ウンディーネの姉御、〈まつげ〉のイライザ、ムチムチのユマの3人は、鼻息荒く建物に入っていった。
私達は外で待っているのだが、依然として敵の姿は見えなかった。向こうはこちらの妖気を察知していると思われるため、出てこないのは少し不気味だった。
暴れて釣り出しでもいいのだが、たとえ敵対していても生きている人間を巻き込むのは私達の本意ではなかった。
「大丈夫かよ?」
ヘレンがヒソヒソとキレ気味に言った。器用だなこいつ。この状況でイライラしてるのは分かるが、少し落ち着くんだ。
私はヘレンに見せつける様に、落ち着いてラジオ体操の深呼吸をした。しかし、この集落はカビ臭い匂いばかりして、全然ご飯の匂いがしない。くそが!
私も地団駄を踏んでキレた。
「いつにも増して……まるで意味がわからんぞ」
私の一挙一動を見ていたナタリーにすら、全然伝わっていなかった。
姉御達の様子を探ろうとすると、腐ってた奴らの息遣いが佳境に入っていた。耳が良すぎる弊害が出ていた。いやホントこんなの聞きたくないんだけど……。
「いまよ! いきんで!」
「ひっひっふー!!」
腐ってたイメージが霧散した。まじで何やってんのコイツラ。
「来たわね!」
「!」
「なんだっ!?」
『うおっまぶしっ!』
声を掛けられ見上げると、白い建屋の角に日射を背景にした人影が腕組みをして立っていた。眩しい。
目潰しは半人半妖への数少ない有効打だ。
「とうっ!」
日の中に飛び込んだ黒い人影は、月面宙返りのような動きで6回程回って頭から墜落した。白饅頭の変態だった。
既に白いムキムキの覚醒体へと変じており、空中で良く分からない挙動をしていた。
そのまま頭から墜落した白饅頭は、地面に触れる瞬間にミルククラウンの様に体が崩れ、残った足の方から頭がにょきにょき生えてきた。1にょっき!?
「ひーふーみー……13人? 多いわね……?」
白饅頭は腕を組み、手を銃の形にして明後日の方向を向きながら数えた。
「ウンディーネ!! 出たぞ!」
姉御へ知らせるために叫んだヘレンが、即座に大剣を引き抜いて腕を〈射出〉した。ぐいぐいと伸びた腕は、大剣が白饅頭の頭部に達する寸前にそらされ掴まれた。
「げ!」
「あらぁん。こんな時に大剣を抜くなんて無粋よ、ブ、ス、イ。呼んではいなかったんだけど、こんな時だわぁ。あなた達も一緒に祝いなさぁい」
そう言った白饅頭は、掴んでいたヘレンの腕を上空へと放った。空中に放たれた腕が高速で回り、弾ける様な音を鳴らしてヘレンの元に戻った。ヘレンは〈旋空剣〉も攻撃に加える予定だったのだろう。隙の生じぬ二段構え。あっぱれ。でも避けられたけど。
「こんな時……だと?」
白饅頭の言葉に、既に構えていたナタリーが眉を顰めて反応した。絶対碌な事じゃないってこれ……。
「ちっ、やっと出たか!」
「人間達は逃がしたわ!」
「みがっ」
二階の建物壁を突き破って姉御たちが合流した。ついでに、建物の破片が私の頭に直撃した。不意打ち過ぎて痛すぎる。普通に血が垂れて来たんだが?
姉御達を睨んだが、私の憎しみの視線は、集中線を発しながら着地した3人の尻に吸い込まれた。グッド!!
「あらあら、折角の食事が逃げてしまったわぁ。まぁ、また捕まえればいいかしら。……頃合いね。さあ! 皆出ていらっしゃい!」
尻越しに、視界の端で白饅頭が大仰に両腕を上げたのが見えた。
「なんなんだ、この数は!」
「ちっ。この数だ……組織が半人半妖を製造していたのは間違いがないようだな」
「あいつが操っているんだわ!」
口々に状況を話す皆の声が聞こえた。やはり、ユマが安産型か……。実力は低いが、尻の戦闘力は高かった。
白饅頭の方へ集中する為に顔を戻すと、チラチラと尻を見ている間にとんでもねぇことになっていた。
どこに隠れていたのか、余所見している間に、建物の影から目が白濁した成り立ての半人半妖がふらふらとした足取りで湧き出して来た様だった。妖気がちっちゃすぎてわからんかった。しかし、ちょっと待って? 数が多くない? 五十人くらいいる……?
