情報量が多く、なんとか纏めようと試行錯誤した結果こうなってしまった……。
ゆるしてくれー!
「知り得たこと……だと?」
「……ポコ。ブクブクブク。ポコ」
ミリアへ、ガラテアが言葉を返した。眼を瞑ったミリアがゆっくりと語り始めた。
「かつて私は」
「……ブクブク」
「友を失った怒りから、組織に復讐を」
「……ポコォボボボプク」
「隊長。話の前に、オリヴィアを移動させて良い? 水溜まりに顔が浸かってて、ブクブク泡を吹いてて煩いのよ」
「…………。早く、仰向けに寝かせてやれ……」
頭を押さえたミリアが、イライザへ言った。微妙な空気が流れたが、少し落ち着いたところでミリアは再び語り始めた。
かつてミリアは友を失った怒りから、組織への復讐を誓った。しかし、先にガラテアが指摘したジレンマに陥った。
古より、この地に妖魔がはびこっている。妖魔は、人を捕食する上位者である。その存在を狩るために産み出されたのが半人半妖の戦士であり、産み出したのは組織であった。
先程のジレンマとは、半人半妖を産み出す組織を潰してしまうと、妖魔に食われる人間が増えてしまうと言うことだった。
妖魔憎しで戦士になったことを考えれば、本末転倒と言ったところであった。
そして、組織の消耗品であるミリアが、触れられる情報には限りがあった。
「しかしそんな中、組織から最も離れた南西の地。人々から忘れ去られたような山村の村人の言葉から、疑念が沸いたんだ」
ミリアの姿を見た村人達は、大層驚いていた。そして、その村民達は、妖魔どころか古の昔より――、と言った定説すら知らなかった。
そこに違和感を感じたミリアは、仮説を立てた。
「妖魔は、組織の中から生まれ出でているのではないかと……」
これまで聞いたことのあった妖魔についての定説は、人化を解いた妖魔がよく口にするものだった。その言葉が流布されるにつれ、妖魔の居ない時代を知るものが死に絶え、組織が流布した情報が真となっていった。
「そして、もうひとつ――」
ミリアは大剣を取り出して、この大剣を構成している鉱物はおろか、精製場所を誰も知らないと言う点を上げた。そして、折れたり曲がったり、歯こぼれした所を見たことが在るかを仲間へ問いかけた。
皆、どんなに強固な外格を持つ覚醒者を相手にしても、大剣が折れた仲間を見たことがなかった。
「この大剣は、この大陸で作られたものではない」
2度目の衝撃が走った。ウンディーネとユマは、話についていけず膝を抱えて少し飽きていた。
これらの情報を推測し、組織を疑問視していたミリアの元に組織の人間が近づいてきた。組織も一枚岩ではないようで、ミリアに協力する人物が現れたと言う事だった。
その様な伝から得た情報によると、この大陸以外に陸地が存在しないと言うのは、組織が流した風説であり、実際には血で血を洗うような戦乱を繰り広げている大陸が存在していると言う事だった。
覚醒者は、その大陸で悪魔の兵器として生まれた。自陣すら破壊し尽くしてしまう覚醒者をコントロールするための実験が、組織の本当の目的だった。
「やつらは、ここで制御できる覚醒者の実験を繰り返しているんだ」
「制御できる……覚醒者の実験……?」
「アリシア、ベス。この二人は、覚醒してから元に戻ることに成功していたぞ!」
北の戦士達は衝撃から混乱していたが、ガラテアは組織の実験終着点と思われる存在を知っていた。
「二人の完成は聞いた。しかし、1つの実験の終着点ではあるのだろうが……、双子でなければならないと言う事や、精神を受け持つ方の負担が大きすぎる弱点がある。まだ、本懐には程遠いのだろう……」
「〈幻影〉、詳しいな……。それも、伝とやらから聞いたのだろうが……」
「その通りだ」
「ミリア。待ってくれ。……それじゃあ、あの歪な覚醒から戻ったオリヴィアは……?」
ミリア達の会話を割って、クレアが声を上げた。クレアは常に平静を保っているように見えるが、その内は激情家だった。仲間がそんな悲惨な実験体だと言うことが、我慢ならなかった。
ミリアが、クレアに向き直って言った。
「いいだろう。ここからは、オリヴィアについて語ろう」
「〈痴呆〉のについてか……。昔、組織からの命令で監視していたこともあったが……。あまりにも弱すぎて、覚醒体としても期待されていなかったと言うことか……?」
ガラテアは過去、組織の命令でオリヴィアを監視していた。しかし妖力も安定せず、ひたすら剣のみで戦うオリヴィアに組織の興味が薄れたのか、監視任務は徐々に減っていった。
