人か喰種か両方か   作:札幌ポテト

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26話

 

 

隻眼の王討伐を目的とした作戦、それは秘密裏にS3班を主軸としており、地下の侵攻という都合上連絡が取りづらい環境での戦闘となる。

なので遊撃部隊としてS1班からこの前の打撃を受けなかったメンバーを選出し、地下のグール殲滅部隊として送られた。

 

S3は隻眼の王を、S1は残党の処理などを請け負っている。

また密偵として送られたオッガイであるハジメの回収も任務としてあり、それは直ぐに終えた。

 

そして今、宇井は側面から逃げ惑うグールに襲いかかったのだが。

 

「郡さんは私が相手しますよ、そっちお願いします」

 

敵として考えていなかった存在が、目の前に立ちはだかった。

 

「生きて、いたのか。ハイル」

 

後ろには0番隊と平子、そちらはハジメと戦闘を始める。

 

しかし、宇井達は赫子を発現させている伊丙に足が止まる。

捜査官としてオッガイ0番隊を率いた彼女がなぜ、よりにもよってグールとの間に立つのかは、判断ができない。

 

「なぜ、そっち側に居る」

 

「死んじゃったからですかね」

 

そうだ、死んだ事になっていた。

ラボでの戦闘跡は凄まじく、大量の血痕もあり、伊丙の死体もなかった事から彼女は死んだ事にされていた。

 

「成はどうした、あいつはどこにいる」

 

0番隊のオッガイからの情報によれば成遼太郎にやられたと聞いている、つまりここに彼女がいる理由に必ず関わっているはずだ。

むしろ宇井は殺す気で来ている、伊丙を選んだ彼が失ったと思わせた原因であるからだ。

また、自分の部下の責任は自分で取るという意思でもあるだろう。

 

「あのバカは知りません、でも……渡しません」

 

彼女はその殺気を感じる、その上で拒否する。

伊丙とて何も成り行きだけでここに居座っているわけではない、後ろには多少なりとも情の湧いたグール達がいる。

それを助けたからと言って、過去に殺してきた事実が変わるわけではないが、彼女はここをどく理由には成り得ない。

 

「あいつは、裏切ったんだぞ」

 

宇井は戸惑いながらも、その真意を問う。

成は宇井も敬愛する有馬を殺した側にいるのをわかっていてなぜ、そっちにいるのかと問う。

 

伊丙とて成が今いない状況というのもあるが、そこについてはまだ消化しきれていない。

 

「勝手にされたままなのは癪なんです、その借りを返すまでは……こっちに居ます」

 

だが問い詰めていくだろう。

成の裏切りの真意も、伊丙を生かした理由も、これから先どうするかも全て問い詰める。

伊丙はまだ彼も世界の仕組みも知らない事が多過ぎる、だから彼女は地下で彼の帰りを待つのである。

 

「引いてくれれば見逃します」

 

伊丙には理由があり退けない、だがその理由で上司を傷つけたくはない。

そして宇井とてそうである、退けない理由はある。

 

「お前は連れ戻すぞ、ハイル」

 

上司と部下の戦いは始まった。

 

 

隻眼の梟、芳村愛支は生まれて間もなく母を亡くし、親代わりであノロイに地下で育てられた半グールだ。

 

グールという世界は狭く、自由がある一方で理不尽がある世界であった。

そして父親は生きていたが、Vという組織に属し母を殺しては20区で喫茶店を運営していた。

グールを助ける為の喫茶店『あんていく』だ、しかしそこにいた父は幸せな様子に見えた、自分が苦しんだ先にやっと小説家としての一歩を歩み始めた時にだ。

 

小説家となった14歳の時に、彼女は公平性のない理不尽な世界を呪い始めたのである。

 

そして起こした反乱は鎮圧され、有馬貴将にトドメを刺される寸前までいった。

しかし同様に世界の歪みを壊したいという願いによる利害が一致し、協力関係を結ぶこととなる。

 

アオギリの樹と隻眼の王はここに生まれたのだ。

 

その目的は和修による現体制の破壊、そしてグールと人間の間にある種族の壁を取り払う事だ。

人もグールも幸せを享受できる世界を、もたらす。

 

