視点がコロコロして済まなんだ。
「はっ!?」
気がつくと、私は保健室のベッドで泳いでいた。どうなったの、あれ。え?? 一本角の化け物は!? みんなは!?
窓の外は真っ暗で何も見えなかった。窓も開けられない。痛いほどの静寂が辺りを包んでいた。
私は何かに突き動かされるように、再び保健室を飛び出した。
するとそこは、学校ではなく炎に巻かれた村だった。
振り返っても、保健室の扉はなかった。
「一体何が……! ここは……?」
燃え盛る村の畦道。
何となく見覚えのある景色だった。
何かに導かれるように、私は焼けた地面を歩き始めた。
向かうのは、この村で唯一燃え残っている納屋だ。
背中に走る忌避感とは裏腹に、自然と足が向かった。
ここには確か……。
ぎぃ……と、不気味な音を立てて納屋の扉が開いた。
建屋の中には、作業台が置かれていて、その上に一つだけ光る手鏡があるのが見えた。
私はそれを手に取った。心臓が砕け散りそうなほど鳴っている。
映っているのは――。
「思い出した?」
少女の声が聞こえた。
――ノイズ。
思い出した……。
私は、気が付くと、オリヴィアという女の子に憑依していたんだ。
閑散とした村で、唐突にオリヴィアという女の子の中にいる自分を自覚したのだった。それまで自分が何であったかも、朧気にしか覚えていなかった。
オリヴィアとの仲は良好だったと思う。
彼女が困ったときには、よく知恵を貸してあげていた。
オリヴィアの体を間借りしていると認識していたため、積極的に自分から動こうなどと思えず、彼女の人生を見守るつもりであった。
日々の水面や鏡を通したオリヴィアとの語らいで、「世の中には妖魔という人間の捕食者がいる」と、そんなことを聞いていたが、子供の親が幼子を危険から遠ざけるためのよくある脅し話としてしか認識していなかった。
ところがある日、村が妖魔の群れに襲われた時になって、ようやく本当の話だったということがわかった。
当時、妖魔に襲われそうになっていたオリヴィアの姉を、オリヴィアに代わり、知恵の限りを尽くして助けた。しかしその時に、私は力を使い果たして昏倒してしまったんだ。
そうして、せっかく助けたオリヴィアの姉は、自分が眠っている間に、半人半妖の身体を得てどこかに行ってしまった。
いつしか、オリヴィアだけになって……。そのオリヴィアもいつの間にか居なくなって――。
私は
「そこでようやく、この世界がクレイモアの世界だって気づくんだもんな」
とんだ間抜けである。
そんな話があるはずがないと、憑依なんてしているにもかかわらずに最初から切って捨てていたのだから。
「ごめん……」
自然に漏れ出た言葉で、私は茶髪の小さな娘に謝った。
許されるなんて思ってない。
これはエゴだ。
「どうして謝るの?」
鏡の中で、茶髪の少女が不思議そうに小首を傾げた。
「……守れなくて、ごめん」
形容しがたい想いを、私は無理やり言葉に変えた。
守れなかった。
私は申し訳なくて、ひたすら謝った。身体だって、いつの間にか受け継いでしまった。
私は守れなかったことを許せなくて。身体を奪ってしまったことが悲しくて。ずっと思い出さないようにしていたのかもしれない。言葉だってそうだ。
「そう……」
「……」
オリヴィアは、私の稚拙な謝罪を汲んでくれたように見えた。
しかし、条件付きで。
「ねぇ、それなら。そう思うなら。おねぇちゃんを……また助けてあげて」
「えっ?」
オリヴィアはこちらを伺うように言った。オリヴィアの姉のサルビア。でも、サルビアはもう……。
「おねぇちゃん。まだ一人で苦しんでいるから、助けてあげて」
「えっ……?」
そうオリヴィアに言われて、私は初めてサルビアの存在を感じた。これまでは、なにか妖気フィルターのようなものがあったようだ。
