温かく迎えてあげてください。
「おい! しっかりしろ!」
身体が酷く熱かった。風邪を引いたのかもしれない。
重たい瞼を開けると、
「突然大剣投げるしよ……。ミリア姉さん、本当にこいつ大丈夫なのか……?」
「……覚醒者の気配では無かっただろう」
「処置しなければならなかったんだ。少なくとも、体は戦士に戻っているさ」
クレアの声が聞こえ、オドオドしているヘレンも見えた。次第に周りが分かってきた。
町はずれの雪原で倒れていたようだ。体を起こすと、見渡す限りの白い光景が広がった。遠くにピエタがポツンと見えた。町は殆ど崩れており、瓦礫の山のように思えた。
いつの間にか戦線が移動し、こんなところで私たちは
というか思い出そうとすると、さっきの夢みたいなのを反芻しそうになる。でも、はっきりと思い出せず、喉に小骨が引っ掛かった感じがする。くっそ嫌な思いをしたのだが……。
「覚醒しても、戻ってこれるということか……」
「分からない。でも、私達と同じ半覚醒なのかもしれない……」
「ジーン……」
ミリア達は何かを考えており、ジーンを偲ぶクレアの声で思考が現実に戻った。クレアは、ジーンを思い出して落ち込んでいるようだ。やっぱり、ジーン死んじゃったのか……。元気出してよ……。
「無事に終わったか……」
「この辺りには、私達だけのようです!」
見回りをしていたのだろう、お下げの片方がとれたシンシアと短髪のデネヴが来た。シンシアは相変わらずの天使だった。
それにしても、ひどく長く眠っていた気がする。気分的に5年くらい。
皆がここにいると言うことは、それほど経ってないのかもしれない。というか、私は全裸だ。雪原で全裸とか完全に変態である。剥くにしても、靴下だけは残してほしかった。
『ぐへへ……』
「急に笑いだした……」
「やっぱり、どっかおかしくなったんじゃないか!?」
「…………たぶんそれ、元からですよ」
焦ったヘレンと、冷静なシンシア達の声が聞こえた。
ミリアの戦闘痕が残る襤褸マントが掛けられた。これで凌げということか……。股のところ穴が開いてるんだが……。
「よし、町に戻る。念のため、妖気は消したままにしておけ」
「了解した」
『よし、じゃないが』
皆が各々返事をした。待って、私の大剣がない。
「大剣、ない!」
「おまえ……自分でさっき投げただろう。処置が途中で大変だったんだぞ……」
私が寝ぼけて投げたと、ヘレンが教えてくれた。私、そんなにおもいっきり投げたの……? 寝相悪すぎない?
「どのみち、ピエタの方へ飛んでいったんだ。行くついでに回収すればいい」
「まったく……。残った覚醒者が来ないか、肝を冷やしたぞ」
クレアやミリアが半目で言ってきた。大
そういえば、頭がくそ痛い。思わず蹲った。
『ぐおぉぉ……』
「あ、おい……」
「妖気を消す薬の影響ですね。全員、もう1度飲み直したんです」
気絶してる間に口に放り込まれたことを、シンシアが教えてくれた。ヘレンって、ツンツンしてるけど面倒見いいよね。あぁ、くそ痛い。
しかし、道理で頭が痛い訳だ。妖気を全然感じない。いやまぁ元々集中しないと、あんまり感知出来ないんだけど……。
頭を押えながら、とぼとぼと皆の後ろを付いていくことになった。
朝日の中を歩いていて気がついたのだが、私の身体のコントラストが一部おかしくなっている。具体的には、胴体は真っ白なのに、肘から先や足首から先がガングロ日焼けみたいになっていた。
一瞬、凍傷を疑ったが、戦士が凍傷になるわけがなかった。えぇ……。病気かこれ。大丈夫これ?
ピエタまでの白い雪原を皆で歩いた。雪原を反射する日の照り返しが眩しく、目を眇めて無言で歩いた。皆、何か思うところがあるのかもしれない。
ピエタの町だったものに近づくにつれ、変な音が聞こえてきた。関所町で聞いたような、ビリビリとした鼓膜をボワボワとする変な音だった。
「音する……」
「は?」
ヘレンが振り向き、先頭を歩いていたミリアが足を止めた。本来、音が聞こえる距離じゃないけど、周りが静かだから聞こえるのかもしれない。あれ、でも雪って音吸うんじゃなかったっけ……。ま、いっか。
「ピエタから音する」
「この雪原で……? 妖気……を感じている訳ではない……か。どんな音だ?」
ミリアに言われたので、両耳に手を当てて音を集中して聞いた。ボワボワに交じって、電子音みたいなミロミロとする音がする。いや、ちょっと待って。なんて説明すればいいんだコレ。言ったら絶対変な子になるだろ!
