〈痴呆〉のオリヴィア【完結】   作:peg

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丘の上の乳

 空を眺めていた。

 透き通るような青い空が、心を洗うようだった。しかし、通り過ぎる雲がだんだんと、わたあめに見えてきた。

 身を起こして辺りを見回すと、短い草が生え揃った小高い丘だった。あれ? 壺売れそうなナイスミドルは?

 

「でっかくなってたなぁ」

 

 突然、隣に気配が沸いた。

 焦げ茶色の髪色をした女だった。乱切りのような無造作なミドルショートをしており、仰向けに寝そべっていた。寝そべっていて見えないのだが、伸ばした後ろ髪が赤いロープで巻かれて、蠍の尾のようになっていることが何故だか判った。

 丈の長い牧歌的な格好をしており、眠そうな目からのんびりとした印象を感じた。

 私は人差し指を立てて、巨大な双丘に突き込んで言った。

 

「誰だ貴様!」

「ウチはロザリー。ウチはあんたの……うーん? 又従姉妹??」

 

 手をはたかれ、疑問系で答えられた。またまたご冗談を。私は残念ながら、この巨乳(らくえん)の血族ではない。くっ……。バカにしやがって!

 

「ちょっと、適当に言い過ぎじゃない?」

「そんなことないと思うけどなぁ」

 

 ロザリーと全く同じ声が、真後ろから聞こえてきた。

 ハッとして振り返ると、木漏れ日を落としていた枝の上にロザリーと全く同じ格好をした女がいた。またそっくりさんだ!

 

「はぁ。相変わらずのすっとぼけ具合ね」

「そうかなぁ」

「あんたよ」

 

 木から飛び降りたロザリーは、寝そべっているロザリーまで歩いてきた。そして、腰に手を当てて寝そべっているロザリーを覗き込んだ。

 それを見た私は、直ぐに寝転んだ。幸せな光景が眼下に広がった。でかい。ここが理想郷(ティルナログ)だった。

 

「もう始めたいんだけど、準備はいいかしら」

「えー」

「えー」

 

 巨乳(らくえん)から追放されたくなかったので、隣のロザリーと同調した。

 

「……えーじゃありま、せん!」

 

 地鳴りがするほど踏み込んで、上から覗き込んでいたロザリーが寝転がったもう一人を蹴飛ばした。

 

「あーれー」

「あーれー」

 

 ものぐさロザリーは、空を飛んで行ってしまった。私は地面が揺れた衝撃で、丘の下まで転げ落ちた。

 

 

 

――ピィーー。

 

 

 

 甲高い草笛の音が響いた。

 丘から転げ落ちた私だったが、気づけば炭化した家屋に囲まれていた。火が燻っている音が聞こえた。次いで金属製の靴の音が響いた。

 

 起き上がった私の前に現れたのは、戦士の格好となったロザリー達だった。焦げ茶色の髪の色は抜け落ち、例のごとく金髪銀眼となっていた。

 

「ウチ、本当は……ずっと寝ていても良かったんだけどなぁ……」

「食われた中でも、あんたがここに一番順応しているとウチは思うわ……」

 

 二人を良く見比べると、眠たげな方と怜悧な方で目付きが異なっていた。

 

「でも、そう言うわけには行かないんでしょ」

「うん。アルくんを見付けちゃったからね。そろそろ、解放されて欲しいなぁ……」

 

 二人の会話に、私は置いてけぼりだった。ははーん。この先の展開が判ったぞ。あれだろ、セフィーロと同じだろう。理不尽にも戦わされるのだ。だが、私が勝つ!

 

「ガ!」

「!」

「ちょっと、なにしてんのよ」

 

 先んじて妖力解放した。二人は困惑していた。しかし、先手必勝じゃおらぁ!

 気が付いたときから握っていた大剣を振りかぶり、二人のロザリーへと突貫した。薄々思ってたが、倒したら目が覚めるやつだ!

