そう言えば今気がついたのだが、起きてから視界が開けるように妖気感知の範囲が広がっていた。皆の纏う妖気が、光る紐の様に感じられた。遠くの山々もピカピカ光っているように感じる。
シンシアと同調を開始したユマの妖気は、シンシアの身体に突き刺さるように移動していた。この紐を私の紐とくっ付ければいいのか。
シンシアと妖気同調し始めたユマに同調しようとしたが、上手く捕まえられなかった。なので、点線みたいになってるシンシアの紐と同調することにした。奪うのではなく、送り込め送りこめ。
「むぅ……。『はぁーっ!!』」
私の紐とシンシアのヨワヨワ妖気紐を一本結んで、カッと目を見開き、妖気を送り込んだ。すると、シンシアの左手の指先が黒く染まって行った。あれ?
「ぐっ、うぅ……!」
「何やってんだオリヴィア!? こんな時に邪魔をするんじゃない! 集中させてくれ!!」
死にかけのシンシアが苦しげに呻き、ユマに怒られた。いや違うんだ。思ってたのと違うんだ。
「ちび助! なにやってんだ!」
「めごっ!」
姉御にガチで怒られ、頭に本気の一発を貰ってしまった。ムキムキ姉御のパンチはあまりにも強烈で、私は顔面から地面に埋まってしまった。頭陥没してない? ちゃんと付いてる??
――説明しなかった私達も悪いけど、貴女の妖気じゃまるで駄目よ。
――手伝うのは今回だけよ。
「なんだっ……!?」
ムキムキ姉御が身体がいきなり縮み、姉御は私の背後で片膝をついた。首を動かして伺うと、姉御の紐と私の紐が絡み合ってピンク色のアフロみたいになっていた。完全にほつれてんじゃん……!
地面に寝そべった私の腕が勝手に動き、口に拳を当てて成り行きを見守っていたイライザの方を指さした。また、腕が勝手に動いてる……。
「えっ……? がっ!」
いつもの心霊現象に戸惑っていると、イライザが両膝から崩れ落ちて顔面を強打した。……痛そう。
「皆ッ! ……えっ?」
余った手がピースサインでユマ達の方を指差し、貰った妖気を送り込んだ。うわっ! 何だこのゲッソリとする感覚は……!?
まるで腹痛明けの空虚感だった。
「よ、妖気が……」
「こ、これは……! 今だシンシア! 一気に再生するぞ!!」
二人の妖気が膨れ上がり、沸き上がった妖気によって雨粒が蒸発し、水蒸気で視界が遮られた。
薄い霧が晴れて、二人の姿が明らかになった。シンシアは五体を取り戻しており、女の子座りで自分の両手を見ていた。
「はぁはぁ……。何とかなったな……」
「妖気が漲っています……」
「私だけでは、こうは出来なかった。オリヴィアに感謝だ……な……」
「……」
息を切らせた二人は、こちらを振り返り無言となった。
ダブルピースしながらヤムチャみたいにうつぶせになった私、カエルの死骸のように倒れたイライザ、そして、大の字に倒れて息切れしたほっそり姉御といった具合に死屍累々となっていた。
「ぜぇぜぇ……。ちび助ぇ、何しやがった……」
「は、はやく、おこし、て……」
『どうしてこうなった』
普通に四肢が動かなくなっていた。何だこの技は……! くっそ疲れるんだけど……。あとピースやめろ。そこだけ、私の意思で変えられないのやめろ。分かったから、アンタは良くやったから。
通常この技は、味方の妖気をちょっとだけ奪う技なのだろう。しかし、慣れないことをしたせいか輸送に関わった全員の四肢から妖気が一時的に失われてしまった様だった。
「いや、何がどうなってるんだ……?」
「二人の妖気を私達に送ったのでしょう。中継したオリヴィアさんが疲労で倒れている……んでしょうか? いつの間にこんな技を……」
「オリヴィアは妖気操作が苦手だったはず……じゃなかったのか?」
いつの間にって……今さっきだよ! 今得意になったよ。なんたって、レベルアップしたからね。
「とりあえず、皆を起こして安全なところまで下がりましょう」
「そうだな」
シンシアが姉御を背負い、ユマが私とイライザを小脇に抱えた。ユマの小脇、あったかいなりィ……。
いざ出発しようとしたタイミングで、姉御が声を漏らした。
「お、おい。冗談だろう……?」
「そんな……こんな状態で……」
「ウンディーネ、シンシアどうした――」
『いでっ!』
「めきょ。ちょっと! 痛いわよ!」
シンシアの後ろから、前方を覗き込んだユマが私とイライザを落とした。顔面から落ちたせいで泥を飲んじゃった。ぺっぺっ。
私は、ユマの装備が取れたふくらはぎを手で張った。いてーだろうが! けっ、美脚かよ!!
