〈痴呆〉のオリヴィア【完結】   作:peg

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スッ…………


絶望の戦い

 オリヴィアが喰われた。

 その事実は戦士達にとって、その衝撃は計り知れないものだった。

 ギリ……、と誰かの歯の根が鳴る音が響いた。

 

 その日の夜。

 場面は既に移し、無事だったラボナの聖堂に集まっていた。

 

「状況は最悪だ。数日後……、ラボナは消えて亡くなる」

 

 ミリアは開口一番にそう言った。

 

 オリヴィアが件の猥褻物に食われ、縋りつこうとするイライザを引き剝がしながら、逃げ帰ってきたのだった。

 

 ミリアの説明した、東から迫る化け物に、戦士を食べてしまう化け物の融合体。そして、ラボナを取り囲む覚醒者達。

 状況は絶望的だった。

 ラボナを取り囲む覚醒者たちは、これまで誰も成し得なかった組織を滅ぼした戦士を見たり、新たに誕生するであろう深淵を超えた何かに期待して、物見雄山で集まって来ていたのだが、ミリアは説明を省略した。

 

 ラボナに残った兵役の重鎮達の手前、悲観的なことは言いたくなかったが、説明しないわけにもいかなかった。彼等も初めから、雰囲気で既に察して居たようだった。

 

「ち、キツイ話を聞かせやがる」

 

 重い沈黙を破って、ラボナの兵士の中から声が上がった。

 

「すまない。我々もできる限りのことはするが、どう見積もっても全てが上手く行く可能性は少ない。できれば、ラボナの兵士達には避難した住民の後を追ってもらいたいと考えている」

 

「そのやり取りなら、既にやったぜ。その言葉で動く奴はここにはいねぇよ」

「……そうか。すまなかった、二度手間だったな」

 

 死兵だった。

 兵士たちの覚悟を知ったミリアは頭を下げた。

 

「オリヴィアは……オリヴィアはどうなるんだ?」

 

 おずおずといった調子で声を出したのは、イライザだ。

 仲の良かったイライザには、皆からの気づかわし気な視線が注がれた。

 

「……基本的には、クレアと同じだ。クレアを助け出すとき、同じように救出する」

「ちっ。それしかないか……」

 

 首元に手をかけたウンディーネが、舌打ちした後に俯いて言った。ウンディーネもオリヴィアと付き合いの長い戦士だ。イライザと同等に心配をしていた。

 

(もしかして……)

 

 ナタリーはあることに思い当って冷や汗を流した。説明のしようのない直感が降ってきた。

 

(全員があの猥褻物の前で、全裸になって踊ればすぐに出てくるのではないか)

 

 そんなことを思ったが、雰囲気から言ってそんなことを口に出そうものなら、戦士達の間でのヒエラルキーが現役以下になりそうだったので、口を噤んだ。

 

 ふと、対面にいたユマと目が合った。スッと何方ともなく、互いに視線を逸らした。全く同じことを考えていそうだった。

 

 悲観的な状況で、一縷の希望を託されたのはラキだった。

 

(正直言って……。どうすればいいんだ?)

 

 クレアはまだわかる。しかし、ラキにとってのオリヴィアとの思い出は、船で食中毒の憂き目にあわされたり、ソリで爆走したりと、あまり良いものはなかった。

 

「なんにしても、まずはクレアとオリヴィアの救出だ。ラボナに最低限の守りを残して、早朝に件の化け物まで向かう」

 

 全員が頷いた。

 

 タイミングを見計らうように、ラボナの兵士が机に金属の塊を置いた。

 

「装備を取ってきたんだ。どれが誰のかなんてわからなかったから、人数をかけてありったけ持ってきた」

「!」

「それは!?」

 

 かつてピエタに置いていた装備。

 あの北の死地にあった装備を、ミリア達が東の地スタフに行っている間に取ってきたものだった。

 

「それと、化け物がやってくる間。ラボナのどこでも好きに使ってくれていい。飲み食いもだ。」

「あぁ……助かる」

「どうせ、なくなっちまうからな」

 

