〈痴呆〉のオリヴィア【完結】   作:peg

19 / 72
間に合え間に合え……


夢現

 ウンディーネとイライザ、そしてナタリーは2人のバキアに挟まれていた。

 

「さてと、楽しんだことだし終わりにしましょ」

「くっ……、ディアナを返せ!」

「あらん、仲間想いなのね」

 

 イライザが叫び、くねくねした動きを始めたバキアが言った。

 

「そもそも、戦うためにきたんじゃないのよね。おまけよ、お・ま・け」

「わたし、……ただ材料を取りに来たのよ」

「なんだと……」

 

 動揺するイライザ達に、バキア達は指を1つずつ立てて言った。

 

「ひとつはあなた達……の死体ね。二つ目は死んだ覚醒者の肉片。そして三つめが、妖気が複数ある戦士達よ」

「あんなの、生まれてこのかた見たこと無いわ。おそらく、組織が作った対覚醒者用戦士……のプロトタイプってところかしら?」

(私たち26人の中に、そんなやつらが紛れていただと……)

 

 そんな推測を語るバキアを前にして、誰も身動きがとれなかった。

 

「……誰も知らなかったのかしら。んー、そうね。……だれか、銀髪の戦士を知らないかしら?」

「死体でもいいのだけれど……。あれがほしいの! 長髪の戦士の方でもいいんだけどね……」

 

 バキアは両腕を胸の前で合わせ、しなを作りウンディーネを見据えた。

 

(銀髪の戦士……オリヴィアのことか)

「けっ……誰がおめぇなんかに教えるかよ」

「あらそう。まぁ自分達で探すわ」

「もう見つけた頃合いかもしれないけど……」

 

 そうバキアが言った瞬間に、近くで妖力が爆発した。

 

「うふん。居たみたいね」

 

 2体居た妖魔が形を崩し、雪の小山に取り付いていた。

 

「ガ、ガガガガガ」

 

 2体は壊れた機械のような声を上げた。何かが起きようとしていた。

 その時、再び大剣が妖魔へ飛んでいった。投げたのはユマだった。

 

「ガッ」

 

 大剣は一体の妖魔の崩れかけた顔面に突き刺さり、頭部を上下に分けた。大剣は、直進したまま雪に再び刺さった。

 

「まぁ! 何てことするのよ!」

 

 小柄なバキアが、一瞬でユマの下に移動すると蹴りを放った。

 

「うわっ!」

(躱せただと!?)

 

 攻撃を躱すことができたことに、ユマが一番驚いていた。

 

(そうか! 分身体には、本体ほどの身体能力はないのか)

 

 イライザは、分身体のバキアを相手取ることにした。ユマでは長時間相手はできそうに無いと、イライザが瞬時に判断した為だった。

 

「ユマ! 下がれ!」

「イライザッ!」

「! ごふっ」

 

 ウンディーネが叫んだが、イライザは避けきれなかった。

 

「……わたしを忘れてもらっちゃ困るわよ」

 

 巨体の方のバキアが片手を突き出して、銀色の触手を放っていた。ウンディーネが、イライザを狙う触手を切り払おうとしたが、間に合わなかったのだった。

 

「はぁあああ!」

(放置すれば、リリィのように死ぬ!)

 

 ナタリーが長髪を靡かせて、バキアの触手に前転を加えた斬撃を放った。リリィの最期を見たからこその咄嗟(とっさ)の反応だった。妖力解放したナタリーの斬撃は、細い触手を断ち斬った。

 

「取り付くのはアナタにすれば良かったわね……」

 

 断裂した触手を見たバキアが言った。先程、バキアの体を斬れなかったナタリーは、勢いをつけて斬ったのだった。今回は弾かれること無く斬ることができた。触手が細かった為かも知れなかった。

 

「まぁ、おとなしく見ていなさいな!」

 

 バキアは手法を変えた。地面に手を付き、地面から無作為に触手を放った。

 

「くっ!」

「掴まれ!」

 

 その攻撃範囲から、ユマがイライザを拾い上げて離脱した。攻撃の予兆を見ていたウンディーネとナタリーは、攻撃を卒なく躱した。

 

「うふ。ご覧なさい。これが〈芸術〉! いのちの輝き!」

 

