「馬鹿な……! 〈深淵喰い〉を乗っ取っただと……? あり得ない……!」
ちょうどずだ袋をはずされていたオルセが、最初に言ったのはその言葉だった。きっと、袋の中でじっと話聞いてたんだなぁ……。しかし、汗がひどい。滝のようにかいていた。お腹いたいの?
「あらぁん? うふふふ。組織の男なんて久々に見たわねぇ……」
「最初は学習されて失敗したのよねぇ。でも、種が分かればすぐに対応できたわ」
「この子達が同期している1つの意思に割り込んで操作権を奪うの」
「元々、この子達には食欲しか無かったから、却って簡単だったわ」
「哀れな子達……」
「でゅふふ。安心なさい、私達がしゃぶりつくしてあげるわ!」
「なんだと!?」
さも当然と言った様子で変態が言い切った。それを聞いたオルセは動揺していた。ちなみに、なんの話……?
「お前達は何なんだ……!」
変態の妖気に当てられたのか、震えた様子のミアが問いかけた。
「……うふふふ。訊かれたからには」
「答えてあげるが世の情け」
「世を憂う、光もたらす覚醒者!」
「〈芸術家〉のバキアよ」
「よろしくね!」
朝やってた女児向けアニメのような動きで、背中合わせの決めポーズを取ったバキア達が言った。思わずBGMを空耳した。こいつらのセンスは、一体どこからくるんだ……。
「うわ」
ミアは急に素に戻り、目元がひきつりドン引きしていた。
「なんでおめぇもポーズ取ってんだ!」
「ぴ!」
荒ぶる鷹のポーズをとっていると、理不尽にも姉御に殴られた。身体が勝手に動いたんだ……。敵の能力かもしれない。
「こいつが北の仲間達に何かをやったんだ!」
「あらん? よく見たらあなた達……組織の戦士だと思ったけど、誰? 弱すぎて覚えてないわね……」
イライザが勇んで叫んだが、バキアにあしらわれてしまった。そもそも、カティアがあんなんになったのは、コイツのせいだったらしい。あれ、こいつはカティアに絡んで死んだんじゃなかったっけ……。分身するあたり、残機持ちなのか……?
真っ暗画面の中心に、ムキムキのおっさんの白いシルエットに×マークと王冠が浮かんでいるのが想起された。
「しかし、今日のところは見逃してあげるわ」
「大陸中に蒔いた種の狩り時よ!」
「「はっァ!」」
考え込んでいる私を尻目に、1体が四つん這いになり、その上にもう1体が回転しながら跨がる様にドッキングした。えぇ……なんだこの効果音、カッコいい。
四つん這いの姿勢のまま、恐ろしく高速でバタバタしながら、バキアは高笑いをして走り去った。えっ、帰んの?
「まて! どこへ行く!」
「いや、見逃されるならそれでいい。この消耗具合では、誰かが死ぬ」
ミアが叫んだが、冷や汗を垂らした姉御が止めた。私も疲れた。
「……。……さってと、じゃあ、キリキリ吐いてもらおうか。〈深淵喰い〉がなんなのか、そして、オリヴィアが何故準深淵なんて呼ばれて追われていたのかもね」
首を振って気持ちを切り替えたイライザが、ポージングあたりで恐怖によって腰の抜けたオルセへ言った。
「ナンバー1とナンバー2の動向についてもだ」
「……」
その後、汗々オルセをめちゃくちゃ拷問した。
オルセは、ナンバー1とナンバー2はイースレイが死んだ後、残りの深淵であるリフルを片付けようとしていた事を知っていた。イースレイとルシエラという〈深淵の者〉二人が死んで、大陸中のパワーバランスが狂ったみたいだった。この期に乗じて、組織に対しての潜在的な危険を取り除きたいのだろう。
そして、
それを危惧した組織が、準深淵級というカテゴリで討伐の優先順位をあげていたとか。
さらには、残された覚醒者の肉の断片を照合した結果、複雑で分かりにくかったが、私ということになったらしい。いやなんでだよ。ちゃんと調べろ。
そして〈深淵喰い〉は、臭いで私を探していたようだが、うまく認識出来ていなかったみたいだった。なんかアホ犬みたいね。
イライザの肩を嗅いでたのは、それでなのか。鼻くそは……まだ付いてるけど、黙っておこう。
また、黒い樹木の覚醒者は
「西以外の〈深淵の者〉が消えた今、組織は総力をもって潰しに行くだろうな。あの負傷したナンバー2が復帰次第だとは思うが……」
「ふん。しかし、〈深淵喰い〉は、深淵の肉片でマーキングするのか……なら」
「ねぇ? ヘレンが戦士を助けるときに、リフルの一部を砕いた自慢話、してなかった?」
皆で顔を会わせた後、こいつはやべぇという話になった。
「妖気を消す薬の数がもうない。……ミア、あんたはこの事をラボナにいるミリアに伝えてくれ」
「ちょっと待ってくれ! 〈幻影〉のミリアとなんて、面識がないぞ私は!」
ミアが超嫌そうに叫んだ。大丈夫大丈夫。ミリアたいちょーの事だから、背後から首筋に大剣を突き付けて、誰だ貴様! くらいで終わるよ。
「妖気が漏れた以上、ラボナに近づくわけにはいかないんだ。恐らく西は、これから死地になる。あたしらの仲間が多分そこにいるだろう」
「どうせ面倒事に突っ込むバカ達だから、私達は助けにいくって訳よ」
イライザと姉御が直接西へ行くと言い始めた。最初はビックリするくらい乗ってこなかったのに、この手のひらの返しようである。ひどい。だから早く行こうって言ったじゃん!
