人か喰種か両方か   作:札幌ポテト

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37話

「成さんって、本当に半グールだったんですね」

 

金木は当たり前のように人よりも圧倒的な速さで先導する成を見て、改めて実感する。

 

「有馬さんには、なぜか見抜かれてたけどな」

 

卵管のある19区迄、車やヘリを使えば毒の解決に動いている事が察知されてしまう。

故に2人は瓦解した東京を駆け抜けている。

 

「後ろが心配か?」

 

ふと、成は聞いた。

既に走り始めて15分は経っている、本局では本格的な戦闘が始まっているだろう。

 

「……いえ、信じてますから」

 

「なら、これからの事でも考えてればいい」

 

しかし、今の彼等にしか出来ない任せられた仕事がある。むしろ心配すべきはそちらである。

 

「恐らく、今から行く場所で2人は倒さないといけない」

 

調査に向かう毒の卵管、そこに何が潜むかは分からない。だが誰がいるかぐらいは想像する事は出来る。

 

「その1人に、心当たりはあるんじゃないか」

 

旧多は誰かを蘇らせようとしている、そしてそれに竜が利用された。あの時、地下で旧多と話したからこそ出てきた推測だ。

だが彼が自分の幸せを手に入れると言うが、その幸せとは成には分からない。

だが、ここには竜の核となった存在がいる。

 

「……リゼさんです。僕や伊丙上等の赫子は、彼女の物ですから」

 

金木には心当たりがあると考えて聞いたが、納得のいく答えだ。

 

「今、毒の核になっているのは彼女で間違いありません」

 

金木は竜に取り込まれていた時、リゼと会っている。その時に小分けにされてから纏まったとも彼女自身からも聞いている、核というのが間違っていても彼女が居るのは間違いないだろう。

 

それを聞いて成は「そうか」と言うと、少し頭を悩ませる。

リゼと因縁があり、毒に対応できるのではなく耐性がある金木が戦う方が色々な意味で適切だろう。

 

故に、もう一人の方を相手にする。

 

「なら、旧多は私が相手するよ」

 

旧多がそこにいる、成は確信を持って答える。因縁的な意味でも成は旧多とは浅からぬ関係だ。

時間を稼ぎに来ているのなら、手分けした方が都合も良い。その事に金木も賛同している様子ではある、だが少し疑問があるようだ。

 

「……何で、彼がいるのを分かるんですか?」

 

旧多がそこにいる確信を持っているのが少し分からないのだろう、CCGの方へ襲いかかっていてもおかしくないし、陽動として他に何かしていてもおかしくない。

確実にいると言う根拠が思い付いていないのだ。

 

「そこまで難しく考えなくていいが……」

 

だが、成はその根拠がある。

 

「守りたい所に、誰しも自分を置きたいからな」

 

成がエト達のいるCCGに残ろうとしたように、彼もそうする。成と旧多は根っこの部分ではそこまで大きな違いを持たない者達だ。

ただ、その方向性が異なるだけで考え方は似ている。

 

必ずそこに、奴はいると。

 

「ここからは地下で行くぞ、その方が早い」

 

 

ピエロというグールの困難が現れた時はまさしく数の暴力であった、かさ増しされた人間も躊躇いを生みやり辛い戦いだった。

対して、Vはその真逆である。

 

「(やはり個々の能力値が高い、ほぼ全員グールならSレートクラスだ。上手く捌けているのは……)」

 

個々の能力、平均値が高い。捜査官やグール側の方が数は多くとも質で圧倒的に劣っている。

冷静に状況を見定めている宇井とて、複数人を同時には相手できない。

Vとは成熟した0番隊である、和修の雑用係ではあるがその範囲には血生臭い物もある。

 

対人能力も、当然高い。

故に、そんなのを相手できるのは限られてくる。

 

「(黒山羊の幹部やエトは問題無さそうだが、全体的には劣勢か。何とか立て直したいが)」

 

また新たにVが増える、先遣隊の後続だろう。

まだ数としては余裕はあるが、長くは持たない。突発的な戦闘であったのでまだまだ捜査官やグールは足りていないからでもある。

 

だが、今の状況ですら余裕を作り上げている部隊が前に出る。

 

「シオとリは右、ユサは左に展開、8秒耐えろ」

 

「はっ」「はいっ!」「了解」

 

庭の子供達に指示を出し、真っ先に敵部隊に突っ込んでいくのは今皆の光になっている伊丙だ。複数人のVを同時に相手している。

手に持つクインケは草薙、成が所持していた物だ。

手持ちであったAUSやT-human、果てはIXAも壊れたままだったので成から現在借りパク中の武器である。

 

故にまともに扱ったことはない、そもそもが彼女の物ではないからだ。

 

それを察してか、はたまた集中して殺すべきと判断してかVの黒帽子は三人係で襲い掛かる。日本刀型のクインケだ、半グール化した彼女の皮膚でも難なく切り裂く事ができるだろう。

 

だが二刀流モードで全ての斬撃をいなすと、そのまま首を連続で飛ばしていく。

今の彼女の身体能力はグール並であり、庭並のVならば凌駕しているのだ、多少の数ではまるで止まる気配がない。

 

「伊丙、貴様裏切るのか!?」

 

「裏切る?アホらし」

 

死に瀕した1人が黒帽子は答えを聞くまでもなく首を飛ばされ絶命していく、その光景はまさにCCGの死神を想起させる。

 

「アンタらに忠誠なんか、するわけないでしょ」

 