 

「あー、しょうがないっかぁ」

「怪我をさせないでよね」

 

 大剣を袈裟斬りに叩きつけた。

 

「だりゃぁぁ!」

「ほっ」

「がは」

 

 しかし、どういうカラクリか、いつの間にか大剣の柄を掴まれて地面に転がされた。こいつ、ゆっくり動いているのに……攻撃の瞬間が全然見えなかったぞ!

 

「とりあえず、妖力解放をやめてね」

 

 眠たげなロザリーは、片手で大剣を私にゆっくりと振り下ろした。怜悧な方のロザリーが、ハラハラとしながら見守っているのが視界の端に映った。殆ど置くように大剣を添えられた。

 

「そっとよ、そーっと」

「ほっ」

「がっ!?」

 

 大剣の腹が私に触れた瞬間、全身を衝撃が貫いて身体が浮き上がった。衝撃でくの字に折れた私は、受け身を取り転がりながらも距離を空けて状況を確認した。

 

 たったあれだけしか触れられていないのに、地面が陥没していた。私の身体は痛みを訴えていたが、数瞬で元に戻った。

 

「へたくそ。骨折れたじゃない」

「えへへ、失敗しちゃった」

 

 眠たげなロザリーが頭を掻きながら言った。なんなんだ今のは……。純粋な腕力だろうか。接触した瞬間に力を入れたのか……?

 気が削がれて妖気が収まった。

 

「ふぅ。やっと落ち着いて話ができるね」

「……」

 

 確かに仕掛けたのは私だったが、先の技を見るにロザリーは油断ならなかった。セフィーロみたいに何をしてくるか分かったもんじゃなかった。

 

「どうしてくれるのよ。あんたを警戒してるじゃない」

「それはぁ……。えーと、……ね、お願い!」

 

 怜悧な方へ、眠たげなロザリーがお願いポーズをした。嘆息した怜悧なロザリーが私の方を向き直った。

 

「ウチらは、あんたが最初に会ったあの子達とは違うわ。……あの子達には、自身の手で始末したいことがあったのよ。その八つ当たりね」

 

 あの子達って言うのはセフィーロのことだろう。あれから声が聞こえなくなったが、()()()()アガサをバラバラにするのを見て溜飲を下げたのだろうか。薄らと原作での彼女の最期を思い出した。

 

「ウチらは、あんたにやって欲しいことがあるだけ。そのために出てきたのよ。……代わりと言ってはなんだけど、さっきの技を教えてあげるわ」

 

 ロザリーは、技を伝授することを私に提案してきた。そんなこと言って、本当は私に乱暴する気でしょ! 私は腕を掻き抱いた。

 

「あー……怯えちゃってるねぇ」

「誰のせいよ、誰の。……これって怯えてるのかしら?」

 

 二人のロザリーは顔を見合わせた。

 

 教えて貰っても良いのだが、何を要求されるか分かったもんじゃなかった。

 あの技、私も再現できないだろうか。一度もらったが、身体の中を衝撃が貫いた感じがした。……遠当てのような技術だろうか。しかし、あの態勢から地面に陥没を作れるほどの膂力は私にはなかった。

 

 やっぱダメじゃんと、落ち込んでのの字を書きつつ、どうやったら夢から覚めるかを真剣に考え出した頃、眠たげなロザリーが話しかけてきた。

 

「ねね、これ作れる?」

「?」

 

 ロザリーが差し出したのは、草笛だった。一枚の葉っぱを折って作るタイプの物だった。

 

 

――ピィーー。

 

 

 草笛の音がなり、また小高い丘に戻った。いきなり景色が変わるのにも慣れてきたが、突然明るくなったので私は眼を瞬いた。

 

「やっぱり、ウチはこっちがいいなぁ」

 

 ロザリーは牧歌的な格好に戻っていた。毒気を抜かれて私はロザリーの隣に座った。少なくとも、戦う意図はなさそうだった。

 

 ロザリーの草笛を見よう見まねで作った。

 

「ふふ」

――ピィーー。

 

 作りなれているのであろう、ロザリーの草笛は綺麗な甲高い音がした。

 

「……」

――ぺェーー。

 

 私の草笛からは、あからさまに失敗したであろう音が響いた。なんだこのPC壊れる前のベープ音みたいなやつ……。うごご、悔しい。あれ? 待てよ。逆に、どうやってこの音でたの……。