その為に、彼女は死ぬ筈であった。

 

ただ引き入れた仲間から助けられてしまい、死に場所は失っていた。

生きる新しい意味を探して欲しいと言われ、その責任を取ると迄言うと、実際にその後を上手く生きられるような配慮を作戦に組み入れてきた。

 

十分過ぎる、むしろ巻き込んだ存在だ。情を植え付けたわけでもないのに、勝手に救われてしまった。

 

だから、舞台でそのまま自分に出来ることをする。

それが地下では、グール達を守る事である。

守るものが無ければ、人は戦う意味を見失ってしまう。

 

だから、彼女は戦った。

 

「こんな所まで来たのは驚きましたけど、何か変わりましたか?」

 

そしてまた、負けた。

前と同じで、五体不満足で地に這わされている。

 

「リベンジマッチのつもりみたいでしたが、1人で何も出来ないと知って徒党を組んた事もあるのに、1人で来たのは笑えますよね」

 

指揮官である旧多の考えを、彼女はある程度先読みをしていた。

その道では彼女の方がある程度長けているという事もあるが、旧多が何をしたいのかぐらいは読み取れていたからだろう。

 

S3班の鈴屋達を無視し、最も危険な存在でかつ頭である旧多へ攻撃を仕掛けた。

多少の護衛としてオッガイもいたが、それだけであり赫子を大っぴらに使える立場でないのも分かっていたので、タイマンに持ち込めていた。

 

あの時と違い、成の赫子を食べた影響でその力の片鱗を受け継いでもいたので善戦ができる自信はあった。

頭が止まれば体も止まる、時間を稼ぐ程度ならばできると考えるのは同じ洞察力と情報を持った存在であれば行う行動だろう。

 

「死亡フラグ立てまくりだったし、小説家ならもっと様になる言葉を吐いたらどうです」

 

ただ、旧多が強かったのだ。

比較として、オッガイとして赫者となった今の伊丙入と同等かそれ以上の力を赫者とならずに手に入れている。

あの時は赫子を手に入れたばかりというのもあり、旧多も全能力をフルに使えたわけではない。

そもそも、有馬や伊丙を除けば庭の半人間の中でも頭がいくつか抜けた存在であり、捜査官としての戦闘能力でもそこらの特等を簡単に倒せる存在だ。

 

故に、エトは引き際を誤った。

 

だが、彼女とてそれがわかっている。

 

「知らん、のか……?最近は、立てた方が生き残るんだぞ」

 

あくまでも、彼女が選んだ時間稼ぎは無駄では無い。

事実、旧多の号令が多少遅れた影響でグール達は何とか逃げられている。

戦線の膠着を作り出せたおかけで、少なくとも思い通りにはさせていない。

 

「それと、別に私がお前を倒すわけではない」

 

そして、元から時間稼ぎの目的は撤退の支援だけではない。

 

「……うわー、やっぱり来たんだ」

 

24区は下に進むにつれて道が単純化していく、なのでグール達の待ち伏せは容易にできる。

だが逆説的に言うならば、地上の何処からでも地下へ目指す事ができる。

ただ距離が遠い、居場所も完璧にわかるわけでは無い。

 

だが来ると信じていたのである。

 

「地下を頼むとは言いましたが、無茶をして欲しいと言った覚えてはないですよ」

 

「安心したまえ、旧多がいるなら君は来ると確信していたからな」

 

少し煤けた格好で、成遼太郎は降り立ったのである。

それに対してエトはやっとかという顔をすると手足を再生させる。

満身創痍を演じて時間も稼いでいたのだろう。

 

成は地上に残った理由の一つが旧多について知る為だ、そしてその本人が地下に居るのだから必ず来るという信頼がエトにはあっただけだ。

ただそれまで自分が生きているかは賭けの部分も多かったのだが、結果としては間に合っている。

 

「気をつけろ、伊丙よりは手強いぞ」

 

「……分かってますよ、ここは預けて下さい」

 

そう聞くとエトは下がる、先回りしている部隊を相手取る為に。

そして成は残る、できない事はやらない人間である彼がそこに立つという事は、黒幕を請け負うと言う事でもある。

 

「死ぬなよ」

 

そう最後に呟き、彼女はその場を後にした。


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