ミリアが大剣を拾った。
ミリアが見知った友の大剣らしい。ここに投げ捨てられていたと言うことは、大剣を持つことができなくなり、覚醒してしまったのだろう。
ミリアは、何処か思い詰めた顔をしていた。
小高い丘の上に、ミリアの友達のお墓を皆で作った。丘は岩だらけで閑散としており、寂しい場所だった。お墓と言っても、下に遺体は入っていない。地面に突き立った大剣が、私達の墓標となるのだ。
ミリアは夕日が沈むちょっと前まで、大剣の前に長く立っていた。
夕日に照らされたミリアを見ていると、何となく郷愁に駆られた。
黙祷から戻ったミリアに、皆が各々に声を掛けた。そうしないと、ミリアが一人でどっかに行きそうだった。
「行こう。ミリア」
「姉ぇさん」
「行きましょう。隊長」
「頼むぜ。隊長さん」
「ミリア」
「早くしてよね、隊長」
「たいちょー!」
ミリアの瞳が揺れ、また意思の強い目になった。ミリアの中で、何か決意が新たになったのだろう。
「ああ。行こう皆」
トゥールーズを探索する中、ひどく印象的な……、そんな一幕があった。
「ラボナに行きたいだぁー!?」
「……」
時は、その日の夜だった。
焚き火の前でヘレンが叫んだ。うるせーー! キンキンする。急に叫ぶな! 思わず耳を塞ごうとしたが、諸事情で出来なかった。
「クレア。お前は昔、任務でラボナの中に居たらしいな」
「あぁ。なにかと縁のある街でな。組織から隠れるのには、ちょうど良いと思ったんだ……」
「妖魔排斥している街に入るなんて、騒ぎを起こしにいくようなもんじゃねーか!?」
「ちょっとー! うるさいわよ、ヘレン! ちょっとデネヴ。ヘレンはあんたの係りでしょうが!」
「……何時の間にそうなったんだ」
焚き火を囲って各々座り込む中、ヘレンが立ち上がって騒いでいた。さらに、イライザやデネヴも交じって、やいのやいのと騒いだ。お前ら、ちゃんと静かに座っている私を見習えよ。やれやれ……。
「ふむ。元々、組織の手が届かない所として、伝があればあるいは……と思ってはいたが……。クレア、当てはあるのか?」
「……任務で向かった当時、ヴィンセント司祭に世話になった。彼か、彼の縁者なら匿ってくれるだろう」
「そうか……。ふむ……」
ミリアが顎を摘まむ様に指を当てて、ふむふむモードになった。こうなるとミリアは、ふむふむしか言わなくなる。ちょっと面白い。ぷぷ。
「ふむ……。その場合、どうやって中に入るか、だな。ふむ……」
「ぷぷぷ……」
「おい! 罰なんだから動くなよ、お前! ナタリー追加だ」
「はい」
腹筋が勝手に動いて、ウンディーネの姉御に怒られた。わざとじゃないんです。ミリア隊長が悪いんです……。
結局あの後、嘘を吐いていたことがばれて、折檻されているのだった。胴体を岩に縛り付けられ、正座した膝に石を積まれていっている……。ナタリーも、はいじゃないが。あ、まって。それ、さっきよりでかくない? あっ、痛い痛い痛い痛い。
「……なぁ。そのくらいで良いんじゃないか……?」
「足が遅くて、置いてけぼりになった割には優しいんですね。ユマさん」
「え?」
ユマは何故か優しかったが、発言力が無さすぎて折檻解除の雰囲気にはならなかった。もうよくない? 隠してたドライフルーツあげるから。ね?
ナタリーが手持ち無沙汰なのか、小さな岩を積んでは崩し始めた。ナタリー、それ賽の河原って言うんだぜ。あっ、痛い痛い痛い。てめっ! 人の膝で岩ジェンガして遊ぶな! 自由人かお前!?
「何にしても、ラボナ近郊で情報をとるべきだな。内部から手引きしてもらうにしろ、何らかの手段を考えなくては……」
「うごっ……!『もう許してー!!』」
「叫んだから追加だ! ナタリー」
「はい」
このとき私は、いつか死ぬほど擽った後、乳を揉んでやる事を双子の女神に誓った。ナタリー、テメーもだ。
そんなことがあり、夜が更けていった。
翌日、とりあえず皆で聖都ラボナに行くことになった。
隠れながら移動して数日後、聖都ラボナが近づいてきた。
存在は知っていたが、実際に見るのは初めてだった。街の外周を城壁のような分厚い壁が囲っており、南側を向いた砦の城門のような大きい機械仕掛けの門がついていた。この門は歯車の機械仕掛けとは言え、何人も使って開閉するのだろう。はえー、でっかい。
聖都ラボナの周りには、参拝者と思われる人々が列をなしており、入り口の詰め所で足止めを食らっていた。妖魔検めってやつかな?
