命を懸けた戦争は、佳境を迎えていた。
ピエタの町へ、数えている暇なんてないくらいの覚醒者の群れが進軍してきた。
幸いだったのは、空を飛ぶ系の覚醒者がいなかったことだろうか。あんなのが一杯いたら、ほんとに詰む。
ジーン隊での連携は、先の戦いを経たことでレベルが上がっていた。
素早いパメラと微妙に受けが上手いマチルダが敵を誘導し、ポイントにおびき寄せ、ジーンや私の必殺剣の餌食にしていた。今回は事前に準備ができて先制できたため、既に2体を屠っていた。
イライザこと〈まつげ〉は、遊撃に回り、誘導班のフォローや私の充填要因を兼ねることになっていた。もう、味方に斬りかかられるの嫌なんやが……。
ジーンの旋空剣は連発ができないため、主に私の剣で敵を倒す形に移行していくだろう。
「オリヴィア! また行ったわ!!」
イライザが叫んだ。赤黒い溶岩魔神のようなごつごつとした手が、脇の建物から飛び出てきた。
私の剣は大雑把な攻撃をしてくる敵が沢山いると、効果を高めることが改めてわかった。いつものように、沸いた恐怖心を叫んで上書きした。
『うおぉ! はいだらああぁぁー!』
「グギャアアア」
真っ向から、私を叩き落とそうとした手を砕いた。思わず、謎言語が出てしまった。
硬い外皮を斬ったことで加速が落ち、地面を側転するようにして、ジーン達の隣まで戻った。
「はぁ、はぁ……」
これまでに無いくらい疲弊していた。無理矢理の方向転換を続けているせいだろうか。それに、こんなに連続で舞ったことはなかった。
「オリヴィア。まだいけるか? 片腕になったやつを落とすぞ」
ジーンの言葉に頷いて答えた。当然だ。ここで止まったら皆が死ぬ。
再び、その場でバク宙を始めた。
危機感を持ったごつごつとした覚醒者が、残ったでかい手を伸ばしてきた。
高速で迫る張り手をパメラ、マチルダ、ジーンの3人が受け止めた。ジーンが叫んだ。
「イライザッ!」
「いけっ! オリヴィア!」
走り込んだイライザが、空中で回っている私へ大剣を振りかぶって叩きつけた。これ、毎回思うけど耳が痛い。
「くっ! 『はぁぁぁあ!』」
金属同士の甲高い音が響き、再び急加速を得た私は、そのままごつごつとした覚醒者の顔を消し飛ばした。
勢いのまま、建物よりも高く舞った。戦況は敵側の損失が5体、味方が6人ほど倒れている。……倒れている味方の息がまだあれば良いんだが。戦況は原作より良いはず。でも、なんか忘れているような……。
「……厄介な技だな」
『えっ?』
空中で、突然横から声が聞こえた。危機感を覚え、速度が落ちた回転する大剣を、声のする方向へと変えた。
「遅い」
「ガッ」
視界に映ったのは、毛むくじゃらのイケメンライオンの踵だった。
「ガハッ!」
耳をつんざく音が聞こえ、全身をすさまじい衝撃が包んで息が詰まった。
真下にあった建物を破壊する勢いで、叩きつけられたようだった。
『……くっそ!』
そんな衝撃を受けても気絶できなかった。なんだかリフルと戦った時よりも、身体が頑丈になっている気がする。
微妙に痺れた体を起こそうとした。空が暗くなり、ハッとして見上げると、周りの建物が倒れてきた。
閉じ込められてしまった。瓦礫が複雑に積み重なっているせいか、腕に力を入れても動かなかった。
しかし、急いで戻らないといけない。毛むくじゃらは、〈獅子王〉リガルドっていう元ナンバー2のヤバイやつだ。
『動けよおおおぉぉ!』
重たい瓦礫を必死で押し返した。
◆
オリヴィアが、突然空から降ってきた。
背の高い建物が倒壊し、衝撃で周りの建物も陥没した地面に向かって倒れた。
イライザが叫んだ。
「オリヴィアァー!」
瓦礫の煙が収まると、黒い人影が現れた。獅子の顔に銀色の鬣、体格は人間よりも一回り大きいくらいだが、存在している空間の圧がおかしな存在だった。
