ウンディーネとイライザ、そしてナタリーは2人のバキアに挟まれていた。
「さてと、楽しんだことだし終わりにしましょ」
「くっ……、ディアナを返せ!」
「あらん、仲間想いなのね」
イライザが叫び、くねくねした動きを始めたバキアが言った。
「そもそも、戦うためにきたんじゃないのよね。おまけよ、お・ま・け」
「わたし、……ただ材料を取りに来たのよ」
「なんだと……」
動揺するイライザ達に、バキア達は指を1つずつ立てて言った。
「ひとつはあなた達……の死体ね。二つ目は死んだ覚醒者の肉片。そして三つめが、妖気が複数ある戦士達よ」
「あんなの、生まれてこのかた見たこと無いわ。おそらく、組織が作った対覚醒者用戦士……のプロトタイプってところかしら?」
(私たち26人の中に、そんなやつらが紛れていただと……)
そんな推測を語るバキアを前にして、誰も身動きがとれなかった。
「……誰も知らなかったのかしら。んー、そうね。……だれか、銀髪の戦士を知らないかしら?」
「死体でもいいのだけれど……。あれがほしいの! 長髪の戦士の方でもいいんだけどね……」
バキアは両腕を胸の前で合わせ、しなを作りウンディーネを見据えた。
(銀髪の戦士……オリヴィアのことか)
「けっ……誰がおめぇなんかに教えるかよ」
「あらそう。まぁ自分達で探すわ」
「もう見つけた頃合いかもしれないけど……」
そうバキアが言った瞬間に、近くで妖力が爆発した。
「うふん。居たみたいね」
2体居た妖魔が形を崩し、雪の小山に取り付いていた。
「ガ、ガガガガガ」
2体は壊れた機械のような声を上げた。何かが起きようとしていた。
その時、再び大剣が妖魔へ飛んでいった。投げたのはユマだった。
「ガッ」
大剣は一体の妖魔の崩れかけた顔面に突き刺さり、頭部を上下に分けた。大剣は、直進したまま雪に再び刺さった。
「まぁ! 何てことするのよ!」
小柄なバキアが、一瞬でユマの下に移動すると蹴りを放った。
「うわっ!」
(躱せただと!?)
攻撃を躱すことができたことに、ユマが一番驚いていた。
(そうか! 分身体には、本体ほどの身体能力はないのか)
イライザは、分身体のバキアを相手取ることにした。ユマでは長時間相手はできそうに無いと、イライザが瞬時に判断した為だった。
「ユマ! 下がれ!」
「イライザッ!」
「! ごふっ」
ウンディーネが叫んだが、イライザは避けきれなかった。
「……わたしを忘れてもらっちゃ困るわよ」
巨体の方のバキアが片手を突き出して、銀色の触手を放っていた。ウンディーネが、イライザを狙う触手を切り払おうとしたが、間に合わなかったのだった。
「はぁあああ!」
(放置すれば、リリィのように死ぬ!)
ナタリーが長髪を靡かせて、バキアの触手に前転を加えた斬撃を放った。リリィの最期を見たからこその
「取り付くのはアナタにすれば良かったわね……」
断裂した触手を見たバキアが言った。先程、バキアの体を斬れなかったナタリーは、勢いをつけて斬ったのだった。今回は弾かれること無く斬ることができた。触手が細かった為かも知れなかった。
「まぁ、おとなしく見ていなさいな!」
バキアは手法を変えた。地面に手を付き、地面から無作為に触手を放った。
「くっ!」
「掴まれ!」
その攻撃範囲から、ユマがイライザを拾い上げて離脱した。攻撃の予兆を見ていたウンディーネとナタリーは、攻撃を卒なく躱した。
「うふ。ご覧なさい。これが〈芸術〉! いのちの輝き!」
バキアは、銀色に光る胸へ腕を突き刺した。バキアの手に掴まれていたのは、果実大に縮んだ人の頭部だった。押し込められ、苦痛に歪んだ表情をしていた。
長く生きたバキアは、集めた妖魔や誘拐した戦士を、持ち前の強力な妖力操作能力を使って滅茶苦茶に改造していた。その成果がこの〈種子〉だった。
「長髪の戦士。アナタに決めたわ!」
そう叫んだバキアは、美しいオーバースローで〈種子〉を投げた。
〈種子〉は、雪の小山に突き刺さり、その下の何かにぶつかった。射線上に居た小山に取り付いていた妖魔は、弾けとんで壁の染みになった。
「うふふふふ……」
「ふふふ……」
不気味に笑うバキアに、戦士達の緊張感が高まった。
(一体何をするつもりなんだ……!)
緊張で噛み締めたウンディーネの歯が鳴った。
バキアが〈種子〉を投げた姿勢のまま、10秒ほどが経過した。
(何も起きない……?)
