人か喰種か両方か   作:札幌ポテト

21 / 45
20話

 

鎖骨、大振りの太刀であるそのクインケはSSレートの尾赫が使われている。

しかしそのギミックはIXAのように盾を張ることも、タルヒのようにしなることでもない。

 

刀の背についたブーストギミック、それが鎖骨についたギミックだ。背骨のように配置されたそれを見れば、フエグチに少し似ているかもしれない。

事実、フエグチのような伸縮も可能ではある。

だが特筆すべきその火力の高さはIXAを上回る、扱えるかどうかは本人の技量次第ではあるが高火力なクインケだ。

その破壊力は甲赫であっても簡単に破壊できる、それだけの出力がある。

 

瞬間的な移動、斬撃の重さの増加、このクインケを扱うには振り回されない事が重要となる。

そしてそれを的確に扱える成は、伊丙にもそれを行うが。

 

「届く訳ないでしょ」

 

表層を剥ぎ取る程度に収まっており、火力不足であった。

いや赫子部分は破壊できる、ただアラタが硬いのだ。

それゆえに火力でのゴリ押しという戦法は取れていない。

 

「また曲芸ですか、もう飽きましたけど」

 

対して片手で扱う4本の短刀、砂塵はかなり特殊なギミックを有している。

 

「そんな半端な技で、私に勝てると思ってたんですか?」

 

名の通り、砂塵のように刀身が散るのだ。故に持続力は低いのであるが羽赫のような攻撃ギミックを有したクインケとなっている。

今の大和が修理中の成には数少ない中距離での戦闘を可能とする武器だ、投擲する事も可能である。

 

それを赫子と併用しながら、赫子そのもので扱ったりと器用な戦い方を繰り広げる。

 

その連撃は彼女の赫子を散らしていく、並のグールどころかSレート程度ならば対応すら出来ずに瞬殺されているだろう。

 

しかし、致命的なダメージには程遠い。

 

「どうしました、まだ始まったばかりですよ」

 

成の尾赫と伊丙の燐赫がぶつかり合う、巨大な質量の衝突という事もあり両者に衝撃が走るが、伊丙は踏ん張り成は逆に吹き飛ばされる。

 

「凄いですねー。色々出来て。だけどそんな色々しただけで勝てると思ってたんなら甘い見通しでしたね」

 

手先の器用さは完全に伊丙よりも上手だ、しかし手数が多いだけでは単純な力の塊である今の彼女には勝てない。

成がどのような手を使ってこようと潰す、その上で圧倒するという覚悟が彼女にはある。

 

だがそんな時に、部屋の中に別の気配が入ってくる。

 

「まさか赫者にまで至っているとはな」

 

一定の距離を保つ2人を見守るように、天井にあるダクトに腰掛ける少女がいる。

 

「……遅いじゃないですか」

 

エトだ、成の方が押されているのだがそれを見ても焦りなどは全く感じさせぜ、むしろ楽しんでいる様子だ。

 

「例の奴だ、探すのに苦労したんだぞ?大事に使え」

 

「どうも」

 

そう言うと、成の方へ何かを投げ渡す。

手のひらに収まる程度の筒状の何かだ、それを成は受け取るとほっとしたような表情を見せる。

 

「それで、どうするんだい?一応聞くが手を貸そうか?」

 

上から観客に徹する様子のエト、手にはVから剥ぎ取ったのか肉を食べている。

さながら映画でも見にきているような様子だ、完全に戦闘モードはオフである。

 

「私は2人係でも構いませんよ?」

 

伊丙はエトが隻眼の梟である事は知っている、それでも余裕がある。今の彼女は最盛期に届くとは言わないが、有馬貴将の領域に半歩程度とは言え踏み込んでいる存在だ。

死ぬ直前の有馬よりは間違いなく、強い。

 

「赫者になるのもアラタを持ってきたのも予想外ではありますが、大丈夫です。予定通り……彼女は、私が倒します」

 

成はそう言うと、甲赫を顕現させる。

巨大な爪のように先が分かれたもので、その尻尾も合わせれば隻眼の白虎と言われても相応しいだろう。

ちなみに彼が白虎と称されたのはその動きがネコ科の猛獣に見えたからであるが、今はある程度グールな人間らしい動きの方が多い。

 

そしてその赫子であるが、二つとも合わさっていく。

 

「なのでエトさん、万が一の時はお願いします」

 

「そんなことは起きないと思うが、了解したよ」

 

そして腕と足、背中にそれが纏わっていく。

アラタに似た鎧の様な部分は多いのだが、白い尾赫と合わさった影響で縞模様に見える。

そして顔には隻眼の方だけ牙に挟まれたような面が付く。

 

赫子の形はイメージである、彼がこの姿を明確に意識出来たのは命名された影響も多少あるだろう。

 

「君の赫者は久しぶりに見るね」

 

人間としての形に収めた赫者、そのような姿で成は顕現する。

しかし、その様子を見ても伊丙の様子に焦りはない。

 

「まさか……その半端な姿で、私とやり合うつもりですか?」

 

