ミリアザン ヴォェ!
時は、ディートリヒが南からデネヴ達の伝令としてラボナに辿り着き、西へ向かうと言い残して去った明くる日。
組織の元ナンバー6のミアが、ラボナ近郊に辿り着いた。
ウンディーネ達の動向を、ラボナに居る7年前の生き残り達へ伝えるためだった。
「ふん。昨日から客が多いな……。何者だお前ら」
オリヴィアが予想したように、ミア達は突き付けるように大剣を構えたミリアに突然背後を取られていた。
「……っ」
「我々は、お前達の仲間に言われてここに来たのだ」
隙の無いミリアから大剣を突き付けられ、驚き沈黙するミアに代わって、オリヴィアに薄幸騎士と呼ばれていた騎士――アルス――が答えた。
「貴様、人間か……。なぜ、戦士と人間が行動している? ……そちらは組織の連絡員か。どういうことだ?」
「そ、それは――」
ミリアに問いかけられ、正気に戻ったミアが吃りながら、これまであった事を説明した。
話を聞き終えたミリアは、突き付けていた大剣を下ろした。
「だ、だから、私も匿ってくれ!」
「……」
情け無くもミアが叫んだ。ナンバーを剥奪され、更に良い様にミアをこき使っていた連絡員に叛逆したため、もはやミアには組織での居場所は存在しなかった。
更に言えば、組織の行っていた悪どい研究について知ってしまった為に、ミアの心は既に決まっていた。
ミリアにとって必要な情報は既に得ている所であったが、ミアやアルスが連れたオルセと言う連絡員に確認を取る事があった。
「決めるのは私では無いが……。……好きにしろ。既にお前と境遇が似たやつを匿っているところだ。司祭達に否やは無いだろう」
「か、感謝する」
ミリアはアルスに視線を向けた。
「お前は、元々ラボナの騎士……と言ったところか」
「アルスだ。……既に終の騎士として離れ、八年が経った。本来なら戻るはずでは無かった」
終の騎士とは、その身命を賭して単身で世直しを続ける修行僧のような存在だった。ラボナの教会に寄る事はあれど、本拠地への帰還は本来あるはずでは無かった。
「理由は、
ミリアは、アルスの脇にある頭陀袋で拘束された黒服を顎で指した。
「……幾つかあるが、これもその一つだ」
「ふむ……」
そこまで聞いたミリアは、ようやく大剣を背に収めた。
ミリアに遅れて、2つの影がこの場に現れた。腰までの長髪を揺らしたシスター服の女と、黒衣に腰元で髪を一つに結んでいる女。ガラテアとナタリーだった。
「何事だ」
「……」
「なんでもない。唯の立ち話さ」
ガラテアは妖気を感知してミリアに伝えていたが、昨日同様に戻ってくるのが遅いミリアを心配してここまで来ていた。
ナタリーについては、ガラテアが行ったので付いてきただけだった。
「あ」
「ん? なんだ……。あぁ、〈追跡者〉ディートリヒと組んでいたやつか……」
ミアはガラテアの顔を見て声を漏らした。
過去、ガラテアをディートリヒと共に追っていたミアは、組織にあらぬ疑いを掛けられてナンバーを剥奪された過去があった。
その疑いとは、意図的にガラテアを見逃していたというものである。
「貴女のせいで……!」
「くくっ。お前達は同じようなことを言うのだな」
昨日来たディートリヒもガラテアに対して同じ事を言っていた。ミアの妖気感知の範囲は、ガラテアのそれを大きく下回っていた。
ついには見つけ出すことができないまま、長年妖気を抑えたことでガラテアの妖気が消え、追跡が不能となったのだった。
「というわけだ。先に戻るぞ」
「あ、あぁ……」
「あ、待て!!」
ラボナへ走り去ったガラテアを、ミアが元気良く追いかけ始めた。ミリアは、それを少し呆けた顔で見ていた。
「……ナタリー」
「はい」
「黒服を頼む。地下牢にでも入れておけ」
アルスから黒服オルセを受け取ったナタリーは、肩に担いでラボナへ向かった。
「先に行くぞ」
「うむ……」
アルスにそう言い残して、ミリアは消えるように去った。バケツ兜を被った大柄な男と乗っていた馬がその場に残った。
その日の晩、ミリアはオルセから強制的に話を聞いた。南の地でのイースレイの死。組織の新たな兵器〈深淵喰い〉について。西のリフル討滅作戦。組織の〈痴呆〉の戦士に対する評価。そして、行方不明の組織の眼について。
ミリアに取って、その情報は千金に勝るものだった。なぜなら、今、組織は守るものも無く手薄になっているという確証が取れたからだ。
ただし、この時のミリアには、2つの選択肢があった。
前例の無い危機と西に集まりつつある仲間への救援。そして、東にある手薄な組織の討滅。
塒にしている民家に戻ったミリアは、革鎧を脱ぎ、戦士の装備に袖を通した。この1週間程で、ピエタの倉庫に隠されていた装備をラボナの兵に輸送して貰っていた。
(冷たい……か)
「フ……」
久々に身に着けた装備は、金属特有の冷たさを持っていた。ミリアは半人半妖の身で冷たさを感じる事が、少し可笑しくなった。
