「うわ」
「どうしたんだオリヴィア」
白変態と目があった気がして、私は覗き込むポーズを止めた。いったい、何なんだあの変態は……。どこにでも現れる感がひどい。
「くねくねがフォウフォウいってた」
「は?」
全員がキョトンとした眼で私を見てきた。駄目だぁ、全然伝わらなかった。なんて言えばいいんだ?
私は力強く言ってみる姿を想像した。ふぉー!! ……だめそう。
「組織の男がいたって話だったが?」
「もうたべられた」
「えっ?」
私は端的に説明した。こちらを向かれたのと、あのドジっ子がイ゙ェアアアア! という汚い断末魔と共に足首だけ残して食われたのは、ほぼ同時だった。哀れドジっ子。音を出してティウンティウンしてしまった。
集落は白饅頭の狩り場になっていた。きっとタンスに隠れても見つかってしまうに違いない。
「おい、ちび助。まさかあいつか?」
ウンディーネの姉御に問われたので、頷いて答えた。それはもう薄汚い白饅頭でござった。
「ちっ……。嫌な予感はしてたが、大方拠点があの勢力に襲われて、出来立ての半人半妖が逃げ出したってところか」
「恐らくそうだろうな。勢力というよりは、聞けば独りの覚醒者のようだが……」
姉御の意見に一票入った。
デネヴの言うように、あいつ謎の分裂するのよね。
「あーぁ。ウンディーネ達の予想も当たってたって訳かぁ」
「楽な相手ではないぞ。緊張感を持て」
「あ?」
半眼でナタリーがヘレンに突っ込んだ。珍しい……。実際その通りなので、ヘレンは突っかからないで反省して下さい。
「どうするんだ?」
汗っかきのユマが困ったように言った。オメェも考えるんだよ!
「いっ! 何するんだ!」
私はユマのムチムチ気味の太ももを往復ビンタでリズミカルにスパンキングした。
パンッパパン――。
「いづれにせよ、ここまで来たんだ。既に人に害を与えることが分かっているんだ。相手が何であれ、見逃す通りはない」
「あぁ」
お固いディートリヒに現役戦士達が頷いて同意した。仲良いな、こいつら……。
「当たり前よ。……私は、あいつを許さないわ。あいつは、ディアナやリリィの仇よ」
「イライザ……」
イライザの口から、歯を食いしばるような音が響いた。
北の戦いの際、私達が駆けつけた時は間に合わなかったが、私達以外にも生き残りがいたらしい。あの白饅頭にやられてしまったとか。前回遭遇した後に、イライザが辛そうに言っていた。
「二手に分かれますか?」
シンシアがそう提案してきた。
妖気が消えてたらそれでも良かったんだろうけど、妖気がおしっこ垂れ流しキッズになっているので、もう気取られてそうよね。ナタリーだけ漏れてないのは幸いか。
「妖気を隠してこなかったからな……、もう気づかれているだろう。分かれる意味は薄いな」
デネヴが冷静に言った。さすがデネヴ。クール。虫さされの薬くらいひんやりしている。
こちらに気づいた組織が、成り立ての半人半妖で攻撃してこなかったのは幸いというべきか。もっとも、組織自体が襲われているので、襲ったやつの脅威度はそれよりも上なのだろう。控えめに言ってクソゲーでは?
「やつの目的は何なんだ?」
「わからねぇな……。やつは、種の狩り時だと言っていた。何かしら組織と小競り合いをしているのは、予想がつくが……」
結局、行ってみないと何とも言えないということになった。結局場当たりじゃねぇか! この脳筋どもめ!