 

「あはは、難しいよねぇ。ウチも最初は下手だったよ」

 

 そう言ったロザリーは、手に持った草笛を手渡してきた。受け取るときに付け加えた。

 

「アル君が教えてくれたんだ――」

 

 

 

―――ノイズ。

 

 

 

 あの日、いつもと変わらない毎日だった。

 日常が壊れるなんて、この大陸で生きている限り逃れ得ない事なのに、自分達だけは大丈夫と信じていた。

 

 

―――ノイズ。

 

 

 

 春風が走って目が覚めた。

 木漏れ日の隙間から、流れていく小さな雲が見えた。快晴。

 私の顔にもうひとつ影が落ちた。幼馴染みのアルスだった。

 

「よぉ。またここかよ」

「……アル君も寝たら?」

「やーだね」

 

 アル君は、そんな掛け声と伴に横に座り込んだ。アル君は手慰みに作った草笛を吹いた。彼は作るのがうまかった。

 

 

 

―――ノイズ。

 

 

 

 場所は、いつもの小高い丘の上だった。

 焼けた臭いがして目が覚めた。眼下に広がる村が、黒い煤をあげて燃えていた。

 慌てて丘を下った。足がもつれて倒れそうになるが、必死に走った。自分の足の遅さを呪った。

 

「はぁはぁ……。父ちゃん! 母ちゃん!」

 

 村に着いて煙を上げる建屋の扉を開くと、不気味な音を立てて家が崩れ落ちてきた。

 

「ロザリー! あぶねぇ!!」

 

 走り寄ってきたアル君に抱えられて、難を逃れることが出来た。

 

 

―――ノイズ。

 

 

「こっちだ!」

「はぁはぁ……」

 

 二人で煙の充満する村の中をさ迷った。

 煙で視界が悪い中、そいつに出会った。

 一匹の妖魔だった。

 売られたはずの姉の顔をしたそいつは、両親の亡骸を貪っていた。

 

「ギ、ガッ……ロ゛ザリ゛……?」

「ひっ……」

「そいつはもう、お前の姉ぇちゃんじゃねぇ!!」

 

 そいつがウチを姉の声で呼んだ。

 恐ろしさで身がすくんだが、アル君に手を引かれて逃げ出した。

 足の速いアル君に引っ張られ、躓きそうなりながらも走った。ボロ靴はどこかへ行ってしまっていた。

 

「はぁはぁ……。痛い」

「はぁはぁ……。走れ! もっと速く!」

 

 ここから逃げ出して、一体どうなるのだろうか。両親はもういない。妖魔が出た村の子供達は、直ぐに奴隷商に売られてしまうと聞いた。村外れに広がる荒野を見据えて、絶望が頭をよぎった。

 

「ちくしょう!」

「きゃっ」

 

 叫んだアル君が、ウチを引いて突き飛ばした。妖魔の足音が近くまで迫っていた。

 

「俺が時間を稼ぐ! 行け!!」

「えっ? ダメ!!」

「あ、おい! 放せ!」

 

 いけないと思ったウチは、アル君の手を捕まえて必死で引っ張った。必死にアル君の小剣を持った手を引いて逃げようとした。

 

 

―――ノイズ。

 

 

 アル君は妖魔の触手に捕らわれてしまった。小剣だけを持ったウチは、彼を捕まえた妖魔の前に立っていた。

 

「ぐっ、……何やってんだ! 早く逃げろ!」

 

 妖魔の触手に捕らえられて、宙づりになったアル君が叫んだ。

 

「アル君を……離せぇ!」

 

 ウチはアル君を妖魔から解放するために、妖魔の腕を狙って小剣を投げた。火事場の馬鹿力を発揮したウチは、重たい小剣を狙い通り妖魔へ投げることに成功した。

 しかし回転した小剣は、妖魔の盾にされたアル君の左腕の肘付近から先を落とした。

 

「ぐ、ああぁぁ!」

「ゲヒャヒャ! こいつやりやがった! ハハハ」

 