ギロリ、とその眼光で戦士たちを睨むと、獅子は突然視界から消えた。
「えっ?」
「ベロニカさん!」
「ひとつ……」
抵抗する暇もなく、ナンバー13のベロニカが上下に引き裂かれた。ゆっくり崩れ落ちるベロニカを見た、クレアの瞳孔が開いた。
「キサマァァァア!」
獅子の覚醒者へ、クレアは怒りのまま〈高速剣〉を放った。しかし獅子は、〈高速剣〉の範囲から一気に離脱した。クレアの〈高速剣〉は、敵のあまりの機動に全て空振りする事となった。
「やあぁぁ!」
シンシアが、離脱した獅子へ大剣を振りかぶった。シンシアを一瞥した獅子は、曲芸のような動きでそれを躱すと次の獲物へ狙いを定めた。
「ウンディーネさん!」
「ちっ!」
獅子の妖気の動きに、いち早く気づいたカティアが叫んだ。ウンディーネに飛び込んだ獅子が、両手の鋭い爪でウンディーネの双剣と切り結んだ。
「ウンディーネ!」
「来るな! くっ……ちきしょ!」
ウンディーネの左腕が飛び、劣勢と見たデネヴが叫んで駆け寄ろうとしたが、ウンディーネが制止した。
その時カティアは、既に行動を起こしていた。クラウチングスタートのような姿勢から、右足に妖力を集め、獅子に向かって全力で飛んでいた。遅れて弾け飛んだ雪が舞った。
カティアの大剣を持った手が
「はぁあああ!」
「!」
「ふた……なにっ!」
ウンディーネと切り結んでいた獅子が、カティアの方へ気を取られた。その隙を見たウンディーネが、獅子をカティアの剣線上へ蹴り飛ばした。
大剣を振り抜いたカティアが、着地し振り返った。手ごたえは十分にあったはずだった。
ゆっくりと右手を上げた獅子の鋭い爪が、異様に伸びていた。遅れて、カティアの大剣を持った腕が降ってきた。
「か、がはっ」
「カティアアア!」
カティアの胸や肩先から、血があふれ出した。獅子が一瞬の交差で腕を切り落としたのだ。ウンディーネの悲痛な叫びが響いた。
放心するカティアを獅子は蹴り飛ばすと、再び片腕のウンディーネに向き合った。
「ちっ。妖力の大きな奴だけだと思えば、とんだ隠し玉が居たものだ。一瞬とはいえ、見失ったぞ」
眉間に一本筋が生まれた獅子が言った。
「ハァアアア!」
そこへ妖力解放し、獅子を追っていたクレアが飛び込んだ。
「しつこいな」
「!」
攻撃を避けられ、トンと肩口を押されたクレアは、妖力解放による制動が利かずに滑るように離れていった。
ウンディーネを無力化したと判断した獅子は、高速で移動するとフローラの前に立った。
一瞬の出来事だった。爪が額に突き入れられ、フローラの身体は唐竹割りにされた。あまりの速さに、フローラは吐息ひとつ漏らせなかった。
「なっ……」
「フローラァァ!」
叫んだジーンの下へ、獅子は瞬く間に移動した。
ハッとしたイライザが、獅子とジーンの間に割り込んで庇おうとしたが、あっけなく蹴り飛ばされた。
「邪魔だ」
「イライザッ! くそ!」
ジーンは、獅子の覚醒者と斬り結んだ。
なおも近づこうとするクレアが、ジーンへ声をかけた。
「ジーン!」
「クレア来るな! こいつの狙いは各隊の隊長なんだ! 次は……がっ」
獅子の右腕がジーンの腹部を貫通し、戦士に見せつけるように掲げた。
獅子が腹の底に響くような、低い声で
「ウォオオオオオオオオオ!」
咆哮を浴びた下位ナンバーの戦士たちが、震えて大剣を取り落とした。
多数の覚醒者を相手取っていたミリアが、咆哮する獅子の存在に気づいた。
「馬鹿な……。〈獅子王〉リガルドだと……。なぜここに」
リガルドは元ナンバー2の戦士で、〈深淵の者〉に匹敵する力を持った覚醒者だった。
高速で迫る影に、ミリアは大剣を合わせた。リガルドは大剣をすり抜けるように移動すると、ミリアの眉間へ鋭い指先を刺し込んだ。
「終わりだ」
