人か喰種か両方か   作:札幌ポテト

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36話

「それで、この顔ぶれを集めたのは何か進展があったという事か?」

 

「今、捜査官は手一杯というのもありますが、現状での報告をしたかったので」

 

元嘉納の研究者達のまとめ役、西野貴未は錚々たるメンバーに声をかけた。

旧多の配信から20時間程度経っただろうか、集まっているのは金木を筆頭とした黒山羊の幹部メンバーに丸手と共に動いて金木の親友である永近、そしてエトに成、最後に伊丙だ。

 

狭い部屋に呼ぶには人が多いのだが、それだけ今の情勢の最前線に立っている者達でもある。

ちなみに伊丙が呼ばれたのは暇だからだ。いやCCGは現在進行形で猫の手も借りたいのではあるが彼女特有の仕事、戦闘任務が今はないからだ。

落とし児と戦うのも今は自衛隊が主導となっている、彼女自身がまだ手が空いているので参加しているのだ。

 

「現在ROSの被害者は1000人以上、既にほとんどの患者が食物を受け付けていません。点滴で凌いではいますが、夙成の改良が間に合うかどうかといったところです」

 

夙成から得られた酵素はグールに人と同じ食事を可能に出来るかもしれないといったものだ、ROSの根本治療にはならないが時間は稼げる。

しかし、仮に完成しても量産化させるのには時間がかかる。被害者が増えていけば、対応は間に合わないだろう。

最悪の場合では、グールとして駆逐する可能性すらある。

 

「少なくとも、今のペースで増え続ければどうしようもありません」

 

だが、そんな弱音を吐くためだけにここに集めたのではない。

 

「対応策は?」

 

エトは本題に入れと、急かすというよりは単に話しやすくしただけだろう。ただ皆が気になっているのはそこである。

 

「東京にある卵管は全てで9つ、1つは崩壊期に入っていますが残り8つの中で毒持ちが生まれると推察される卵管は絞れました」

 

そう言って、地図を示す。見てみれば毒持ちの出現スポットは19区の卵管を中心に広がっているのが分かり、明らかに何かがある事が分かる。

 

「そこは地下に確か空洞がある『厄介事』が潜むにはちょうどいいな…」

 

「なるほど、グールである我々なら調査にいけるって事かな?」

 

「ええ、ですが防疫対策が万全になればの話です。いくらグールでも許容値を越えれば何かしらRc細胞に影響が出る筈です」

 

人よりも耐性がある彼等が調査に向かう方が合理的である、しかし現地で何があるのかは分からない。

そこらを爆撃でもすれば手っ取り早いのだが、原因が分からないまま行えば解決したかどうかも判断が出来ない他に、毒持ちが再来した際に対応ができない。

 

「なので慎重に」

 

調査の準備を進めて行く、とでも話そうとしたのか。その声は外から聞こえてくる爆発音に遮られる。

 

「爆発!?」

 

窓から外を見てみると爆炎が立ち上っているのが分かる、そしてその奥から黒服の集団が警邏中の自衛隊員を殺害して行くのも。

 

「ちっ……Vか、浮いた駒を動かして来たようだな」

 

エトはタイミングのいやらしさに頭に手を当てる。

今はCCGがようやく毒について情報が固まって来た時だ、放置できるものでもないので人が必要になる。

奴らとの戦闘は確実に捜査官ならば半数近い被害は出る、それだけの力がある。

だが攻めて来た理由が不明だ、混乱させるだけなら金木救出時に攻撃をしていてもおかしくない。

そして頭を抱えているのは、彼女だけではない。

 

「もしかしたら……『何かに気づいた事に気づかれた』のかもしれません、でも早すぎる……」

 

西野もタイミングの悪さに、むしろそれが理由だと考える。

敵の目的がそれならば、邪魔をしに来た以外に潰しに来たという理由ぐらいしか考えられない。

世界の支配者としての地位を望む彼等、Vならばタイミングとしては最良だと判断したのかもしれない。

 

「伊丙、クインケは?」

 

「鎖骨と大和がアンタの部屋にあるわ」

 

「僕たちも行こう」

 

成や伊丙、戦闘の出来るグールの面々は金木を含めて皆迎撃に向かおうとする。

まずは目の前の障害を取り除くという事だろう、毒をどうにかするのはその後であると。

 

「ちょっと待った」

 

しかし、その動きに待ったをかける人物がいる。

 

「向こうが『来る』ってことは『来て欲しくない』ってことだったりしねぇか…」

 

永近だ、彼は丸手の裏で色々と柵を巡らせて来た人物である。

和修はグールであるという仮説を与えた人物でもあり、その頭の回転力と洞察力は成では足元に及ばないほどだ。

 

実際、成がラボを襲撃した時の思惑も見透かされていたからこそ上手く合流できている。

 

「毒の元は、今調べるべきだ」

 

その永近が、今行くべきであると言う。

未知な部分が多く、何が起こっても不思議ではない卵管への調査を強行するべきであると。

 