 ラボナの兵士が自重するように言い、対策会議は終了となった。

 

 

 

―――

――

 

 

 早朝、戦士達は自作したなめし皮の鎧を脱ぎ捨てて、組織の戦士のための装備に身を包んだ。

 

「ぷ。うひゃひゃ」

 

 装備を身に着けたヘレンが床を転げまわった。そんなヘレンへ半眼のデネヴが問いかけた。

 

「何してんだ?」

「な、なんか懐かしすぎて気持ちわりぃ」

「……そうだな」

 

 各々、装備を身に着けた自身の身体を見ていた。

 

(なぜだ……。なぜ入らん……)

 

 しかし一人だけ、装備が入らない戦士がいた。

 ナタリーだ。

 

「おんやぁ。ナタリーてめぇ、太ったんじゃねぇか?」

 

 そんなナタリーを揶揄ったのは、床に転がったままのヘレンだった。

 

「そんなはずは……」

「だって、入らねぇんだろ? 手伝ってやるよ」

「待て、やめ」

 

 ナタリーの装備は胸でつっかえた。

 

「これは……。我々半人半妖の肉体は成長することはあっても、劣化することはない。体形だってそのはずだ」

「じゃあなんで、ナタリーは太ってんだ……?」

 

 デネヴが興味深げにナタリーを観察していた。

 その時、傍で見ていたシンシアが何かに気づいた。

 

「成長……成長したんです!」

(は!?)

 

 ことあるごとに、オリヴィアに乳を揉まれていたことをナタリーは思い出した。

 乳は成長する。

 この時、戦士達はどうでもいいことを学んだ。

 

「全員準備はできたか? 直ぐに向かうぞ」

 

 部屋に入ってきたミリアが、全員を見回して声をかけた。

 

「昨日の時点でも思ったが、ずいぶんと急だな?」

 

 装備の搬出を手伝っていたガタイの良いラボナの兵士が問うた。

 

「夜半に〈深淵の者〉の速度が上がったんだ。日を追うごとに……いや、時間の経過で加速するようだ。今日や明日でもおかしくはない」

 

 答えたのはガラテアだった。妖気探知に集中し、〈深淵の者〉の速度を探っていた。

 

「……」

「そうか……」

 

 明る気に振舞っていたラボナの兵士達も、この時ばかりは消沈した。

 

 

 

 

 所変わって、ラボナの西。

 件の猥褻物がある場所に、戦士達はラキを伴って来ていた。

 

「ここが……例の」

「気をつけろ。男のお前が近づいて、どうなるのか見当もつかん」

 

 時間短縮の為にラキを負ぶっていたデネヴが、注意を促した。

 その時、ラキは目を見開いた。視界にとんでもない化け物が飛び込んできたからだ。

 

「なっ!?」

 

 それは、肉というにはあまりに大きすぎた。

 大きく、分厚く、そして、あからさますぎた。

 それは、まさに一本角の化け物だった。

 

「ち、××こ……」

「……」

「いちいち、言葉にせんでいい」

 

 まぁ、そうなるよね。という思いで全員が繋がった。戦士達共通の推測通りだった。

 

「ん?」

 

 ミリアは違和感を感じた。昨日と風景が異なっている。

 異様なことに、昨日と違って猥褻物の周りには死体が転がっていた。

 

「これは……、〈鮮血〉のアガ……サ?」

 

 かつて、ラボナを襲ったナンバー2の覚醒者アガサが、死に化粧をして横たわっていた。既に息はなく、安らかに眠るように死んでいる。

 

「ちっ。なんだこれは?」

 

 ウンディーネも違和感に気づいた。

 岩肌に隠れるように、猥褻物の周りには白い球体が幾つも転がり、すべてが苦悶の表情を浮かべていた。

 

「どうなっているんだ……?」

「昨日と何か違うぞ……気をつけろ」

 

 ガラテアが注意を促した。

 気を付けようがなかったが、誰も突っ込まなかった。

 というよりは、異様な雰囲気に飲まれ誰も突っ込めなかった。

 

 




申し訳ないが、超時空はまだ続くんじゃよ
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