 バキアは、銀色に光る胸へ腕を突き刺した。バキアの手に掴まれていたのは、果実大に縮んだ人の頭部だった。押し込められ、苦痛に歪んだ表情をしていた。

 長く生きたバキアは、集めた妖魔や誘拐した戦士を、持ち前の強力な妖力操作能力を使って滅茶苦茶に改造していた。その成果がこの〈種子〉だった。

 

「長髪の戦士。アナタに決めたわ!」

 

 そう叫んだバキアは、美しいオーバースローで〈種子〉を投げた。

 〈種子〉は、雪の小山に突き刺さり、その下の何かにぶつかった。射線上に居た小山に取り付いていた妖魔は、弾けとんで壁の染みになった。

 

「うふふふふ……」

「ふふふ……」

 

 不気味に笑うバキアに、戦士達の緊張感が高まった。

 

(一体何をするつもりなんだ……!)

 

 緊張で噛み締めたウンディーネの歯が鳴った。

 バキアが〈種子〉を投げた姿勢のまま、10秒ほどが経過した。

 

(何も起きない……?)

「? おかしいわね……」

 

 ユマが額に出た汗を拭った。

 バキアは、ゆっくりとフォームを戻すと、何事も無かったように両腕を頭の後ろで組んだポージングをとった。

 

「……」

 

 誰もが無言のまま時間が過ぎた。

 

「……ご覧なさい。これが〈芸術〉! いのちの輝き!」

 

 バキアは、上がらないテンションを無理矢理上げて、もう一度同じ行動をとった。

 

(……も、もう一回やるんだ……)

 

 不覚にも全員の気持ちが一致した。

 

 バキアの胸元から出てきたのは、先程の〈種子〉とは異なった形状をしており、手のひら大の赤い輪だった。所々に節があり、ギョロギョロと動く眼球が複数付いていた。

 

「まさか、ペセルちゃんを使うことになるなんてね!」

「なんだあれは……」

 

 イライザ達は、赤い輪から不気味な妖気の気配を感じた。節が規則的に膨れ縮む動きをしており、円を描くように脈動していた。

 

(生きているのか……?)

 

 赤い輪は目をギョロつかせながら、か細く小さな声で鳴いた。

 

「……ロシテ……コロシテ……」

「さぁ、ペセルちゃん。頼むわねぇ!」

 

 バキアは、再度投擲した。先の〈種子〉により小山が暴かれ、そこには戦士が横たわっていた。

 長髪で片腕を失った戦士、冷たくなったカティアだった。

 

「……シテ……コロシ……」

 

 ペセルと呼ばれた異形は、カティアの上で止まると赤い触手を伸ばした。

 カティアが失った右腕から中に入り込み、その肉を不形に揺らした。

 

「カ、カティア……?」

 

 ウンディーネが掠れた声をかけた。

 赤い触手に引き摺られるように、カティアが起き上がった。ペセルと呼ばれた輪が、カティアの頭の上で鳴動し触手が翼のように広がって見えた。

 ウンディーネ達には、それが神話に出てくる馬鹿げた冥界の神の像に思えた。

 カティアの顔は、逆光で伺えなかった。

 

「素晴らしい! 良くやったわ、ペセルちゃん。さぁ、残りも回収しましょう!」

 

 バキアが、両手を合わせて囃した。

 

 ペセルが取り付いたカティアは、その場から動かず、赤い輪から触手が放たれて近くのパメラだったものへ刺さった。

 パメラの体は、赤い菌糸の様な触手の侵食が進み、バラバラの身体が縫合されて人の身体に戻った。

 ビクリと跳ねると、パメラはゆっくりと立ち上がった。その頭には、カティアと同様の赤い輪が浮かんでいた。

 その後、同じようなことが次々と伝播していった。

 

「うふふふ……。さぁ、アナタ達も仲間になりなさぁい」

「「「……シテ……コロ……」」」

「くそっ!」

 

 イライザ達は、死んだはずの戦士達に囲まれることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――うぇーん。ぇーん。

 

 気持ち良く微睡んでいると、誰かが泣く声が聞こえた。音の出所を探ってみると、なんと自分の体からだった。うそだろ。

 

――あら、どうしたの?

