人か喰種か両方か 作:札幌ポテト
コートを手に持ち、今しがた検査を終えた宇井は局内へ戻ってきた。
歩いてみれば特等に気付き挨拶がやってくるが、その後皆世間話に花を咲かせる。
今のCCGでは二つの話題がある、一つは新局長について、もう一つは裏切り者についてだ。
前者は革新的で衝撃的な策ばかりを打ち出す旧多の事で、話題はまだ懐疑的な意見が2割にグールの殲滅について信用する意見が8割と言ったところか。
既に結果を出しているだけあり、CCG内の声は局長派が多いといったところだ。
「宇井特等、お怪我は……」
歩いていると同じ作戦に参加した伊東上等が駆け寄ってきた。
彼も頬に湿布があったりと色々と手傷を負っているが、宇井ほどでは無い。
「問題ない、ただの打撲だ」
正確には、打撲で済まされたといったところだろう。
それは他の捜査官も同様で今回の作戦において負傷者は70人を超えるが死者はゼロである。
「まさか、成まで裏切るなんて……それも世話になってきた特等にまで剣を向けて……」
宇井は直にクインケを交えた、ただ成は圧倒的に上だった。
クインケを破壊されるばかりか、蹴りで吹っ飛ばされる程度の余裕を見せ付けられた。
彼も後特等クラスの捜査官が3人いれば戦えるとは感じているが、4人がかりでようやく殺し合いのステージにあげるだけだ。
「事はもう起きた、私情は挟まない方がいい」
それは、自身へ言い聞かせるように呟かれた。
「成元捜査官は伊丙上等が処理する、今はそれより隻眼の王の方が問題だ」
今残っているのは、手塩にかけて育てた部下である伊丙だけだ。
今の彼女は生きている、病室で生きる気力を失った彼女に宇井は何も出来なかった。
だがその裏で悪魔の契約があった事は知られていない。
『彼女の腕と臓器が治れば、またあの笑顔が見れますよ?』
そう言った旧多の言葉を信じ、伊丙入の施術の後見人を引き受けた。その時に嘉納というマッドサイエンティストの存在すら認めた、そして成遼太郎という部下の排除まで了承した。
宇井にとって成とは最も自分を気遣ってきた部下である。戦闘面では頼りにはしていなかったが、自分達の班の良心として倫理観をブラさずにいてくれた存在だ。
仕事もよく出来た、捜査能力もあった、だが居なくなった。
「すいません、一番……特等が苦しいですよね。部下の殺し合い、ですし……」
「……もうあいつの事は任せろ、アレに勝てるのはハイルだけだ」
今からまた、失うのだ。
そして宇井は伊丙を選んだ、それだけの事だ。
だが頭の中から離れないのだ、開き直るでもなくただただ謝る時の成の覚悟を決めた顔が。
その顔に、悲痛さがあった事を。
「二人目の有馬にも、あいつはなれたのに……」
伊東上等はその場で別れた、宇井にもまだやるべき事がある。
「(未来の有馬同士の戦いなんて、誰が望むんだ)」
ただ、自分の為したい事は何なのか分からないままであった。
☆
襲撃を受けてから1週間、その間に大きな出来事はなかった。
Rc検査ゲートも突破でき、捜査官としてもグールとしても土地勘のある二人は容易に区を跨いで移動が出来ており、キジマ所有の倉庫を点々としていた。
そんな中、成は考えが纏まったとエトを呼んでいた。
「なるほど、妙案ではあるか」
一通りの作戦を聞き終え、エトは納得する。
「だが『夙成』を使った所で、その後はどうする?」
「そこからは私で何とかしますよ、それで伊丙とは決着を付けます」
悩み抜いた1週間、いやもう答えは決まっていたのだが、それを為すための策を成は練り続けていた。
出来ることと出来ないこと、手元にあるもの、手に入れられる者を精査し、導いた策だ。
「つまり、目先の目標は流島か。検問はどうする?」
「回収と囮で分けます、地理はエトさんの方が詳しいと思うので」
流島は離島だ、船が必要である。
今はアオギリの跡地という事もあり、調査の真っ最中だろう。
隻眼の王について掴めていない彼らの事だ、多少なりとも人員は割かれている。
「ただ言っておいてなんだが、回収されてる可能性は高いぞ」
「その時はCCGの研究所に忍び込みますよ、それに彼らが捨てるとは思えませんし」
「……成る程、まぁあいつらの事だ。量産でも考えているだろうな」
概ね、これからの事が決まったようだ。
まだ旧多陣営も固まっていない、それに対して二人のフットワークはかなり軽い。