「…………。……ひ、人の声」
「ほんとだろうな……?」
冷や汗を垂らしながら言った私の言葉に、半目になったヘレンが訝しげに聞いてきた。やべぇ、全然信じてねぇこれ。
「ほんと!」
「……」
ついには、全員が訝しげに見てきた。ちょっと酷くない?
――……ヴィア。
「えっ?」
ミロミロに混ざって、
「オリヴィア……? どうしたんだ?」
「生きてた……。『そっか、よかった……』」
「お、おい! ……大丈夫なのかよ?」
でも、大丈夫なのだろうか……。このビリビリのボワボワ音は、関所町で変異した妖魔が発してた音だ。ミロミロ電子音もあると言うことは、似たような覚醒者や妖魔がいるのかもしれない。
――マモラナキャ……。
「……助ける!」
「おい!! 聞いてるのか!」
足に力をいれると、無意識に妖気が解放された。隠密行動を取ろうとしたミリアに申し訳なく思った。
しかし以前よりも、より力強い力の胎動を感じる。死線を越えたことで、また1つ強くなった様だった。
「先に『行く!』」
雪原を全力で踏み込んだ。
◆
「あーぁ、行っちまった……。どうするよ姉ぇさん」
「いったい何を感知したというんだ……」
(覚醒者か、それに類するものが町に残っていたのかもしれない……)
ヘレンやデネヴが、オリヴィアの突飛な行動を呆然と見ていた。ミリアはオリヴィアがその特異な感覚で、何かを感知したのではないかと思った。
「我々は、妖気を消したまま行く。何かを感知したにしろ、妖気を消していることが不利になる事はあるまい」
「……」
全員がミリアを見た。ミリアの判断に全て委ねるつもりだった。
「追うぞ!」
ミリア達は妖力解放をしない状態で、全力でオリヴィアの後を追った。
◆
皆よりも一足早く、 ピエタにたどり着いた。
町は大部分が崩壊しており、原形をとどめていなかった。北国特有の風が吹き、ミリアから貰ったマントを揺らした。隙間風すごいぞこれ……。
剣戟の音が、広場の方から聞こえてくる。やはり、仲間が起き上がって戦っているのかもしれない。きっと、そのなかにカティアも居るはずだ。
瓦礫から身を乗り出して覗き込むと、戦士と戦士達が戦っていた。仲間割れのような様相になっていた。
『は?』
意図せずに声がもれてしまった。仲間達が、皆起き上がっている……? なんだこの状況……?
「くそっ! イライザ! いい加減こいつらを斬るぞ!」
「わかってるわよ!」
赤い腕や足が生えた戦士達が、大剣を構えたイライザ達に襲いかかっていた。赤い戦士達の頭には、総じて赤い輪が浮かび、皆大剣を持たずに素手で戦っていた。
さらに、赤い戦士達の背後では、銀色の巨躯がサザエさんのエンディングのような動きをしていた。うわ、きもっ。
赤い戦士達は、赤くなっている腕や足が、異様な硬度になっているようだった。赤い戦士の一人に大剣を叩きつけた、ウンディーネの姉御が押されていた。双剣使いだった姉御は片腕がなかった。まじかよ……。
姉御達が押され、拮抗したところに一人の赤い戦士が戦士達を分けて現れた。カティアだった。やっぱり生きてた。
『ぁ、……あ』
声を掛けようと思ったが、カティアは首を傾げたまま、ウンディーネへ片腕を伸ばして赤い触手で取り付こうとしていた。
私は叫びながら、カティアに突貫した。
『なにしてんだ!』
「オリヴィア!?」
ウンディーネの救出に行こうとしたイライザが、私に気づき叫んだ。
『目ぇ覚ませぇ!』
「っ……」
「ミゴッ……」
黒く日焼けした腕で、カティアの顔面をぶん殴った。赤い輪が電子音を出した。こいつか! ミロミロ言ってたのは!? 寄生してるのか?
『え、わっ!?』
殴った端から、赤い腕が延びて私の腕に取り付いた。菌糸のように伸びる線に怖気が走った。
「なに、やってんだ!」
『あぐっ! えっ?』
イライザに引っ張られ、触手から離脱できた。イライザとカティアの触手に引っ張られて、黒い腕が
赤い菌糸に触れられたところから、スッパリと千切れたのが見えた。痛みが来るかと思って構えたが、特に来なかった。あれ?