それにしても、さっきのイライザの声は、もはや人の声じゃなかった。めきょだって、ぷぷー。
「「「ギニャ……ギギニャ……」」」
「へ? えぇ……」
「え? じょ、冗談でしょ……?」
腹の底から響くような覚醒者の輪唱が聞こえた。イライザと二人して声に出して驚いた。
先程の妖気の上昇を感じ取ったのだろう、数多の〈猫〉達がやって来た。ほら並んでー、皆の好きなちゅーるですよー。って誰がチュールだ!!
いつの間にか、巨大骨槍の第二波が放たれていたのだろう。私が気絶している間に来たのかもしれない。さっきピカピカ光ってたのって、これかぁ!
私達を
ぱっと見、〈猫〉の数は最初の時よりも多い。
「くそっ! ウンディーネ達は動けないんだぞ!」
「戦うしかありません……」
「く……おまえら」
「皆に助けて貰った……。私の命の使い所です!」
動け無い私達を置いて、シンシアとユマが庇うように前に立った。シンシア待って、命の使い所来るの早すぎない? ……やべぇ、まだうごけねぇ。
「ちき、しょ……。折角シンシアが助かったってのに……!」
「もう! どーするのよ!? オリヴィア!!」
絶望的なピンチとなり、イライザに怒られてしまった。いや、私のせいだけどさぁ。〈猫〉いるとか知らんし……。
言い訳を始めても仕方が無かった。何とかするしかない。この状態から、何とか妖気開放できないだろうか。
「ぐぬぬぬぬぬ。『みんな! オラに力を分けてくれ!!』」
寝転んだまま万歳して叫んだ。当然何も起きなかった。イマジナリーフレンズ! こいっ! 来ない!
「……」
「これは駄目ね……」
寝転んだチームの中で、早くも諦めムードが蔓延してしまった。諦めたら、そこで試合終了ですよ。
「折角、妖気同調も覚えてこれから皆の役に立てると思ったのに……。ミリア隊長は何て言うかなぁ……、ヘレンは喜んでくれそうだ……。デネヴは顔に出ないけど喜ぶんだろうな……。でも、一番喜んでくれそうなのはクレアな気がするなぁ……」
「ブツブツ泣き言を言わないで下さい、ユマさん。幸い、全快に近いコンディションです。一人じゃありません! 何とか切り抜けましょう」
「あぁ」
涙を流しながら鼻水音を鳴らしたユマを、シンシアが叱った。ユマは軽く絶望していたようだった。しかし、どうしたものか……。
レア紐を〈猫〉にブスリしてみようと思ったが、妖気の感覚消失と共に紐の行方も分からなくなってしまった。なんてこった。打つ手なし! 解散!!
その時、〈猫〉型覚醒者の一角が急に暴れ始めた。その動きは、伝播する様に広がって行った。
〈猫〉の中から飛び出したのは、
ハラリと、ユマの上空に影が踊った。
「なんだ!? 白い……布?」
空中に三角形の白い布がひらひらと舞っていた。……パンツやんけ!!