 

 そう声を掛けてきたのは、ラボナで良く見られる格好をした尼さん(シスター)だった。指の隙間から、綺麗な長い黒髪をしていて口許が緩く結ばれているのが見えた。はぇー、スッゲェ美人。

 

「ひぐっ、えぐっ。引っ張ら、れた、の」

――あらあら。酷いことするわね。

 

 シスターは、頬に手を当てて困ったように言った。

 顔を覆っていた手が外れ、視界が開けた。

 私とシスターは、白塗りの建物の入り口に立っていた。ボロボロの木で出来た扉が見えた。いや、何処よここ。

 シスターの腕には籠が下がっており、中には薬に変わる薬草が見えた。心地よい匂いが漂った。

 シスターが頭を撫でる手のお陰で、徐々に嗚咽が収まってきて呼吸が楽になってきた。酷く幸せな気持ちになった。

 

 

 場面が変わった。

 白い建物が燃えていた。

 所々に赤い飛沫が飛んでおり、白い壁に模様が付いていた。

 

――にげなさい!

「はぁはぁ……」

 

 聖都ラボナから来た司教様(えらいひと)と美人シスターが叫んだ。周りの孤児達と一緒に、森の中を必死に駆けた。息が上がって苦しい。

 森を抜けたとき、私一人になっていた。

 不安になって振り向くと、後ろからシスターが追いかけてきた。

 

――待ちなさい! ……マテ!

 

 いつの間にか、シスターの顔が妖魔のそれに変わっていた。酷い血の匂いが漂った。

 勢いあまって転んだ私は、何も見たく無くなって顔を両手で覆った。

 

 

 

―――ノイズ。

 

 

 

 

 気が付くと青空を見上げていた。

 流れていく雲が見えた。快晴。でも、悪い夢を見ていた気がする。

 私の顔に影が落ちた。いや、誰よお前。

 

――よぉ。またここに居たのかよ。

「……わるい?」

――別に悪くねぇけどよ……。どっこいしょ。

 

 男の子は、そんな掛け声と伴に横に寝転んだ。幼馴染の男の子だった。

 横目で伺い、胸が高鳴った。いやまって、そんな趣味ないんですけど……。

 場所は、小高い丘の上だった。村の様子が良く見えた。昼前なのか、炊事の煙が見えた。おいしい匂いが漂っている気がする。

 

――なぁ。

「ん?」

――聞いたぜ……。()ぇちゃんが売られちまうんだってな。

「……」

 

 別に両親が決めたことで、私は何もできなかった。あの両親は、これからも兄弟を売って生計を立てていくだろう。世も末だった。

 男の子が急に起き上がってこちらを見た。また、胸が高鳴った。

 

――なぁ。俺と……逃げようぜ。

 

 

 場面がまた変わった。

 村が燃えていた。

 男の子と手をつないで、必死に何かから逃げ出した。裸足で駆けているせいで、足が酷く痛かった。

 

「はぁはぁ……。痛い」

――はぁはぁ……。走れ! もっと速く!

 

 村の家屋の彼方此方(あちこち)が燃え落ち、煤けた瓦礫が多かった。私は酷く消耗していて、男の子に手を引かれるままに走っていた。

 ここから逃げ出して、一体どうなるのだろうか。広がる荒野を見据えて、絶望が頭をよぎった。

 

――ちくしょう!

「きゃっ」

 

 男の子が、私を引いて突き飛ばした。

 

――俺が時間を稼ぐ! 行け!!

「えっ? ダメ!!」

――あ、おい! 放せ!

 

 いけないと思った私は、彼の手を捕まえて必死で引っ張った。彼の小剣を持った手を引いて……。

 

 

 気づけば、小剣だけを持った私は、彼を捕まえた妖魔の前に立っていた。

 

――ぐっ、……何やってんだ! 早く逃げろ!

