岩盤の隆起痕の残る、灌木が生える荒野。そこに繰り広げられていたのは、怪獣の戦争だった。
〈お嬢様〉が張り巡らせた足場も、カサンドラとロクサーヌがちょっと暴れただけで、みるみる数が減っていった。これはちょっと……駄目じゃない?
「く……駄目! 近寄れないわ!」
上空からイライザの悲鳴が聞こえた。
私は一生懸命走っているのだが、全然追いつけない。くっなんて無力なんだ! 私は小さくなっていく皆の尻を眺めるだけしかできねぇのか!? なんて役得なんだ!
「ふん。泣き言を言うな。北や西での戦いは、こんなものじゃなかっただろう」
「っ! 分かってるわよ!」
双剣を構えたデネヴが、〈深淵の者〉達の足元に急降下していった。
上を向いて全速力で走っていた私は、向こう脛が何かに引っかかってすっ転び、海老反りで顔面から地面に擦られた。
「ぶべらっ!? 『痛ってぇぇぇ』!」
油断してた。痛すぎる。
起き上がって鼻血を拭った私は、引っ掛かったものを確認しようとして振り返った。これで何もなかったら、向こうで座り込んで見ている現役下位ナンバー達(20数名)に格好がつかない。
少し祈るような気持ちで足元を見た。
「うわ『生首』」
私が引っかかったのは、ミリアが倒した蘇ったらしいナンバー1だった。
唖然とした顔で、お亡くなりになられていた。
やはり死んだら皆仏さんだ。戦士として死んだなら、手厚くとは行かなくともお見送りされるべき。それが私の信条だった。
「めんまましまし、めんまましまし」
私は両手を擦り合わせたあと、首を体の位置に戻してやった。
って、道笹食ってる場合じゃねぇ!
私は、高速で動くパンダのように皆の戦場へ向かおうとした。
「あら、ありがとう」
「へ?」
至近距離から聞こえた突然の死霊の呼び声に、私は油の切れた機械のように振り返った。
私の妖気感覚に飛び込んてきたのは、黒いクレヨンで塗ったくった様にモジャモジャした妖気の塊だった。
毛色の余りに違う妖気に気圧されたが、よく見るとさっきの死体が海老反りで首ブリッジしていた。顔には血管が浮き出ており、血走った目を見開いて此方を見ている。
『キャアアアアアシャベッタアアアアア』
私も目を見開いた。というよりは、あまりの恐怖に白目を剥いた。マッサージモノで海老反りは超エロいのに……ホラーの海老反りこっわ!
衝撃波と共に、死霊女の体が消し飛んだ。
「うわっ」
私は咄嗟に肘で顔を覆い隠した。
砂埃が晴れ、見上げると裸の彫像のような身体に、虫のような硬質な臀部が付き、ギザギザの足が沢山生えたキメラが立っていた。鋭利な黒い足の刃がギシギシと鳴り、白い顔が恍惚とした表情を見せた。
背中には、天使みたいな翼が生えている。絶対飛ぶやつじゃん。というか、おっぱい丸出しの痴女じゃん。絶対硬い。
「く、くく。あははは。なァンだ、早く覚醒しちャえばよカった。はぁ……内蔵食べたい」
「ぴ!」
ヨダレを垂らした覚醒者に私は睨まれた。やばい、敵増やしちゃった……。
後頭部が泡立ち、バリバリの危機感を感じた私は、大剣を構えた。
「でも、貴女は首を戻してくれたシ……食べないでいテあげるわ」
「え? はっ!?」
キメラ型覚醒者の狙いは現役達だった。ユマとシンシアが危ない!
しかし、覚醒者が動き出す直前、大きく大地が揺れた。
「なに?」
土煙が上がり、向こうの戦場が崩壊していた。
ムチを振り回していた巨人が、キングギドラ型のカサンドラにムシャムシャ食われている。皆は!?
私の心配を他所に、空を巨大な棘の影が覆った。また降り注いで来るのか!?
「ふん……」
「あっ! 『速い!?』」
妖気を開放した音が聞こえ、残像が残る速度でキメラ型覚醒者は移動を開始した。このままだと、現役達が死ぬ!
