「お久しぶりね。クレア。何年ぶりかしら」
「カティア……!」
クレアの背後から現れたのは、戦士の格好をしたカティアだった。緩く結ばれた口許があの時のままだった。
「どうなっているんだ。何故ラファエラの精神世界の中にお前達がいるんだ!?」
「ここはラファエラさんの命の輝きに触発されて作られた、刹那の世界なのです。クレアさん」
「刹那の世界……?」
肩口までウェーブ掛かった髪を伸ばした女が、そう言いながら集団から外れてクレアの方へ歩み寄ってきた。
「くす。私の〈風斬り〉は役に立ちましたか?」
口に拳を当てて薄く笑ったフローラが言った。
「こうなっては……何か一つでも残せた事は、とても喜ばしいことです」
「フローラ……」
仕草や声、姿形も北の戦いの時のままだった。
(あの時、皆死体すら残せずに死んだはずだ)
「お前達は一体……」
クレアは前後から挟まれた状況を警戒しながら問うた。ラファエラの時のように、突然斬りかかられる可能性もあった。
「貴女が会った……ラファエラと似た存在よ」
「ラファエラさんが発した命の輝きに触れた事によって、私達も目が覚めたのです。私達は抑止の力。サルビアさんが最後の力を振り絞って、自らを止める者達を産み出しました」
カティアの言葉を引き継いで、フローラは胸を押さえて言った。
「だから、私達はサルビアとこれから先も運命を共にすることになるわ」
少し俯いたカティアが言った。
(サルビアは、オリヴィアの中にいるのではなかったのか……?)
「サルビアとは、オリヴィアの姉のことだろう? 何故ここにいるんだ。一体……どういう状態なんだ?」
クレアは、改めてこの状況について尋ねることにした。
「北の戦乱の最期、覚醒者から植え付けられた〈種〉と、オリヴィアの中にいたサルビアの一部が混じり合ってしまったんだ」
「クレアさん。私達を
「4重だと!? 馬鹿な……。それほどに濃い肉体を持っていて、何故人の意思を保っていられるんだ!」
クレアは叫んだ。
常識外の事が起こりすぎており、流石に我慢の限界だった。半人半妖達が日々、人としての自我を失うことを恐れて生きている中、サルビアは余りにも異端だった。
「……サルビアさんの本質的な能力は、意思の完全調和なのです。妖気同調によって全ての意思を《そうあれかし》と一つにしてしまう……そんな力です」
「意思の……完全調和?」
「その力で、あの時覚醒者の〈種〉で繋がっていた私達の意思が一つになったわ。精神を侵食してくる〈種〉に対抗する為に纏めあげられたの。そうして長い年月が過ぎて、拮抗していた〈種〉の意思は力尽きた」
「……」
カティアは、北の最後の戦いで起こった出来事の真相を語った。
「しかし、流石にキャパシティ一杯のようです。それに、今回はオリヴィアさんのように
「彼女と同じく〈深淵を超える者〉としてね」
「その結果、どうなるのか……まるで検討もつきません」
「だから……クレア。全てが遅くなる前に、貴女に私達の全てを託したいの。ラファエラと同じように」
「くす。彼女と違って、私達は
その場にいた戦士達全員が、ゆっくりとクレアに向き直った。
皆、瞳に宿る意思が固いようだった。
一人ずつ顔を見回したクレアは、諦めるように頷いて言った。
「北の戦いで初めて会った時も思ったが、融通の利かないやつらだったな……。元々、お前達の遺志はこの胸にあった。皆、共に行こう」
「……ありがとう」
安心したような表情の戦士達が、大剣を両手で持ち上げて柄を顔の前に掲げた。
戦士達全員の姿がほどけ、光がクレアの身体を焼いた。
「ぐぅぁぁ……!」
―――
――
―
溺れるような感覚の後、クレアの意識は突如覚醒した。
「がはっ……。ごほっごほっ」
黒い肉の海を掻き分けてクレアは浮上した。
「く……。あ、頭が、割れそうだ……。ラファエラと皆の膨大な記憶と経験が……!」
クレアは痛みで目を回した。
両手で頭を押さえて蹲っていると、徐々に痛みも引いてきた。
周りを見回すと、城があったと思われるところは瓦礫の山となっていた。しかしそれも、流動する肉の波に飲まれた。
クレアはブヨブヨとする肉の上に立った。拒絶されているのか、クレアが沈むことはなかった。
黒い雨が降っていた。
「大剣は……どこだ」
クレアがそう呟くと、近くの肉塊が膨れ上がって大剣が現れた。大剣にはクレアの着ていた服が巻き付けてあった。