ここのずっと下の方で、その鼓動を感じる。
「サルビア、生きていたのか……?」
彼女を救うことに否やは無かった。
彼女はオリヴィアの肉親だ。私の肉親でもある。生きているのなら、助けること自体に忌避感は無い。
「……わかった。……。でも、オリヴィアは……?」
私はふと、この鏡の中の少女がどうなるのか気になった。
「私はずっと前に終わったの……。でも、私はずっと救われてる。あなたのお陰で、私は一人じゃなかった。最後のその時まで」
ここに居るオリヴィアは、生きていたオリヴィアの残響のような存在らしい。そんなことを、私は直感した。
オリヴィアは寂しそうな顔をしていたが、話していくうちに、急に悪戯めいた表情を取り繕った。
「それに、あなたの言葉で、ロスタイムっていうのかしら……」
「え゛。ロスタイム?」
突然の横文字に私は面食らった。
「えぇ、そうね。ロスタイムよ。あなたを通して、私は自分の言葉で仲間達と関われた。私は終わっていたのに、いつの間にか、自分の意志だってココにあったんだから」
そう言えば……。
仲間内から駄目な妹扱いを受け始めたのは、北の戦いを終えてからだ。もしかしたら、その時から一緒にいたのかも知れない。
この子の影響があって、私は
「ぷ。クスクス。あっははは! そうね。そういうことにしましょう」
なんでだよ。
なんで笑うんだよ。
なんて含みのある言い方なんだ。
「違う。含みなんてないわ。ふふ……、本当よ」
オリヴィアは目に浮いた涙を拭った。
「……話は変わるけれど、……あなたが思い出したこと、悟られてはいけないわ」
「は? ……だれに?」
いや、別に良くね? ディスコミュニケーションが解消するから良くね?
「あなたの中にいる。もうひとりのおねぇちゃん」
「は?」
私は茫然とした。
え、もうひとりって……サルビアって二人いるの?
「……そうよ。わたしとあなた。それと同じようにね」
オリヴィアは、少し寂し気に言った。
「彼女は私達をとても大事に思ってる。でも、それは、その他を滅ぼしてしまいかねない、危ういものなの」
「それって……」
どういうことだってばよ。
「本当の敵は、
な、なんだってー!?
助けろって言ったり、倒せって言ったり。どっちなのよ……。
そもそも。
「この会話も聞かれてるんじゃないの?」
「ここは、私だけの領域。おねぇちゃんは私達を大事にしてくれている。だから、ここだけは不可侵領域なの」
んー、イマイチ実感が沸かないんだけど。
サルビアが実は二人いて、一人は苦しんでいるから助ける。もう一人は倒すってことか……?
「……あなたがここから出るとき、私は最後の力を振り絞って……あなたの中にいる、もう一人のおねぇちゃんを外に弾き出すわ」
「最後って、え?」
やっとまた会えたのに……最後?
「出てきたおねぇちゃんを、あなたが倒すの……。いいえ、全部終わらせてあげて――」
鏡が光り、オリヴィアの悲痛な思いが伝わってきた。
あの時、妖魔に襲われて人生が狂ってから悲しい連鎖が続いた。
組織に脅されていた姉が死に、彼女自身も実験材料にされて……。
そして、彼女は私が
それでも。
それでも、彼女は全部を飲み込んで終わらせようとしていた。
過去は変えられない。
握りしめた拳から悔しさが滲んだ。
かつて一心同体だった私は、その想いを叶えなければならないという、何処か後ろめたい決意に駆られた。
「それに、同期だって手伝ってくれる。私、お友達がいっぱい居たのよ?」
そう言って、オリヴィアは寂しく笑った。同期とは……イマジナリーフレンズのことだろうか。
「それと……。出来るだけ日本語で話すのよ」
「え……」
は?
