「
「へっ?」
突然やって来た黒い装いの双子の戦士が、私に大剣を向けた。えーと? なにこれ何事? 〈深淵喰い〉は? 準深淵級? なにそれ……。
「馬鹿な……ナンバー1とナンバー2だと!?」
「ちび助! 呆けるな! 離脱することを優先しろ!」
姉御はそう言って妖力解放した。空気中に衝撃が走り、みるみるうちに昔のムキムキ具合に戻っていった。
姉御は隻腕になってから、かなり重たい修行を自らに課していたのだろう。凄まじい妖気の上昇具合だった。
「へっ……。この姿になるのも、久し振りだ、な!」
姉御の大剣から〈瞬剣〉が放たれ、近くにいた〈深淵喰い〉が反応できずに三分割された。
「ウンディーネ、頭を狙え! いくら体をバラしても再生するぞ!」
「……そう言うことたぁ、早く言え!!」
「くそっ! 邪魔だ!! オリヴィア、何とか持ち堪えろ!」
姉御やイライザは、複数の〈深淵喰い〉に邪魔をされ、こちらに近寄れないようだった。暴れる3人へ〈深淵喰い〉が殺到した。
ナンバー1とナンバー2を相手に持ち堪えろとか、無茶言うんじゃねぇ!!
黒双子の二人は、滑るように私の左右に移動してきた。回避は間に合わない。剣速が速ぇ!
私は慌てて妖力解放し、二人の大剣を迎え撃った。
「ガ! あァ!!」
「……!」
ベスの攻撃へ大剣を合わせ、ロザリーの〈瞬動殺〉を用いてアリシアの大剣の柄を掴んでベス側へ転がした。二人の動きが速すぎて、それが限界だった。
アリシアは空中で反転すると、重さを感じさせない動きでベスの隣に舞い降りた。
一合受けて判った。ロザリーの技が使えなかったら、今ので対応できずに死んでいた。妖力解放を禁じたミリア隊長よりも、数段上の強さを感じた。こいつらに妖力解放されたら、絶対勝てねぇ!!
「……」
「うわ!」
力を推し量っていると、私の背後からも〈深淵喰い〉が襲ってきた。全身から刃を出し、私を捕まえてかぶり付こうとしていた。
ヘレンやダフの腕を切り落とし、イースレイにも深手を与える刃だ。素手で触るとヤバい! 鬱陶しい! そしてグロい!
そこへ併せて、アリシア達も大剣を横凪ぎに振り回して攻撃してきた。〈深淵喰い〉を先に何とかしないと、詰む!
三人の攻撃を、前へ飛び込む様に無理矢理掻い
最後にベスの大剣が振り下ろされ、空振りしたアリシア達の大剣が、反転して私の急所へ斬り返しているのがスローで見えた。くそ、対応が早すぎる! 着地が間に合わねぇ!
上に飛び上がった刃だらけの〈深淵喰い〉、下からアリシア達の追い縋るような斬り上げが迫っていた。
私は飛び込むように避けた姿勢のまま、体を捻り上げ、更なる妖力解放を行って内筋を超強化した。そして、捻り上げた力の方向と反対に向かって〈瞬動殺〉を自分の身体に放った。
セフィーロ、ロザリー! 力を貸してくれ!!
「ゥ、うおぉおお!」
〈千剣〉!!
「!」
妖力解放で引き絞られた全身が軋み、私は唸るように叫んだ。
一瞬で最高速度に達した大剣が、空気を切り裂く音を奏で、斬擊の結界を発生させた。
しかし、アリシア達は攻撃の予兆を察知し、追撃を取り止めて離脱した。逃げ場の無い〈深淵喰い〉だけが、大剣に巻かれて消滅した。
「はぁ……はぁ……。『しんどい……』」
消耗が激しく、何時ものように技を継続できなかった。大剣が重たい。何とか立たなくては……。
いつの間にか受け継いでいた技術を組み合わせたが、反動が重く、何度も連続して使えるタイプの技じゃなかった。しかし、あの状況では、勘に任せて何とか使わざるを得なかった。
技の反動でダウンする私の隙を見逃すアリシア達では無かった。片膝をついて息切れする私に、二人が斬りかかった。
「ぐ……『くそ!』」
今防げるのは片方だけだ。どっちもヤバいが、即死に至ると思われる方を大剣で弾き、もう一方は何とか致命傷だけを回避する。それしかねぇ!