死ぬ時は、戦士の格好で死ぬ。ある種の矜持のようなものだった。
「……行くのか」
「!」
入口の扉にもたれ掛かって居たのは、ガラテアだった。ミリアには、先へ通さないようにしているように見えた。
「ガラテアか。……邪魔をするなら、斬る」
「おい、慌てるなよ。誰も行くなとは言っていない」
ガラテアは、大剣に手を掛けたミリアにおどける様に笑いかけて、扉を離れた。
「何が言いたい?」
「いや何。お前にできるのかと思ってな」
「……」
「仲間を切り捨て……。その上で、
通路の前に立ったガラテアは、ミリアへ煽るように言った。
組織や仲間から孤立したガラテアは、仲間を切り捨てて欲しくないと暗に言っていたが、ミリアに伝わることは無かった。
ガラテアの肩を押し退けて、ミリアは木製の扉を開いた。
「……今更だ」
去り際にミリアが言い残した言葉は、見送るガラテアの耳に不思議と残った。
「……自ら地獄に落ちるか、〈幻影〉のミリア」
家主のいなくなった空間に、ガラテアの声が虚しく響いた。
ミリアは、叛逆した組織の戦士が抱く矛盾を一人で抱えようとしていた。
(元々は、私独りで始めた戦いだ……。私が終わらせる)
独りで戦い始め、同じ境遇の仲間に恵まれ、苦悩を分かち合った。そんな得難い仲間を、ミリアは
ラボナの門を潜った時、轍の残る道の中程に一人の女が佇んでいた。ミリアと共にラボナに残ったナタリーだった。
ナタリーは、右手に持った大剣を構えた。
「行くと思っていた。どうせ、連れて行ってくれないのだろう?」
「ナタリー……。お前は勘の良いやつだよ」
ミリアも静かに大剣引き抜いて構えた。
「……いつ分かった?」
「……」
「だんまりか」
ナタリーから見て、いつも冷静に見えるミリアが、昨日からどこかソワソワと浮ついて見えていた。
ナタリーは、言葉を
分かっていても止められないのは、非常にもどかしかった。
(怪我をしたコンディションで、組織に乗り込むような馬鹿な真似はしないだろう)
ナタリーに残った選択肢は、力尽くでミリア止めることだった。
「止める!」
「……やってみろ」
ミリアの姿がブレ始め、幾つかの残像が残った。ミリアは〈新幻影〉を使って、一瞬で終わらせるつもりだった。
(ミリアの残像は、攻撃を回避する際に多用される……。攻撃を受けたら
ナタリーは、長年一緒にいたことでミリアの技の特徴を見破っていた。しかし、以前の手合わせでクレアの〈風斬り〉を弾いたように、ミリアは剣技の技量も卓越していた。ナタリーの分は悪かった。
「やぁああ!」
「……」
ナタリーの大振りの袈裟斬りは、ミリアの残像を切り裂いた。
ミリアが隙だらけのナタリーの側面に横薙ぎで攻撃を加えようとした瞬間、ナタリーの体が前に翻った。この時のナタリーは、自身を舐め切ったミリアの動きを完全に予想していた。
「……なにっ」
(これは……!)
大剣に掛かった前向きの制動を殺さずに、身体をコンパクトに畳んだナタリーは、空中でミリアの本体へ切り上げるような斬撃を放った。それはまるで、オリヴィアの〈千剣〉を模倣したような動きだった。
元ナンバー37のナタリーとて、北の地で遊んでいたわけでは無かった。
ナタリーの大剣が届く、ほんの僅かな数瞬、ミリアは北の地でのオリヴィアとの手合わせを思い出していた。
完成する前の〈新幻影〉は、オリヴィアの驚異的な動体視力の前にまるで効果がなかった。
一つの完成点として、オリヴィアから捉えられない事が目標となっていたが、当時は遠い目標だった。
加えた攻撃を溜めて行くオリヴィアの技の性質上、長く戦えば、例え手合わせであっても危険が伴うものだった。
編み出したのは、意図した訳ではなかった。
自身を追い込むために、限界付近まで力を高めたオリヴィアの〈千剣〉へ、完成し掛けの〈新幻影〉で飛び込んだ。
背後から追い縋る、回避しきれない刃にミリアは無理矢理大剣を伸ばした――。
「ごふっ……」
「……〈幻影・裏刃〉だ。すまない」
大剣を振り上げた姿勢で着地したナタリーの胸元から、剣先が突き出た。
ミリアは〈新幻影〉でナタリーの攻撃を
ミリアがオリヴィアとの手合わせで編み出したのは、回避する事に使われがちな〈幻影〉を超えた技だった。ただし、編み出した当時にオリヴィアへ重症を負わせてしまった為、この瞬間までは仲間には使うつもりの無い技だった。
朝日が挿し、背中合わせの二人のうち、立っている方が崩れ落ちた。
「直にガラテアが来る。……ナタリー、止めてくれて嬉しかったよ」
立ち上がったミリアは、大剣を背に仕舞いながら言った。
「……」
「……みんなに宜しく頼む」
ナタリーへそう言い残して、背を向けたミリアは東へ去った。
「くそ。じ……んでい、……っ、れ……」
ナタリーは掠れ声で言って意識を失った。朦朧とする視界の中、その言葉がミリアに届いたかは分からなかった。