唐突に話が進まなくなって草なんだ。
理事長室は、学舎の一番高いところにあった。
ノックすると返事があった。
「はいれ」
重厚な両開きの扉を開けると、件の理事長が黒いスーツをパリッと着て両肘を付いてこちらを見ていた。
「来たか」
「失礼します!」
私は緊張しながら敷居を跨いだ。
理事長は若い女性だった。
ふわふわとした長い金髪が肩を滑っている。
「体調が悪いと聞いたが、もう良いのか?」
「はい! もう大丈夫です」
まるで最強の者を相手にしているような、私はそんな気持ちに陥った。恐らく、変なことを言えば一瞬で殺されるだろう。
「シャンプーは何を使っているんですか?」
「あ?」
「なんでもございません!」
私は緊張のあまり、言うに事欠いてシャンプーセクハラをカマしてしまった。やべぇ!!
「……。ビタルサスーヌエッセンスだ」
理事長は真顔で答えた。答えるんかい。
「どうした? 聞きたかったんだろう」
「あ、いえ! ありがとうございます!」
「ふん、まぁいいさ。お前には、こいつの面倒を見てほしくてな」
理事長室にある内扉から、スカートを履いた一人のロン毛男子が出てきた。ここ女子高では……?
「ぷり……ぷり……」
うわ言の様に、ぷり……ぷり……と言っている。
「なんだこいつ……!?」
「彼は……家族を失って、心を病んでしまったんだ。お前にはこの街の何処かに居る、家族を探して貰う」
いや、学校は?
「必要ならボーナスもやろう。頼んだぞ」
「……え? あ、はい」
あっという間に決まってしまった。金貰えるならいいか。
理事長は意識を逸した私を引き戻すように、机を指でコツコツと叩くと話を続けた。
「よろしい。それと私の家族も探してほしい。……業腹なことに、私は
「わ、分かりました! 家族は……男性ですか、女性ですか?」
ぶっちゃけ、どっちでもいいのだが。少なくとも手がかりが欲しかった。
「可愛い可愛い娘だ。……最後にだが、全員が20オーバーとは言え、生徒をあまり性的な目で見てくれるなよ。切り落とすぞ」
「サー! イェスマム!」
私は即座に敬礼した。理事長、なんて恐ろしいやつなんだ。あまりの冷酷さに、きっと椅子に瞬間接着剤トラップを仕掛けられたに違いない。椅子と強制フュージョントラップとか怖すぎる。
バサッ、と理事長の背中から純白の羽根が生えた。ひえっ。
「次に余計なことを考えてみろ……」
「(ごくっ)」
「お前の尻にこの羽根を活けてやる」
えぇぇぇ……。それはもうセ○クスでは……? これは……告白!? あれ、私のモテ期が来た……?
「あ゛?」
その時、理事長から強烈な圧が発され、部屋が揺れた。
「失礼しました!! すぐに街に向かいます!!!」
私は這々の体で理事長室を抜け出した。
あぶねぇ……危うく死ぬとこだった。
「ふぅ……危なかった」
「ぷり……ぷり……」
「君の家族はどんな人なんだい?」
「ぷり……ぷり……」
「これは……駄目みたいですね」
私は、ぷりぷりのプリ子(?)と共に
「うわぁ〜、遅刻遅刻!」
「……? おはよぉ……?」
「ハァ、ハァ。あんた達自分で走りなさいよ!!」
螺旋状の階段を降りる途中、何時ぞやの三人組が階段を高速で駆け登ってきた。
前髪が跳ねた女に金髪巨乳がおぶさり、その腰に銀髪のチビが引っ付いていた。
ブレザータイプの上着に短いプリーツスカートが翻った。全員が聖クレイモア学園の制服に身を包んでいる。
信じられないような身体能力であっという間に私達を追い越すと、上へ駆け登っていった。
暫くすると始業チャイムが鳴り、衝撃音と共に学舎が揺れた。
きっとあの三人が、授業に間に合わず、フローラ先生のお仕置きを受けたに違いない。
私達は街へ飛び出した。
この街は古い景観を残すという条例の元に、赤レンガと石積みの町並みが残り、ひしめき合っていた。
「さて、どこを探したものか……」
「ぷり……ぷり……」
プリ子は役に立たない。
自分の足で探す他なかった。
―――
――
―
「うわぁんもう疲れた」
全然見つからなかった。
私は公園の地面で大の字になった。
気づけばもう昼過ぎだった。
「ぎにゃぎにゃ……」