それじゃ、いつもと変わらないじゃん。
「おねぇちゃん、
「えー。……なんか、腑に落ちないけど」
納得出来なかったけど、オリヴィアを安心させる為に、私は頷いて了承した。
沈黙が辺りを埋める中、への字に口を曲げた私は、少し間を空けて胸を叩いた。
「わかった。……泥舟に乗った気持ちで安心してくれ!」
不意にこの子を、前みたいに笑わせたくなった。
子供向けのお伽話。
昔はしょうもない冗談を言い合ったものだった。それで、悪戯めいた密会の最後は、彼女の母親にお尻ぺんぺんされるのだ。
「〈かちかち山〉ね。全然安心できないわ。ふふ」
鏡の中でオリヴィアが笑い、手を差し出した。
私も微笑んで、もう一人の私に手を重ねた。
すると、鏡が光を放ち、世界が徐々に真っ白に染まっていった。
光の中で、はらりと、Jcという文字が落ちたのが見えた。
「ここから、完全に目を覚ましたら……先ずは、クレアを助けるのよ。
「あ、原作!?」
最後に、オリヴィアが全裸の女の人が乗った本を片手に、ウィンクして言った。
「要らないこと、私が全部貰っていくわ。余計なこと考えないで、いつもみたいに一生懸命やりなさい。わたし!」
……傍から見たら、エロ本じゃん。神かよ。
視界が真っ白になった。
―――
――
―
今度は、真っ暗な部屋で目を覚ました。しかし、不思議と不安はなかった。
6人の半人半妖の気配を感じる。
イマジナリーフレンズ……。いや、オリヴィアの同期達だ。
「もう、いいの?」
おずおずとした様子で、そう話しかけてきた二人は、前髪が跳ねたセフィーロだ。
彼女達は私が記憶を取り戻すのを、ずっと、待っていたのかも知れない。
「もう大丈夫」
「そう。……そっか」
私が返事をすると、二人いる、鏡写しのセフィーロがお互いに頷き合った。
「生んでくれて、ありがとう」
「こんなこと言うのは変だけど……。その、元気でね」
最後の別れのようにそう言い合ったセフィーロの一人が、こちらにせかせか歩み寄った。性格のツンツンした方だ。
「わたしたちも、かぁ~。寂しいねぇ」
「あんたには、悲しい別れは似合わないわね。頑張りなさい」
次は、ロザリーだ。
巨乳の二人は眺めているだけで絵になった。
「じゃあねぇ」
「いつか、また」
緩い方のロザリーは、私にゆっくりとした足取りで歩み寄った。
最後は小柄なママのレアだ。
「私達は」
「何方が何方ということもないけど……」
「後は頼んだわよ」
「……えぇ任せて」
私にレアの一人が、軽い足取りで寄り添った。
残りの皆は、ここに残ってオリヴィアの手伝いをするようだ。何故か、それが伝わってきた。
手を振るみんなが、一人ずつ消えていく。
「楽しかったよ、オリヴィアと一緒で」
「その子を頼むわね」
「風邪引かないで」
同期の心を守るために産まれた、別の人格達。
皆を守るために、彼女達は最後の役目を果たす。
「さて」
彼女達が消えて真っ暗になった空間に、セフィーロの声が響いた。
「それじゃあ、助けに行くわよ!」
「お〜!」
「えぇ」
サルビアを助けに行く、オリヴィアのお願いを抱いた私達は、円陣を組んで手を合わせた。
「いくぞ!」
一人ずつ、私の背中を押してくれる感覚があった。無理矢理捩じ込まれるように、私の意識は深層へと潜っていった。
「うわ」
しかし、なんかめっちゃ、ぐにゃあってなるんだけど。
「ぐぅぁ……。ここは……?」
身体がネジ切れる様な目眩が晴れると、私は組織の訓練室に独りで立っていた。
鼓動の音だけが響き、とても静かだった。
少し恐ろしかったが、目を瞑ると私の中に皆の気配を感じた。ここに存在出来るのは、私だけということか……?
見渡すと何もなかった。
しかし、響く鼓動を辿ると私の背後に黒い塊がいた。
頭には茨のような環が浮いており、身体中が黒いクレヨンで塗り潰したように見えた。座り込んだ彼女の揺れる動きに合わせて、鳴動している。
それは、変わり果てたサルビアだった。
「サルビア……」
昔の明るかった……おねぇちゃん面した生意気な面影はなかった。
チクリ魔のサルビアが、一人ぼっちでここに居ることは胸が締め付けられた。
「どうすりゃいいんだ?」
フラフラと揺れる彼女を見て、私の背に怖気が走った。近づくのもやばくない? これ触ったらウィッチみたいに、キャァァァって言って襲ってこない??
――聞いて。
――感じてぇ。
――考えて?
私が考え込んだ時、内なる同期達がジェットストリームアタックのように、役に立たない助言を繰り出してきた。そういうのいいから。超える力とかないから。考えても答え出ないから。
しょうが無いので、私は近づいて肩を揺することにした。とりあえず、とりあえずだから。他にやりようがないし。
「!?」
サルビアから溢れた影を踏んだときに、それは起こった。
なんと、私は影に落っこちてしまった。
「あっ。ボッ! この影! 深い!!! あぼぼぼぼぼぼッ!」
私は影に吸い込まれた。
〈げんこつ〉のミサエッ!