人か喰種か両方か   作:札幌ポテト

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オッガイ伊丙完全体



19話

戦闘開始から15分、成遼太郎は以前と違い肩で息をする程に疲弊している。

そしてこれも前回と異なるが、手傷が多い。

手足の欠損といったものはないが、身体中に擦り傷ができている。

それもそのハズだ、前回と違い戦っている数と質が異なる。

特にSSにも匹敵する存在達が4人も増えているのが原因だろう。

 

「……流石に、殺さずに戦うのは無茶したか」

 

そしてそれらは、今しが倒し終えた。

 

「その、動きはなんですか」

 

残るは伊丙入、ただ1人だけだ。

 

「有馬さんの猿真似ばかりして、こっちの癪に触ることばかり……その癖、勝った気でいる」

 

「猿真似もなにも、有馬さんから教わった動きですよ」

 

むしろ真似し続けてきたのは彼女の方だ、手に持つクインケもまたその現れである。

手駒を壊滅させた成遼太郎という人間は有馬の意志は知らないが、有馬の力は間違いなく受け継いでいる。

 

だからこそ、それを仕留める事しか頭にない。

 

「……もういいか、遊ぶのは」

 

それ以外を、彼女は削ぎ落としてきたのだから。

 

「ここまでやる気はなかったんですよ、やる必要もないと思ってましたし」

 

彼女はそう言うと、首元に手を当てる。すぐに後にカチリとボタンを押した様な音が聞こえると、全身を黒い鎧が覆い出す。

 

「……そんな物まで準備してたんですか」

 

今の今まで成が戦いを成り立たせていたのは、捜査官として対応できるギリギリの動きの範囲に伊丙はいたからだ。

 

ドーピングらしきものも、人として枠組みを超えるほどではなく精々庭の人間程度の身体能力をもたらしたもの。

これから襲い掛かる、暴力には劣る。

 

「女王って名前が付いてるんです、私にピッタリでしょ?」

 

アラタQueen、特等のような特別な人間のみに与えられる鎧型のクインケだ。

SSレート甲赫の赫者の赫包が使われているそれは、並のクインケとは一線を画す性能を有している。

そしてこのQueenは彼女専用にカスタマイズされた特別性であり、このような仕様のアラタはJokerを持つ鈴屋特等だけだ。

 

ここまで彼女を引き出した彼の実力は有馬とまではいかないが、それなりに名を残せる捜査官にはなれただろう。

 

だが劣化しているとは言え、もう死んだ死神の動きを見続けるのは彼女の精神に不快感を溢れさせる。

 

「そっちがそうさせたんです、後悔してください」

 

グールの枠組みすら飛び越えた一撃は、容易に成の片腕をクインケごと吹き飛ばした。

 

 

「成、手加減をしているのか?」

 

ある日の稽古中、有馬は成へクインケを向けていた。

成は同様に赫子を構えている、つまりグールとしての稽古の真っ最中での問いかけだった。

 

この問いかけをしている有馬は当然、無傷だ。

対して成は身体中に裂傷を抱えており、どちらが押されているのかは明らかなのだが、その状況に至るのを有馬は看破していた。

 

「……私はグールと同じ体質です、欠損した部位の再生はできませんがある程度の傷は治ります。ですが、有馬さんは……」

 

少しの静寂の後、余計な言い訳は意味を持たないと考えた成はそのまま訳を話して行く。

成は半喰種だ、その再生力は人を食べていないのでエトほどでは無いが並以上にはある。

 

「お前は、俺に傷をつけるのを恐れているのか」

 

「万が一っていうのは、だれにでもあるじゃないですか」

 

対して、有馬の回復力はただの人間並だ。

失えば戻らない、そして計画の主軸でもある有馬が関係のないところで傷を負わせるのを恐れてしまったのだ。

 

全盛期の有馬ならばそんな必要はない、しかし今は殆ど失明し片目だけでぼんやりとしか実像を捉えられない彼の領域に、手が届くのだ。

 

「……捜査官としてのお前は、既に梟に不覚を取らない程度の力がある」

 

有馬貴将という捜査官は天才の中の天才であるが、成遼太郎という半喰種もまた奇跡の存在の中にある天才なのだ。

天才が老いれば、届かない道理はなかった。

 

「ただ、ここ以外でグールの力は出来る限り使うな」

 

だがその上で、有馬は成へ枷を与える。

いや、枷というよりは戒めというべきか、その訳を話し始める。

 

「力には代償がある、俺もその例に漏れない」

 

