〈痴呆〉のオリヴィア【完結】   作:peg

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大分時間が空いてしまいました。


蛸人間

 食器が擦れる音と陽気な笑い声が聞こえてきた。ヘレンの声か……。うるせぇー!

 身を起こすと、油壺に繋がったランタンが見えた。ランタンには、豪華にもガラスが張られていた。セフィーロ森の炎と違って、穏やかで心が休まる気がした。

 

 広い民家の居間に寝ていたようだった。私達用なのか寝具がいくつか並んでいた。建ってからそれなりに時間が経過しているのか、無垢の木目が日焼けしていた。

 上体は起こせたが、下半身はベッドに縛り付けられており、腕も固定されていた。

 

「〈痴呆〉の……いや、オリヴィア。起きたか」

 

 窓際に座ったシスター服のガラテアが、こちらに振り向いた。一瞬、黒髪の誰かにダブって見えたが、気のせいだった。

 額がヒリヒリした。ミリアに額を刺されたんだった。拘束された右腕をすっぽ抜いて、恐る恐る頭を右手へ持っていくとツルツルのおでこに触れた。誰がハゲだって!?

 

「……相変わらず、表情がコロコロ変わる奴だ」

「見えてんの?」

「見えてないさ」

 

 盲目のガラテアは、気負わずに肩をすくめた。街に潜伏するために、自分で潰したんだっけ……。ガラテアは、納得してるのかもしれない。

 

「……聖堂の礼拝堂に、お前が突然と現れたときは驚いたぞ。お陰で助かった。礼を言っておくよ」

「……」

 

 言うほど何かした記憶はなかった。むしろ、前髪切ってごめん。

 

「あ、やっと起きたんですか」

 

 ガラテアと話をしていると、部屋にシンシアが入ってきた。心配して来てくれている辺り、何となく優しさが染みる。これが……優染味。いやぁ、なんか照れるね。

 

「おは」

「身体の調子はどうですか?」

「あぁ、全く問題ないよ。妖気同調で傷の回復を早めることができるとはな……。世話をかけた」

「いいえ」

 

 挨拶しかけた私の上空でラリーが続いた。あれ?

 その後、シンシアに続いてナタリーが入ってきた。ナタリーは、陶器製の熱々な大鍋を両手で持っていた。蓋の隙間から湯気が立ち、良い臭いが漂った。

 

「飯だ」

 

 気が利く長髪娘、ナタリーの登場である。私の腹が轟音をたてた。ちょうどお腹が空いてたんだ。音は、ちょっと恥ずかしいが。

 鳴った音に呆れた顔になった3人が、溜め息をこぼした。ナタリーはおもむろにベッドまで寄ると、シーツで包まれた私の足に鍋を置いた。

 

「あ。『いや、あっつ!?』」

「あーん」

 

 ナタリーから木勺で掬った熱々シチューを頬に押し付けられた。あーんじゃないが!? 熱い! 足がモモチキンになる! 駄目だ! 全然気が利かないわ、こいつ!

 鎖で縛られているせいで回避不能だった。結局、シチューと言う名の煮え湯を鍋一杯分食わされた。お腹は満ちたが、ナタリーへの復讐事項が増えた。あと、浮いてた目玉は何の目玉だったの……。

 

 死にそうな思いをして、ようやくベッドから解放された。

 縛っていた理由だが、私が暴れださないか確認していたらしい。どう言うことよ……。あんな拷問受けたら、普通は暴れるぞ……。なめてんのか。暴れなかった私を褒めろ。

 

 シンシアやガラテアから聞いた話だが、街との交渉は無事に済んだらしい。私達を匿ってくれる様だ。代わりに、妖魔が入ってこないように、見張ったりしないといけないみたいだ。

 

「ここまで、すんなり交渉が上手くいくとはな……。これも〈幻影〉の手腕か」

「元々、ヴィンセント司祭は半人半妖の容認派らしいですね。何故か重症の司祭様方が多くて、あっさり纏まったみたいです」

 

 ヴィンヴィンは、昔クレアに助けられ、それから心を入れ換えたそうだ。綺麗なヴィンヴィンになったと言う。映画版ジャイアンとか、そう言うことらしい。……ほんとか?

