〈痴呆〉のオリヴィア【完結】   作:peg

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『私』視点のお話です。
作中混乱もあるかと思いますが、オリヴィア=『私』となります。



覚聖☆クレイモア学園1

――ドクン。ドクン。

 

 鼓動が聞こえる。

 私は前後左右、上下すら不覚な暗闇に立っていた。

 次第に目が慣れ、見渡すと暗い夜道に立っていた。ぼんやりと、飲み屋から漏れ出た明かりが石積みの小道を照らした。

 

 そうだ……。無事に仕事が決まったんだ。私は嬉しくなって飲みに行こうとしていた。

 

「ひぐっ……、えぐっ……。急がなきゃ、面白くし(ハジケ)ないと本当に消されちゃう……」

 

 狭い夜道で、顔を覆いしゃがみ込んで嗚咽を漏らす、暗闇で化粧をしてしまったキャバ嬢みたいにケバい女がいた。

 体付きは男好きする雰囲気をしており、不思議と目が吸い寄せられた。

 

「あの、もし」

 

 うわ言のようにブツブツと言う女に、私はなんとなく話しかけた。

 

「早くボケなきゃ、早くボケなきゃ……。ぼけぇな」

 

 やおら顔を上げた女は、顔を覆っていた手を逆さに交差して、えも言わぬ変顔を決めた。両目からW字のように顔へ線が入り、鼻が天を向いていた。教科書の写真を曲げれば似たような顔が出来上がるだろう。

 

「笑え! わらえよぉ!!!」

「……」

 

 女はやけクソ気味に叫んだ。普通に新手のサイコパスやんけ!?

 私は無言で折りたたみ式の携帯を取り出し、警察に通報した。

 

「あ、もしもし? ポリスメン?」

「ちっ(ブツッ。ツーツー)」

 

 は?(ブチ切れ)

 

「お願いよぉ……、もう変な痩せに殺されたくないの。燃えた教会に戻りたくない!!!」

 

 縋り付く女を蹴飛ばしながら、私は何度か警察に掛けた。

 4回目で、やっとまともな人に繋がった。

 

「――○丁目ですね! 向かいます!」

「すぐに来てください!!」

 

 傍から見れば、完全に私が女を捨てたみたいになっていた。やめてくれよぉ。

 

 女は駆けつけた黒塗りの警官達に、ケツを警棒でリズミカルに叩かれた後、引き摺られて暗闇の中へ運ばれていった。

 

「イヤァァァ、助けて助け――」

 

《アガサ、アウトぉ〜》

 

 そんな気の抜けた空耳が聞こえた私は、頭を振って足を進めた。

 

 

 

 進んだ先の夜道では、居酒屋の扉から光が煌々と漏れていた。私は誘蛾灯に誘われる蛾の様に、藍色の暖簾を潜った。

 

 空寒い外の空気と異なり、暖かな(つゆ)の香りが鼻腔をくすぐった。

 

「くしゅん!」

「お? いらっしゃい」

 

 覗くだけのつもりだったが、不意にくしゃみが出てしまい、カウンターを挟んだ店の主人に見つかってしまった。

 主人は黒い髪をオカッパ状にしていた。オカッパ状と言うのは、私が女性の髪型に詳しくない為に説明が出来ないのであるが、お洒落なソレであるという事だ。

 

 店の内装と主人に見惚れている間に湯気の立つお絞りを用意されてしまい、あれよあれよという間に席に通されてしまった。

 

「なんにします?」

「じゃあ――」

 

 注文しようとして手慰みにおしぼりに触れた。

 それは溶岩のようだった。

 一瞬、あまりの熱さに認識が遅れてしまった。体が熱いとすら認識できていなかった。いっそ冷たく感じたかも知れない。

 

「あっずぅっ」

「うずらの水煮。飲み物は?」

 

 主人は淡々とした様子で、全く頼んでいないものを出して来た。私の行動に対してリアクションすら取らない。慣れているのか……?

 店主の粋なイタズラということか。……粋か?

 おっと飲み物……そうだ、ここは居酒屋だ。外は寒く、熱燗をクイッと一杯やるのは格別に美味いだろう。この際、うずらの水煮等という調理する前の下拵えだけした何かについて突っ込むのは止めにしよう。

 これも食べれば、素材の味がしてきっと美味いはずだ。

 

「熱燗で」

「あい! 一升!」

 

 ドンとカウンターの上に置かれたのは、どデカい一升瓶だった。ちょっと待ってほしい。一升は多いのではないだろうか。チートや。

 ニコニコ顔の主人を見ると、寸でのところで私は言葉を飲み込んだ。

 いや、よそう。

 今日は()()()だったんだ。今日くらい別に贅沢したって問題あるまい。チートデイというやつだ。一升だけに。

 口元が釣り上がるのを感じた。渾身のダジャレだったが口には出さなかった。

 