有馬は絶対的な人間の枠を超えた力を持つが、その代償として寿命が短い。

その寿命も戦いに明け暮れていれば消耗していく、もはやその命は数年保たないだろう。

 

そして成もまた奇跡的な生まれとは言え、親は有馬と同様の存在である。

具体的な仕組みをエトから聞き及んでいるが、それとてどの様な作用があるのかは誰も想像がつかない。

 

「その力は、時と場を選べ」

 

有馬貴将は切り札を準備していた。

隻眼の王もその一つであるが、彼もまたその札の一つである。

 

「了解しました、有馬さん」

 

明かされる時は、それこそ命を賭す時のみである。

 

 

「……なんですか、それ」

 

腕を吹き飛ばした。

成もまったく対応できない速度で、その片腕を切り落としたのだ。

 

だが、成の表情に苦痛の表情はあれど絶望の色はない。

 

宙に舞った腕を残った腕で掴み取る余裕まである、その様子は明らかに異質だ。

 

「切り口が綺麗だと治るとか思ってます?そんな都合の良い事ありませんよ?」

 

しかし、そんな彼女の反応に何も答えない。

 

「伊丙、お前は何の為に戦っている」

 

更に無視し、問いかけてくる。

その様子を見て彼女の額に青筋が通るが、それはアラタで成には見えない。

代わりに、怒気のこもった声で響かせる。

 

「何の為に?何の為でもありませんよ、どうせもう直ぐに死ぬ命ですから、有馬さんに話す冥土の土産ぐらいは準備しないと」

 

「……どうりで、目が死んでいるわけだ」

 

彼女の眼は憎悪に燃えている、しかしその炎の先には何もない。真っ暗な虚無を映している、生きる意味をそこにしか持たないのだ。

死神の瞳があるならば、こんな世界を映しているのかもしれない。

 

「宇井さんでも、救えなかったのがよくわかる」

 

成の頭には何度も足繁く彼女の病室へ通う宇井の姿が映る。

その度に疲弊した顔つきになり、何度も無力感を感じながらも通い続けた彼の姿が頭に残り続けている。

 

伊丙入と最も時間を過ごした捜査官は成遼太郎なのかもしれない、だがもっとも関わってきたのは宇井郡である。

彼にできないならば、誰がこの呪縛から解き放てるというのか。

 

「もう一回……覚悟を決めるか」

 

だが、その無謀をやる為に彼はここに来たのだ。

 

「何をして……は?」

 

成は切断された腕の断面同士を擦り当てる。

何をとち狂ったのかと伊丙は見るが、その傷口の違和感に言葉が止まる。

 

「切断されたのは初めてで不安だったが……いけたな」

 

切断された腕は何ごともなかったかの様に、元に戻った。

もはや服の切り傷でしかその痕跡は確認できない。

 

そして、こんな事が人間に出来るはずがない。

そんなことができる生物はグールだけだ、そして伊丙は前回と比べ動きの変わった原因も見破る。

 

「ドーピングってそれですか、雑魚らしく知恵は絞ったみたいですけど」

 

明らかに人としての動きを超えていた、つまりグールの力を使ったと言うこである。

その片目は赤黒く染まっており、混ざり者であることの何よりの証拠だ。

先程まではRc値の赫眼を発言しない程度のギリギリを出し切っていた故の実力だったのだ、それがドーピングの正体である。

どうやったのかは知らないが、この時のために準備をしていたのがその施術を行う為だったのかと、同じ土俵上がろうとしたのだと彼女は結論づけているが。

 

「私のこれは、生まれつきだ」

 

それを見破ったように成は答える。

 

「自覚はなかったが」と一言付け加えるが、その言葉は彼女には届かない。

なにせ8年以上の付き合いをしてきたのだ、グールという可能性の片鱗すら感じられていなかったのだ。

 

「(はやっ……!!)」

 

瞬間、成の尾赫が地面を叩く。その反動を利用し、移動速度を飛躍的に上げている。

その勢いのままクインケごと尾赫を叩きつけ吹き飛ばす。

 

「……お前はやっぱり天才だ。たった数ヶ月でそこまで赫子を使いこなせたグールを、私は見たことがない」

 

しかしその攻撃はアラタと赫子によって対応される。

アラタは攻撃力や耐久性に優れた鎧であるが、人間としての枠を超える要因として最も大きいのは機動力の上昇だ。

人を超えた動きを行える鎧だ、それを元から人を超えた存在が使えばもう一つ上の段階へ昇華する。

また彼女の使う燐赫も防御力こそ低いが再生力は高い、それを多重の盾にされれば衝撃もやわらぐ。

 