 

 ガラテア達と話をしているうちに、酔い潰れたヘレンが隣の家から運ばれてきた。デネヴが肩を貸して運んでいた。

 

「ぐぇ~もう飲めねぇ~」

「おい、しっかりしろ」

 

 私たち半人半妖は、アルコールぐらい弾けるというか、一瞬で分解できるはずなんだが……。ヘレンは、何でぐでんぐでんになってんの?

 

「たこ」

「誰がたこだ! てめぇ!」

 

 ヘレンに蛸みたいに真っ赤って言おうとしたら、速攻で絡まれた。慌てて手を掻い潜るように逃げた。これめんどくさいやつじゃん! ……腕伸びてやんの。ぷっ、マジで蛸みたいじゃん。ぷぷぷ。

 

「てめぇ!」

 

 ヘレンの方を見て笑ってたら、千鳥足のヘレンに追われた。ヘレンと私の追いかけっこが、走り回るには狭い部屋でしばらく続いた。

 

「はぁ……」

「元気なことだ」

「ミリアの話で精神的に来ていたはずだったのだがな……ヘレンのやつは」

 

 ガラテア達の会話が耳に入った。いや、ヘレン全然落ち込んでないじゃん。くっそ元気だよ!

 ナタリーが地面に放置した深い鍋にヘレンの足が嵌まった。ナタリートラップ危なすぎるだろ!

 

「うおっ! いっ!」

「あははははは」

 

 ヘレンが鍋ごと足を滑らせて後頭部を強打し、腕を伸ばしたまま白目を剥いて気絶した。私もツボに入ってゲラゲラと笑った。やべぇ、蛸壺だ!

 

「ははは、はっ……?」

 

 ヘレンを指差しながら笑って後ろに下がっていたら、視界が回り、宙に舞う木勺が見えた。その隣にサムズアップするナタリーの顔が見えた。ナタリィィイ。

 

「がはっ」

 

 目頭から火花が出て記憶が途切れた。

 

 

 

 

 

 処変わって、リフルの古城では、一人の戦士が捕らえられていた。

 

 新世代の組織の目であるナンバー6のルネは、薄暗い地下で目を覚ました。長い金髪は、ドレッドロックス型に結われていた。

 

(ここは……。そうだ! 〈深淵の者〉西のリフルに追いかけ回されて……。それで……、私は捕まったのか)

 

 広域の感知持ちであるルネだが、リフルの巧妙な誘導により捕まってしまったのだった。〈深淵の者〉に捕まるという絶望的な状況が、ルネの心を蝕んだ。

 ルネは身動きがとれず、自分の置かれた状況を冷静に見回すと、宙吊りにされていた。速さが自慢の両足は切り落とされており、遅れて痛みを自覚した。

 

「うわああぁ!」

 

 幸いルネは防御型だった。時間をかければ足の再生も可能だろう。しかし、〈深淵の者〉がそれを許すとはルネにも思えなかった。

 叫んだことで、妖魔の身体の一部で出来た鎖が揺れ、串刺しにされたルネの両腕が痛んだ。左腕は肘から先が無かった。

 

「あら。やっと起きたのね。随分と長く寝てたから心配したのよ? やり過ぎたんじゃないかって」

「うぐっ。ちくしょう……」

 

 朽ちかけた椅子の上に、両膝を抱えるように座った少女がルネに話し掛けた。〈深淵の者〉西のリフルだった。

 

「そんなに泣かないで頂戴。ただ、貴女にやって欲しいことがあっただけなのよ。妖気読みに優れた戦士である貴女にね」

「き、貴様……」

 

 痛みやストレス、絶望的な状況から、ルネは嗚咽を漏らした。

 膝を抱えてゆったりと座ったリフルが、芝居掛かった動きでルネへと話しかけた。

 

「どうしても逃げてほしく無かったから、しただけなのよ。ほら、貴女って足が速いじゃない? ……本当に許してね」

「……」

 

