数人の武装した男達が、物陰に隠れるようにしながら、死体と瓦礫に埋め尽くされた道を歩いている。その内の一人、金属バットを抱えた青年は、高鳴る心臓の鼓動を抑えようとして、血と死の蔓延する空気を大きく吸った。生臭いこの世界の臭いを好きにはなれないが、それを堪えるだけの価値があると思いたい。
彼らはここ数日の間に、夜間の見張りをしていた仲間達から聞いた噂を確かめにやって来ていた。どうやら数人の生きた女子高生が、赤い車でガソリンスタンドに立ち寄った後、モールの方に向かったと言うのだ。もしそれが本当ならトンでもないお宝にありつける事になる。
彼らの属する徒党に女は一人も居ない。となればこの数ヶ月で男としての欲望は溜まる一方だ。もしも捕らえる事が出来ればそれを好きな時に自由に解消出来る。この法も秩序もへったくれも無い世界で、彼らの行いを止める者は誰一人居ないし、もし仮に現れたとしても力と数に物を言わせれば敵では無い筈だ。彼らは今までもそうして、接触した他の生存者を襲っては物資を略奪して生き延びていたのだった。
彼らはうろつく死者の群れから身を潜めつつ、時には命からがら逃れたり排除しながら、ようやっとモールの付近に辿り着くと、ゾンビどもが何故か大暴れしている駐車場とその周囲を遠巻きに眺められる位置に陣取って、赤い車と女子高生達を血眼で探した。どこに停まっているのだろうか予想がまるで付かないが、子供の考える事だ、順当に考えれば駐車場側になるだろうと思ったのだ。或いは、社会システムが生きていた頃の固定観念の名残に囚われていたと言うべきか。
今度の獲物は逃すには惜しい大物だ。中には逸る気持ちで既に捕らえた後の事を考えているのか、間抜け面を晒す者すらいる始末だ。しかし表情はそれぞれ違えども、感じる事は皆同じだった。若い実を食える。きっと長く楽しめる事だろう。その時を夢見て、下卑た狩人達は鋭く尖らせた視線を巡らせた。
だが、正面入り口の方から響いたエンジン音が、急激に遠くへ走り去っていくのを耳にした時、誰もがしまったと思った。まさか逃がしたのか。誰か一人でも知恵を働かせて建物正面にまで回ろうと言う気は無かったのか。いや、派手に動けばどこでゾンビどもに出くわすか分からない。折角の女を前に死んでしまっては元も子も無いのだ。誰もがそう考えたのだろう。
「オイオイ何ぼさっとしてる、追うぞ!」仲間の内の誰かが言った。確かに、そう易々と諦めきれるもんでもない。それを皮切りに、彼らは音のしたほうへと歩を進めようとした。この町は今や瓦礫や放置車両だらけの道しかない。上手く行けば追い付く事だって出来るかも知れない。
その時、彼らの前に青い人影が、躍り出るように姿を現した。
「おや、君達も生存者か」その星条旗色の大男は彼ら全員を見据えると、堂々と胸を張って立ちながら言った。「矢張りまだ多くの市民が取り残されていたんだな」
「やべぇぞ……」誰かが漏らした。「あれ、キャプテン・アメリカだぞ」
仲間達に動揺が走るのを彼は感じた。無論、彼も怖じ気付いてたじろいでいた。この異常な世界でトチ狂った野郎がコスプレをしただなんて言うような、そんなチャチな偽物なんかじゃ断じてない。本能がそう伝えてくるのを感じる。得物の金属バットなどまるで玩具を握り締めているような気分になった。
キャプテン・アメリカは威風堂々たる様を崩さぬままに、優しげな声色で続けた。
「私はSHIELDから派遣され、諸君らのような取り残された人々を救出しに来たんだ。これから指定避難所である巡ヶ丘高校まで向かい、別の生存者のチームと合流し、脱出作戦を決行するのだが、諸君らも……」
「い、いえ、結構っす!」仲間の内の誰かがひきつった声で言った。「じ、自分らは自分らでなんとかするんで!」
言うが早いか、走り去っていく。だが気持ちは分からないでもない。キャップは超人兵士だ。良からぬ事を企んでいると見抜かれれば、たちまちその場で豪腕か盾によって殴り倒されてしまうだろう。関わればろくな事にならないのが目に見えている。
何も言わず、彼も続いて踵を返して走り去った。見れば、他の仲間達も並ぶようにして逃げ出している。
「あ、オイ、君達待て……!」
振り返れば、唖然とした様子のキャプテン・アメリカが、首を傾げて立ち尽くしていた。
関わるのは止そう。だが、彼の胸の中には巡ヶ丘高校と言う単語が引っ掛かっていた。女子高生の生存者に、指定避難所の高校……これは繋がっているのではないか?