 私は豪快にも一升瓶ごと温めたものを、冷めてきたお絞りを使って掴んで固まった。

 一升瓶のラベルには、『魔王村伊蔵殺し』と書いてあった。え、何これ、めっちゃ高そう。贅沢ってなんだっけ……。そして、見たことの無いラベルだ。

 私は額に出た汗を左手で拭った。

 財布にはいくらあったか……。果たして足りるだろうか。

 

「お客さん。うち、カード使えるよ」

 

 私は顔を上げた。

 カード、そうか。カードという手があった。何でも買える魔法のカード。細長く重たい鋳金なんて目じゃなかった。あれ嵩張るんだよなぁ。そもそも円どこ行った。

 

「……おでんも貰えますか?」

「おでん。わかりました」

 

 私はおでんも頼むことにした。きっと皿に適当に盛ってくれるのだろう。選びたい所であったが、既に主人はキビキビと動いていた。

 この主人、一見してアコギな商売をしているように見えるが、その実、私の要望を超えるラインで率先して決め打ちしてきていた。

 ある意味では、良い店なのだろう。客の予想を常に超えてくる店。あぁ……、この店のレビューは決まったな。

 

「はい! おまち!」

「……」

 

 平たい皿の上には、湯気の立つ美味そうな茶色い大根があった。皿脇には練った辛子が綺麗に盛られている。そして、大根の上には2メートル程の槍が刺さっていた。すごいバランスだ。

 

「へへ! うちの自慢のグングニルだよ。熱々のうちに食べてくれよ」

 

 へぇ珍しい竹輪ね。とか思ってたらグングニルだった。えっ、グングニル食べるの? いや、待って、おでんってそっちのオデン(オーディン)!? いや、ここは居酒屋だ。戦場では無い。槍が必要な食事……。駄目だ、全然分からねぇ。

 

 グングニルは戦場の音を表すらしい。そうするとアレか、音を楽しんで食べてくださいとかいうアレか。

 ――まぁ、ここは無理をせず……。

 

「よし」

 

 ……なんでよしって言ったー!? どう楽しむんだ!? よしって何!? 思わず言っちゃったけど、どうすんだよこの空気!?

 

 私が新手の大喜利に苦心していると、店の戸を開ける音が響いた。

 

「お、いらっしゃい!」

「たのも〜」

「冷えますね〜」

 

 間延びした声で若い女達が入ってきた。銀髪の少女と連れの金髪巨乳だった。銀髪少女は何故か青いシスター服を着ており、肩口までの緩くウェーブ掛かった髪型をしていた。金髪巨乳は緩い牧羊的な服を着ているが、良く似合っていた。

 小柄な少女の方は少々場違いに感じた。この場合、金髪巨乳の連れが銀髪か。ややこしいな、おい。

 

 二人共無骨な大剣を背負っていた。

 あぁ〜、若いとああ言うファッションしがちだよね。私には分かる。そして、いつか目が覚めたときにアイテテテテとなるんだ。

 

 思い出したかのように時折ベッドで悶え苦しむその現象を、私は中二病末期(レベルファイブ)と呼んでいる。実際に思い出しているわけだが……。気づいた時点で、ほぼ致命傷なんだ。過去を消す事はできない……。

 

「おじさん、にくだんごふたつ!」

「ほい。それと、私はお母さんだ」

 

 そういえば、主人は女だった。その年で母……?

 席に着いた二人は、どこかで聞き覚えのある台詞回しで肉団子を頼んだ。頼んだのは銀髪の娘だろう。溌剌とした声をしていた。

 

「おまち!」

 

 主人は銀髪の娘の前に皿を置いた。

 

「くっ! どこよ! なんであたしはこんなところにいるのよ! うっ……、動けない! あたしをここから出しなさい!!」

 

 皿の上で白い肉団子が叫んでいたが、きっと気のせいだろう。肉団子は喋らない。

 

「あーーーんっ」

「あぁ待って待って……ぁ――」

「うわあー! 兄弟ィィイ」

 

 哀れにも肉団子は銀髪の娘に食べられてしまった。もう一人の肉団子も叫んだ気がした。

 畳み掛けるように、何処からともなく間の抜けた音楽と声が聞こえてきた。

 

《スーパーバキアくん、ボッシュゥ〜》

 

 きっと、酔いが回ってきたのだろう。

 

 何気なしに見た『魔王村伊蔵殺し』は、37度だった。思わず二度見した。うわ、これ原酒かよ……。なんで一升瓶に入ってんだ……。

 

「じゃあ~、ウチはミルクかな?」

 

 金髪巨乳は間延びした声で注文した。居酒屋に来てミルクを頼むのはどうなんだ……。なんで居酒屋に来た。

 

「ミルクは」

「もぐもぐ。はぁ〜、乳臭sッミゴッ」

 

 肉団子を食べ終えた銀髪の娘が、タイミング悪く呟いた瞬間、笑顔を貼り付けた金髪巨乳の左手で殴られカウンターに顔面が埋まった。

 

「…………んー。ちょっと絞るから待ってて下さい」

 

 胸を抑えて急に真顔になった主人は、店のバックヤードに消えていった。え、絞る!? どこで!? えっっっ!?