こういう時、ミリア隊長がいれば良い知恵を出してくれて面倒がないんだけど……。
そこまで考えた私は、そういえばミリア隊長を助けに行く途中だったことを思い出し、こんなところに時間をかけてはいられないということに思い至った。
大所帯となっているので、結局先発組と後発組で分かれることとなった。私は先発組だ。
私の他には、姉御とイライザ、ヘレンにナタリーとユマだ。後発は現役戦士達にデネヴとシンシアがお守りで付く形となった。
戦闘が開始されれば、追い付いてくる形だ。
態々別れた目的は、生きている人間達の開放だ。相手にむざむざと食べられてしまうのは、私達戦士の意に反した。
そういえば最近、五感が更に研ぎ澄まされている気がする。集中して音を聞くと、周りの情景が目に浮かぶようになった。私の妄想ではないと思いたい。
情景浮かぶ範囲は、大凡半径10mくらいだろうか。微妙に役に立たない能力だった。
しかし今回の妖気をあまり感じない存在や、白饅頭の良く分からないジャミングに対して活躍できるかも知れない。
街に入り順に建物を調べていくと、組織の男たちが右往左往しているのが聞こえた。組織の下っ端達だろう。
組織の連中に私達を感知する術は無いと思うが、隠していそうな気もする。
実際、私が現役だった時も休憩していると、岩陰からひょっこり出て来たしな。毎回心臓が止まるかと思った。お医者様の中にお客様はいらっしゃいませんか!? をやって、何言ってんだコイツされていたのが懐かしい。
そんなことを考えていると、私の耳に下っ端達の会話が聞こえてきた。
「檻が壊れただと!?」
「もう駄目だぁ……おしまいだぁ……」
「はやく脱出して、このことを組織に伝えなければ……」
一部ブルー王子みたいになってるやつがいたが、実験体の半人半妖が逃げ出したのだろう。下手に刺激すると覚醒する恐れがあるため、下っ端では手が出ないようだった。そんなの歩く人間爆弾じゃん……! 戦士のコンセプトは……、たぶん元からそうだったわ。
口に手を当てて劇画調に驚いた私は、一瞬で素に戻った。
「てめぇ、一人だけ生きて逃げようってのか!?」
「なんだと!?」
「ち、違う! やめろ、そうじゃないやめぐわぁー」
その後、ドンガラガッシャンと音が聞こえて殴り合う音が聞こえ始めた。何やってんのコイツラ。
「おっさんが、だっそうしたって」
「おっさん……。成り立ての半人半妖のことか? 組織の連中もタズナを取り切れていないようだな」
イライザがひそひそと寄ってきた。
若い娘は組織へ送られて戦士となる。若い男手は昔は北に送られていたが、今は……どこだろうな。とりあえず、男の実験体なんて殆どがおっさんでしょ?
「今のでよくわかるな……」
「さすがにわかるでしょ。……あによ?」
「いや、馬鹿にするとか、そういう訳じゃないんだ。拗ねるな」
「きひひ。イライザの機嫌損ねるとめんどくせぇぞ」
ユマに突っ込まれたイライザがむくれてしまった。こんな時に、何やってんのコイツラ。あと話しついでに、えらく遠回しに人を馬鹿にするのやめてくれ。
おバカな彼女達を尻目に、クレバーな私は他になにか聞けないかと耳を澄ませた。
「ん?」
その時、別の建物で謎の掛け声を掛け合いながら、筋骨隆々の男たちが睦み合っている音が聞こえた。こんな時に何やってんのコイツラ。
「えっさー!」
「ほいさっ!」
「えっサー!」
「ホイさっ!」
『おえっ』
気持ち悪くなった私は、頭を振って情景をすっ飛ばした。何だこのトラップ。一体、私は何を聞かされているんだ……? これは現実か? いや幻術なのか……? いや現実だ。
「どうしたオリヴィア? 他になにかいたのか?」
「くさってた」
「え? どういうことだ?」
純粋無垢なイライザに、この話をするのは憚られた。耳が穢れてしまった私は、よよよと崩れ落ちた。イライザ、清く生きるのよ。
「……オリヴィア、何でそんなに優しい目をしているんだ?」
いや特に意味はないんですけどね。
「……遊んでないで行くぞ。組織の下っ端を締め上げる。オリヴィア、どっちだ」
姉御に鋭い声で止められた。これはアレだ、無視すると筋肉パンチが降ってくるやつだ。私は詳しいんだ。