なんとかして、障害を排除出来れば、もしかしたら……。
ただ、その障害がとてつもなく高い壁なのだが。
※
美紀は後部座席に座り、窓の外を流れていく景色を見詰めていた。もう久しく、窓の外が変わるのなんて見ていなかったものだから、見知った街並みであろうがそれはとても新鮮に映った。所々で廃墟や、瓦礫の山と化した何かがあった事も関係あるかも知れないが。
「脱出ですって。救助が来るんですって」助手席に座る悠里がそう言った。「なんだか、夢を見ているようだわ」
「アタシにゃあ、今のこの町のほうが夢を見ているようだったよ」運転席の胡桃が苦笑いして答える。「それも酷い悪夢だ。寝ても覚めてもうなされるんだからよ」
「……そうね。むしろ私達はようやく解放されるのかも知れないわね。この長い、永い悪夢から」
二人はもう既に問題が解決しているかのような口振りだった。だからこそ、美紀は嫌な気分になった。まだ終わっていない。この町を抜け出すまでは。それに、こうなった原因を突き止め、白日のもとに晒し、然るべき罰を受けさせるまでは……。でなければ、圭を、友を失った彼女の怒りは収まらない。
「みーくん、どうしたの? どこか痛いの?」隣に座る由紀が尋ねてきた。幻覚の存在であるめぐねえこと佐倉慈先生は都合良く消えているのだろうか。この狭い車内に四人全員が乗っている事で人数が合わなくなっている事には一切触れてこない。その事も、美紀の苛立ちを買った。現実から逃げて楽な道を選んだなんて、と、嫉妬に近い怒りを。
「……えぇ、痛いんですよ……頭も、胸も……」
「疲れちゃってるんだね。ずっと堪えてたから」美紀には突然、由紀の声色が変わったように思えた。能天気で幼稚で馬鹿丸出しな、年上とは思えない彼女だったのが、どこか正反対の存在になったように感じられたのだ。そのまま由紀は美紀の頭を優しく撫で付け、まるで寝かし付けるように囁いた。
「今までよく頑張ったね。本当に辛かったと思うよ。でもこれからはわたし達がいるから。何かあれば助けに行くから……だからもう大丈夫」
とても普段の彼女――と言っても、まだ会って数十分も無いが――とは思えない。その様は、まるで姉か教師のように、上に立って導き守るような気配に満ちていた。
「あー、気にすんなよ、新米。由紀の奴、たまにそんな風になんだよ」胡桃が苦笑混じりに言った。「まるでめぐねえが乗り移ったみたいに……」
だからだろうか。美紀は最後まで聞いていられなかったが、少し納得した。今の由紀に不相応なまでの安心感を抱き、安らぎを得るのは。刺々しく暴れまくる胸の内を沈めるように、彼女は髪を撫で、その度に美紀は瞼が重くなるのを感じた。そしていつしか眠りの闇に意識を溶かしていた。
※
妙な連中だった。日が暮れ始めた頃合い、キャップは都市部を抜けて住宅が軒を連ねる区画に足を踏み入れていた。塀を乗り越え、連なる屋根の上を駆けながら、キャップは思った。あの男達の怯える目は、死に対する恐怖ではない。
――あれは、私自身に向けられる畏怖の視線だった。
キャップにはその目に浮かぶ色に覚えがあった。これまで何度も戦ってきた相手、悪党どもの浮かべる目と同じだったからだ。
彼の星条旗色のコスチュームと盾は、今や正義と希望のシンボルと化している。アベンジャーズの活動を通して、それは最早戦時中とは違い、一国のものではなく世界規模のものとなっている。そしてそのシンボルに対する反応も、世界規模で同じなのだ。善に属する者は希望を抱き、悪に属する者は絶望に覚悟する。
奴らは後者だった。それが示すのは、つまるところ……。
「彼らもまた、悪党だと言う訳か」キャップは呟いた。そう言う輩が現れていない事などある訳ないと思っていたが、当たってほしくはない考えだった。