「だが……しかし」
「まぁ、ぶっちゃけ。あんたがこの中で一番弱いってのが……一番の理由なんだがな」
「……」
「……わ、私は言わないようにしてたわよ?」
ひっど。
怪我させない様になんだろうけど、姉御は口が悪かった。イライザもわざわざ言わなくて良いじゃん。
プルプル震えるミアを、私は優しく撫でようとした。ごめんよ、うちの脳筋どもが……。
しかし、触られるのが嫌なのか全力で避けられた。おい、おとなしく撫でられろ! 優しくしてるんだぞ!
「なぜだ! さわらせろ!」
「断る!」
「バカ! お前に触られたら、さっきのが追いかけてくる、のよ!」
「いたーい!」
イライザに捕まって羽交い締めされ、頭突きで後頭部に突っ込みを入れられた。……そういや、そうだったな……。
「はぁ……」
背後から姉御の溜め息が聞こえた。
結局、ミアとオルセと薄幸騎士がラボナ組となった。ミアは、私と同行することを死ぬほど嫌がった。いつか尻を撫でてやる。優しくな。覚悟しておけ。
西のやべぇと思われるところには、イライラのイライザとムキムキの姉御と私で救助と調査に向かうことになった。しばらく、私はラボナに帰ることは出来ないだろう。〈深淵喰い〉を引き付けてしまう……。何となく寂しかった。
◆
時は、オリヴィアの主観から少し遡った頃だった。
クレアは、シンシアとユマを引き連れて、〈深淵の者〉西のリフルがいると思わしき森周辺へと来ていた。
生きているらしいラキを探すため、ラボナを出発したクレア達は、ここに至るまでに既に幾らかの町や村を経由していた。
「……ほんとうに、この辺なんだろうな?」
「大きな妖気を感じますから、間違いないですね。ただ、森全体に妖気を伴った槍が幾つも刺さっていて、場所が判然としませんが……」
「……」
クレアは、此処に来るまでの事を思い返していた。
直近で覚醒者から救った村には戦士や黒服達が幾人もおり、クレア達は正体をバラさないために少々骨を折った。
しかし、その中に昔からクレアを知る男、黒服のルヴルがいた。
ルヴルは、黒いつば広帽子に黒いサングラスをかけた男だった。ルヴルには、帽子を片手で押さえる癖があった。
クレア達は、ルヴルから組織回りや深淵達との現在のパワーバランスなどの情報を引き出すことにした。
クレアと旧知であるルヴルからは、関わりがあった事を差し置いても、驚くほど簡単に情報を引き出すことができた。
北の戦乱の結末。
南の地で〈深淵の者〉南のルシエラが死んだ事。
組織の作った新たな対覚醒者の双子の兵器。
そして、〈深淵の者〉リフルに捕らわれたナンバー6のルネという戦士の事。
ルヴルは情報を自発的に渡し、見返りを求めなかった。
「……」
「……ア」
「……レアさん?」
沈んでいた考えから、クレアは仲間が呼ぶ声で復帰した。
「大丈夫ですか?」
「……あぁ、問題ない。少し考え事をしていた」
「……」
汗かきのユマが、無言でクレアの様子を見つめていた。
北の地での数年間、ユマはよくデネヴやミリアからクレアのお目付け役を任されることがあった。そんな折、クレアが思考に更ける時には、目標物のない雪原の中で見付けた食料の前で置き去りにされたり等、大抵ろくなことにならなかった。
(あの時は、
実を言うと、三人ともただ遭難しただけであったが、食料や五体が無事だったので有耶無耶になった。
「……ユマ、何を不安そうに見ているんだ? 心配するな、少し調査をするだけさ。ミリアにも無茶するなと言われているからな」
「そ、それなら良いんだが……」
「くすくすくす。何だか、以心伝心ですね」
「そうか?」
「くすくす。ええ」
ユマやクレアを見ていたシンシアが、屈託なくそれを笑った。
クレア達が、遠くから見付けた古城に向かっていると、空が急に暗くなった。
「なんだ?」
「……っ! 逃げてください!」
「!」
空から覚醒者の巨体が降ってきた。
「んあ? この辺になんか黒いやつがいたと思ったが……。んー、どこいった?」
(馬鹿な。……私達の妖気を察することはできないはずだ!)