「? おかしいわね……」
ユマが額に出た汗を拭った。
バキアは、ゆっくりとフォームを戻すと、何事も無かったように両腕を頭の後ろで組んだポージングをとった。
「……」
誰もが無言のまま時間が過ぎた。
「……ご覧なさい。これが〈芸術〉! いのちの輝き!」
バキアは、上がらないテンションを無理矢理上げて、もう一度同じ行動をとった。
(……も、もう一回やるんだ……)
不覚にも全員の気持ちが一致した。
バキアの胸元から出てきたのは、先程の〈種子〉とは異なった形状をしており、手のひら大の赤い輪だった。所々に節があり、ギョロギョロと動く眼球が複数付いていた。
「まさか、ペセルちゃんを使うことになるなんてね!」
「なんだあれは……」
イライザ達は、赤い輪から不気味な妖気の気配を感じた。節が規則的に膨れ縮む動きをしており、円を描くように脈動していた。
(生きているのか……?)
赤い輪は目をギョロつかせながら、か細く小さな声で鳴いた。
「……ロシテ……コロシテ……」
「さぁ、ペセルちゃん。頼むわねぇ!」
バキアは、再度投擲した。先の〈種子〉により小山が暴かれ、そこには戦士が横たわっていた。
長髪で片腕を失った戦士、冷たくなったカティアだった。
「……シテ……コロシ……」
ペセルと呼ばれた異形は、カティアの上で止まると赤い触手を伸ばした。
カティアが失った右腕から中に入り込み、その肉を不形に揺らした。
「カ、カティア……?」
ウンディーネが掠れた声をかけた。
赤い触手に引き摺られるように、カティアが起き上がった。ペセルと呼ばれた輪が、カティアの頭の上で鳴動し触手が翼のように広がって見えた。
ウンディーネ達には、それが神話に出てくる馬鹿げた冥界の神の像に思えた。
カティアの顔は、逆光で伺えなかった。
「素晴らしい! 良くやったわ、ペセルちゃん。さぁ、残りも回収しましょう!」
バキアが、両手を合わせて囃した。
ペセルが取り付いたカティアは、その場から動かず、赤い輪から触手が放たれて近くのパメラだったものへ刺さった。
パメラの体は、赤い菌糸の様な触手の侵食が進み、バラバラの身体が縫合されて人の身体に戻った。
ビクリと跳ねると、パメラはゆっくりと立ち上がった。その頭には、カティアと同様の赤い輪が浮かんでいた。
その後、同じようなことが次々と伝播していった。
「うふふふ……。さぁ、アナタ達も仲間になりなさぁい」
「「「……シテ……コロ……」」」
「くそっ!」
イライザ達は、死んだはずの戦士達に囲まれることになった。
◆
――うぇーん。ぇーん。
気持ち良く微睡んでいると、誰かが泣く声が聞こえた。音の出所を探ってみると、なんと自分の体からだった。うそだろ。
――あら、どうしたの?
そう声を掛けてきたのは、ラボナで良く見られる格好をした
「ひぐっ、えぐっ。引っ張ら、れた、の」
――あらあら。酷いことするわね。
シスターは、頬に手を当てて困ったように言った。
顔を覆っていた手が外れ、視界が開けた。
私とシスターは、白塗りの建物の入り口に立っていた。ボロボロの木で出来た扉が見えた。いや、何処よここ。
シスターの腕には籠が下がっており、中には薬に変わる薬草が見えた。心地よい匂いが漂った。
シスターが頭を撫でる手のお陰で、徐々に嗚咽が収まってきて呼吸が楽になってきた。酷く幸せな気持ちになった。
場面が変わった。
白い建物が燃えていた。
所々に赤い飛沫が飛んでおり、白い壁に模様が付いていた。
――にげなさい!
「はぁはぁ……」
聖都ラボナから来た
森を抜けたとき、私一人になっていた。
不安になって振り向くと、後ろからシスターが追いかけてきた。
――待ちなさい! ……マテ!
いつの間にか、シスターの顔が妖魔のそれに変わっていた。酷い血の匂いが漂った。
勢いあまって転んだ私は、何も見たく無くなって顔を両手で覆った。
―――ノイズ。
気が付くと青空を見上げていた。
流れていく雲が見えた。快晴。でも、悪い夢を見ていた気がする。
私の顔に影が落ちた。いや、誰よお前。
――よぉ。またここに居たのかよ。
「……わるい?」
――別に悪くねぇけどよ……。どっこいしょ。
男の子は、そんな掛け声と伴に横に寝転んだ。幼馴染の男の子だった。
横目で伺い、胸が高鳴った。いやまって、そんな趣味ないんですけど……。
場所は、小高い丘の上だった。村の様子が良く見えた。昼前なのか、炊事の煙が見えた。おいしい匂いが漂っている気がする。
――なぁ。
「ん?」
――聞いたぜ……。
「……」
別に両親が決めたことで、私は何もできなかった。あの両親は、これからも兄弟を売って生計を立てていくだろう。世も末だった。
男の子が急に起き上がってこちらを見た。また、胸が高鳴った。
――なぁ。俺と……逃げようぜ。
場面がまた変わった。
村が燃えていた。
男の子と手をつないで、必死に何かから逃げ出した。裸足で駆けているせいで、足が酷く痛かった。
「はぁはぁ……。痛い」
――はぁはぁ……。走れ! もっと速く!