 

 妖魔の触手に捕らえられて、宙づりになった彼が叫んだ。

 私は、彼を妖魔から解放するために小剣を投げた。火事場の馬鹿力を発揮した私は、重たい小剣を妖魔の方向へ投げることに成功した。

 しかし回転した小剣は狙いを外し、彼の千切れかけた腕を落とした。

 絶望した彼の両目が私を見た。

 徐々に暗くなっていく視界の中、揺れる金色の髪が見えた。

 

 

 

―――ノイズ。

 

 

 

 雪が降っている。いや、さっむ。

 木でできた窓の戸を落とした。

 冷気が遮断され、暖炉の暖かな光が満ちた。あったけぇ……。

 一時(いっとき)は、外で遊ぶことはできないだろう。直に吹雪いてきそうだった。

 

――もうすぐできるわ。

「あ、うん……」

 

 暖炉では、ふくよかな母が鍋をかき回していた。いつもの、鹿の干し肉で出汁を取ったスープだった。この時期は、連日この料理が多くてちょっと飽きが来ていた。

 寒いこの地方では、こういった食事すら贅沢であることは、なんとなく解かっていた。

 

――さぁ、席について。お祈りをしなさい。

「……」

 

 両手を組んで、お祈りをした。お祈り先は、弓を担いだ狩人の女神さまだ。どんなに寒さが厳しくとも、お祈りをしていれば食べ物(えもの)に恵まれるらしい。

 スープは脂っぽくて、ひどく塩辛かった。それでも、私はそんな味が好きだった。

 

 

 場面が変わった。

 もこもこの毛皮のコートを着た私は、血だらけの狩人に背負われていた。

 

――眠るな! 眠ったら死ぬぞ!

 

 そうだ。村が妖魔に襲われたのだ。翼の生えた一本角の化け物。

 父は隠れる術を知っていたのか、そいつから逃れて灌木の生えた雪山の中を、わたしを抱えて移動していた。

 母は、化け物に殺された。

 

 

 それから、どれほどの時が経ったのだろうか。

 朦朧とした父は、全身が真っ黒な服に包まれた人を見つけて、わたしを託して息絶えた。

 

 

 

―――ノイズ。

 

 

 

 私は戦士になった。いや、最初からなんですけど……。

 すべてが順調だった。

 燃える村から妹と2人、生き延びて組織に厄介になった。幼い妹は、私の要望通り戦士になることなく保護されているらしい。

 私が妖魔を殲滅し続ける限り、その境遇が保証されるようだ。

 

――サルビア。また、同じチームになったわね。

「くす。よろしくね、下位ナンバーさん」

 

 私は組織でも指折りの戦士だ。

 与えられた数字は2。

 成り立てで、さらに防御型でこの数値は稀有らしい。担当の黒服が零した話によると、やはり守るべきものがあることが強さにつながっているそうだ。

 長く妹に会えていないが、組織は約束を違えたことがない。いつのまにか、組織の鉄の掟が私の信じる拠り所となっていた。

 長髪の下位ナンバーとは、よく顔を合わせた。戦闘ではお荷物だが、人当たりは悪くなく、私とは気が合った。

 いつしか、よく絡むようになっていた。よく見たらカティアやんけ。あれ? カティア……? ……なんか忘れてない?

 ナンバー2と組ませる当たり、組織もこの戦士に期待しているのかもしれない。下位ナンバーがナンバー1になった事例も過去あったそうだ。

 

――妹に逢いたいだと……?

「あら? こんなに組織に貢献しているのですもの。一目見るくらい、よろしくて?」

 

 いつの間にか、慇懃無礼な言葉遣いが染みついていた。戦士になったことで、私も何処か可笑しくなっていたのかもしれない。昔の話し方は、すっかり忘れてしまっていた。一体いつからこの話し方になったのか、私にも分からなかった。

 

 目まぐるしく忙しかったが、ついにその日がやってきた。私は、見逃さないように()()に妖力をしっかりと込めた。

 扉を開けると、妹が走り寄って来て体に衝撃がやってきた。

 

――お姉ちゃん!

「……」

 

 妹の声がした。あの時と変わらない姿で、私に微笑みかけてきた。

 半透明の姿で。

 

――お姉ちゃん。どうしたの?

 

 妖力を凝らした目を部屋へ向けると、椅子に縛られ、蝿が(たか)った幼子(おさなご)が見えた。髪の色はすっかりと抜け落ちて、白くなっていた。辛うじて胸が上下するのが見えたが、落ち窪んだ目には皴が寄り、生気をまるで感じなかった。

 唯一、私に似てウェーブ掛かった髪が、妹であることを示していた。

 

「……」

 

 その日、妹の為に生まれた私と“妹の為に生きてきた私”は人間であることを止めた。

 

 

 

―――暗転。

 

 

 




はい、遅刻
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。