極限の集中と妖力解放により、視界内の色が抜け落ちて、灰色掛かった世界に突入した。
「くっ!」
私の背後へ回り込んだベスから放たれた脛椎部への一撃を、最小限の動きで差し込んだ大剣で防いだ。
「あぁァ!」
正面から来たアリシアに振り下ろされる大剣の軌道を予測し、粘度の高い液体を押し退ける様に左手を差し込む。一か八かだ!
「……!」
「動きは動きでも、急な動きに反応するようだな」
しかし寸前で、無言のアリシアが瞠目し、大剣を止めた。
大剣の進む先に飛び込んで来たのは、バケツ兜を外した薄幸騎士だった。妖気が無いことが幸いしたのか、〈深淵喰い〉がいる中、誰にも悟られずに私の元までたどり着いていた。
私は、ちょっと安心して妖気が下がり、視界の色が元に戻った。重装備なのに……、たすかった。
殺戮マッスィーンのアリシア達にも、人を殺してはならない掟が有効なようだった。
隻腕の指先には、人を妖魔に変える薬がいくつか挟まれていた。薄幸騎士は、手首のスナップを効かせて薬瓶数本を宙へと放った。
空中で回転する薬瓶に反応した〈深淵喰い〉達が、牙だらけの口で砕き割った。それで〈深淵喰い〉達の気を逸らして、ここまで来たのか……。
〈深淵喰い〉の着地点に居たアリシア達が、さっと離脱した。
「なっ……!」
「いつの間にあそこに」
こちら側の動きを見た姉御達が声を上げた。
私は、助けてくれた薄幸騎士を盾に下がった。〈深淵喰い〉を壁に挟んだ為、アリシア達の追撃はなかった。メイン盾来た!
「はあぁぁ! こっちだ!」
姉御達を横目で見ると、連携して2体の〈深淵喰い〉を倒したところだった。
叫び暴れまわるイライザに気を引かれて、壁にしていた〈深淵喰い〉は、あっさりと移動してしまった。
「はぁ……はぁ……」
緊張の連続で息切れが止まらなかった。後1体倒せば、アリシアは兎も角、〈深淵喰い〉は引き上げるはずだ。
しかし、大剣を地面に突き刺したアリシアが、不用意に前へと出てきた。
「何故、素手で……」
薄幸騎士が呟いた。違う、やべぇ!
アリシアが本気になったんだ。覚醒する気だ!
ドンッと地面が陥没し空気が揺れた。急激な妖気の増大によって、アリシアの質量が増え身体が変質していった。
「〈黒〉の、アリシア……」
「くっそ! 覚醒しやがった!?」
「オリヴィア逃げろ!!」
「なんだこの化け物は……」
姉御やイライザが何か叫んでいたが、上手く聞き取れなかった。背中を嫌な汗が流れた。妖気が大きすぎる。これが当代ナンバー1の覚醒体……。何て奴等を相手にしていたんだ、私は……。
アリシアは、人型を半端に崩した黒い彫像のような姿へと変わった。両の腕に鋭い巨大な刃が生え、巨大な刃の回りにはチェーンソーのように小さな刃が高速で動き回っており、甲高い音が聞こえた。小さいと言っても、一つ一つが私の顔ほどもある。
アリシアの巨体が、予備動作なく一瞬で視界から消え、私は勘に従って慌てて前へと転がった。妖力解放しないと殆んど見えねぇ!
