皆々様方。
必ず一人で。心安らかに。
ティッシュを横にセットして。
ズボンを脱いでお楽しみください。
――ノイズ。
「お母さんから教わった、おまじないをしてあげる!」
「えー! 私もする! おまじないは、『エロエロエロッサイム、ちちんぷいぷい』、なんだよ?」
「オリヴィア……一体何を言っているの?」
遠くで幼い子達が、じゃれ合っていた。何となく見覚えがある。
客観的に虚空へ独り言を話すように見えるオリヴィアへ、彼女の家族が呪詛療法を試みる場面だ。結局失敗したが。
何を隠そう、私と積極的に会話してしまった結果だった。他の家に疑われ噂される前に、手を打とうとしたのだろう。
そんなことを思い出しているうちに、サルビアが何事か呟いてオリヴィアの額に口付けした。
――ノイズ。
その後も色んな場面が溢れた。
記憶の再生だ。
サルビアが干渉する私達に、何かを見せたいらしい。
伝えたいことは良く分からなかった。
しかし、最後の場面で、椅子に縛り付けられたオリヴィアを見たサルビアは、ありったけの妖気をまるで自制するように内側へ暴走させたのが分かった。
――暗転。
この人は最後まで、オリヴィアや私を護ろうとしてくれていた。いや、私は微妙に疎まれていたか。
私が虚空へ手を翳して妖気操作すると、暗闇が泡のように集まってきた。さっきの影だ。
サルビアの記憶に触れて分かったが、これはサルビアが抑え込んでいる力そのものだ。
こいつを引き剥がして、開放してやらなくちゃならない。
しかし、妖気操作を止めると、影は元の位置に帰っていった。
これを全て集めて、何処かへポイするにしても、相当な妖気操作能力と集中力を必要とするだろう。
今の私ならできるかもしれない。
一度、全力でやってみることにした。
「ぅぉおおおおお!」
手のひらが、強烈な吸引力を発揮して、目に見えて影の密度が下がっていった。
「おおおぉぉぉぉ……」
そうして、手の上にダークマターもびっくりな、黒い靄の塊が出来た。
「で、出来た……。メルカリで一万円で売れそう。あっ!」
アホなことを考えて集中力が緩むと、影はあっという間に戻っていった。
――ばか。
――あ〜ぁ。
――もっとこう、こうよ。
三馬鹿が、にわかに騒がしくなった。うるせっ。
「はぁはぁ……あれ?」
ガクンと膝が抜けた。というか、これめっちゃしんどいくない?
もの凄く消耗している。多分、頑張っても数秒しか維持ができんぞ。
でも、もう一度だ。
今度は持ったまま離れるべく、私は再度妖気を集中させた。
「ぐぅぃにぎぎぎ……」
再び黒い靄の塊が出来た。
このまま、離れる!
しかし、私の足は動かなかった。
――ばか!
――中、中だよぉ!
――今影の中
そういや、そうだった!
逃げ場など何処にもなかった。
徐々に分解しそうになる影の力。
「あわわ、あわわわわ」
そう何度も集めることはできない。
焦った私は、靄を頬張った。
――!?
――味は?
――!?
「もがっが……。!?」
すると、解像度を落としたポリゴンのように、空間がヒビ割れていった。ええんか? これでええんか??
黒い影が砕け散り、いつか見た、村の高い青空が眼前に広がった。
これは……上手く行ったのか。
しばらくすると、私の頭に背後から影が落ちた。
「……また、助けてくれたのね」
「もが!」
懐かしい声が聞こえ、私の頭がかき回された。
撫でる手を追うと、女が立っていた。
女は母親が偶に着ていた服を纏っていた。家に一着しかなかった、流行遅れの外行き服だ。
昔見た姿よりも幾分か大人になった、サルビアだった。
「がもがが……」
「……」
流石の私も、久々に見た肉親の姿に、ちょっとウルっときた。
だが、ちょっとまって欲しい。口の中の靄はどうすればいいんだ……。
せっかく会ったのに喋ることができない。
「……いつも、そうね。貴女は何も言わず、どんなに冷たくされても妹や私を助けてくれた。だから、最後に伝えたかったの」
「もっがもっも!」
ちょっと待てぇ!?