なんだかんだ妖魔が入り込んでいない辺り、妖魔検めの方法が在るのかもしれない。いや、実際には結構入り込んでいるのか……? 組織のさじ加減一つで、どうとでもなりそうだった。
「ひょえー! でっけぇなぁ」
「ヘレン。はしゃぐな」
「だってよーデネヴ。あんなおっきい街、そうそうないぜ?」
ヘレンの言う通り、この大陸ではあそこまで大きな街は珍しかった。元々は妖魔に対して疑心暗鬼になり、コミュニティーを小さく別けていったことが原因らしいけど……。まぁ、考えても仕方のないことだ。
「参拝者達に紛れても、直ぐにバレてしまいそうだな……」
「クレア。前回はどうやって入ったんだ?」
デネヴやミリアが、どうしたものかと悩んでいた。
「前回は、……大剣を彫刻に隠して、ラキと共に姉弟という設定で入った。当然、妖気を消す薬を飲んでな」
「ふむ、なるほど。人間の少年を連れていたから、疑いから逃れていたわけか……」
うーん。今回は、彫刻の用意等が大掛かりすぎて使えなさそうだ。道具も限られているし、どうするんだろうか。
「積み荷に紛れるのはどうでしょう?」
「向こうが想定していないとは思えん……。なにか良い手はないものか……」
シンシアが行商に紛れるのはどうかと言ったが、ミリアが却下した。その時、ウンディーネの姉御が声をあげた。
「けっ……。まどろっこしいな。夜に空から入りゃ良いじゃねーか!」
さすが姉御! でも、人間は空飛べないんだよ? 力業とか、ついに脳味噌まで筋肉になったか……。
「ふん!」
「ぴ!」
「なるほど空か……」
また姉御に殴られた。ぬおぉぉ。ぬおう味噌が出てくる……。
姉御の発言に、何故か納得したミリアが顔を上げた。その視線は、私に注がれていた。え??
その後、すったもんだがあったが、割愛する。結論から言って、私が空を飛ぶことになった。いや、なんでよ……? 人間は飛べないって……。
「準備は良いか? オリヴィア。それじゃ、行くぜ!」
「なぁ……。本気でやるのか……?」
「あ、あぁ。隊長の命令だからな……」
「そ、そうか……」
ヘレンがやる気満々で言った。ユマとクレアが、ボソボソと喋っているのが聞こえた。
ミリアが言うには、全力で
横回転から始めて、宙返りを織り混ぜつつ次第に加速して行った。ある程度行ったところで、ヘレンが〈旋空剣〉を交えた強烈な突きを放ってきた。大剣の腹で必死に受け止めた。
ヘレンは長年の修行で、伸び縮みする腕の柔らかさを活かして、〈旋空剣〉をマスターしていた。さらに、ジーンのものよりも腕の回転数が増しており、50回転超の威力は凄まじかった。
一気に回転の力が増して、空気の振動する感覚が変わった。これでも、まだ足りない気がするけど……。
「はっ……! それじゃ、いくぜぇ!」
気炎を上げた姉御が、駆け寄ってきた。体の後ろに下げた大剣が、地面と擦りあった音が聞こえた。
「はぁぁぁ!」
姉御は私の前で踏み込んだ。姉御の姿がぶれると、ほぼ同時の4連擊を放ってきた。エバの〈瞬剣〉だった。片腕しかなくなったウンディーネの姉御が編み出したのは、双剣の手数を超える強烈な斬り返しだった。
「ぐうっ……」
大剣同士が火花を散らした。何とか捌ききって、大剣に力を乗せることができた。本気で打ってくるから、マジで怖かったぞ……。
「今だ! やれ、ユマ!!」
「はぁぁぁ!」
ユマの手には、
「イライザ!!」
ミリアの号令で、〈まつげ〉がクラウチングスタートのような姿勢から、こちらに全力疾走してきた。
「翔べ! オリヴィアァ!!」
「うがぁ……!」
イライザからの全力の斬り下ろしを、真芯で受け止めた。凄まじい音が響き、イライザも弾き飛ばされた。私は地面から完全に足が離れて、クレアが向かった先に身体が浮いた。
作戦はこうだ。
〈全力で踊ってクレアを拾ってラボナに向かえ!〉
単純だった。脳筋の意見採用してんじゃねーよ!!!
