トレーナーがウマ娘から耳かきされるだけの話   作:シャムロック

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書いてたら湿り気が帯びてきてた

タキオンは湿る。


アグネスタキオンの場合

トレセン学園で最も残念なウマ娘は誰かと聞かれれば実力的には誰しもが彼女を言うだろう。

 

アグネスタキオン。

 

途轍もない末脚を持ちながらも出走したレースは少なく、授業もほぼ顔を見せない。

なぜ在籍が許されているのかは、その実力故なのだろう。

 

少なくとも私はそう思っていた。

 

そんな彼女が唯一走っていた夕方のある日、私は彼女の瞳の深さに惚れた。

澄んだ瞳ではない、淀んだ瞳に。

 

彼女は自身の体をも実験と称してスピードの限界に挑んでるのだ。

その狂気に、私も汚染されたのかもしれない。

 

「アグネスタキオン、私の専属になってほしい」

「お断りだ……と言うのは簡単なことだ。コレを飲むというのなら考えてやってもいい。」

 

そう言って懐から彼女は試験管に入った毒々しい色の液体を出した。

どう考えても飲んでロクなことにはならないだろう。最悪死ぬかも、とさえ思えた。

 

「案ずることはない。別に死ぬような代物ではないし、ただの増強剤さ。ただ作り出して間もないというだけのね。」

「……私にモルモットになれと?」

「モルモット!良いじゃないか!私の専属になるということはトレーナー兼モルモットになるということだねぇ!……さぁ、飲む気が無いなら去り給え。」

 

恐らく彼女はこう言って数多のトレーナーを断って来たのだろう。

でも、私はそうはならない。

 

「っ!君!?」

 

タキオンから試験管をひったくり、一息に飲み干す。

出した当人が驚いてるのだから想定外もいいとこなのだろう。

 

「驚いた……まさか本当に飲むとは」

「言ったでしょ、専属になってほしいって。それならモルモットだって構わない。」

「……クッ、アハハハハハハハ!ここまでとは恐れ入った!良いだろう、これからは私のトレーナー兼モルモットだ。よろしく頼むよ。モルモット君」

 

 

 

 

 

それからというもの、タキオンのトレーニングをする傍らで彼女の実験台になる日々は続いた。

大臀筋が光る薬を飲まされるわ、ギャグマンガよろしく飲んだ途端にアフロになるわ、なぜか私が山を走ることになるわ……挙げればキリが無い。

でも彼女は記録を出し続けた。

 

デビュー戦は他を差し置いて驚異の末脚でゴール。

OP戦やGⅡ戦は眼中にないと言わんばかりに1位。

ダービーでは苦戦はしたものの、ギリギリでセンターを勝ち取った。

 

そんな彼女は私に数日に一回の頻度であることを要求してくる。

 

「さぁモルモット君、朝の検査を始めよう。腕を出したまえ。」

 

何故か私はタキオンに採血をされている。

曰く、心理状態とメンタルの負荷がどのように影響するかを見るには日常の他にバイタルデータを見る必要があるとか。

一介のウマ娘が採血やっていいのかとか、その血算装置はどこから調達したのか等色々ツッコみたいが、タキオンの前ではその疑問は意味がない。

 

だが、今朝のタキオンは少し違った。

 

「……と、言いたいとこだが、今朝は少し趣向を変えよう。モルモット君、トレーナー室に行こう。」

 

 

 

 

 

 

トレーナー室に着くやいなや、タキオンは備えてある簡易ベッドに腰掛け、膝を叩いた。

 

「さ、ここに寝たまえ。俗に言う耳かきをしてあげようじゃないか」

 

この一言に私の脳内は所謂「宇宙猫」のような心境に陥った。

あのタキオンが耳かき???何故???

ポカンとする私を前にタキオンはやれやれと言った感じで話す。

 

「以前スーパークリークから聞いてね。耳かきをすると途轍もないリラックス効果があるのだと。幸い今日はトレーニングも休みとした日だ。ならばこのリラックス効果を検証するにはもってこいだと考えたのさ。」

 

 

スーパークリーク。

かなりの実力者でありながら、彼女がトレーナーをコーチング代といわんばかりに甘やかしてることで有名なウマ娘だ。

なるほど、彼女の母性で耳かきされれば途方も無いリラックス効果はあるだろう。

しかし、タキオンはそれを全うできるのか?耳かき棒を鼓膜に突き刺したりはしないだろうか?