「それも、
長い年月を供に過ごした北の戦士達は、オリヴィアへ何者かが憑依した姿をみていた。例をあげれば、以前クレアがリフルと戦う前に会った存在がそれに当たった。
「オリヴィアの中へ憑り付いている……。いや、封印されていると言った方がいいか……」
「封印だって?」
片眉を上げたイライザが、ミリアへ胡散臭そうな顔を向けた。
オリヴィアの中には、底無しの力を持った存在が眠っていた。妖気自体を感じとる事はできないが、相対したものはこれまで感じたこともない怖気を感じるものだった。
ミリアがその存在と邂逅したのは、北の地での修行の時であった。
ある時、オリヴィアが修行の中で重症を負った。ミリアが治療を行おうとすると、妖力解放していないにも関わらず、気絶したオリヴィアの傷が独りでに高速で治った。起き上がったオリヴィアは、先に話した強大な存在が人格として現れていた。
その時、ミリアはその存在と取引をするに至った。この身体に貶めた、組織の研究者の首を差し出すことを条件にして。
ミリアはその存在との対話を、その後も定期的に続けた。
ミリアが北の地で、意識を失ったオリヴィアへ暴食を
いつも営倉を抜け出すオリヴィアへ、ミリアは平静な顔の下では、肝を冷やしていた。
「
「なっ……」
「しかし、組織が望むような戦士とは成らなかったのは、承知の通りだ」
「待ってくれよ、姉ぇさん! 覚醒者の血肉だって?」
「ミリア、それでは半人半妖ですら無いじゃないか……。しかし、あいつには処置が必要だったぞ。それに覚醒者の気配も感じない」
デネブやヘレンが困惑した声を上げた。
「覚醒者の気配を感じないのは……。組織が一枚岩ではない事に原因があったようだな……。通常と異なる実験を秘密裏に行うために、妖気が漏れでないよう覚醒体へ何かしらの処理を施したようだ。オリヴィア自身の身体に、どの様な処理を施されたのか。そこまでは分からんが……。あの白い繭のような腕を覚えているか?」
ミリアは、オリヴィアが獅子王リガルドとの戦いの後に見せた姿を示唆した。黒い素体を白い腕が包み込んだものだった。
「あの沢山生えてきたやつか……?」
「あの時は……、必死すぎて覚えてねぇな……」
デネヴとヘレンが顔を見合わせた。
「あれは初期に、同じような実験を施された被験者達だ……。各々に組織によって、人格を破壊された者達のな」
「待て、なんの話かと思えば……。まさか〈痴呆〉と言う名前から薄々感じてはいたが、天才達の話か」
「天才達?」
デネヴが問いかけ、今度は頷いたガラテアが語りだした。ナタリーは飽きてきたのか、瓦礫を驚異的なバランス感覚で積んで2メートル程に達していた。
昔、訓練生の中に、妖力解放ギリギリでようやく使える技を初めから会得しているもの達が現れた。しかし、どの訓練生も意思の疎通が難しく、通常の半人半妖とは別の訓練棟で飼われていた。
「意思の疎通が難しかったのは、感情の起伏がひどく激しかったり、それまで話していた者の事を突然忘れ、初めて会ったかの様に振る舞っていたからだそうだ……」
「……そして、それには理由があった」
ガラテアの言葉を引き継いで、ミリアが続きを話した。
「組織が実験していたのは、アリシアやベスの実験の前段階。元々姉妹で実験を繰り返していた……、覚醒した側の妖力を制御する実験だ」
「!」
「1つの肉体に複数の人格を発生させ、強力な妖気を持つ存在を操るものだ。つまり、その訓練生達には複数の人格があったんだ」
「それは……」
クレアやデネヴが、オリヴィアへ顔を向けた。オリヴィアは、ナタリーが崩してしまった瓦礫に埋もれて、よだれを垂らしながら健やかに眠っていた。泥で汚れた頬がよだれで流れ、一本筋を描いた。
「そして……。詳細は分からないが、サルビアを埋め込まれたオリヴィアは、暴走してその訓練生を平らげたそうだ。そうして生まれた人格が」
「オリヴィア
クレアが、ミリアの言葉の先を予想して言った。頷いたミリアが先を続けた。
オリヴィアは、元々サルビアの妹だった。しかし、オリヴィアの元となった人格は組織の実験で潰えた様だった。
サルビアは覚醒した後も、組織の実験の影響か人としての執着があまり変化することがなかった。オリヴィアに埋め込まれた後も、それは残留した思念として復讐の火を燃やし続けた。