「とまれぇ!」
「!?」
私は咄嗟に妖気開放し、飛んでくる棘に妖気の紐を繋げた。主のいなくなった棘は、容易く私の言うことを聞いた。
私が引っ張った紐に釣られて、現役戦士方向へ飛んでいた棘が反転して真下へ刺さるように落ちてきた。
「!? 邪魔ヲ!」
速度が乗りすぎているのか、直線的な動きで移動していたキメラ型の覚醒者は、突然出来た棘の壁に急制動して空へと飛んだ。やっぱ飛ぶやつじゃん!
しかし、急に速度が落ちた。
あの翼だけ、微妙に操作が覚束無いのが分かった。今まで己に無かった器官のせいで、操作が熟れてないんだ。
私は翼の操作に割り込んだ。
「どぅりゃぁあぁ!!」
「!?」
どす黒い色の妖気の紐に自分の妖気を絡め、2枚ある翼の片側を引っ掻き回した。片方の翼だけ無人航空機の羽のように、関節を無視してギュンギュンと謎回転した。
急激にバランスを崩し、速度を落としたキメラ型の覚醒者は、バネの付いた刃のような足で地面に着地した。
「邪魔をしてクレるわね。食べないと言ったけど……殺さなイとは言ってないワよ!」
「くっ!」
バネの足を縮めた覚醒者は、少し縮こまると私に向けて砲弾のように発射された。妖気開放していなければ、私はあっさりと轢き殺されていただろう。
飛んでくる瞬間は見えた。反射的に、直線的な動きを予測して大剣を差し込んだ。
「がぁっ!」
強烈な衝撃が私を襲った。
いつものように力を制動出来ずに、木の葉のように空中に巻き上げられてしまった。攻撃が重すぎる!
しかも、私は皆と違って〈お嬢様〉の空中足場に乗れない。お嬢様の髪の毛を何本も千切って、私は体勢を何とか戻した。くっ、高すぎる。タマヒュンジャンプくらい飛んでる。
「チっ、やっぱりこれは邪魔ね。一度自由ニ飛んでみたかったンだケど……」
キメラ型覚醒者が足の触手を使って、ギュンギュン回る自分の羽根を器用に毟り取ったのが見えた。千切れた羽根は、更にギュンギュンと回った。
「見せてあげルわ……私の本気を」
全ての長い脚を折り畳むように縮めた覚醒者が、私の方を見上げて言った。
「がァァァ!」
背筋に怖気の走った私は、全力で妖気開放して目に力を溜めた。視界が灰色に染まった。見逃せば死ぬ。そんな予感が走った。
キメラ型覚醒者から妖気が迸り、大地を穿った。
コマ落としの様に白い覚醒者の顔が近づいてくる。きっと、私を噛み砕くつもりだ。
大剣を向けるのは間に合わない。
――オリヴィア!
私は身体の中から響く、ロザリーの声に従った。
速度はいらない。必要なのは当たった瞬間の力の流れを逃さないこと!
覚醒者の額に指先が触れた。
「うぉりやァァァ!」
「!? ……なニ?」
気合一発。
覚醒者の運動エネルギーの一部を奪った私の体が、空中で真横に滑った。し、死ぬかと思った。
すれ違った私達は、反対方向へ距離を開けていった。はは、避けてやったぜ。
「……雑魚が!」
「!?」
しかし、キメラ型覚醒者が空中で静止した。翼もないのに、なんでだ!?
私の耳元で、鎖を擦るような音が響いた。
「オリヴィアさん!」
「オリヴィア!!」
遠くで私を心配するシンシア達の声が聞こえた。
キメラ今どうなってんだ!?
「死ね」
ギロッと此方を見下ろした覚醒者が、急加速して墜ちてきた。
硬質な黒い足の触手が、ギロチンのように迫った。
「くっ、『間に合えぇぇぇ』!!!」
今度は大剣が間に合った。
激しく衝撃音が鳴り、ぶつかった衝撃で軽い私は明後日の方向へ弾き飛ばされた。
大地が迫り、仰向けで地面に突っ込んだ。
「がはっ!?」
墜落した衝撃で地面が吹っ飛んで瓦礫が降った。落ちたところがスカスカの岩盤で助かった……。
即座に起き上がろうとしたが、ぶつかった衝撃で身体が思ったように言うことをきかなかった。
「く、くそ……」
キメラ型覚醒者は、もう一度跳び上がったのだろう。空にいた。私に止めを刺す気だ。
逆光で敵の顔が見えない中、私は夢中で空に手を伸ばした。
あいつは妖気操作に対する耐性が低い。あのギュンギュン回る羽根がその証拠だ。きっと普段、精緻な妖気操作に慣れているんだろう。そこに、認識外の妖気を当てられると、その力を持て余すんだ。
紐を結んだ。
まだだ、辿って私の妖気の紐をぶっ刺してやる。
ガラテアの言葉が蘇った。
――お前。集中した妖気を紐状にして、相手に干渉しているな?