今更ながら、クレアは自分が全裸となっていたのに気づいた。
「……ラファエラの餞別か」
クレアは自身の大剣を引き抜いて服を纏った。
クレアが身支度を終えたとき、リフルの妖気を感じる方向で強力な妖気の胎動を感じた。
「!!」
妖気を探ると、戦士の気配が二つ。
一つは歪に覚醒していた。
妖気を押さえている戦士が、ダフと思われる妖気を躱しながら戦っていた。
二つの妖気について知識が溢れた。
「アリシアとベスか。信じられん……ベスは、双子の片割れに同調しながら攻撃を避けているのか。組織がこの数年でここまで完成させているとは……」
クレアはハッとして自身の口を押さえた。
(何を言っているんだ、私は……。私は双子の戦士の事なんてミリアから聞いた話以上のことは殆んど知らない筈だ)
「ラファエラめ、私に何を伝えたかったんだ」
ラファエラから聞いた『大きな間違い』について、クレアはまだ答えを出せないでいた。
クレアは頭を振って周囲の状況を改めて見回した。
肉の海は二つの巨大な像から伸びていた。像は背中合わせに建っており、さながら慈愛の双子神〈クレアテレサ像〉のようだった。
もっとも、肉塊と骨のようなもので構成されていた為、それは酷く冒涜的な姿だった。
「!」
暫く観察するように眺めていると、人の顔のような造形の口から骨のようなものが徐々に吐き出され、巨像の頭上に歪な輪を作った。
輪は巨像が陰る程の大きさで、柱状の物が寄り集まって形成されており同心円状に並んでいた。そして、それらは一本一本が覚醒者に匹敵する不気味な妖気を発していた。
「な、なんだあれは……?」
「クレア!」
「なにやってんだ、てめぇ!」
「デネヴ、ヘレン」
南に行ったはずのデネヴとヘレンが近くまで来ていた。クレアは巨大な妖気に当てられて、呼び掛けられるまで気付けなかった。
歪な輪が骨を擦り合わせる音を響かせた。
「だめだ! 来るな!!」
クレアが叫んだ時、巨像の輪が全方位に向かって発射された。
◆
「んあ? これは……クレアの妖気だな」
森の中を駆けていると姉御が呟いた。
襲われた場所から駆けて数日、〈深淵喰い〉に絡まれることはなかった。
「妖気解放をする何かがあったってこと? ……あれ? デネヴとヘレンも近くにいるわ!」
デネヴとヘレンも近くにいるらしい。二人とも南に行ったんじゃなかったのか……? 自由人かよ。
私が感知できないってことは、歩いて小一時間くらい距離が離れてそうだった。〈まつげ〉め、私が感知できない範囲を感知するとは……認めざるを得ないようだな。後で鼻くそは取ってやる。感謝しろ!
「ちっ。あのオルセってやつから聞いた話……。イースレイが死んだ事に、まさかあの二人が関わってたんじゃねぇーだろうな」
「うわぁ。それ、ヘレンが突っ掛かっていって、ごたつきそうなのが目に浮かぶわ……」
『禿同だ!』
「なんて?」
イースレイは私達の仇でもある。例えヘレンでなくとも、誰かしらが突貫しそうではあった。しかし、蛸人間ヘレンはいつまで経ってもトラブルメーカーなのであった。
「ふん。急ぐぞ!」
姉御に会わせて速度を上げたとき、目的地の方向から衝撃波が吹き荒れた。
「!!」
「なんだっ!」
「のわーー!」
感情の羅列のような妖気の爆発だった。私の前髪が逆立って思わず声を上げた。感じる妖気に凄まじく巨大な何かの影を幻視した。衝撃波出すとか、どんだけ妖気でかいんだよ。
「この馬鹿でかい妖気はなんだ……?」
「この間会ったナンバー1の覚醒体の妖気を軽く超えてるわ……。あ、シンシアとユマだ!」
シンシアとユマの妖気が近くで発生した。そこにヘレンやデネヴも向かっているようだった。
「合流するぞ!」
空が急に暗くなり、黒い雨が降り始めた。
私達が着いたとき、既にデネヴやヘレンはクレアの救出へ向かったみたいだった。
「おい! 何があったんだ!」
「ウンディーネ、イライザ、オリヴィア!」
不安そうな顔をしていたユマが嬉しそうに叫んだ。近くにはシンシアが蹲っていて、辛そうにしていた。
「妖気同調で二人分の回復を負担したんだ。大分消耗している筈だ」
「はぁはぁ……。わ、私は大丈夫です。っ……それよりも……来ます!」
シンシアが言った数瞬後、火山の噴火のように大地が揺れた。
「ちび助! 構えろ!」
姉御の声で慌てて大剣を抜いた。
飛来してきたのは、複数の巨大な骨の柱だった。家サイズだ、やべぇ! しかもくっそはえーぞ!