「オリヴィアは、中途半端な完成品で居なければいけなかったんだ。そうでなければ、今頃ここには居なかっただろう……。言葉が巧く話せなかったのも、組織への印象を変えるためにサルビアが蒔いた種と言う事だ」
「えぇー! 馬鹿じゃなかったんだ……」
イライザの心の底から出た声に、一部の北の戦士達が深く頷き、再び場が白けた。
ミアータが背の小さなオリヴィアにシンパシーが沸いたのか、拾った棒で頬をつつき回し始めた。
「妖気が読みにくいのにも、その辺りの影響があるようだな。〈痴呆〉のが持っている妖気は、常に波のように変動しているんだ」
「吸収された人格は、元々覚醒者の制御を想定された戦士達だ。無意識に妖気を抑え込み続けているのかもな……」
あからさまにヤバイ存在として語られ始めた幼い戦士に、色付きは戦々恐々としてミアータが出していたちょっかいを止めさせた。
「あ~。情報が多すぎて良く解らなくなってきたんだが……。つまり、ちび助が覚醒しても戻って来れるってことでいいのかい?」
「覚醒すると言うよりは、枷の外れたサルビアが表に出てくると言った認識の方が近いかもしれんな」
「枷か……」
勘の良いウンディーネが話を纏めた。皆、各々に思うことがあったが、崩れた街を見渡したミリアが話を締めくくった。
「まだ、話しきれないこともあるが……。街との交渉を進めねばなるまい。……以上が私が知り得た情報だ」
◆
燃え盛る森の中、赤い髪のアガサは、全裸で血に濡れた状態で立っていた。
「どこよ、ここ……?」
アガサの主観では、謎の戦士に取り囲まれ、白目を向いた戦士に腕を向けられたところで記憶が途切れていた。
「あの女も粋なことをするじゃない……?」
「わたし達の為にやっているわけじゃないと思うわ」
アガサの前には、瓜二つの女が鏡合わせに立っていた。長い金髪をしており、跳ねた前髪が特徴的だった。オリヴィアに宿る人格のセフィーロだった。
「あなた達は……」
「忘れられているなんて……」
「まぁ、そんなものよね。元々、期待はしていなかったわ」
瓜二つの戦士が大剣を構えた。2人は鏡合わせのように、仁王のような構えを取った。
一瞬の溜めの後、空気が弾ける音が響き、引き絞られた大剣が突きの壁を作った。
「か、あガッ」
突きの壁に触れた哀れなアガサは、その身体の大半が消し飛ばされた。しかし、数秒もしないうちに、粉微塵となった身体が元に戻った。
「かはっ……。な、何が起こった……」
「何度も繰り返すことになるわ。あなたとわたし、その存在が尽きるまで……」
四つ足をついた状態で手の平を見つめるアガサへ、口調の柔らかいセフィーロが言って、大剣を突きつけた。
「戦いなさい」
「ここから先は地獄よ? 精々、死ぬまで踊りなさいな」
「くそっ!」
アガサは人間体のまま、セフィーロに背を向けて逃げ出した。どこまで走っても、炎に巻かれた森林が続いた。
(くっ……。何なんだこれは……。どこまで続くんだ! 少し休んで、覚醒体にさえなれば、あんなやつら……!)
アガサは力を使い果たしかけの人間体ではなく、覚醒体となってから襲いかかるつもりであった。
――リン。
ラボナの祈りの聖句を唱えるときに使われる、鈴のような道具の音が鳴った。アガサも潜伏していた聖都ラボナでは、良く聞いたありふれた音だった。
「どこまで逃げるのかしら……。慎重で狡猾。言い換えれば、臆病な負け犬ね」
その声が聞こえた途端、アガサの足が消し飛んだ。
「ガッ、ああぁ!」
地面に倒れ込んだアガサは、起き上がる前に意識が闇に閉ざされた。
――リン。
また鈴のような音が鳴った。
赤い髪のアガサは、全裸で血に濡れた状態で、燃え盛る森の中に立っていた。
「ひっ……」
「もう一度だけ言うわ」
「戦いなさい」
アガサは逃げ出した。〈深淵の者〉よりも恐ろしい、双子の化け物に背を向けて。ひたすら、燃え盛る森の中を駆けた。
――リン。
四肢をもがれて、心臓に大剣を突き立てられた。
――リン。
赤く長い髪をしたアガサは、血に濡れた状態で、燃え盛る森の中に立っていた。服は着ていなかった。
アガサは恐怖で足がすくんだが、反転して全速力で駆け出した。
――リン。
乾いた音が聞こえ、首が落ちた音が聞こえた。
――リン。
アガサは、燃え盛る森の中に立っていた。身体は血にまみれ、服は着ていなかった。
アガサは、呼吸が出来なくなった。
――リン。
恐ろしい鈴の音が聞こえ、身体が消滅した。
――リン。
――リン。
――リン。
――リン。
――リン。
――リン。
――リン。
夏と言えば風鈴。