鎖を巻き上げるような音が聞こえた。きっと、アンカーみたいなのを、地面に刺して巻き上げてるんだ。それで空中でも、あの挙動ができるんだ。
もっと太く、もっと。
ゴン太の妖気を送ってやる。
私の出せる精一杯。
妖気開放で頬が割れた。
嗤った覚醒者が、流星みたいに降ってきた。
「くらえや『糞ったれぇ』!!」
大きな妖気が向かってくる。
私の妖気がやっと届いた。
紐が刺さった。
今だ!!!
「ガッ!?」
肉が咲いた。
海老反りになった覚醒者の背中が炸裂し、繋がった肉腫が空中で花開くように、ちょうちょの羽根みたく広大に拡がった。
「ガ!? な、ナニヲ! グゥァァ入って、くる……やめ、」
「オラァァァァぁぁ!!」
――貫通力と瞬発的な強制力はあるが……。最悪、味方に干渉すれば覚醒させてしまうぞ。
ガラテアの言葉のように、紐の強制力は味方に使うと危険だ。しかし、一瞬なら覚醒者にも通用した。
人間として存在していなかった、翼という器官があった背中。そこに干渉した私の紐が、覚醒者の思い描く最強の身体を穿った。
◆◆◆
組織の見晴らしの良い高台に二人の男がいた。
「ば、馬鹿な……。首が落ちた状態から、蘇り覚醒しただと……?」
サングラスを掛けた黒ずくめの男、ルヴルは冷や汗を垂らした。自身の常識を超えて、禁忌的な領域に手を掛ける研究者ダーエを畏怖してのことだった。
「さっき言っただろう? 厳密には生き返ったわけではないと。生前の姿に似てはいるが、中身は別物だよ」
「……初めから、覚醒させるつもりだったのか?」
唖然とした表情で、ルヴルはダーエへと視線を送った。
「くくく、長から何か吹き込まれたのか? 例えば、そうだなぁ。私が作品を後生大事に飾っているとか……」
「……」
片目の瞼のないダーエは、どこか嘲笑するような視線をルヴルへと向けた。ルヴルを見ていながら、長を小馬鹿にしていることがルヴルには分かった。
「私はね、見たいんだよ。手ずから創り出した作品、それを超える〈最高傑作〉をね」
「何を……?」
「あの男に刺さっていた腕。3体の歴代ナンバー1を覚醒させ、なお有り余る力を秘めている。……私は、あの腕の持ち主を知らない」
記憶を探るように、ダーエは天を仰いだ。
「……あの腕の持ち主がこの場に現れてくれないのかと、願って止まないのだよ」
「……」
ダーエの狂気に慄いたルヴルは、視線の圧に圧されて少しだけ仰け反った。
その時、状況が動いた。
争い合っていた2体の決着が付いた。
覚醒したカサンドラが、覚醒したロクサーヌを下したのだった。
「ほぉ、やはりか……」
ニヤニヤとした笑みを浮かべたダーエは、ルヴルに語り掛けるように独り言を続けた。
「本来、生前にいがみ合った記憶があったところで、覚醒者同士が喰らい合うことは、殆どない……。喰らうことで自身を動かしている、〈原動力〉を無意識下に取り込んでいるな」
「どういうことだ?」
「1つになろうとしているのだろう。これは……本体に何かあった、か。恐らく、喰らい終われば表層の意識は役目を終えて、本体に向かうのだろう。ククク……」
このとき、ダーエの言葉を聞いたルヴルの中に、一片の興味が湧いた。
終わってしまった組織、自身が手掛けた
「貴様がどの立場の人間かは知らんが、来るかね? 特別に見せてやってもいい。この結末、知りたくは無いか?」
ダーエのその言葉は、ルヴルの選択を後押しすることになった。
「そうだな……。私も興味はある」
ルヴルは頷いた。
しかし、立て続けに状況が動いた。
覚醒したヒステリアが、空中で突如爆発したのだ。
「!?」
「!?」
移動を開始しようとしていたダーエとルヴルは、雰囲気ぶち壊しの爆発に暫し硬直した。