人か喰種か両方か   作:札幌ポテト

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34話

最初に起きた時、何から話しかけようか。

成が眠っている間、暇な時間に伊丙は考えていた。

 

勝手に死のうとしていた事を責めても良い、無茶をしてばかりと罵れば恐らく気分が良くなる。責任を逃れて皆が助かれば良いなんて馬鹿な考えをしているのを理解させれば、多少なりとも彼のまた弱気な姿が見られそうだ。

 

彼女自身を食べさせたのを伝えても良い、彼が生きていけているのは人肉を食べたからに他ならない。生かされた事と生かした事で貸し借りをチャラに出来るし、人間側である彼がグール側の存在であるとも本質的に理解をさせられる。

 

何をしても良い、借りを返したというのは間違いない事実だ。

 

有馬についてや成のこれまでの行動については平子やエトから聞いている、その上で馬鹿と罵るのも悪くないだろう。

そんな事に振り回された人間の1人なのだから、大きな貸しを作る事も出来る。

 

成と起きた時に話をする、一度殴ってから。その為に彼女は成を助けたのだ、ただ一応病み上がりなので言葉で殴るだけである。

 

「やっと起きたんですか、こっちがどれだけ忙……し、く……」

 

そんな考えをしながら、4日も寝ていた寝坊助野郎を拝みに行くと。

 

「(……有馬、さん?)」

 

若かりし頃の有馬が目の前に現れた。

しかし、有馬は死んでいるしそもそも若い姿で現れるはずが無い。

そして、その答えはすぐにわかる。

 

「……伊丙?」

 

少しだけ、肩が震えた。

いつもの自分の思うように動かせている体が、自分の思い通りになっていない感覚に陥った。

 

ベットにいるのは成だ、そして何故か有馬の眼鏡を付けている、それだけのはずだ。

なんで着けているとかどうでも良いことで、それだけなのだ。

 

しかし、よくよく考えてみると伊丙は成という有馬の猿真似野郎を認識していても、その顔については特に興味を持った事も無いので、深く認識をしていなかった。

 

知識としてはもちろんあるし、顔を見て名前を答える事はできる。ただその事について意識を持った事はなかったのである。

 

「(な、成があんな有馬さんみたいな男なわけないじゃない。顔がちょっと似てるからって関係ないし、私はこいつの顔をぶん殴りに……な、殴りに……)」

 

面影がある、どころか瓜二つか。

多少なりとも違う所はあるが、それは身長や骨格の違いなどの影響だろう。

血が繋がっていると言われても信じられる、眼鏡をかけただけで大きく印象が異なってしまっている。

 

「(べ、別に私は……)」

 

頭では分かっているつもりであるが、体はそうでは無い。息遣いは思い通りにならないし、心臓の音も良く聞こえてくる、その上で体温も少しずつ上がっていっているのだ。

 

分かっている、信じられない事に気がつき始めている。

 

今まで成遼太郎という眼鏡を通して彼を判断していただけで、彼を見ていなかったという事実にだ。

 

無理はない、そもそも伊丙にとっての成という人間はただの愚鈍な部下でしかなかったのだから。

地下では情けなく胃の中の物をぶちまけ、初陣とは言え何もできていない姿を見れば年上だろうと、哀れな視線を送ってしまう。

 

そんな姿しか知らなかった、そして戦える存在として知ってしまったのはやはり、彼と戦った時だ。

 

梟と戦った時やSレートを討伐した位では、噂の誇張程度にしか耳に入ってこなかった。

 

そして、戦う意味を知った。

 

そして、彼という人間を知った。

だがこれだけならば、成という人間の認識を改めただけで大きくは変わらない。

 

何よりも、有馬と重なってしまった事が何よりもまずい。

 

「わ、わわ」

 

「わ?」

 

何を言うつもりだったのか、頭の中は空っぽになっていた。

 

そして、自然と彼の口元へ目がいった。

 

成を助ける為に、彼女は自身を噛みちぎって食べさせた。しかし飲み込む力すら感じられなかった彼に、彼女は口移しで食べさせた。

ファーストキスだとか口移しだとか、その時は全く気にしなかった、何故ならそんな事を気にするような対象ではなかったから。

 

ただ、今は違うようだ。

 

「わ……私!ちょっと、やり残した仕事があった気がするので!」

 

気付けば残した仕事など無いのに、その場から逃げ出した。戦略的な撤退だ、この体も頭も思い通りにならないから、体制を立て直しに行くのだ。

 

「(無理、絶対無理!分かんない、こんなの知らないし……!)」

 

誰に対しても抱いた事はない、そんな環境でもなかったしそんな相手もいなかったから。

世界は残酷だが、彼女は今ほどその狡さを感じる事はないだろう。

 

有馬というのは彼女にとって尊敬する対象であって、恋慕の情を抱く存在ではない。

それは手の届かない存在であると認識している以外に、そうはならないと分かっていたからだ。

 

だが『貸し』やら『責任』を持ち出して手に入るかもしれない存在ならば話は変わる。

ただ、そんな事まで認識できるほど経験もない彼女はその気持ちに振り回されながら、その場を後にするのであった。

 