「ぎにゃぎにゃ……」
公園では、六本足の猫達が戯れていた。この街では割合よく見る光景だ。好事家の間では、猫ランドと呼ばれているらしい。
多頭飼育崩壊させていた双子が、この間捕まった際に一斉に野に解き放たれたらしい。
ブサ猫を眺めてほっこりしていた時、暴走した原付きが公園内に乗り込んできた。
「うおっ、あぶねっ」
「ぷり……ぷ!」
「あっ、プリ子が……!」
ぼーっと立っていたプリ子はあっさりと轢かれてしまい、草藪の中に消えていった。
「ん? 今何かいたか?」
フルフェイスのヘルメットを外して現れたのは、長い髪をオールバックにしてポニテ状に結んだ女だった。
暴走野郎は、体育教師のベロニカ先生だった。
遮光フルフェイスの中にサングラスを着けている。前がまったく見えてねぇだろそれ……。
ベロニカ先生は、いつものようにライダースーツのようなピタパンを履いていた。
ベロニカ先生は、おもむろに公園の蛇口まで行くと髪を洗い始めた。えぇ……。
「何やってんだ、あんた……!?」
私は止めようとした。仮にも教員がそんなことをすれば、今の世の中すぐに炎上してしまう。
「ん? ……あぁ、余りにも影が薄いせいで、部屋の電気は疎か水道も止められてしまったんだ」
どういうことなの。
「そうだ。おい、そこの君。シャンプーを買ってきてくれないか? 出来ればボタニカル系で頼む」
「どんなシチュエーションなのこれ!?」
昼下がりの公園で、ピタパンを履いた美人にシャンプーをパシられるシチュエーション。
駄目だ、何これ。
話が進まないので、私は仕方なく近くのドラッグストアで無駄に透明なシャンプーを買ってきた。
「これでいいですか?」
「あぁ……すまないな」
ベロニカ先生は髪を拭きながら、シャンプーの管を抜き取った。ん??
「んくんくんく。くぅ〜、風呂の後はこれに限る」
「えぇぇ……」
そして、シャンプーを一気飲みした。なんで??? 絶対喉に絡むやつだよ。いや、そもそも飲み物じゃないよ!
「礼にこれをやろう。きっと、君の役に立つはずだ」
「えっ、ありがとうございます」
「じゃあな」
渡されたのは、ちょっと湿った爪楊枝だった。使いかけじゃないの??
ベロニカ先生は、あっという間に去って行った。
暫く呆然としていたが、人探しをしていたことに思い当たった。そうだ!? プリ子は?
「プリ子ォォ! プリ子やーーい!」
草藪を探したが、プリ子は見つからなかった。やべぇ……。探し人を探して、探し人を探している人を見失うとか……。はやく探し人を探している人を探さないと、理事長に殺される。
私は慌てて近くの交番に駆け込んだ。
「あの、すみません!」
「はい?」
交番の中はこぢんまりとしていて、カウンターを挟んだ向かいに婦警さんが座っていた。
婦警さんはやはり金髪で、前髪はてっぺんでボコッとなって片側に流れ、オデコを出していた。ネームには〈りりぃ〉と書かれている。
「どうしたんだ?」
「公園で痴女がシャンプーを飲んだら……人が消えたんです!!」
「……。逮捕する」
「なんで!?」
驚異的な動きで迫ってきた婦警さんによって、私は手錠を掛けられてしまった。
婦警さんは椅子に戻ると、気怠そうに爪をヤスリで削りながら言った。
「偶に居るんだよ……。妄想癖のすごい人」
「妄想癖だけで捕まえるの!?」
「この街の治安の為だ」
その時、建物の外が俄に騒がしくなった。
「な、なにが……!」
「ほら、また……。はぁ」
振動が迫ってきたので、私は外に飛び出した。
視界に飛び込んできたのは、巨大な影だった。
「何なんだあれは!?」
「……この街には不思議な力が満ち満ちている」
後ろから、婦警さんがゆっくりと歩いてきた。
「な、何を言って……」
「妄想が現実になってしまうんだ。それは、まさに創造の力と言って等しい。こんな風にな」
影は段々と人の形となり、酒瓶を持った禿げたオッサンになった。
オッサンは空中を殴る素振りをしながら、町並みを破壊し始めた。
「誰かのトラウマか……。元を捕まえねば、な」
つまり、誰かが妄想しててこうなっていると言うわけか……。
私が妄想してもそうなるのか?