イライザは、返す刀でウンディーネと拮抗していた戦士を蹴飛ばすと、一息に離脱した。
「はぁはぁ。……大剣もなしに! バカかおまえは!」
キレるイライザを放置して、恐る恐る腕を見ると、白い腕が普通に生えていた。にぎにぎすると普通だった。あれ? 今とれたよね? 脱色した?
「高速再生だと……? お前、いつの間に……」
ウンディーネの姉御が声をかけてきた。いや、一番驚いてるのは私なんですけど。あれ? 私、攻撃型のはずなんだけど。
私の腕を奪ったカティアの方を見ると、ボリボリと触手が黒い腕を食らって体の一部に変えてしまった。カティアに黒い腕が生え、その腕が意思を持ったように動くと強大な顎を持った人の顔に変わった。
「なんだあれは!?」
『えぇー……』
まるで覚醒者の腕だった。
上位の覚醒者になると体の一部を変異させて、ワニの頭を作ったり武器を作ったり普通にしてくる。原作で出てきた覚醒者では、体を変化させまくるやつとかいた気がする。目の前でそんな肉の動きを見ると、さすがに凄惨な感じがした。
尻餅をついた状態から起き上がると、足に大剣が触れた。雪に埋まっていたが、誰かの大剣のようだった。
これ幸いと、拾い上げると私のだった……。えぇ、お前なんでこんなとこにいるの。雪の中にあったら、運悪いと一生見つけられないやつじゃん。投げたやつ殺す。……私だった。
「あらぁん。うふふ、やはり生きていたわね!!」
『うわ』
銀色の
「
「だれ!」
そう言うと、銀色の巨躯はカティアに
「わたしはバキア、〈芸術家〉よ。よろしくね。あなたを探していたのよ。何処に行ったのかと思っちゃった」
こんなやつに執着される謂れはなかったのだが、何処かで目に留まったのだろうか。
「あなたを最初に見かけたのは、南東の関所町。私、色々考えたんだけれど……。組織って覚醒者を放置してきたじゃない? それが、ここに来てイースレイが暴れちゃったのよ。今後、恐らく住みづらくなるわ……」
遠くを見たままのバキアは、そこで話を区切ってポーズを変えた。バキアの大胸筋が盛り上がった。必要あるのか、その動き……。
「だから対抗策が必要なの。組織が今後絶対に作る……、対覚醒者の戦士についてね。それが、あなた」
「は?『なに言ってんだ』」
「何て言っているのかしら……?」
バキアが、セーラームーンポーズで指差してきた。言ってる意味が、あまり分からなかった。要するにあれか、リフルが今後拾うやつみたいなのが欲しいのだろうか……。私とどう関係があるんだ……。
「まぁ、知らないのならソレでもいいわ。私は、あなたの中身が欲しいだけだから!!」
バキアがそう言った途端に、カティアの顔の付いた右腕が急に動いた。
バキアの頭が無くなった。理解が追い付かなくて、二度見した。えっ? は?
頭を失ったバキアが、雪原に重たい音をたてて倒れた。
「え?」
イライザの間の抜けた声が聞こえた。私は勘に従って、右足でイライザへ膝カックンを決めた。
「お前! 何をやっ……」
尻から仰向けに倒れたイライザが、私を罵倒しようとして止まった。イライザの頭があった辺りで、カティアの右腕がムシャムシャと何かを咀嚼していた。こいつ、動きがくそ速いぞ!
「あぁん! 本体が殺られたわ!!」
遠くでユマやナンバー37のナタリーと戦っていた、小柄なバキア(?)が叫んだ。あっちもキモいぞ!
「まだ殺られてないわよ! くっ。同調が切れたですって……?」
首なしのバキアが何処からか声を出して、起き上がった。胸に顔が浮かび上がっていた。いや、それはキモくない? それよりも、カティアだ。
「……シテ……ゴ……マモ……ル゛……」
電子音が次第に砂嵐のような音になり、菌糸の様な触手が黒く染まり始めた。ついに頭の輪も黒く染まった。
目だけが金色に爛々と輝いており、肌も覚醒者の様な色に染まった。目が合った。
「カ、カティア……?」
「かくなる上は!」
バキアが叫び、銀色の身体が面状に広がりカティアを覆った。カティアを吸収する気か!?