「さあ、前祝いよ!」
「ぐ……ぐぐ、グアァアアアアアアアアア!!」
白饅頭のその言葉を皮切りに、成り立ての半人半妖達の体が弾けるように次々に覚醒体へと変じた。
「くそったれが! だめだ! 数が多すぎる!」
ヘレンは、覚醒体に変じる寸前の個体を何とか沈黙させていた。数が多すぎて暖簾に腕押しだけど。
白饅頭に操られている奴らは、既に前に見たゾンビみたいになってるのだろう。救うことはできそうになかった。
変じた覚醒者達は、肉の衝動に駆られて生きている私達に殺到してきた。
「いったん散開しろ! この勢いは受け止めきれねぇ!!」
姉御の叫びを聞いた私達は、建物を壁にするように散開した。
走り寄る覚醒者達によって、あっという間に混戦模様となった。巨大な二足歩行の生き物が、建物を破壊しながら猛ダッシュして迫ってきていた。普通に恐ろしすぎる。
私達は、散り散りになりながら戦闘を開始した。現役の戦士達がいなくてよかった。覚醒者と戦い慣れてしてなさそうな下位ナンバーを、助けながら戦うことはできなかっただろう。
私は妖気感知能力が上がったおかげで、覚醒者達の攻撃を避ける事自体には余裕があった。ただし、敵の数が多い。
「うおぉぉ!」
6体程を相手取って、振り回される手足を潜り抜けて回避を繰り返した。今までにないくらい忙しい。
五体の全てを活かして、踊るように力を溜めていく。
私を蹴り飛ばそうとした馬型の覚醒者の足の力に上手く乗り、遂に技を完成させた。
「はぁああ!」
「ガッ……アァ」
「グガアアア……ア」
進行方向にいた2体の胴体を粉微塵に消し飛ばした。
ロザリーやセフィーロ達の技を使った瞬発的な〈千剣〉ではなくて、持久的な奴だ。これなら大剣の力を制動せずに戦える!
昔よりも持久力が上がっており、踊りながら10体くらい倒しても全然疲れなかった。
「オリヴィア、無事か!? な、なんだこの技は……!?」
そうやって、しばらく戦っていると、ディートリヒの声が聞こえた。やってみな、飛ぶぞ。
「ヒィィぃ、ギガガ」
最早覚醒者達は、生存本能全開で、追尾する削岩機と化した私から逃げ回るだけになっていた。
ディートリヒが覚醒者を追い立てるのを協力してくれて、私に向かって来ていた奴らは粗方始末できた。
しかし、楽になるのは嬉しいのだが、できれば割と強いディートリヒは他の仲間のところへ行ってほしかった。ユマとかね。
後発組も参戦したことで、ほとんどの覚醒者を倒すことができた。何体かは散り散りに逃げてしまったが……。
私達の状況は、ナタリーやユマが負傷したくらいで済んだ。二人共防御型なので大丈夫だろう。
「ふん。北の戦乱に比べればヌルい相手だ。修行を終えた我々には、精々が、多少小狡い妖魔くらいさ」
「ホントかよ……?」
腕組みをしてクールに言い切るデネヴに対して、ヘレンは半眼で苦い顔をしていた。
それを見ている皆も呆れ顔だった。デネヴは、割と見栄っ張りだと思うのは私だけだろうか……。
「はぁはぁ……。ははは、なんとか、なったな」
「動かないでください!」
死にかけのユマが言ったが、シンシアに怒られていた。どうやら、参戦した現役を庇って負傷したらしい。近くで、所在なさ気な現役下位ナンバーがちょこんと立っていた。
「ちっ。問題はあいつだ。ドサクサに紛れて、妖気が分からなくなっちまった。ナタリー! 判るか?」
姉御が軽症のナタリーに指示を出した。頭から垂れる血が痛々しかった。あれ、頭から血が出てる私も怪我人なのでは……?
「少し待ってくれ。……!?」
しばらく妖気探知をしていたナタリーが、突然体を強張らせた。どうした、おしっこか?
「何だこの妖気は……!」
「どうした、ナタリー」
何かを感知したナタリーへ、イライザが横目で声をかけた。
「え? ……まずい。う、産まれるぞ!」
「は?」
すると、冷や汗だらけになったなナタリーが、青い顔で叫んだ。え、何が?
集落の真ん中で大きな妖気が突然沸いた。凄まじい圧力だった。なにこれ!?
「おんぎゃゃ、おんぎゃゃ」
「巨大な……赤子……?」
土煙で覆われた集落の建物向こうには、巨大な人影が建物にもたれ掛かるように二足歩行で鎮座していた。
土煙が腫れると、頭が異様に大きい赤子が見えた。顔が腫れ上がり全身が白い体皮に覆われ、緑の血管が脈を打っていた。普通にキモい。
「うわぁぁあ! や、やめ――」
私達が向かった建物とは別のところにいたのだろう。逃げ遅れた組織の男が掴まれ、あっさりと口に運ばれた。
「な、なんなのあいつ!?」
「放って置くわけには行かねぇ。倒すぞ」
生まれたてで弱かったのか、妖気の割に特筆するところが無くあっさりと倒すことができた。何だったら、さっきの覚醒者達よりも弱かった。なんだ、このオンぎゃあベイビィー。
「これが、奴がやりたかった事か?」
「それにしちゃあ、片手落ちが過ぎる気もするが……」
デネヴや姉御の言うように、ぶっちゃけ弱すぎて何がやりたかったのか、よくわからなかった。最初の覚醒者祭りのほうが厄介だった気がする。
的が大きかったせいか、皆の技が炸裂して哀れにも壁や地面の染みの様になっていた。ミンチよりひでーや。
その後、皆で生き残りを探したが、もうどこにも居ないようだった。最後の巨人赤子の戦いの隙に逃げたのだろう。不思議なことに、白饅頭も見つからなかった。旗色が悪くなって逃げたのか?