この隔離された町では司法の目は行き届いていないし、力を行使する者も居ない。そうなれば、暴力の独壇場と化すのも必然だろう。本来止められるべき行いを止められないのだから、暴虐の限りを尽くしてもなんらおかしくない。むしろ自然なまである。
だが、それは許されざる行いだ。人として在る以上は、決して。
キャップも、この社会システムの崩壊し、避難所もろくに機能せず、救援物資も届かない非常時に、持ち主の消えた商店に残された食料や物資を拝借するな等とは言わない。生き残る為に必要ならば、その行いを咎めはしない。むしろ救えないでいる周囲――国にしろ軍にしろSHIELDにしろ、そう言った連中と、何より原因を作った奴らにこそ責任があるのだから。
しかし、あの逃げていった連中は、そうでは無いような気がしていた。己の行いに気が咎めるからと及び腰になったと言うだけではなく、キャプテン・アメリカと言う善の存在に対して異常なまでの恐れを抱いて逃げたように見えるのだ。
キャップは家屋の屋根の上に止まって目を凝らし、辺りを見回した。確かこちらのほうに逃げていった筈なのだが。彼は男達の姿を探した。もしも本当に悪党であるのならば、その暴虐が善なる者を傷付ける前に止めなければ。そして捕らえ、法の下で罪を裁かねばならない。それが人間らしく生きると言う事だ。獣や亡者の群れのようになってはならない。ある意味では、彼は悪党をもこの地獄から救おうとしていた。その為にも、姿を隠すようにして住宅の上から様子を窺おうとしているのだ。
だが、辺りが暗くなり始めると、その目論見も上手くは行かなくなって来ていた。如何に超人的な視力を手に入れているとは言え、暗闇の中を完全に見通せる訳ではない。加えて、地の利は部外者である彼よりも向こう側にある。ジャングルでのゲリラ戦でもなし、足跡や痕跡が残っている訳でも無いので、完璧に後を追うには厳しいものがあった。
日が沈み切ると、キャップはかぶりを振った。ここまでにしよう。元より、これは寄り道に近い。本来の目的を果たすべく、先を急ぐべきだ。それに、彼らには行く先を伝えてある。聞いていたかどうかは分からないが、ともかく用があれば出向いても来られるだろう。それがどんな用であったとしても。
先ずはあの少女達の救出が先決だ。
方位磁針で向きを確認し、再び歩き出そうとした時、キャップは何者かの話し声を耳にした。
「おいよせ……何考えてるんだ……!」
「ちょっと、静かにしなさいよ」
「そんなの冗談じゃ済まないぞ……ッ!」
路地のほうから聞こえる。何かを言い争うような男女の声だ。片方が酷く怯えている。意外な事にそれは女性のほうではなく、男性のほうだ。キャップは足音を忍ばせて屋根から降りると、そちらへと向かった。
「やめろ……よせ、やめ……ッ!」
角の先に気配がするのを感じる。飛び込むようにして勢いよく曲がるのと、血飛沫が辺りに舞うのはほぼ同時だった。
「なッ!?」キャップの視界の先には、羽交い締めにされて喉元をかっ捌かれた青年と、その犯人である女が立っていた。「何をしているんだ!?」
「何? あなたまさか、キャプテン・アメリカ……?」チッ、と一つ舌打ちをして、女はビクビクと身を震わせながら死体となっていく青年を放り捨てた。「厄介な奴ね」
「君! 何故彼を殺したんだ!?」
「はぁ? 理由なんているの?」ナイフを構えて、女は言う。その目にも声にも、悪びれる様子は無い。「やりたかったからやった、それだけよ」
そうか、とキャップは間合いを詰めながら思った。何も悪党には男だけがなる訳じゃあない。こう言うパターンだってあり得るのだ。さしづめ彼女はこの非日常の空気に当てられ、殺人の快楽に囚われた、言わば狂気の虜なのだろう。