「ただ年季の差だが、赫子の扱い方は私の方が上手だ」

 

だが、それでも無傷ではない。

いや傷はすぐに治るが、彼女の精神的なダメージは計り知れない。

 

ただショックを受けているというよりは、戸惑いの方が大きい。

 

「何で今まで使わなかったんですか」

 

「これを見られると、色々と不都合があるからな」

 

猫の尻尾を棍棒の様に太くした尾赫、いくつかの赫子を束ねているのだろう、強靭さがある。

しなやかさが売りの尾赫を最大限移動に利用するのに適した形だろう、その破壊力も身をもって経験したばかりだ。

 

「……馬鹿にして、ますね」

 

だが、それらを全て感じ取った上で彼女の肩が震え出す。

 

「それだけ力があれば有馬さんを助けられたハズでしょ?私だってこんな姿にならなかった、琲世ぐらいなら倒せたんじゃないんですか?そんな身勝手な理由で、私達を見捨てたんですか?」

 

これだけ力があれば、何でも好きな様にできただろう。

隻眼の梟を殺す事も、有馬貴将に並ぶ事も、不可能ではない。

隠し通す事を優先し、救わなかった屍が築かれている。

 

それを全て許容している事が、彼女には理解できない。

 

「貴方は、どんな手を使ってでも助けなかった。それが、例え有馬さんでも」

 

そしてその許容の範囲が、己以外の全てに当てはめられている事に。

 

「許されると思いますか?あの人は誰よりも働いてきた。その最後をあんな形で終わらせて、あまつさえ殺した琲世の方に寝返った!!」

 

彼女からしてみれば、見殺しにしたも同然だ。

冒涜しているようにしか見えない、今のCCGの人間からすればその意見がほとんどである。

少なからず世話になっていたはずのCCGの恩義を忘れグールについた、その事実から導かれる答えなぞ似通ったものになるのだから当然だ。

 

裏切り者、というのが最もふさわしい答えだろう。

 

真意と言うのは関係ない『人がどうなのか』ではなく『人がどう見えるか』が大衆の意見となる。

そしてその扇動者は、それを利用したに過ぎない。

 

そんな結果は誰の目にも見えていた、恐らく成の目にも見えていただろう。

そして最も影響を受けた少女は、もはや人ですら無くなった。

 

「誰よりも働いた死神を殺した貴様らを、私は絶対に許さない!」

 

瞬間、彼女の赫子に異変が起こる。

アラタの上に更にまとわりついて行くのだ、それは全身に及んでいく。

 

「奪わせろ、私に……お前の全てを」

 

伊丙はオッガイだ、人の食事で過ごしてきたかと言えば答えはノーである。

彼女は全てを成す為に、己すら犠牲にした。

だからこそ、施術も受けグールの肉も喰らった。

 

成遼太郎は救える命を手にする為に、手段を選んできた捜査官だ。それは後先を考え、最悪のパターンだけは踏まない事を意識してきた。

エトを助けはしたが有馬の命に対して傍観者に徹したのも、それが理由だ。

 

対して伊丙入は、手段を選ぶ必要も意味もなくなった。彼女の存在意義はVの駒だ、しかしその中でも有馬貴将という存在があったからこそ彼女は駒として動き続けてきた。

だがその意味は一度無くなり、その後に致命的な者も亡くなった。

有馬が彼女を消すという考えをしたのもこういった考えが存在したのかもしれない。

 

そして、全てを削ぎ落とした。

後先を考えずに、目の前にある自身のやるべき事の為だけに今を生きている。

それ以外は全て復讐への薪にしているのだ、故に自分の尊厳や命すら勘定から外し、最恐の捜査官へと昇華した。

 

「どうなってもしりませんから、ざーこなり?」

 

それが今の彼女、白日庭の赫者 伊丙入である。

 

「……流石に厳しいな」

 

成とて赫者との戦闘経験がないわけではない、何度も梟と試合をしている。だがだからこそ分かる、彼女はエトよりも恐ろしい存在であると。

 

「まだですか、エトさん」

 

決着まで、残り10分を切っていた。




Q.成ってどこでその思考力や教養を身につけたのか?

A.捜査官としては真戸呉緒から、グールと策謀としてはエトから学んでいます。またエトの著書や佐々木から借りた本を読んでいるので多少の語彙力も身に付けています。

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