 

そんな不安が募るが、悲しいかなモルモットである私に拒否という選択肢は無いのだった。

 

 

 

 

ベッドに寝転び、頭をタキオンの膝に乗せる。あれだけの末脚を持っているというのに、その膝はしっとりと柔らかかった。

 

「では始めよう。安心したまえ、鼓膜を突き刺すようなことはしないとも。」

 

読まれていたようだ。ともあれ、後には引けない。タキオンに任せるのみ。

 

 

 

 

……以外にも彼女の耳かきは優しいものであった。

カリカリという小気味良い音が脳内で踊る。

 

「……こんな時だから言うが、何故トレーナー君は私を専属にしたんだい?他に有力なウマ娘など多くいるだろうに。」

「言わなかった?タキオンの走りを見て果てを見たいって。」

「それは建前だろう?いや、本音も混じってるだろうが、真意は別。だろう?」

「敵わないなぁ……。そうだよ、本音は別にある。タキオンがほっとけない。そう思ったんだ。」

「ほっとけない?」

「あの時の走りを見て思ったんだ。タキオンは限界すら超えてでも脚を止めないだろうって。」

 

事実、そう思えた。彼女の瞳。あれは自己犠牲にしてでも追い求める覚悟を持った瞳だと。

それと同時に、彼女がターフをトップで走る様を見たい。ウマ娘の果てを見てみたいと思ったのだ。

 

シュリシュリと耳介を掻く快感を味わいながら、タキオンに話す。

 

「タキオン、貴女は驚愕的な末脚を持っている反面、そのバランスは危ういところで成り立っている。そうでしょう?」

「……何故そう思うのかね?」

「仮にも貴女のトレーナー。スペックと体調管理はトレーナーの義務だ。」

 

梵天が外耳道を埋める音がする。

 

「……続きを聞きたいが、ちょうど此方の耳が終わってしまった。さぁ逆を向きたまえ。」

 

言われたとおりに体の向きを逆にする。視界はタキオンのお腹で染まった。

……ナチュラルに動いてしまったために考えてなかったが、目の前に広がるタキオンのお腹。

それだけで色々不味い考えがよぎった。俗に言うR-18(うまぴょい)なことが浮かぶが振り切って話をすすめる。

 

「……タキオン、もし脚が故障した場合はどうする気だったの?」

「……気づいていたか。」

 

耳かきする手が止まる。声でわかるが彼女は苦笑いしながら認めているのだろう。

 

「私の脚が限界に到達した場合、そこまでのデータを他のウマ娘にフィードバックし、果てを見る。所謂プランBだ。」

「でも、そこには貴女の姿は無い……でしょう?」

「そのとおり、他のウマ娘に託すようなものだからね。研究は続けるとしても影から見る存在になる。」

「そんなものは私が許さない。私が貴女を果てまで連れて行く。」

 

耳かきが再開される。

 

「全く……。とんだ狂気だよ、トレーナー君。そこまで啖呵言えるのは君くらいだ。」

「プランBとかいうトンデモプランを考えてたタキオンも大概な狂気だよ。」

「ではお互い、狂気に染まっていたということか。」

 

ハハハ……とタキオンが乾いた笑いをしながら耳を触る。

その手が離れたと思ったら、不意に頭全体が何かに包まれた。

 

「やれやれ、これでは共依存と言われても仕方ないじゃないか。」

 

声の位置が変わっている。

そこで私はタキオンに頭を抱かれているのだと思った。

 

「そう言われても私は別に……」

「トレーナー君の問題ではない、私の問題なのだよ。」

 

頭を撫でる手がいやに優しい。

 

「トレーナー君、君が日夜私の為に粉骨砕身でトレーニングを用意してくれているのは承知している。……だから君も壊れては困るのだよ。」

「タキオン……。」

「君が倒れたら誰が私の食事を用意するというのだね?」

 

少しでもいい方法に考えた私がバカだったようだ。

 

「そっちね……。」

「君の作る食事は重要だからね、そのためにも今日は君も休みたまえ。明日からはまた実験とトレーニングだ。」

 

全く、これではどっちが休みなのか分かりゃしない。

だが、確かに睡魔が徐々に襲ってくる。

 

「本当に休まなきゃならないのはタキオンでしょ……でも、少しだけお願い……。」

「ああ、ゆっくり休むが良い。」

 

その言葉に甘えるように、私は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「眠ったようだね……。全く……どっちが狂気に染まったんだか。」

 

トレーナーの頭を撫でながら、ひとりごちる。

トレーナーがタキオンの無茶にも付き合いながら、レースに勝てて、その脚を壊さないようにプランを立てるのはそれこそかなりの労力が要るだろう。

元に、日々の採血でのデータや顔色は悪化しつつあった。

 

「困るのだよ、今キミに居なくなられたら。」

 

そういうタキオンの眼は少しの狂気と慈愛に染まっていた。

 

 

 




リアル職業柄、採血というところに引っかかりを覚えたので最初はタキオン。

タキオンはテイオーに次ぐ共依存になりやすいウマ娘だと思う。
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