ただ、組織が半人半妖を作っていた痕跡は見つけた。そこは、まるで拷問部屋だった。
部屋の隅には、三角木馬が置いてあった。果たして必要なのだろうか……。
私は置いてあった短い鞭を持ち、おもむろに跨って叫んだ。
「『トーチャーアタック!!』」
私のおっぱいは揺れなかった。
「こんな時に何やってんだ……。オリヴィア」
イライザの呆れた声が聞こえた。最近、ちょっとやりすぎたかなみたいなことも、前みたいに叫ばれなくなった。慣れたのか?
「やはり、組織が妖魔や覚醒者を作っていたのは、間違いがないようだな」
「ディートリヒさん……」
ディートリヒが寂しげにポツリと言った。前みたいに泣いたりしないのは、既に覚悟が決まっていたからだろう。
寄り添おうとするアナスタシアも寂しげだった。
組織に向かって南下することになった。ミリア救出作戦の最中だった。私達はミリアを助けなければならない。なんで寄り道してんだ……。
組織の拠点を離れ、結構時間が経った時の事だった。
オンぎゃあベイビィーが死んだ辺りから、強烈な妖気を放つ存在が現れたのを感じた。最初の雑な妖気じゃなくて、なんかこう、存在がシュッとしていた。
「え? 復活したんですか!?」
シンシアも感じ取ったようだった。でも最初とちがくない?
「あの赤子が……? 嘘だろ、肉片しか残ってなかったんだぞ!」
回復したユマも動揺していた。多分オンぎゃあベイビィーも防御型だったんだよ。
デネヴとヘレンは、口をあんぐり開けて固まっていた。なにしてんの?
「馬鹿な……。この妖気は、イースレイ!?」
「アタシらの目の前で死んだはずだぞ!!」
妖気の余波を受けたデネヴとヘレンが騒ぎ始めた。そう言えば、イースレイって〈深淵喰い〉に食われて死んだって言ってなかった?
◆◆◆
肉片の後から現れた
「う、美しい……」
(まさか……イースレイとの子を成せるなんて)
これまで、バキアが造っていた〈種子〉は、その実験体にあたった。外部から、意のままに肉体の操作権を奪うものだった。
あの北の戦い以前での知見から、妖魔の肉体は、あくまで人の体をベースに変成していることが分かっていた。だからこそ、一つの物体に幾人もの妖魔化した人間を圧縮することができていた。
ところが覚醒者は、妖魔のように人の体を拠り所として寄生するのではなく、人の体と妖気を発する影が重なり合っていた。
力を使いすぎた覚醒者は、覚醒体へ変成できない。それは影側の力を失うのと同義だ。つまり、覚醒者は、
次にバキアが試行したのは、自らの体を使った組織の真似事だった。何度か挑戦したが、組織ほど容易く妖魔を作ることは出来なかった。いずれ出来るだろうが、それまでは長い年月がかかるだろう。
だが、この試行によって1つの光明が生まれた。自らの体を使って造った薬を使えば、覚醒者や、それに連なる妖気を持つもの影を、妖力同調能力を用いて抑えつけることが出来た。
そこでバキアは女の覚醒者を捕らえようと、組織に隠れながら各地を放蕩した。しかし、組織が積極的に覚醒者狩りを始めてしまい、良い母体になりうる覚醒者を捕らえることが出来なかった。
そんな中で現れたのは、覚醒者の血肉を使った〈深淵喰い〉だった。捕らえるのは非常に苦労したが、子を成す試金石としては有用な存在だった。
繰り返しになるが、妖魔に連なる者は人間の体をベースにしている。それは、〈深淵喰い〉であっても例外ではない。
そして、先に論じたように、人間の肉体に
バキアの本体に〈深淵喰い〉を取り込んだ二人の分体が合流したのは、しばらく前の事だった。妖魔作成の秘密を探っていた本体は、分体の思わぬ収穫に心が踊り、早速子作りに励んだ。
バキアが〈深淵喰い〉の肉体を使って生み出した赤子に、〈深淵喰い〉に使われていたイースレイの
恍惚とするバキアを無感情に見つめたちびのイースレイは、西を向くとポツリと呟いた。
「ぷり……ら、……き、……か、ぞく」
「そう! あなたのパパでありママであるのは、このわたしよ!」
ちびのイースレイは、バキアに一瞥もくれることなく、クレーターを残してその場から飛び去った。
「あぁん! どこへいくのよ!」
無駄にクネクネとした動きで、バキアも砂埃を上げて生まれたイースレイを追いかけた。