人か喰種か両方か 作:札幌ポテト
地下のグール達は先回りされた捜査官によって、絶体絶命の状況に陥っていた。
現れた現最強の捜査官率いる部隊、それは駆けつけた金木が相手し非戦闘員は逃げれる筈だった。
しかし、そこすら先回りさせるのが旧多だ。
V14、全ての地下通路の中継地点となる空洞がそこにある。
そこを通じさえすれば追手を撒く程度は容易にできる、しかし逆に言えばそこさえ抑えれば封じ込める事ができる。
そして、最後の逃げ道の先に待ち伏せされ、もはやまともな戦力として数えられるグールもいない状況に終わりを感じ始めたその時だ。
「やれやれ、まだこんな所にいたのか。探すのに苦労したぞ」
捜査官達の背後から現れた赫子が、彼等を蹴散らし始める。
「……ボロボロじゃない、下がっててもいいのよ」
「妊婦に言われたくはないが、まだ余裕はある」
エトだ、非戦闘員を先導するトーカはその姿にホッとするも軽口を言い、赫子を展開する。
トーカの実力はSS以上だ、しかし彼女自身身重である点や負傷がある事から相当無理をしている。
だが、エトは負傷があるとはいえSSSのグールだ。
「雑魚狩りの部隊だ、大した兵はいない」
その羽赫が一瞬にして捜査官達を吹き飛ばし、壊滅させた。
特等クラスがいないとは言え、圧倒的な力での蹂躙ができないはずがない。
あまりに一方的に、簡単に無力化した光景にグール達は唖然としている。
「安心しろ、殺してない。不必要に殺すと機嫌が悪くなる奴が居るからな」
よく見ればクインケの破壊などで致命的なダメージは出さないように射出されているのだと分かる。捜査官達は武器もなく戦えなくなるとそのまま引き上げていく、隻眼の梟の圧はそれだけあるのだ。
「……助かったわ」
「気にするな、困った時はお互い様という奴だ」
エト達がこの地下にいる間、彼等に世話になった。
食料的な点でもそうだが、この絶滅に瀕した状況というのもあり同族意識が高まっているというのもあったが、監視対象とされても仲間として扱ってもらえていた。
それなりに恩を感じていたのだ。
だが、そんな気の緩む瞬間はすぐに終わる。
「……これは想定外だな」
地響きがする、とても大きい。
震源地が近い、何かが地の中を蠢くような音が響いていく。
地下道がそんな衝撃に耐えられるわけがない、ボロボロと崩れ始めていく。
「みんな、急いで!」
トーカは地下へ行くように皆へ告げるが、それが間に合う段階ではない。
このまま全員が生き埋めにされる、だがそうはならない。
「っ……今のうちに行け、長くは持たん」
エトは自身の赫子を四方八方へ伸ばし、崩落を防いでいく。
「おいおい、流石に維持が限界だぞ……」
エトは先程の旧多との戦いで疲弊している、心なしか赫子の量も少ない。
だが地鳴りは更に大きくなっていく、もはや耐えられる状態ではない。
そして壁の一部が剥がれた先に見えてしまったものがある。
「まさか、竜を引っ張り出すとはな」
巨大な肉の塊に目玉があった。
それがこの揺れの原因であり、氷山の一角でしかないことをエトは悟る。
このままでは全員が押しつぶされる。
しかし、それは緑色の触手によって支えられて防がれる。
草薙のギミックだ、それが使われたという事はその持ち主がここに来たという事になる。
「成、なぜこっちに来た!」
「旧多に逃げられました、すいません」
エトは赫子を解除する。
だが気を抜いてはいない、先程竜の一部分が見えていた場所を見るがそこにはもう居ない。
移動した後であり、地響きも少しずつ遠のいている。
「なら逃げるぞ。流石に今アレはどうにもできん」
「そうですね……地下よりも地上に行きましょう、生き埋めにされます」
もはや地下世界は崩壊した、地上の方が幾分かマシだろう。
しかしアレが解き放たれた地上だ、平和とは言えない。
「仕方ない、食料班と合流だな。残った奴らを助けるのは後回しだ」
「ですね……ただ、このままじゃ」
そしてグール達をトーカが連れて行く、真上やその周辺区は危険なので迂回するのだろう。地下を知る彼女に皆ついて行く、何があるかは分からないのでエトもそれについて行こうとするが。
「おい、馬鹿なことを考えてるな?」
成が上を見上げている、竜の一部が見えていたところだ。
その先は空洞があり、何を考えているのか嫌な事に師でもあるエトは察してしまう。
「……誰かが止めないと」
竜の全貌を見たわけではない、一度だけ有馬やエトに御伽噺のような実話として語られただけの存在だ、無論勝てるはずがない。
「馬鹿を言うな、私が10人いても無理だぞ」
エトどころか全てのグールや人間が立ち向かっても勝てるような存在ではない、それだけあれの存在は規格外なのだ。
勝つことを考える以前に、戦わない事を考なければならない。
「地上に向かってます、甚大な被害が出る筈です。それにあの竜は」
「やめろと言っているのがわからんのか!!」
だが、成の意思は変わらない。
アレがどれだけの悲劇を生む存在であるかよく分かっているのだ、そしてその核として誰が使われているのかも分かってしまう。
「今度こそ死ぬぞ」
だが成は懐から仮面を取り出す。
それがもはや意思が変わらないという決意であるのも分かる、それを止める事はエトには出来ない。
仮面は自身をグールと偽る時に利用していた物であるが、これにはもう一つ理由がある。
人間として彼は戦ってきた、それは伊丙の時も同様である。
仮面をつけるのは覚悟を決めるためでもない、自分を隠す為でもない。
「……なぜ、お前は行く」
仮面の瞳から、赤黒い双眸が暗闇の中で煌めいた。
その眼に迷いにも後悔にも似た何か物寂しさを感じさせたが、成は一度だけエトの方を見るとまた上を見上げて呟いた。
「子供には、父親が必要でしょ」
そう言い残して、彼は上へと伸びる坑道を駆け上がって行った。