 

 私が期待に胸を膨らませていると、また入り口の扉が開いた。

 

「ふぅ。待った?」

 

 次に現れたのは、はねた前髪が特徴のスレンダーな女だった。ミルクは出そうになかった。

 

「おそい!」

「もう食べてますよ〜」

「食べてるのはおチビだけじゃない」

 

 なるほど。彼女達は3人パーティだったという訳だ。

 

 

 

 

 店の主人が戻ってきた。右手にはグラスが握られており、中に何処かで拵えたミルクが入っているのだろう。

 

「はいよ! あ、いらっしゃい」

「わぁ〜……………?」

「どうも。何よ、この緑の汁」

 

 金髪巨乳の嬉しそうな声は尻すぼみになっていった。グラスの中身は緑色の粘性のある液体だった。

 

「ミルクです」

「……」

 

 店の主人は頑なにミルクと言い張った。金髪巨乳は笑顔で固まっている。可哀想に。

 

「なんのミルクなのよ。虫?」

「一応、生物です。畑の王者の」

 

 虫は否定しないのか。果物の王者と畑の肉混じってない??

 

「ぐれむりん!」

「!?」

 

 子鬼(ぐれむりん)とはあれか、水を掛けると増えるタイプのやつなのだろうか。

 女三人寄れば姦しいというが、あまりにも煩かったので私はスルーすることにした。

 

 

 眼の前の更に視線を移した私は、グングニルを食べることにした。食べてみれば意外と美味いかもしれない。

 大根から抜いた2メートルを超える槍を、私はおもむろに齧った。口に広がるのは、濃厚なハッピーパウダーの味だった。どうなってんの……? これ、うまい棒が何か……?

 

 その時、グングニルをツマミに酒を煽っていた私の手元に、緑色の液体の入ったコップが滑ってきた。

 私を絶対逃さない、そんな意志を感じた。

 

「おごり」

「!?」

 

 視線を向ければ、居酒屋のカウンター席で銀髪のチビが足を組みながら、バーでイケイケの女性のようにシュッとして来たようだった。居酒屋な上にガキだったが。おごりって何よ。

 まるで強いお酒をシュッとしたように、お前は飲めるのかい? とジェスチャーで煽ってきた。

 

 私は――。

 

 私は何故か杯を呷った。

 

 

―――

――

 

 白い部屋で白い布が揺れていた。

 

「うっ……ここは……?」

 

 私は簡易ベッドに寝かされていた。

 病室のような部屋だった。

 囲われたカーテンを開くと、視力検査のポスターや静かにしましょうといった張り紙が見えた。ここは、保健室……?

 

 そうだった。

 私は、この私立聖クレイモア学園に教員として採用されたんだった。

 しかし、私は二日酔いと緊張で体調が悪くなり、ここで寝ていたのだ。

 起き上がって見回すと、天板が回転する小さな椅子に、白衣に隠れたデカい尻が座っているのが見えた。

 

「あ、目が覚めたのね」

「あなたは……」

 

 綺麗な金髪を伸ばした先生が、回転する椅子から振り返った。先生は、髪をかきあげて片耳に掛けた。

 

「カティア先生……」

 

 そうだ。

 ここは()()のカティア先生のいる保健室。

 私はムラムラとしながら、気絶するように眠りについたんだ。実際には、ムラムラとしながら胸の奥がムカムカとして、ドキがムネムネしていた。

 

「理事長が呼んでいたわ。直ぐに行くことね。怖いわよ」

「ぁー……。分かりました」

 

 そう言って、カティア先生は再び私に尻を向けた。くっ、目が吸い寄せられる。驚きの吸引力だった。

 

 名残惜しみながら、私は保健室を出た。

 

 白亜の学舎は、廊下がピカピカに磨かれ、今すぐにボブスレーできそうな程ツルツルだった。

 私はペンギンのように、滑りながら高速移動しつつ、歩く金髪だらけの廊下を仰向けで滑った。

 

 色とりどりの三角形のネオンが、視界を滑っていった。階段に差し掛かったとき、私はキレたモブ生徒に蹴飛ばされて踊り場に吹き飛んだ。

 

「早く行け!!」

「がはっ! 不覚……」




足早に駆け抜け予定ですが、筆が乗り過ぎんよぉ〜


というわけでもう一話更新します。
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