 痛みで絶叫し、歪んだ彼の両目が私を見た。

 妖魔の触手に凪ぎ払われ、身体中を打ち付けた。徐々に暗くなっていく視界の中、流麗に揺れる金色の髪が見えた。

 

 

―――ノイズ。

 

 

 ゴタゴタが片付いた後、妖魔一体分の金額を払うために、生き残った村中の子供達が売られることになった。

 肉親から妖魔が出たウチは、村のどこにも居場所がなかった。むしろ、売られて安堵すらしていた。

 東へと送られる時、北行きの馬車へ詰め込まれたアル君が叫んだ。

 

「俺強くなるから。もう負けねぇから! だからロザリー! おまえも諦めるな! 助けに行くから!!」

 

 その言葉にウチは救われた気持ちを覚えた。アル君には嫌われていなかった。

 その後、組織がある東に送られたウチは戦士となった。

 

 まだ、約束は果たされていない。

 

 

―――ノイズ。

 

 

 

 パチパチと薪が弾ける音が聞こえてきた。ボヤけた視界の焦点が合い、石造りの壁が見えた。どこだここ……? 一面のクソ緑どこ行った?

 

「……起きたか」

 

 上体を起こすと、短髪で鎧を着た大男の背が視界に入った。壺が売れそうなナイスミドルだった。王宮で奸計に嵌まり、追放された騎士のような陰気な雰囲気だった。薄幸ダンディズムを感じる。

 

 こちらに視線を向けず、長剣を研いでいた。……そっと寝た振りをして、何回「起きたか」って言うのか数えるの楽しそう。何回か言ってくれそうだった。

 

 思い立ったが吉日とそっと寝転んだ。男は視線を一度向けた後、また長剣を研ぎ始めた。ぷくく……。

 

「……お前、何笑ってんだ」

 

 頭上から姉御が声を掛けてきた。一部始終を見られていたようだ。なんだ、居たのか……。

 

「あ、オリヴィア! 大丈夫?」

 

 桶を持ったイライザが、木製の扉から入ってきた。中に水が入っている音がした。イライザは、珍しく心配げな表情を向けてきた。いや、蹴ったのお前だろ。ヤンキー猫拾うみたいなポイント稼ぎやめろ。

 

 イライザが言うには、いつも通り蹴ったのに気絶して起き上がってこない私を心配したと言うことだった。そりゃ心配になるわ……。いや、待てよ。いつも蹴るな。

 

「もっと、優しくして」

「……ミリア隊長よりは、優しいでしょ?」

 

 やんわりと抗議すると、言葉に詰まったイライザが反論してきた。ってか、基準そこかよ……。

 ガックリと項垂れていると、薄幸ナイスミドルが話し掛けてきた。

 

「……それで、お前達はラボナから来たと?」

「そうよ。ヴィンセント司祭に世話になったわ」

「人外を排斥しているラボナからか……。信じられん。いつしか時代が変わったと言うことか……」

 

 私が寝ている間に、粗方説明が終わっていた。

 この騎士のおじちゃんは、ラボナの妖魔排斥派の支援を受けて各地を巡礼していると言うことだった。

 実を言うと覚醒者は兎も角、意外にも妖魔は人間だけで狩れてしまう。難しいのは、狡猾にも人に紛れた妖魔を見つけると言うことだ。この騎士のおじちゃんは、特殊な薬液に浸した臓器を使って妖魔の食欲を煽り、炙り出しているようだった。

 そう言えば、あのスライムマンはなんだったんだ……。

 

「あの盗賊は、何者だったんだ?」

「……半人半妖であれば知っていると思ったのだがな。ここ数年、人を妖魔に変えてしまう薬が流れ始めているんだ」

「けっ……。あれが妖魔だって? キナ臭い話だ」

 

 気の効いたイライザが騎士に訊ねた。なんと人を妖魔に変えてしまう薬が、南の方から入ってくるらしい。組織の新しい実験か何かかな? しかし、妖魔パウダーとか……。知らんぞ!




PSP版VPのグールパウターと言う痛ましい何かに近い何か。
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