ダフは、妖気を探知する能力が低かった。しかしこの数年、見張りのタイミングで素通しした戦士が居ると、リフルによく叱責されていた。そんなダフが行き着いたのが、目視での確認である。
「くっ……!」
(頼むから、向こうへ行ってくれ……!)
ユマが隠れた木の影に向かって、ダフがのんびりと歩いて確認を取りに来た。
「んあー、めんどくせぇ。まぁ、いいかぁ」
(た、助かった……)
ダフは、のんびりとした口調で諦めたように言った。
「こわすか」
「え?」
言うや否や、ダフの巨大な裏拳が辺りの樹木を根こそぎ払った。
「うわぁ!」
「ユマ!」
「げひゃひゃ。みっけ」
堪らずに飛び出したユマの左足をダフの右腕が捕らえた。ダフの握力は強く、ユマの足はあっさりと
「ぐ、うぁぁぁ!」
「なんだぁ? この黒い格好。大剣をもっているから、せんしか?」
「クレアさん!」
「ユマを助ける! シンシアはここにいろ!」
クレアが物陰から飛び出した。
「げへへ。まだいやがった」
「私は見捨てていけ!!」
飛び出したクレアを見たユマが叫んだ。仲間の中で一番弱いとはいえ、足を引っ張りたくない矜持がユマにはあった。
「ユマ、すまない」
「ぐぅっ」
クレアは、ユマが捕らえられている右拳まで飛ぶと、〈風斬り〉を使ってユマの足を切断した。
「こいつ、仲間のあしをきりやがった!」
「シンシア! 頼む!!」
「っ! はい!」
クレアはシンシアへ向かって、ユマを投げ飛ばした。
「おまえをつかまえれば、いいんだよ!」
「……悪いが、それはできない」
空中で落下中のクレアにダフが襲いかかったが、〈風斬り〉を構えたクレアはダフの両腕を大剣の連撃で弾いた。
「いで! あでで。こいつ!」
(やはり、〈風斬り〉では通らないか……)
「クレアさん!」
ダフの外皮は硬く、浅い傷を付けるに留まった。ダフは口腔から固い槍を射出しようとしたが、シンシアに妖力同調されて顎が閉まり不発に終わった。
着地し、もう一度飛び上がったクレアは、ダフの顔面を〈風斬り〉の連撃で斬りつけ、顔を足場に木々の向こうへ飛び去った。
「がっ! ちくしょう!! りふるにおこられる!」
木々が荒々しく抜かれた広場には、ダフだけが取り残された。
ユマを抱えたシンシアと合流したクレアは、ダフから隠れられる位置に陣取った。
「ユマすまない……」
「いいんだ。あいつに捕まれた時点で、左足は潰れていたんだ」
「ユマさんは幸い防御型です。時間を掛ければ、再生も可能でしょう」
既に妖気同調でユマの足の再生に入ったシンシアが、クレアに言った。
「お前達はそこで足を直していろ」
「クレアさん?」
「だめだクレア! 行くな!」
「……私は行かなければならない気がする」
「えっ?」
クレアは、この森に入ってからずっと誰かに呼ばれている気がしていた。その方向へ向かっていると、古城があったのだった。
(まるで複数の意思がざわついているような……っ!)
クレアは頭を押さえた。一際大きな波が、クレアを呼んだ気がした。
(なんなんだ一体……)
何かに導かれるように自然と、クレアの足は古城の入り口へと向かった。
そうして出来上がってしまったのが、北斗の拳なのではなかろうかと思う今日この頃。