そして死神は2人いる、鈴屋も同様に複数人の黒帽子を相手し蹴散らしている。

その様子に、敵に最初の勢いはなくなってきている。

2人を主軸に、捜査官達は上手く立て直せているようだ。

 

「もう少し削るわよ」

 

捜査官として必要な事はそこまで多くはないが、有馬のような捜査官となるとその条件は多い。

圧倒的な存在感や殲滅力、不可能を可能にしてしまう実力、周りの目が必然的に集まってしまうのが有馬という伝説的な捜査官であるが、もちろん他にも条件はある。

 

容赦の無さ、常に周りを判断できる視野と思考力、最短での戦闘を心がけずともこなしてしまう程に染み付いた捜査官の体、どれ一つをとっても捜査官が生涯をかけても手に入るかどうか怪しい物だ。

 

そして、それら全てを彼女は持っているか持つ事ができる。

 

「捜査官としてなら、いつか成を超えるな」

 

成が成熟した捜査官だとしたら、彼女は未成熟な捜査官である。

そもそも捜査官においては成は努力と特別な師によって到達した力であり、俗に言う秀才タイプの捜査官だ。少なからず才能はあるが、それ以上を引き出している。

対して、伊丙という捜査官は違う。彼女は最強を見てほぼ独学で育った天才だ、成が扱うのに半年かかった草薙をたった数時間でものにできているのがその証である。

 

「(次の有馬はお前だよ、ハイル)」

 

だが、少しだけ宇井は違和感を感じていた。

伊丙や鈴屋の実力を知る彼等が、奇襲ということ以外に無策のまま突撃して来るのは考えられないからだ。

ましてやエトといったグールもいる、数で優っている事情は覆らない。

 

「宇井特等、奥に何か居ます!」

 

ただの時間稼ぎにしては命を無用に散らしている、本気で潰しにきているとしか考える事はできない。

そして、それはすぐに分かる。

 

「梟に、鯱か!?」

 

隻眼のより一回り小さい梟に、有馬達に討伐された筈のSSレートの鯱がいる。また後ろには大量の魔猿に黒狗の面をつけたグールがいる。

どれもが生気を失っている、というより既に死んでいるように見える。

 

「郡さん、梟は私がっ!?」

 

「ハイル!」

 

そして、そんな化け物の軍団が現れれば対処できるのはごく一部である。

そして、それを奴等はよく分かっている。対応に向かおうとした伊丙に、大太刀による斬撃が浴びせられる。即座に受けたのでダメージは殆どないが、大きく体制を崩され飛ばされる。

 

「貴様の相手は私だ、入」

 

大振りの太刀の名は梟、その名の通りに梟から作られたSSSレートの羽赫クインケである。

そして、それを持てるのは有馬以外に1人しかいない。

 

「お前を殺しておかないと、腹の虫が治らんからな」

 

「芥子……!」

 

今の彼女では梟にも対応するのは不可能である、1人だけ明らかにVの中でも動きが違う存在が相手なのは見て分かる。

クインケの禍々しさも、本人の禍々しさも他を圧倒している。

むしろそれだけの存在を抑えているのだ、他で何とかしなければならない。だが居るのは梟に鯱、Vの援軍にグールだ、数の有利も今は怪しい。

 

そうこうしていると、梟が周りにその力を撒き散らしていく。

グール達によって赫子の盾が形成され、耐えてはいるが明らかに時間の問題である。

火力差があり過ぎる、そして憂慮すべきは梟だけではない。

 

伊丙のサポートも誰かしなければ、怪我で離脱している特等達がいない事に宇井は頭抱えたくなる。

 

「(こっちも来たか!)」

 

だが、誰かが何とかしなければならない。

宇井は梟の羽を避けながら思案していると、前の羽が同質の羽によって撃ち落とされる。

何事かと宇井は横に目を向けると。

 

「私に預けてもらおうか」

 

エトが居る、片目を赤く光らせて羽を広げている。

 

「万全では無いと聞いているが?」

 

「私以上に梟を知る者は居ないぞ?」

 

そう言うと、梟を大きく吹き飛ばす。赫者の腕部分だけを形成したのだ、元の力はエトの方が優っているので不可能ではない。

だが、態々吹き飛ばしたのには意味がある。

 

「取り巻きは任せる」

 

そう言って吹き飛ばした梟を追って行く。

サシで蹴りをつけるつもりなのだ、自分の父親の人形と。

梟同士の戦いなどと言う考えたくも無い戦いが行われるが、咎められるものはない。

実際彼女以上に今梟を相手取れる者も居ないのだ、ならば問題はその他である。

 

「丸手特等、現場指揮は私が行います」

 

彼はこの場で最も階級が高く、最も乱戦の経験があり、誰よりも強いグールと戦い続けてきた捜査官だ。

彼にできることは、それを除いてないだろう。司令室の長である丸手特等も、それを了承する。

 

「S以上のグールには班で対応、時間稼ぎで構わん!巡回中の捜査官も集まって来る、敵を殺す事より被弾を減らす事を優先しろ!」

 

今の戦況は時間が経てば経つほど兵が集まる捜査官側が有利である、全てを出し切っているVには後がない。

だが、彼等には戦局を変える手駒がいる。そのうちのいくつかはエトや伊丙が足止めているが、もう1人いる。

 

「鈴屋特等、鯱を止める。隣りを任せたい」

 

有馬以外に倒せなかった怪物が、そこにいる。

鈴屋班と宇井はそれを見て騒つく、死してなお圧を放つその体躯と赫子に。

それと相対出来るのは、彼等だけだ。

 

「有馬貴将はここには居ない!我々だけで討つぞ!」

 

そして、激戦が始まる。


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