 

「復帰が早いな」

 

宇井は今しがた、検査を終えた成を見る。

昨日に起きたばかりとは違い顔色は良く、眼鏡も良く似合っている。

ぱっと見れば若かりし頃の有馬にも見えるかもしれないが、よく見れば別人であるのがわかる。

自分の後輩に有馬が居たらこんな感じかと思いながら、宇井は椅子に腰掛ける。

 

「検査の結果はこれから出るが、その調子なら大丈夫だろう」

 

「むしろ、ご飯を食べて疲れが取れました。治療前より元気ですよ」

 

この回復の速さはグールの部分が存在するという理由もあるのだろうが、本人も相応の力を持っているからでもあるだろう。

とても生死の境を彷徨っていた人間とは思えないが、回復したのだから良い事だろう。

 

「ハイルの所にも顔を出してやれ、まだちゃんと顔も合わせてないんだろ?」

 

ただ、今後の彼はどう扱っていくのかは審議にかけられている。

今のグールとの協力関係も、あくまでも目の前に共通の敵がいたからだ。

半グールという特大の情報と捜査官としての実力の高さ、それによってどう扱えば良いのか上も悩んでいると宇井は聞いている。

 

一応扱いに悩んでいるのは、彼だけではないのだが。

今はそんな事を彼には考えて欲しくはない、それよりも今は休んで欲しいぐらいだ。

 

「私は別に会いたくないわけじゃないんですが、彼女忙しいみたいで……」

 

成は伊丙に暇さえあれば、というほどではないが数回ほど彼女へ会いに行っている。

だが何故か顔を合わせてもらえない、食事の時間が一緒に出来ないほど忙しいようで話す時間も取れていない。

今の事情を考えれば仕方ないのであると理解してはいるようだが、少し寂しそうに見える。

 

「なら、暇つぶしにデートでもするか?」

 

ふと、扉から声と共に入ってきた人がいる。

その女性はお忍びで外へ出かける有名人のようにサングラスに帽子を付けているが、その身なりと背格好で誰かはすぐに察しがつく。

 

「デートって、何をするんですか……エトさん」

 

エトだ、グール側のまとめ役を王が不在の間請け負っていると聞いている彼女が暇ではないと思うのだが、良いから良いからと手を引いてくる。

 

「お前は功労者の1人だぞ?頑張ったんだ、少しぐらい休んでも構わんさ」

 

デートというのは冗談にしても、散歩に付き合えという事だろう。

宇井もその意見に対して特に思う所はないように見える。

 

「いや、この忙しい時期に頑張らないと……特に伊丙には怒られそうですし」

 

「……今の彼女にそんな余裕は無いと思うがな」

 

「そんな暇がないくらい忙しいんですか……?」

 

だが、変な所で生真面目さが抜けなくなったのは有馬のせいだろうか。この時期に自分だけのんびりしていられる程、彼の神経は図太くない。

 

だが病み上がりの人間を酷使する程逼迫もしてない。

 

「なら、見回りで良いさ。警邏任務という名目なら、文句を言う奴も居ない」

 

だから便宜上、仕事のように動かしてしまえばいい。

病み上がりの人間を酷使しても、良い顔はされない上に仕事も安心して任せられない。

一応、確認の為に成は宇井を顔を見ると。

 

「そうだな、部屋に篭りっぱなしというのも良くない。それに今の東京は見ておいた方が良い」

 

 

快く了承された成は、納得するお新調された捜査官の服を着ている。

と言ってもCCGの手帳は無い、その事についてはまだ準備中とは言われているが、寝ていた間に色々と終わってしまい、まだ本当に終わったのかと信じられないほどだ。

 

「金木、目覚めて良かったですね」

 

ただそれでも、今の瓦解した東京を見て丸く収まったとは言えない。

 

「あぁ、彼もこれから忙しくもなるが良かったよ」

 

金木が都民を虐殺した、そう捉えられてもおかしくないのが今の状況だ。

被害者の数はまだ測定出来ないが、それほど多い難民がいる。

家を失い、仕事を失い、家族を失った者達が今は大勢いるのだ。

その者たちからの不満は凄まじものだろう。

 

「竜も金木が取れれば、妙な事にはならないだろう」

 

だが、あれはどうしようもない。人災によって生み出された天災なのだから、局員も皆それで納得している様子だ。

実はエトも金木ほどでは無いが理解をされ始めており、まだ不満が溜まる局員も居たが、頭を下げて謝罪している姿を成は見ている。

時間はかかるかもしれないが、グールと人間の関係は少しずつではあるが変わり始めているようだ。

 

しかし、そう単純な問題でもない。

 

「有馬さんの言っていた、全ての人が喰種になるって話ですか。竜が現れた後に起こるとは言ってましたが、彼自身もどうなるかはわかってませんでしたからね」

 

「このまま終わってくれれば、助かるんだがな」

 

2人はこのまま終わるとはかけらも信じていない。

旧多は自身の幸せの為に竜を作ったというが、その幸せについてはまだ分からないでいる。

実際に竜の核となった金木に聞けば何か心当たりがあるかもしれないので、散歩後に行ってみようとは思うのだが。

 

