じゃあカミル、付いて来て。」
私は2人に付いてケルシー先生の部屋を後にした。
また間が空いてしまってすみません。もう少し投稿ペースを上げたいと思います。
今更ですが、コンパスについて。彼はオムニバスストーリー「ウルサスの子供たち」のロサの所に出てきたロドスの一般オペレーターです。これ覚えている人いるんでしょうか……?