Vは強敵だ、しかしCCG全てを落とせるかと言われれば難しい筈だ。今のCCGには鈴屋に伊丙がいる、金木や成が死んでいると思われていたとしてもグールの戦力もある。

それこそ潰す事に重点を置くならば本部が手薄になるタイミング、卵管の調査を待ってから数が分かれた時に攻めた方が効率は良い。

 

だがそうしないのは、時間稼ぎのためであると永近は読んだのである。エトもその考えに肯定の意思を込めて頷く、周りも後に続いて頷いて行く。

 

「調査は僕が行きます、耐性があるなら行けるはずです」

 

金木は毒に耐性がある、この中で最も調査に適した人間だろう。そして戦闘能力も随一だ、何かが起こったとしてもどうにかできる力がある。

 

「なら僕たちは護衛に」

 

「いえ、大勢は目立ちます。少数で向かうべきっす」

 

しかし、黒山羊まで連れていけば逆に調査班が殲滅される可能性がある。

攻めて来たVや未だ見えていないピエロの兵隊を送り込んで潰すことはいくら金木と言えど不可能ではないはずだ。

 

だからと言って金木だけでは土地勘もないので無理だ、道案内役が1人は必要である。

そして、何が起こっても金木の足を引っ張らないだけの力を持っていなければならない。

 

そして、永近や西野に変わってエトが指名する。

 

「成、お前が行け」

 

病み上がりとは言え既に万全の状態にまで回復した成を、彼女は選んだ。

 

「毒をなんとか出来るし、土地勘もある。適任だ」

 

その力量は問題ないだろう、この中で3本の指には間違いなく入っている。

そして案内役としても適切だ、エトがアオギリを率いていた時は場所を選ぶ事が難しかったので、鍛錬場所は地下の何処かとなっていた。迷わないように地下には詳しくなっている。

グールとしての機動力もあるので気づかれずに素早く毒の元まで辿り着く事ができるだろう。

 

「……分かりました」

 

だが、少し不服そうだ。

頭の中ではそれが正しいと分かってはいるみたいだが、心情的にはここに残って共に戦いたいのだろう。

しかし毒に対して対応出来るグールは彼と金木しかいないのだ、この2人以上に調査の適正がある者たちはいない。

 

「安心しろ、ここには私がいるだろ?」

 

「……気にしてるのはそこですよ」

 

宥めるようにエトは言うが、むしろ成が心配しているのは彼女である。

 

彼女は強い、グールとしての実利は疑うまでもなくアオギリを率いていただけの頭の強さも持っている。

しかし今のエトは満足に人を食べていないので万全の状態ではない、旧多の傷もまだ完治していない程だ。

樹海で得た食料で完治には向かってはいるが、均等に分けて半年を賄うものだ。1人だけ多くもらうわけにはいかない。

 

そして何よりも、無茶をする事が多くなっている彼女をすぐに助けられる場所に居られないのが気にかかるのだ。

 

それを言われた彼女は耳が痛そうにはするが、純粋に心配されているので少しだけバツが悪そうだ。

だが、その次の瞬間に大きな破裂するような音が鳴る。

 

「い、伊丙……力込めすぎじゃないか?」

 

伊丙だ、2人を見兼ねてか成の背中を大きくはたいたのである。

その彼女の顔は少し不機嫌に見える、ため息もついているし成はなぜかと顔を伺うと。

 

「私が居るんだから心配なんてするんじゃないわよ、さっさと行ってこい!」

 

そう言って、また背中を叩いて来た。

今の彼女は捜査官でも鈴屋に並ぶ実力者である。成から受けた傷はとうの昔に完治し、グールとしても旧多を戦わずして引かせる程に強い。

 

最近はあまり成も話せていなかったのだが、今の彼女は昔とは大きく変わっている。

精神的な変化は特に大きく、その変化は姿勢に大きく出ている。そのおかげか鈴屋と並んで次の有馬として見られているほどだ。

 

「何よ」

 

その伊丙を見て、成は納得する。

 

「……それもそうか」

 

彼女が居るなら問題ないだろう、現に成も救われている。

そう言われて彼女は「……分かればいいわ」というが、何故か成に顔を合わせない。

だがどうかしたのかと聞いてみる時間もない。

 

「行きましょう、成さん」

 

金木の方はもう色々と済ませたようだ。

続々と人が集まって来ており、その全てが金木を慮っての集まりである。

守るものがある人間として成長している彼の強さは以前とは比べものにならない、有馬を倒した時の金木より今の金木の方が強い。

そして、成に与えられた使命の一つはその命を落とさせないことでもある。

父になる彼の命を守れるのは、彼自身と成だけだ。

 

だが守るのはそれだけではない。人とグールの命を背負い、2人は行くのだ。

 

「皆、生きて会いましょう」

 

成はそう言うと2人は部屋を出た、後ろは振り返らない。

生きて帰る事を願い、信じた者達はやるべき事をする。

歴史の分岐点が動かされる瞬間であった。


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