空中でクレアの
「ぐ、うあぁぁぁ!」
凄まじい外力が掛かっているクレアのくぐもった叫び声が聞こえた。ごめん、どうすることもできないわ……。祈ってて。
こうして、私達は夜のラボナに突入した。
これは後で聞いた話なのだが、その日のラボナは晴天にも関わらず小雨が降り、普段綺麗な裏路地には吐瀉物が撒き散らされていたそうだ。なんか……ごめん……。
「大丈夫か? オリヴィア」
手と膝をついて絶望していると、散々吐き散らかしたクレアが、口許を拭ってこちらを見た。やべぇ、この年になってチビっちゃった……。ばれてないよね……?
あの後、何とか着地は上手くいったのだった。
場所はラボナの裏路地である。鎧を着た数人の警らが、松明片手に表通りを歩いていた。夜間の巡回か。見つかると面倒だな……。
「おい! 音がしたぞ!」
「昼のやつらか!? どこだ!」
「なんなんだ今日は!」
ガシャガシャと鎧の音が鳴った。あ、やべっ。
「オリヴィア! 屋根へ移動するぞ」
「うん!」
屋根上にこそこそと二人で上がった。風が通り抜け、股が冷や冷やした。めっちゃお風呂に入りたい。そう言えば、沸かしたお湯でのお風呂に長らく入っていない。
「聖堂は向こうか……。くそっ。遠いな」
「ごめん……」
「いや、オリヴィアは良くやってくれた」
聖堂までは、結構距離があった。しかし、クレアは良くやったと頭を撫でてくれた。やさしい。
しばらく進んで、聖堂前にたどり着いた。結構な高さがあった。この程度の高さでは、もうマタヒュンすることはないだろう。
用意していたロープとちょうど良い石を使って、聖堂に飛び付いた。ジャンプすれば届きそうだったけど、私はクレアに背負ってもらっていた。
聖堂に飛び付いた私たちは、空いている窓から侵入した。部屋の中は、大きな机がポツンと置かれており、床は石のタイル張りで、質素に見えるが実際には高価そうな材質だった。執務室かな、ここ?
ちょうどそのとき、扉が開いた。
「! 何者だっ……」
「あっ……」
驚いたハゲのおっさんの顔が見えたが、クレアによって引っ張られて地面に押さえ込まれた。
『あでっ!』
「再びお会いできて光栄です。ご無沙汰しております。ヴィンセント司祭様」
祈るような姿勢になったクレアが言った。私は潰れた蛙のような姿勢だった。
「……あ、貴女は……」
◆
組織の戦士、ナンバー47のクラリスは、ナンバー4のミアータを伴ってラボナにいた。
クラリスは、茶髪の癖のあるミドルヘアをしており、ミアータはクラリスの半分しか背が無く、生えっぱなしの金色をした長髪が印象的な少女だった。
場所は、かつてクレアが救った兵士ガークやシドの隠れ家だった。ガークは大柄な男で、シドは長髪をひと房に結んだ飄々とした男だった。
戦士達に縁のある彼らによって、ここに匿われて居るのだった。
クラリス達の目的は、かつてのナンバー3反逆者ガラテアの粛清のためだった。
夜ということもあり、すでにシドやガークはここにはいない。
「!」
「どうしたの? ミアータ」
ミアータが虚空を見上げて、なにかに反応した。妖気を消す薬を飲んでいるが、ミアータは言葉には言い表せない超感覚をもっており、複数の妖魔や覚醒者等のより強いものを感じとることができた。
「なにか、きた」
「えっ?」
「つよいのが2つ……すごくつよい」
「覚醒者がきたの? 妖気が消えているときに……、なんなのよ!」
「わからない」
頭をガシガシと掻き乱したクラリスが、癇癪を起こした。
ナンバー最下位のクラリスは、これまで何度もミアータに誘導されるままに覚醒者達と相対しており、すでに神経が限界を迎えていた。
「まま……まま……。怒らないで、まま……」
クラリスは、ミアータを抱き締めた。
願わくば、任務を早急に終わらせて、自身を片手のひと捻りで殺せてしまう、この恐ろしい娘と離れたかった。
筆が折れました。