 リフルは眉根を寄せてルネに謝った。しかし、ルネにはリフルが見せたどの行動も、人の皮を被った化け物のように思え、受け入れられなかった。

 

「くすくす。あたし、良いものを2つ拾ったのよ。そのどちらも、そのままでは全く役に立たないの」

「くっ。なにを勝手な……」

「見たところ、貴女防御型の戦士なんでしょう? その足も再生は可能なはずよ。でも、時間を空ければ再生も難しくなるわ。大人しく従った方が、身の為になると思わない?」

 

 ルネの顔が猜疑心で歪んだ。

 

(馬鹿を言うな……。深淵にとって木っ端な存在の私を、こいつが逃がす道理もない)

「信じられないって顔をしているわね……。正直言うとね。拾い物をなんとかしてくれるなら、貴女なんてどうでも良いの。起こした後は、逃げるなら逃げてくれて良いわ」

 

 小首を傾げたリフルが、椅子の上で再度足を抱えてルネに言い募った。

 

「リフル。持ってきたぞ」

 

 がっしりとした中年太りの男が、生物的な鎖を引きずってリフルの傍まで来た。リフルの情夫であるダフだった。

 

「ダフ。上げて」

「ぐへっ」

 

 リフルがダフへ上げるように指示を出した。ルネの前を揺れる影が覆った。

 

「な、なんだこれは……」

 

 それは、肉の異形だった。二人の人間が眠るように絡み合って融合したナニかだった。

 ダフは腕から超硬度の棒を作り出すと、そのナニかに突き刺した。

 突き刺されたところから血が吹き出し、辛うじて生物であることが判った。

 

「見ての通り、外から何をしても反応しなくてね。貴女のように妖気操作ができる戦士が必要だったのよ」

「これを……どうしろと言うのだ」

「これを内側から目覚めさせてほしいわけ。鬼が出るか蛇が出るか。あたしにも分からないわ」

 

 リフルは、にやりと笑いながら人差し指を立てて付け足した。

 

「これが生まれた経緯から言って、確実に〈深淵の者〉に匹敵する何かが生まれるわ。願わくば、あたしよりちょっと弱くて従順な子がいいんだけど……」

「……そいつが手に負えなかったらどうするつもりだ?」

「決まってるじゃない? そいつが完全に目を覚ます前に……あたしが殺すわ」

「……」

 

 リフルから溢れた殺意によって、ルネのこめかみに汗が流れた。ルネは、生殺与奪を握られたストレスから息苦しくなった。

 

「くすくすくす。そんなに怯えなくても良いのに……。それと、もうひとつ。貴女の上の子も目覚めさせてほしいのよ」

「!?」

 

 ルネは、リフルに言われようやく気づいた。ルネの身体に降り掛かっている黒い血滴が、自身の両腕より出たものではなく、さらに上、天井付近から落ちて来ている事に。

 それは、枯れた古木を思わせる見た目をしていた。朽ちた黒い巨木の根が天井を覆っているように見えた。ルネの両腕に繋がる鎖が刺さったそこには、女が彫られていた。鎖や眼孔から垂れる黒い液体が、唯一生物的な印象を与えた。よく見れば、ダフが産み出した棒で標本のようにあちこちが止められていた。

 

「な、なんなんだ……。こいつは」

「……北の戦乱の拾い物よ。どうしてそんな風になったのかは分からないけど。そっちはそれ程強くなさそうだから、後回しでも良いわ」

 

 リフルの影から、2つ長いものが飛び出した。床を転がったそれは、ルネの両足だった。

 

「信じられないんなら足を繋げてからでも良いわ。左腕はバラバラになったから、諦めてね」

 

 そう言ったリフルは、ルネへにっこりと笑いかけた。

 

「でも、逃げようとする素振りがあれば……直ぐに殺すわ」

後の展開の参考にします。

  • ミリア(ラボナ待機)ルート
  • ヘレン・デネヴ(南へ)ルート
  • クレア(西へ)ルート
  • オリキャラ(廃教会他)ルート
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