これから何をしてくるかは分からないでいる、それはエトも同様だ。

しかし今の成は自分の心配が優先だ、平気に感じるだけでまだ完治しているとは言い切れない。

万丈というグールの治療もあって腹の傷は完全に塞がっていても、まだ視力の回復に兆しはないのだから。

 

そう思いながら、街中を徘徊していると生々しい音が聞こえて来る。

街の外れにある暗い道の奥、そこから立ち込める臭いと共に2人は足を止める。

 

「喰ってるな、作法も知らん奴でまだ生き残っているとは思わなかったが」

 

「ひいっ!?」

 

臭いの元へ辿れば、足音に気付いたのか後ずさる影が見える。

まだ若い少年だ、中学生程度だろうか。

人を殺したわけではないようだが、まだ新しいので先の事件の影響で自殺した者の死体のようだ。

ただ食べていたのには違いなく、口周りにはベッタリと血の痕が付いている。

 

「……ご、ごめんなさい!殺さないで、殺さないで!」

 

「私達は捜査官でも無いんだが……いや、君は捜査官か」

 

「どうなんですかね……君、親や知り合いの名前は言えるか?」

 

情緒が不安定な者を相手するのは捜査官よりもセラフィストの仕事であるのだが、まずは親や知り合いの名前を出してもらおうと声をかける。

エトは全てのグールの名前ぐらいは把握していてもおかしくない存在だ、現に黒山羊の庇護下にあるグールは全て暗記している。

 

生き残っていれば、その者たちへ送り届ければ良いと考えてのことなのだろうが。

成さ話している最中に、違和感が出てくる。それは隣にいるエトも同様のようだ。

 

「エトさん、この子の匂いグールとは違う気がします」

 

日常的に人を食べるグールの匂いと、少年の匂いが違うのだ。

言ってしまえば、普通の人間と大差がない。

今は人を食べていたが、その臭いは強烈なだけで人間の匂いがするのだ。

 

そして、エトも着眼点こそ違うが違和感を感じている。

 

「……お前、人間か?」

 

服装の身なりの良さに違和感がある、社会的な地位がある中でグールとして生きるのは難しい。行動に制限が生まれるというのもあるが、表世界で生きていくのにリスクがある。

事実殆どのグールはオッガイに殲滅された、そして生き残りが地下に向かったのだ。

東京の地上にグールが生き残っているには、道端で直に食べているのを鑑みれば色々と作法も知らない様子に見える。

 

だが、問答を続けようと成が近づこうとした時だ。先程まで人っ子1人見当たらなかったこの場所に、大量の人影が現れる。

少年はそれを見て走り出してしまったが、2人は逃げてもらったほうが都合が良かったので見逃す。

 

「……落とし児か、概ね奴らの影響だとは思うが」

 

「話には聞いてますが、やらざるを得ない感じですね」

 

現れたのは人型の怪物だ、以前竜から金木を助ける時にも現れた奴等であり、その生態は当然不明だ。

しかし、転がっている肉に齧り付く辺り捕食が目的のようだ。

 

「崩壊期に入ったと聞いてるんですが」

 

「私も知るか、だが崩壊中なだけでまだ活動はしているという事だろう」

 

成は近づいて来た落とし児を徒手空拳で圧倒した後に、後ろへ回り込んで首をへし折る、エトも羽赫で敵を粉砕していく。

2人からすれば大した敵ではない、赫子を使わずとも成ならばこの程度の敵は素手で十分だ。

しかし一般人からすれば脅威である、故にサンプルとして外傷を少なくした落とし児を捕縛したのだが。

 

「成!離れろ!」

 

エトの声が届く前に、成の締めていた怪物は爆発した。

だがそれは成も寸前で予期していたようで、直撃はしていない。

 

「自爆するのか、以前の個体にはなかったが距離はとった方がよさそうだな」

 

「そうですね、ただ威力はあまりないようです」

 

爆破は直撃こそしなかったが、したとしても人間でも耐えられる程の威力だ。問答は数だ、多過ぎる。今の捜査官やグールの数を合わせても、総数は恐らく遥かに多い。

現に金木救出の際は概算ではあるが、捜査官達の100倍の数がいたのだ。

他の所にも現れていないはずがない、ただでさえ人が足りないこの時に呑気に時間を過ごしてられない。

 

「エトさん、離れてください」

 

瞬間、成は赫子を展開する。甲赫と尾赫を融合させた、剃刀のような赫子だ。

それは辺りに散在する落とし児を瞬く間に粉砕していく。所詮数が多いだけで、Bレートにも満たない個体が殆どだ、成でなくてもそこらの班が一つあれば殲滅出来るだろう。

 

だが、成は何故かこの結果に驚いている。

 

「無茶するな、病み上がりなんだぞ」

 

「……いや、ここまで出す気は無かったんですが」

 

エトはため息を吐きながら奴らの死体を見ているが、成は今の自分に違和感を感じている。

病み上がりなのは自分で理解している、だから最低限を出す予定だったのだが。

 

「検査結果、まずいかな……」

 

明らかに、何かが変わった感覚を覚えながら2人は局へ帰還していった。


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