ナイフを取り落とさせようと、キャップは掴み掛かった。だがその読みは一瞬の差で失敗した。ヒュン、と風を切ってナイフを振り抜かれ、同時に後ろへと飛び退かれていたのだ。その様子は、特殊な訓練や経験を積んだ兵士や犯罪者達のように戦い慣れている訳ではないが、運動神経と生来のセンスは良いようだ。高が一般人の女相手と、些か見くびりすぎていたようだ。キャップは視線を鋭くする。
「生存者の救助が目的だったが、とんだ任務になったものだ。悪党まで助けなくてはならないとは」
「救助なんていらないわ。私はこの世界、気に入ってるから」言うが早いか、女は踵を返して駆け出す。
逃がすか! 盾をぶつける事も考えたが、威力を間違えればあんな華奢な女など殺してしまいかねない。キャップは一瞬の躊躇の後で盾を背負うと、駆け出して追った。
路地を向こう側の通りに抜け出る所で、キャップは女に追い付き、タックルする形で捕らえた。揉んどり打って二人は転がる。とは言え、キャップは極力怪我をさせないようにと手加減している。乗り捨てられた車両の横っ腹にぶつかる時も彼が身代わりになっている程だ。その影響でか、マウントポジションは女のほうがとっていた。
「アンタを殺せば自慢出来るかしら!?」長い髪を振り乱し、狂気に満ちた顔で、女がナイフを降りかざす。「その盾は勲章代わりに貰って行くわね!」
逆手に持ったそれを苦もなく受け止めると、キャップは手刀で脇腹を軽く突いた。とは言え超人兵士の『軽く』だ。グッ、と呻き、女が怯む。その隙に体勢を入れ替え、キャップは女からナイフを取り上げた。
「お嬢さんに持たせておくには危険すぎる玩具だな。没収だ」ナイフをその場に放り捨てると、ゴホゴホと咳き込む女を後ろ手に組み伏せる。それから簡易手錠をポーチから取り出しながら言った「殺人の現行犯で身柄を拘束させてもらうぞ。この町を出たら、然るべき場で裁きを受けてもらう」
「そ、そんな悠長な事言ってていいの?」女が不適に笑った。だが、妙に汗を掻いているようだ。捕らえられた事に対する緊張、と言うだけではなさそうだ。
「何? 一体どう言う……」キャップは問い返そうとしたが、それより先に背中から掴み掛かられるようにして引き倒されて、言葉が続かなかった。
見ると、いつの間にやら近寄っていたであろう生ける屍が、大口を開けて眼前に迫っている。この乱闘の音に引き付けられたのだろう。キャップは身を丸めるようにして両足で蹴飛ばすと、その勢いのままに起き上がり、構えた盾で首をへし折った。動かぬ死体から視線を移し、辺りを見やると、彼は現状を把握した。生ける屍は一体だけではなく、道のあちこちから姿を現している。既に彼ら二人は囲まれていると言えた。
「どうするのかしら、正義の味方さん?」女が痛む体を擦りながら、皮肉と非難を剥き出しにして言った。「ほっといてくれたらこんなに呼び込まなくて済んだのよ? こっちは静かに殺しを楽しんでただけなんだし」
「あぁ、手加減せずにさっさと君を捕まえていたらこんな面倒事にもならなかったろうな」キャップは視線を尖らせながら答え、それから女に向き直った。「少し手荒に行くぞ」
「何する気……ッ!?」女が言うが早いか小脇に抱え、キャップは塀を足掛かりにして家屋の屋根まで跳躍した。そのまま、二軒、三軒と跳び渡って行く。死者の群れが遠退き、奴らの興味が逸れたと分かった後で、キャップは足を止めて女を下ろした。
「ここまでは追ってこられないからな」
「屋根にまで登ってくるような奴らが居たら今頃この町には生きてる人間なんて居なくなってるわよ」酔っているかのように口を押さえ、顔を青ざめさせながら、女は言った。どうやらそれなりに酷い思いをしていたようだ。だがそれが殺人の罰になる訳もない。キャップは再び簡易手錠を取り出した。