たった一枚のパンツに、更に〈猫〉の中から現れた〈深淵喰い〉達が殺到した。お前ら、そんなに服が着たかったのか……。匂いを嗅いでパンツを探す全裸の女達……なんて酷い絵面なんだ……。
「ヘレン、デネヴの仲間だな? 組織のナンバー8ディートリヒだ。ヘレンとデネヴから受けた恩。その2つ目を返しに来た……」
多数の〈深淵喰い〉を引き連れるように現れたのは、組織のナンバー8を名乗るちびっ子だった。背はウンディーネの姉御の6割くらいしかない。
自信満々に話す綺麗な顔は、勝ち気な印象を受けた。背中の中程まである髪をオシャレなツーサイドアップにしていると思いきや、前髪を切るのに失敗していた。
「なんだこのちび!」
「いや、ちび助の方が小さいだろうが……」
「二人に聞いてはいたが……私より年上で、私よりも体の小さな戦士がいるとは……。ふっ」
鼻で笑われてしまった。ぐぬぬ解せぬ。
「ウンディーネ、不味いわ! あの布の次はきっとオリヴィアよ!」
「! そういやそうだったな……ちび助! 這ってでも逃げろ!」
「えっ?『いや、
急に姉御と〈まつげ〉が騒ぎ始めた。人をパンツと同列に語るな。しかし、確かに私は〈深淵喰い〉に追われていたのだった。逃げるったって……何処に逃げるんだ……。動けないんだぞ、まじで。
その時、万歳したままになっていた両手が、再びピースサインを象った。……戦士たちが、戻ってきた! ぁあ! イマジナリーフレンズが帰ってきた。
しかしピースサインは、ヒョコヒョコと指を動かすだけに留まった。えっ、それだけ……? 元気を分けるとか、そういうのはないのか? えっ、励ますだけ? えぇ……。
「あの布は一体……? あの黒い戦士は何なんだ……?」
「白い髪に黒い体……。北の地で見たあの覚醒と同じ……?」
「奴らは〈深淵喰い〉だ。特定の匂いだけを追って、その対象が死ぬまで追い続ける悪魔の兵器だ。私から言えることは唯一つ……その場から動くな」
ディートリヒは手に持っていた布切れを投げた。さっき、パンツ投げたのお前か!?
今度は服の切れ端の様だ。風に乗った布の切れ端は、少し向こう側で暴れる〈猫〉の集団に紛れた。
ディートリヒの後ろから幽鬼のように着いてきていた残りの〈深淵喰い〉達が、布切れめがけて飛び出して行った。
「ゲヒャ……ギギ……」
「ギニャギニャ……」
急に動くものを対象にする〈深淵喰い〉と、生き物のエネルギーを吸おうとする〈猫〉の争いが始まった。何だこの泥沼のような戦いは……。
〈猫〉の尻尾で弾き飛ばされ五体が潰された〈深淵喰い〉達だったが、ボコボコと肉が沸き立って、あっと言う間に再生して戦線に復帰した。
「なんだ……? 再生したぞ!」
「並みの覚醒者を超える再生速度です……!」
「……」
〈深淵喰い〉を初めて見たシンシア達が驚愕していた。そういえば、見たことなかったのね。
〈深淵喰い〉に切断された〈猫〉の身体から骨槍が放たれ、空中にいた〈深淵喰い〉に刺さった。ハリネズミのようになった〈深淵喰い〉が、地面に墜落した。
「不味いぞ! あれに寄生されると乗っ取られるぞ!」
「問題無い。すでに学習済みだ」
複数の骨槍がゲヒャゲヒャと産声を上げたが、次第に震えて止まった。顔を上げた〈深淵喰い〉に骨槍が、吸収され消えてしまった。
「あれを全部吸収したんですか……!?」
骨槍を吸収した〈深淵喰い〉は、縫われた口を強引に開き、雄叫びを上げた。
「ギヒャァァァ!」
「ギ」
〈深淵喰い〉は吠えたまま〈猫〉へ飛び掛り、胸から上をバラしてボリボリと腹に収めた。先程とは違う速度の上昇具合に、〈猫〉は全く対処できていなかった。
「なっ!? 喰ってやがる」
「やつらには、寄生されても乗っ取られる精神そのものが希薄なんだ。有るのは強烈な飢餓感と対象への執着のみ。むしろ、精神操作をされることで組織が植え付けた
一見して優勢に見えた〈深淵喰い〉だったが、骨槍で顔面を潰され、再起不能となる鈍臭い個体も幾人かいた。
「多勢に無勢だ……ジリ貧だぞ!」
「既に幾つかの群れを滅ぼして来ていたのだがな。只管に任せていては、未だ五分と言った処か……。戦況次第ではどちらにも転ぶだろうな」
ユマの焦る声が響いた。ディートリヒは、淡々とユマに解説すると大剣を構えた。
「だが、戦況は私が作って見せる! 行くぞ!」
リトルパンツシューターは、化け物たちの群れに一人で飛びかかって行った。……盛り上がっているところ悪いんだけど、先に動けない私達を、此処から逃してくれないだろうか。
履いてないのでは無いかとは言ってはいけない。
ロマンなんだよ!!!(食い気味)