骨柱は、飛んでくる速度が余りにも速かった。あの大きさでこの速度だ。持っているエネルギーも半端ないに違いない。受けたらだめだ。
「よけろ〈まつげ〉! 『技も見切れねぇのか!』」
「!」
打ち落とそうとしていた脳筋の森ガールイライザが、私の声で下がった。
骨柱が地面に当たった衝撃で、森のあちこちが弾けとんだ。刺さった地面が隆起し、一瞬で辺りの様相が変わってしまった。
「……危なかった」
「ちっ。なんなんだ一体……」
「……ま、まだです。そんな……全部が覚醒者並みの……」
埋まっている骨柱の先っちょが覚醒者の血肉のように割れて、巨大で毛の無い醜悪な〈
巨大な猫は、四足歩行にグロテスクな尻尾を2本生やしており、全身に不揃いの口をいくつも生やしていた。そして、明らかに私達を餌としてターゲットしていた。涎ナイアガラがヤバイ。
「「「ギニャ……ギニャギニャ……」」」
「なんだこいつらは!」
「これが……全部覚醒者だと!?」
「まるで、北の戦いの再現ですね……」
周囲を8体の巨大猫に囲まれていた。これ、
「ユマはシンシアをフォローしろ! あたしが奴等を引き付ける、イライザとオリヴィアで遊撃に回れ!」
「わ、わかった」
「いくぞ! オリヴィア!」
駆け出すイライザに呼ばれて、私は真横に並んだ。
私達は、手前にいる2本足で立ち上がって腕を振り下ろしかけている〈猫〉に飛び込んだ。
「……ギニャ」
「よし、外皮は柔らかいぞ!」
「『ヨシ!』」
通り過ぎるような私達の斬撃で両肩から先がなくなった〈猫〉が、不気味に声を出した。肩口の斬り傷が不自然に盛り上がり、小さな骨の槍が大量に出現した。
「げっ!」
「きもっ」
骨槍の先端には〈猫〉の口が着いており、ゲニャゲニャ言っていた。覚醒者って大体キモいけど、こいつらは殊更に酷かった。
大量に打ち出された骨槍が、私とイライザを襲った。
私は〈壁〉を応用した連撃で弾いた。イライザも卒なく交わしたようだった。
弾かれた骨が、まだ無事だった大木に刺さった。するとシワシワに崩れて、木屑から小さい〈猫〉が生えてきた。あらかわい……くはないわね。普通に化け物だった。
「はっ!」
「ゲヒャ」
危ないので私は近づいて粉微塵にした。この状況で増えるとか、洒落になら無い。寄生猫とか恐ろしすぎる。
「くそ! こいつらエネルギーを吸って増えるぞ!」
私を見たイライザが、全員へ注意を促すように叫んだ。
「イライザ後ろだ!」
「な!? く、がはっ!」
「イライザさん!」
ユマの声でイライザの大剣での防御が間に合った。しかし、後ろから来た〈猫〉の片腕で地面に押さえつけられ、イライザが呻いた。
「くそ……ぁ」
「〈まつげ〉!!」
覚醒者が口を開き、先程の骨槍が大量に装填されていた。やべぇ、間に合え!!
発射される瞬間、ユマの大剣が回転して飛んできた。〈猫〉の首が飛んだ。
「まだだ! ちび助!!」
姉御が叫んだ。
〈猫〉の切断された頭と首元から骨槍が生えた。
姉御任せろ!
「うおおぉ!」
〈千剣〉!
身体を引き絞って暴風と化した私は、千切れた〈猫〉を粉微塵にした。もはや、チャージ無しで技を放てるようになった。持続力はないけど……。
消耗しないうちに技を取り止めてイライザの横に降り立った。頭と身体の大半を失った〈猫〉が倒れた。
「助かった」
「気をつけろ〈まつげ〉」
「……今だけはその呼び方を許してやる」
起き上がったイライザが、珍しく突っ掛かってこなかった。私はイライザと背中合わせに立った。
この攻防でやっと1体。
最初に腕を落とした〈猫〉は、この短時間で全快していた。クソゲーか?
横目で見ると姉御の方で2体倒していた。姉御に斬られた〈猫〉の残骸は、自分達で発射した骨槍に刺されていた。姉御つっよ。相性がよかったのかもしれない。
「一気に片付けるぞ!」
頼もしいムキムキ筋肉姉御が気炎を上げた。