組織と個人との差を存分に発揮していくのだが、それでも懸念材料は尽きない。
「その後はどうする?」
「とりあえず、黒山羊と合流ですかね。潜伏するにも難しくなってくると思いますし」
今の潜伏場所である倉庫もいつバレてもおかしくない。
オッガイは鼻がきく、ましてやエトは人肉を食わねばならないので臭いもたってくる。
今はオッガイの殲滅対象区域から外れるように移動しているだけであり、時間の問題だ。
「恐らく、今の黒山羊は食料不足だ。考えるに今はその確保へ、樹海を目指す計画でも思案してる頃合いだろう」
「なら、旧多もそれを見越して動いて来るでしょう」
そして、時間の問題なのは黒山羊もだ。
地下へ避難しているお陰でオッガイからの攻撃はまだ届いていないが、食料の確保は難しい状況だ。
そして地下の正確な位置がバレるのも、時間の問題だ。
「つまり時間との勝負というわけか、困ったもんだね」
「流島は出来るだけ早く確認したいんですが、滞在できる時間は短いでしょうね」
旧多サイドに比べ、切羽詰まっている。
それは成もエトも同様の意見だ、このまま時間をかけるのは得策ではないと。
しかし、旧多自身にまったく隙がないわけではない。
「ただ今のCCGでは表面化していないだけで反旧多派が居ます、これだけ無茶苦茶に動いて来れば正気の人間が出てくるはずです。それもそろそろ動いて来るでしょう」
成が赫子を出さなかった理由の一つがそれだ。
人を殺す事を受け入れる集団になりつつあるのが今のCCGである。
だから先の作戦では徹底的に人間である事を演じた。
捜査官達に違和感を与える為にだ、仮にここでグールの力を出してしまえば成を倒すことの正当性が出てしまい、旧多への信頼へと繋がっていく。
この布石があるだけで旧多陣営に負荷をかけられる。
「無理に急いで粗が出れば詰みです、なので時間はかけます。色々と不安もありますが、少しずつ勝てる戦にしましょう」
勝てない戦いではない、ただ一手のミスで負け戦になりかねない。
時間はないが、ギリギリまで時間を有効的に扱う、それが成達の選んだ戦いである。
「ところで、一つ気になっていたんだが」
ふと、エトは問いかける。
その雰囲気から作についてのことではなさそうだが、成はなんでしょうか?と珍しそうに顔を見る。
「君は全てを為した後、どうするんだい?」
為した後、これは今の争いそのものの事だろう。
グールと人の諍いのない世界、それがやって来た時に何をするのかと。
「これ今話すの死亡フラグって奴になりませんか?」
ただこれを作家が言うと縁起が悪そうだ。
終わった後どころか明日も生きている保証もない、そんな事を考える余裕は今までなかった。
「良いじゃないか、フラグはへし折る物だろ?」
ただ、成は少し考えてみるが思い返しても何も思い浮かばない。
そもそも彼にとって明日も生きれるかどうかすら怪しい立場でもあったからだ、その日を生きるのに知恵を絞っていた事もありそんな先のことまで頭を回した事はなかった。
「……転職できる身でもないですし、この手の仕事を続けていそうですね」
中学卒業どころか中学中退という学歴に、捜査官以外の仕事の経験はない。
成がどう考えようとも、堅実にこのまま生きていくなら捜査官かそれに類する者にしかなれない。
しかし、エトが聞いているのはそれではない。
「そうじゃなくてさ、君はどうしたいんだい?」
どうありたいかを、聞いたのだ。
「私が、どうしたいか……」
少しだけ、さっきよりも長く成は考え込む。
人の根幹は揺るがない、成もそうでありその考え方は変わらない。
だからこそ、それを言葉に纏めようとしているが少しだけ難しい。
自分の求める答えを言語化するのは、形のないものに形を作る行為だからだ。
「……幸せに生きたい、ですかね」
だからか、成の考えた答えは抽象的なものとなった。
だがそれがしっくりきたのか、それで満足している。
「良いじゃないか、それを忘れずにいるといい」
人は幸せになる為に生まれてくる、グールは奪い合うように出来ている。
どう生きても、グールは不幸を振り撒く装置なのだ。
そんなグールの当たり前を、変える為に戦うことを決めたのが有馬貴将やエトだ。
「生きるのに意味を持ってるのかそうじゃないかで、人の強さは違うからね」
そして、そんな彼だからこそ有馬に選ばれたのである。