邪魔をすべく飛び出そうとすると、バキアの身体にヒビが入った。あ、やばそう。
「あんぎゃああぁぁぁぁ!」
カティアを包み込んだ後、バキアは汚い声を上げて爆発四散した。銀色の雨が降り注いだ。それは、余りにも汚い花火だった。
「本体ぃー!!」
小さいバキアが叫んだ。今更だけど、お前ら増えるのかよ。
カティアの腕は、手当たり次第に棒立ちになった赤い戦士達を食べ始めた。ボコボコとカティアの羽が大きくなり、足回りにも黒い触手の山が出来た。カティアの右腕は、10人程食い散らかしたところで止まった。
まるでカティアを頂いた樹木のように、枝葉が伸び始めた。
「オリヴィア!」
「なんなんだこれは……」
「どういう状況だ!」
状況についていけず安全そうな場所から見ていると、ミリア達がやって来た。ヘレンに訊かれたので、両手を上げて率直に答えた。
「変態! カティア! 乗っ取り!」
「なに!? 敵がカティアに扮しているのか!?」
違う、そうじゃない! そうかもしれないけど、そうじゃない! ヤバイ完全に混乱してきてる。
「このままだとまずい……。逃げた方がいいわ!」
「銀色のやつが本体だ。触ると乗っ取られるぞ!」
イライザとウンディーネの姉御が、代わりに説明してくれた。いや、アレは本体っていうか増えたやつ。あれでも、アレしか残ってないから、アレが本体……? ヤバイ、こんがらがってきた。
カティアの根っこが、こちらまで伸びてきた。いつの間にか、デネヴとヘレンが気絶したユマとナタリーを小脇に抱えていた。
「下位ナンバーは回収したぜ!」
「ミリア! 生きている戦士はもういない!」
「離脱するぞ!」
『えっ? カティアは?』
ミリアが撤退の掛け声をかけた。カティアを置いて逃げようとしたので、固まっているとイライザに捕まった。いや、ちょっと待って。
「バカ! 早くしろ!!」
『だから、ちょっと待ってって!!』
「あばれるな!!」
イライザに強制的に連れ去られた。
黒い根っこが伸び、残りの赤い戦士達を吸収し始めた。どんどん巨大化し、ピエタから離脱する頃にはかなりの高さになっていた。
「やべぇ! どんどんでかくなるぞ!!」
「カティアァ! カティアー!!」
「……」
「くっ、もっと離れるぞ!」
私はひたすら叫んだ。もう、叫ぶことしかできなかった。
私たちは、ミリアの判断でさらに距離を取ることになった。
――オォォオォォオ。
唸り声のような腹の底に響く声を上げて、巨大化したカティアはピエタよりさらに北へ消えていった。ピエタの町は、先の戦闘よりも状態が酷くなり、もはや更地と言っても過言ではなかった。
「カティアァアァアーー!」
こうして私たちは、北の戦いに敗れたのだった。
◆
「ちょっと、起きなさいよ」
小さなバキアは、雪の平地に向かって話しかけた。
「あらぁん。もう少し寝かせてくれても、いいんじゃない?」
「もう、踏んだり蹴ったりなのよ。わたし」
雪が盛り上がり、オールバックの偉丈夫が現れた。カティアに爆破されたバキアは、銀の雨に体が変わる中で、妖気同調を用いて保険で残していた分体へ人格を移していた。
「いいえ。収穫はあったわ……」
「えっ? まぁすると思ったわ……」
バキアは分体ごと、その中に居たディアナを突き刺した。あっという間に吸収されて、バキアは一人に戻った。
「何とか一体だけ回収できたわね」
「……コロ……テ……」
バキアは、複数の目が付いた赤い輪を手のひらで転がした。
(むふふ。この作品は、ある程度成功していたということかしら……)
ペセルと呼ばれた赤い輪を再び胸に納めて、バキアは立ち上がった。バキアが作っていたのは、組織が作るであろう対覚醒者向けの戦士を見据えた存在だった。銀髪の戦士を被検体にできれば、尚よかったのだが、長髪の戦士の死体である程度予測を立てることができた。
(組織が今後作るのは、間違いなく覚醒しても戻ってこれる、複数意思を持った戦士ね。もしくはその代替案……といったところかしら)
バキアがペセルで試していたのは、強制的に別の狂った意思を植え付けるものだった。ペセルは並みの覚醒者よりも妖気が強く、さらに取り付いた者の精神へ取り入り、バキアの都合のよく扱うための媒体だ。これによってバキアは、複数の戦士を操ることができたのだった。それが、例え死体であっても。
(〈深淵の者〉に対抗できるのは、〈深淵の者〉だけ……。如何にも、組織が考えそうなことね……)
「今後は逃げながらになりそうね……。覚えてなさいよ」
生き残ったバキアもまた、移動を始めた。今度は大陸の南を目指して。
大剣を投げたのはユマでした。
20話で原作十数巻分になりました。
次回から2章のようなものになります。