「さぁ、手を出すんだ。警察が機能していないのならば、私が代わりを果たす」
「嫌よ、断るわ」女は邪悪な笑みを浮かべてそう言うと、簡易手錠を振り抜いたナイフで叩き切った。「それと、コレは返してもらうわね」
「何ッ!?」キャップは捨てた筈のナイフにがいつの間にか彼女の手の中に戻っている事に驚いた。だが簡単な話だ。彼が引き倒されている間にでも拾い上げて置いたのだろう。もっと遠くにでも投げておくべきだったか。今更悔やんでも遅いがそう思わずにはいられなかった。
彼女はまるで手癖の悪い泥棒猫だが、その思考はブラックキャットよりも残虐な凶暴さを持っている気がする。ここで逃がしては行けない。そうすれば、どこかでまた更なる悲劇が巻き起こされかねない。
直ぐ様捕らえようと飛び掛かろうとするが、その視界を真っ白な光が襲った。恐らくと言わず、懐中電灯のキルフラッシュだ。キャップは堪らず目を覆い、たじろいだ。夜目がなれていたからこそなおのこと、この一撃はよく効いた。
ゴロゴロと転がるような音と、何かが階下に落着する音がする。視界を取り戻した時には既に、女の姿は消えていた。急いで眼下を覗くが、暗闇に紛れてしまっているのか、もうどこにも見当たらなかった。
「クソッ」結局、凶悪な殺人鬼を一人助けてしまっただけになってしまったのだ。キャップは使い物にならなくなった簡易手錠を放り捨てながら溜め息を吐いた。長い寄り道の割には、得たものは何もない。
「……先を急ぐか」
かぶりを振って、彼は本来の目的地を目指して走り出した。
※
しくじったな。通りを瓦礫の影に身を隠して走りながら、女はそう思った。まさかあの伝説的ヒーローがこの町にやって来ていただなんて。なりふり構わず逃げ出したが、逃れられたのは奇跡みたいなものだと自覚している。飛び降りた時に強打した肩の痛みなど、その幸運の代償にするならば安いものだ。
リビングレジェンド、キャプテン・アメリカ。自由の守り人で正義の使者。彼女からすれば目障りこの上ない敵だ。確かに、遥か彼方の上空に浮かぶヘリキャリアの存在があるのだから、SHIELDから奴が派遣されてきても不思議ではないだろう。だがまさかそれと出くわすだなんて。小さな地方都市とは言えなんて不運だろう。
ようやっとこのなんのしがらみも無い世界で、生きる実感を得る術を手に入れたのに。生きている人間を殺す事で、自分の乾いた心に血が満ちて、この上なくたぎる事が出来るのに。奴に目を付けられてはそれも叶わなくなる。
奴には勝てない。真正面からの戦いでは、到底無理だ。こちらはただの女学生で、敵は超人兵士だ。比べるまでもない。今までのように不意を突いたり色仕掛けで油断や隙を誘ったり出来る相手ではないのだ。
しばらくはなりを潜めるしかないのか。少なくとも『大学』の連中には自分の行いが気付かれている様子もない。全部、物資調達やパトロールの際に起きた不幸な出来事で済ませられる。幸いにも、この壊れた町ではそこかしこにそう言う悲劇が転がっているのだから。
「我慢の時、ね……」彼女は車の影に身を潜めて、息を整えながらそう呟き、次の瞬間には傍を通り過ぎた亡者を張り倒していた。「ざっけんじゃないわよこのクソッタレ!」
ナイフを顎下から脳天まで深々と突き刺し抉り、蹴り飛ばして引き抜く。だがこんなもんでは何も満たされない。既に死んでいるものを相手にして何が面白い?
彼女の頭の中は、既に計画を練り始めていた。如何に、キャプテン・アメリカを排除するか、だ。奴が居なくなりさえすれば、止める者などもう誰も居ない。
死体を汚すように踏みにじって唾を吐き捨て、彼女は再び走り出した。さっさと拠点に戻ろう。奴を殺すまでは、こんな所でくたばる訳にも行かない。