「んこごのごご」
「貴様、何をしている!?」
「集え、妄想の力! メンマましまし! ラメン召喚!」
私は妄想の力を集め、世界を創り給うた麺神を召喚しようとした。
すると、空飛ぶ触手の化け物が形成され、オッサンと
「な……。何だあの気持ちの悪い生き物は……」
「うわぁ……」
「貴様何者だ。あれ程のものを召喚するなんて……」
しがない一般教員です。
「やめて! パパをいじめないで!」
その時、茶髪で短髪の女の子が走り出てきた。真っ裸だ……。
「あれが元凶か……見るな」
「あべ」
りりぃ婦警さんに目隠しされた。
連続した拳銃の発砲音が聞こえ、周りが静かになった。
「ぺっ、ゴミが」
「口悪くね!?」
仮にも公僕に有るまじき行為だった。
手による目隠しを外された私の視界に、倒れ込んだ少女が見えた。ひえっ、し、死んでる。
「このことをボスに伝えてくれ」
「いやボスって言われても……」
「私立聖クレイモア学園の理事長だ」
「どんな組織なの!?」
婦警のりりぃさんは、そう言うと私の手錠を外した。
「頼んだぞ……」
りりぃさんが私の背中を叩いた。その時、空が突然割れた。
「……く……に。……くせに……。……切り者のくせに。裏切り者のくせに!!」
その直後、死んだはずの少女が痙攣し始めた。
さらに、先程の黒い影が少女に降り注いだ。
「はっ!? いかん! 急げ! 間に合わなくなるぞ!!」
突然のホラー展開に、恐ろしくなった私は猛ダッシュで駆け出した。
背後からは断続的な拳銃の銃声が響いた。なにこれ!? 急にバイオハザードが始まったんだけど!?
走り始めてしばらく経った。
いつの間にか背後では、ケンタウロスの化け物と眉間から角の生えた女型巨人が殴り合っていた。
殴り合う衝撃波が、マグニチュード3くらい出ている。
「どうなってんのこれ!?」
現代にあんな奴がいるのは、どう考えても間違えている。
白亜の学舎が見えてきた。
私は朝見た生徒のように、螺旋状の階段を駆け登った。
これまで走ったことがないくらいの速度で、私は駆けることが出来た。しかし、不思議と全く息切れしなかった。
そのまま、理事長室の扉の前についた。でも、ちょっと焦った感じを出したかったので、わざと息切れをすることにした。
「ハッハッハッハッ」
「犬のマネをするとは……馬鹿にしているのか?」
「ちがうわん!?」
扉を解き放つと、理事長には一瞬で見破られてしまった。
「どうやら、探し人を見つけることができたようだな。さて、私の娘は何処だ?」
「……」
そうだ。理事長の娘さんも探していたんだった。全然探すの忘れてた。
「お前……。まさか、忘れていたわけではあるまいな」
部屋が振動し、理事長から謎のオーラが立ち上った。やべぇ、完全に忘れてた!!
立ち上った謎のオーラは、人形を取るとサングラスを掛けたアルカイック・スマイルおっさんを象った。誰??
意味不明なおっさんに、私は口元が釣り上がりそうになった。まだ笑うな……、悟られないようにしろ。ここが正念場だ。
唐突に始まったデスノアテ展開に混乱していた私の隣に、誰かが焦った調子でやってきた。
「はぁ……、はぁ。理事長! 大変です!」
「どうしたんだ? フローラ」
フローラ先生は、グレーのパンツスーツを着ていた。線は細いが出るとこは出ていた。何だこの異様に香る色気は……!
「科学研究部の三人が、試作品で母親とこの世界から脱出しようとしています!!」
「なんだと!?」
いや、全く意味わからないんだけど。
「く……、時間が足りない。フローラ、脱出艇に生徒全員を乗せろ!! 緊急離脱だ!」
「わかりました!」
どういうことなの?
短編を書いたりしてガス抜きをしていたのに……。
どんどんしょうもない力が湧いてくるだ……。
助けてくれぇぇ!(切実)