村の家屋の
ここから逃げ出して、一体どうなるのだろうか。広がる荒野を見据えて、絶望が頭をよぎった。
――ちくしょう!
「きゃっ」
男の子が、私を引いて突き飛ばした。
――俺が時間を稼ぐ! 行け!!
「えっ? ダメ!!」
――あ、おい! 放せ!
いけないと思った私は、彼の手を捕まえて必死で引っ張った。彼の小剣を持った手を引いて……。
気づけば、小剣だけを持った私は、彼を捕まえた妖魔の前に立っていた。
――ぐっ、……何やってんだ! 早く逃げろ!
妖魔の触手に捕らえられて、宙づりになった彼が叫んだ。
私は、彼を妖魔から解放するために小剣を投げた。火事場の馬鹿力を発揮した私は、重たい小剣を妖魔の方向へ投げることに成功した。
しかし回転した小剣は狙いを外し、彼の千切れかけた腕を落とした。
絶望した彼の両目が私を見た。
徐々に暗くなっていく視界の中、揺れる金色の髪が見えた。
―――ノイズ。
雪が降っている。いや、さっむ。
木でできた窓の戸を落とした。
冷気が遮断され、暖炉の暖かな光が満ちた。あったけぇ……。
――もうすぐできるわ。
「あ、うん……」
暖炉では、ふくよかな母が鍋をかき回していた。いつもの、鹿の干し肉で出汁を取ったスープだった。この時期は、連日この料理が多くてちょっと飽きが来ていた。
寒いこの地方では、こういった食事すら贅沢であることは、なんとなく解かっていた。
――さぁ、席について。お祈りをしなさい。
「……」
両手を組んで、お祈りをした。お祈り先は、弓を担いだ狩人の女神さまだ。どんなに寒さが厳しくとも、お祈りをしていれば
スープは脂っぽくて、ひどく塩辛かった。それでも、私はそんな味が好きだった。
場面が変わった。
もこもこの毛皮のコートを着た私は、血だらけの狩人に背負われていた。
――眠るな! 眠ったら死ぬぞ!
そうだ。村が妖魔に襲われたのだ。翼の生えた一本角の化け物。
父は隠れる術を知っていたのか、そいつから逃れて灌木の生えた雪山の中を、わたしを抱えて移動していた。
母は、化け物に殺された。
それから、どれほどの時が経ったのだろうか。
朦朧とした父は、全身が真っ黒な服に包まれた人を見つけて、わたしを託して息絶えた。
―――ノイズ。
私は戦士になった。いや、最初からなんですけど……。
すべてが順調だった。
燃える村から妹と2人、生き延びて組織に厄介になった。幼い妹は、私の要望通り戦士になることなく保護されているらしい。
私が妖魔を殲滅し続ける限り、その境遇が保証されるようだ。
――サルビア。また、同じチームになったわね。
「くす。よろしくね、下位ナンバーさん」
私は組織でも指折りの戦士だ。
与えられた数字は2。
成り立てで、さらに防御型でこの数値は稀有らしい。担当の黒服が零した話によると、やはり守るべきものがあることが強さにつながっているそうだ。
長く妹に会えていないが、組織は約束を違えたことがない。いつのまにか、組織の鉄の掟が私の信じる拠り所となっていた。
長髪の下位ナンバーとは、よく顔を合わせた。戦闘ではお荷物だが、人当たりは悪くなく、私とは気が合った。
いつしか、よく絡むようになっていた。よく見たらカティアやんけ。あれ? カティア……? ……なんか忘れてない?
ナンバー2と組ませる当たり、組織もこの戦士に期待しているのかもしれない。下位ナンバーがナンバー1になった事例も過去あったそうだ。
――妹に逢いたいだと……?
「あら? こんなに組織に貢献しているのですもの。一目見るくらい、よろしくて?」
いつの間にか、慇懃無礼な言葉遣いが染みついていた。戦士になったことで、私も何処か可笑しくなっていたのかもしれない。昔の話し方は、すっかり忘れてしまっていた。一体いつからこの話し方になったのか、私にも分からなかった。
目まぐるしく忙しかったが、ついにその日がやってきた。私は、見逃さないように
扉を開けると、妹が走り寄って来て体に衝撃がやってきた。
――お姉ちゃん!
「……」
妹の声がした。あの時と変わらない姿で、私に微笑みかけてきた。
半透明の姿で。
――お姉ちゃん。どうしたの?
妖力を凝らした目を部屋へ向けると、椅子に縛られ、蝿が
唯一、私に似てウェーブ掛かった髪が、妹であることを示していた。
「……」
その日、妹の為に生まれた私と“妹の為に生きてきた私”は人間であることを止めた。
―――暗転。
はい、遅刻