ってか、どっちってあれか、前門の狂人かこう門の大蛇か……どっちにも行きたくねぇ。
「ん」
とりあえず、要望通り組織の下っ端の方を指さした。どう考えても安全そうだ。
しかし姉御が締め上げる予定の下っ端達は、サイコパス化したブルー王子に全員殺されそうだった。うわぁ、パニックホラーでありがちな展開だ。初めて見た……と思ったけど、シチュエーションが違うだけで妖魔が出た村でよくあったわ。
ちなみに、この世界で収集の付かない数の妖魔が出現する様な事態が起こると、人間同士で殺し合いを始めて
世知辛すぎて、宇宙の全てを悟った顔をした私は足を進めた。
◆◆◆
組織の薄暗い部屋の中、顔の半分が爛れた不気味な男がニタニタと嗤っていた。組織の長であるリムトから、歴代ナンバー1の蘇生検証をもぎ取ったダーエだった。
「遂に実行できる……。実に感慨深いな」
今回の外回りで持ち帰ったラキという男は、その体に〈深淵を超える者〉の肉体の一部が突き刺さるも変性を免れていた。
検証の結果、なんてことはなかった。〈深淵を超える者〉を更に超える者の腕が発見されたのだった。ダーエは興奮から震えた。
強大な力を持つ者の腕が〈深淵を超える者〉を逆に貫いていた。
ダーエは、以前から妖気の強い素体を求めていた。今行っている実験は歴代戦士の蘇生。蘇生をするために、生きて強烈な妖気を放つ者の存在が必須だった。
しかし、通常であればそんな素体を組織の本拠地に持ち帰ることは出来なかった。幹部の理解を得られることもなかっただろう。
組織の戦力が手薄になった状況と今回の拾い物をした事、ダーエは自身に運が向いていると思うようになった。
これまでに試せた実験は、肉体の欠損の無い死んだ唯の半人半妖の蘇生だったが、蘇生させた途端再び命を失う事が多かった。自らの妖気による代謝が失われたままだからだ。一度は死んでいる以上、何処からか常に補填しなければならない。
蘇生は妖気を失った半人半妖の体へ、妖気を再び満たしてやることで起きる現象だということが既に分かっている。
ところが、半人半妖を生み出すのと異なり、肝心の妖気を満たすための存在を組織は持っていなかった。それなりに工夫を凝らして出来たとしても、下位の出来損ないの蘇生までだった。これまでは。
「くくく」
歴代ナンバー1の強い戦士の肉体、その数体分を満たし供給を続ける程、強い妖気を放つ腕。それほどまでに妖気の強い何者かの腕は、いずれ大きな福音をもたらす存在をダーエに予見させた。
「ダーエ様!」
薄暗い部屋に光がさした。
ダーエが視線をやると、部下が慌てた様子で扉を開け放っていた。
「何事だ?」
「っ……! 北の拠点が何者かに襲撃されたようです!」
部屋の惨状を見た部下は言葉に詰まったが、感傷から引き戻されたダーエに睨まれ、息を飲んで報告した。
「なんだと」
北の拠点では、半人半妖の製造と市場に乗った半妖薬の集積を行っていた。
消化器系から人の肉体を強制的に妖魔の様に変えてしまう薬を、ダーエは半妖薬と仮に呼んでいる。
妖魔の様にという表現だが、実際に人を妖魔に変えてしまう訳ではない。妖魔を妖魔足らしめている要素は、除かれていた。
(まぁ……。そんなことが関係ないくらいに肉体が損傷するのだがな)
ダーエの推測が正しければ、あの薬を撒いたのは覚醒者。それも、自身の肉体の一部を使ったものだろう。
(大方、取り込んだ者を乗っ取り操ることができる……。その程度の能力だ)
以前、ダーエは謎の薬液を調べていた。半妖の肉片に薬液を垂らした時、肉片を取り込むようにして現れたのは、
記憶にこびり付いて消えない忌まわしい失敗作の叫び声が再生され、軽く頭を振ったダーエは瞼のない目を覆った。
(……大勢に影響はない。たとえ、半人半妖の失敗作を取り込んで組織に乗り込んでこようと、蘇生した元ナンバー1の相手にはなるまい)
「――生き残ったのは、末端の連絡員だけです」
「………………まぁいい。捨て置け」
長考の末、部下の話を半分以上聞き流していたダーエは放置するように言った。
「え?」
「今行っていることに比べれば些事だ。どうでもいいと言ったんだ」
「……」
それきりダーエは作業に戻り、振り返ることはなかった。