ミリアがグラリと揺れると、空中に溶けるように消えた。ミリアの〈幻影〉だった。瞬間的に妖力を上昇させて、緩急により視認できないほどの速度で高速移動する技だった。
「〈幻影〉だ!」
追いつこうにも、あまりの戦闘速度に付いていけない下位ナンバー達が囃した。
幾度かの衝突を経た。〈幻影〉を発動したミリアは、リガルドと拮抗しているように思われた。
「貴様が総隊長か。さすがに良い動きをする」
「……」
「しかし、そう長くは続くまい」
そう言ったリガルドが、血にまみれた右手を掲げると、ミリアの肩口から血が吹き出した。
「ガっ」
「ミリアッ!」
瞬間的に妖力を高めるミリアの〈幻影〉は、連続での使用にかなりの負担を要していた。徐々にリガルドに追い付かれていたのだった。
止めを刺そうと迫ったリガルドの爪をクレアが弾き、デネヴ、ヘレンの3人で戦闘に割り込んだ。
「させねぇ」
「ふん。雑魚共が……」
◆
本当に瓦礫が動かない。素の力では、全くダメなようだった。なんだか忌避感が強く働くが、妖力解放を再びすることにした。
『はぁぁああああ!』
視界が若干
前よりも、妖力解放できる深度が上がっていた。目ん玉の色が変わるくらいだったのが、腕にモリモリと血管が浮き出るくらいには、解放できるようになっていた。
瓦礫が徐々に動いてきた。
一度動き始めてからは早かった。雪崩が起きるように、建物が崩れ明かりが差し込んだ。黒く変色した手が見えた。えっ。鬱血したみたいに色変わってるんだけど……。落ちたときに、挟んだのかも知れなかった。
明るかったが、先程まで止んでいた雪が猛烈な勢いになっていた。
瓦礫の上にあがると、戦況が見えた。
――イライザが、瓦礫脇に頭から血を流して倒れていた。パメラの五体がバラバラに刻まれていた。マチルダの右肩口から下が無かった。
急に
瓦礫の上で足を踏み外して、下まで転げ落ちてしまった。痛みは感じなかった。
落ちた視界の端に、見知った髪型が血だらけで倒れていた。……カティアだった。
「ぁ、あぁ……」
覚束ない足取りで、カティアに近づいた。
うつ伏せに倒れたカティアに触れると、ひどく冷たかった。
カティアの身体を助け起こすと、力無く私の膝上に崩れた。綺麗な髪が広がり、雪が赤く染まっていた。
赤い染みを辿ると、カティアの胸元が斬られており、右肩先が無かった。
「ねえ、目を開けて……」
揺すって、何度か声をかけたが反応が無かった。
『……おい。……薬。飲んだんだろ? 頼む、目を開けてくれよ……』
この世界で気づいた時には、戦士となっていた私にとって、カティアは初めて気を許せる仲間だった。
初めてちゃんと会話した。通じていなかったけど、身の上話だってしていたんだ。
いつしか、この世界を楽観視するようになっていた自分を呪った。
目から熱いものが込み上げ、声が震えた。
『こっちで初めてできた友達だったんだ……。なぁ。起きてくれよ……』
返事は無かった。こんなことになるなら、逃げれば良かった。逃げてから考えれば良かった。
酷い戦いになるのは分かっていた。
いや本当は、なにも解っていなかったのかもしれない。私の足りない頭では、うまい方法なんて決して出なかっただろう。実際はどうしていいのか、なにも分からなかったのだ。
ピエタに着いた時だってそうだ。時間を無駄に使って、何もしなかった。
……私は、カティアが大事な存在に変わっていたことだって、気付いていなかった。居なくなって気づいた。愚か者だ。
胸の奥が、締め付けられるように苦しかった。
――大事なものだったのに。
カティアの髪を耳にかけ、ゆっくりと置いた。
――マタ、マモレナカッタ。
私の涙が落ち、目を瞑ったカティアも泣いている様だった。
――もう、生き残るかナンて、どうでもイイ。
視界が開き、身体が鼓動した。
本当にすまないと思ってます。