伊丙は完全な赫者だ、全身を覆い尽くす赫子の量は成のそれを上回っている。

それに彼女自身、アラタを纏っている。どこから見ても彼女の優位は揺らいでいるように見えないのは確かなのだ。

 

「旧田のピエロ。忠告するが、気を抜かない方がいいぞ」

 

しかし、そんな様子を見かねてかエトは伊丙に言う。

 

「私の知る限り、こいつより厄介な存在は最盛期の有馬以外に会った事はない」

 

次の瞬間、成の鎖骨が伊丙の身体を吹き飛ばすのであった。

 

 

成が赫者となってから5分、決着は付いた。

部屋のあちこちにはその戦闘の痕跡がビッシリとついている。

ここだけ爆撃でもあったかのような惨状だ、そしてその中央ではボロボロの姿で赫者状態を解く成の姿がある。

その前には地面にへたり込む伊丙の姿も。

 

「ずるいでしょ、色々」

 

絞り出すように答える彼女の体はボロボロだ。

アラタは完全に破壊し、赫子も出す事もできない。

折れたIXAを握るのみであり、もはや抵抗の意思すらない。

 

「……私の負け、ですよ」

 

全てを認め、彼女は生気を失った様子で呟く。

 

「どうせ30まで生きられません、残りの命を無為に生きるれるとも思えませんし……殺してください」

 

そして最後に、彼女は死を望んだ。

もう自身に課した使命の達成は不可能であるとわかってしまったからだろう。

それだけ圧倒的な差で彼女は負けた、殺す気で戦い全ての準備を整えた上で負けた、もはや言い訳の余地もない。

 

そんな彼女に、成は電池切れとなった砂塵を床に放ると彼女の合わせてこない目を見ながら語りかける。

 

「私はお前の言う通り、有馬さんを見殺しにした。お前も……そうするつもりだった」

 

成は言葉を選ぶように、ゆっくりと話しかける。

先程までの戦闘よりも緊張をした様子だ、彼女も感じたことのない様子であるが、そんな事で一喜一憂できるような状態でもない。

 

ならその予定通りに殺してくれと、そう彼女は願う。

 

「ただお前には、生きていて欲しい」

 

だが、成はその選択を選ばない。

 

「……どの口が言うんですか」

 

あくまでも生かす、殺さない。

その理由が彼女には分からない、彼女自身が殺されてもおかしくないのにだ。

オッガイになりグールを大量に殺し、喰らった。

グールとの和平を望む彼等からすればもっとも消したい存在であり、生かす方が不都合が多い筈だ。

 

「それで、この残り少ない命をどう生きろって言うんですか?そっちの我儘に巻き込まないでください」

 

それは身勝手な行動でしかない。

 

「……お前のやってきた事は、捜査官として間違ってはいなかった。むしろ間違っていたのは私の方だ、だからそこは気にしない。命に点数をつけたやり方は嫌いだが、お前自身を否定はできない」

 

グールを殺した事を、彼は気にしない。

それは彼自身も殺してきたからというのもあるが、彼女の存在証明は殺す事であったことを察しての言葉だろう。

だからこそ、彼が求めているのはそれとは違う答えだ。

 

「ただ……私は、お前にVやグールなんかを考えないで自分を見つめ直して欲しい」

 

捜査官やオッガイ、Vではなく伊丙入として、自分の事を考えて欲しいのだ。

彼女はグールにとっては災厄でしかなかったかもしれないが、彼女は被害者である。

操られ、従い、殺してきただけの人生だ。それに縛られないで、生きて欲しいと言ったのだ。

 

「それがお節介なんだよ!!」

 

だが、そんな言葉では彼女には響かない。

 

「さっさと殺してよ!中途半端な覚悟で戦われても、苦痛でしかないんですよ!!」

 

折れたIXAで彼女は襲い掛かる、反射的に殺して欲しいという期待を込めて差し穿ってくる。

 

「私を……楽にさせてよ」

 

だが、それを避けずに成は受ける。

殺す気のない攻撃というのが分かっているのもあるが、もはや彼女は自身の傷すら治せないほど疲弊しているのも分かっていたからだろう。

嗚咽を漏らし始めた彼女には、救いがない。

だが、成や宇井では彼女を助ける事は出来ても救う事はできない。

己を救えるのは真なる意味では自分しかいない、己を見捨てようとする彼女に成はそのまま語りかける。

 

「私もお前も……苦しんで、生きるしかないんだよ」

 

人生とは思い通りにはいかない。自分をぶらさない事はできても、自分の道は選べるわけではない。

2人は共に、他者によって定められた道を歩んできた捜査官だ。

 

その道で苦しんでも変わらなかったのが成であり、苦しまないように変わったのが伊丙である。

 

どちらの選択も間違いではなく、正解でもない。

相反したようで似た者同士なのだ、だからこそ成は彼女に求めて欲しいのだろう。

 

「ちょっと、頭冷やせ」

 

そう言うと、成は彼女の首にある傷口へエトから受け取った薬を打ち込むのであった。




 
有馬(最盛期)>半赫者成>オッガイ伊丙完全体>有馬(死の直前)

有馬の領域はこの間です。

※修正しました、ご指定ありがとうございます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。