「ひぇっ」
「ぬっ!?」
風切り音が通り過ぎ、周りにあった木々が音を立てて倒れた。全く反応できずに立っていた薄幸騎士は、攻撃を
この時、有能騎士は自身への攻撃が全て避けられていることを悟ったのだろう。
薄幸騎士が庇うように、私の前へ仁王立ちした。その瞬間、転んで尻を突き出した私へ向かっていた叩き付けられるような斬擊が、逸れて地面を揺らした。チビりそう。
「後1体だ! さっさと倒して加勢に行くぞ!」
「簡単に言ってくれる……!」
傷だらけになった姉御達が、気焔を上げた。マジで早く来て!
「……」
「あっ」
「ぬわーーーっ!」
余所見をしていると、目を瞑った双子の片割れのベスが、私がメイン盾にしていた薄幸騎士を一瞬にして連れ去った。パパスゥー! 違った、薄幸騎士ぃー!
こいつ、双子の片割れに同調しながら動けるのかよ。器用すぎる。
グルグルと喉をならした彫像顔のアリシアが、飛び掛かる態勢を取った。私は大剣を構えて迎え撃とうとした。こうなったら腹を括るしかない。
「ガヒャガヒャ……グキギガ。ク、ゥガ」
「!」
「急にどうしたんだ!」
妖力解放の深度を上げようとしたその時、幾人かの〈深淵喰い〉達が急に苦しみ始め、虫のように縮こまって動かなくなった。急にグロンギ語喋るな。
「あ、あぁ、あぁぁ!」
「グッ!?」
「ぐ、なんだ!?」
薄幸騎士を片手に引き摺ったまま、今度はベスが頭を押さえて叫んだ。引き摺られた薄幸騎士も困惑していた。
銀色のスライムに侵され目から白い不透明な液を出した〈深淵喰い〉に、ベスの背中は貫かれていた。ベスの頭には血管が浮き上がり、必至に何かを耐えていた。
「グ、ガッ……!」
妖気を急激に押さえ、覚醒を解いたアリシアがベスに寄り添った。
アリシアは、〈深淵喰い〉をいつの間にか拾った大剣でバラバラにすると、薄幸騎士をその辺の地面に捨て、ベスを抱えて離脱した。
人数が減った〈深淵喰い〉達も、蜘蛛の子を散らすように四つん這いでダッシュしていった。きっも。
「逃げた……? ふん、片割れが負傷したせいか」
「はぁはぁ……。た、助かったの……?」
「……あの騎士が飲ませた薬のせいなのか?」
動き回っていたイライザが、息切れしていた。わざと〈深淵喰い〉のデコイになるとか、足遅いんだから無茶するな。
その後、みんなが大剣を納め、場は落ち着いた雰囲気となった。
「そもそも、なんでオリヴィアが補足されたのよ?」
イライザが疑惑の目でこちらを見てきた。ひどい。私は何もしていない。
「妖気が漏れていたのか?」
「いや。ちび助はしっかり妖気を消す薬を飲んだ。ミア、お前も一緒に飲んだじゃねぇーか」
「そうだったな……」
そんな中、姉御は理性的だった。脳筋だったけど、理性的だった。姉御は森の賢者だった……?
しかし、私がターゲットにされていたのは、なんでだ? いったい、どこで生存がバレたんだ。
「こいつが、何かを知っているやも知れん」
バケツ兜を被り直した薄幸騎士が、頭にズダ袋を被されたオルセを連れてきた。そういや、完全に忘れてたけど、私のせいとかって言ってたなこいつ。
しかしその時、虫のように縮こまった2匹の〈深淵喰い〉が、突然震えながら声を上げた。完全に忘れてた!
「グギャゲヒャ、ゲゲケギ、ア、アー、アー。テステス。うーん、マァーベラァス」
「えっ?」
不定形の銀色スライムが〈深淵喰い〉を覆いきり、二足歩行で立ち上がってポージングを取った。
「うふふふ。ついに、手に入れたわ!」
「あぁん。イースレイの時は失敗したのよねぇ」
そいつは、いつか北国で見た変態だった。
勝てねぇ!