「ありがとう。いつも助けてくれて、ありがとう」
「もがもががっも!?」
話し聞けや!
その時、黒い靄の塊が口の中で膨張し始めた。おわー! リバースする!?
慌てて両手で口をふさいだ。私は今、顔色がきっと緑になっているだろう。頭も心做しか、デカくなってない?
「ありがとう……」
「あっ」
お礼を言ったサルビアは、光の粒になって空に登っていった。
お礼が全然頭に入ってこなかった。というか、靄……飲んじゃった。
キュルルルルル。
割と絶望するタイプの音が、私のお腹から鳴った。
「は!? おえーっ!」
喉に手を突っ込んで嘔吐いたが、何にも出なかった。まじか……。出てこないんやが。
キュルルルルル。
「やべぇ! どうしよう、やべぇ!」
私はテンパって、やべぇ!連呼ロボと化していた。
キュルルルルル。
そうしているうちに、絶望がやってきた。
「あかんやつ! ぬぅおぁ!!」
激烈なる腹痛。
今までに感じたことのない痛みだった。
アドレナリンがドバドバと出て、視界が明滅した。
「い、痛い。外に……外に出ないと……。う、あ、い。い、あ、う!」
私は朦朧としながら、外へ向かって歩いた。歩くたびに口から変な声が出た。
自分で考えられなくなった私は、内なる声に耳を傾けた。
懐かしい村の道を、よちよちと歩いていく。
――そこを右よ。
――次は左。
――上よ。
上!?
どうやって行くの!?
私は内股で丘を登り始めた。
すると、雲の隙間から私が照らされ、キャトルミューティレーションのように身体が吸い込まれた。
「うわぁぁ、待って待って! 逆さまになってるから!」
私は回転しながら、空へと昇っていった。
―――
――
―
漏らした。
この年になって漏らした。
私は悲嘆に暮れた。
私から漏れ出た影によって、辺りが再び真っ暗になった。
これ吸っても平気……? 嫌悪感が半端ないんやが。
帰り道は、空ではなかったのか。
腹痛の収まった私は、疑問を懐きながらも上下も分からない空間を、再び歩き始めた。
真っ暗で何も見えない。無事に帰れるのか、これ?
不安でいっぱいだった。
しかし、ふと後ろから声が聞こえた。
「こっちだよ」
「ついてこい」
私を通り越した二人の戦士は、見たことのあるような背中をしていた。
モブ系ロン毛と短髪の髪型をした二人だった。
「みんなに宜しく」
「頼むわよ」
私の少し先を歩く二人は、私が行くべき道を示すと薄くなって消えた。
北のメンバーだ。
No.35 パメラ
No.41 マチルダ
一緒のチームだった二人だ。私は彼女達を守れなかった。
「…………うん」
なんと言って良いか分からずに。
私は二人が消えた跡へ、しばらく経ってから曖昧に返事を返した。
何故か涙が出た。サルビアと逢って、涙腺が緩くなっているのかもしれない。
二人が示した先。
少し進んだ先で、また声を掛けられた。
「こっちだ」
「まっすぐにな」
「振り向かないで」
そう言って、三人は私を追い越した。
No.13 ベロニカ
No.31 タバサ
No.39 カルラ
きっちりポニテ、一本おさげ、バサバサロン毛のベロニカチームの三人だ。
オリヴィアと逢って、少しだけ原作を思い出した私は、本来生き残るはずだったタバサに申し訳無さを抱いた。彼女達は、私の心が生み出した幻覚なのだろうか。
タバサは私を振り返ると、歩み寄ってきた。
「気にしてはいない。あの戦いは、誰が死んでもおかしくなかった。お前のお蔭で、助かった仲間が増えたんだ」
「……うん」
そして、私の頭をゆっくりと撫でて消えた。手の温かみを感じた私の瞳から、またポタポタと涙が勝手に出てきた。
「シンシアを頼む。何かと背負い込みがちだからな」
「私達の分まで、皆を助けてやってくれ」
振り返ったベロニカとカルラも、そう言い残して消えていった。
「……うん。うん」
歯を食いしばったけど、勝手に涙が出てきた。みんなの分まで頑張るって、前に決めてたのに。
「なんでぇ。……ぐす」
北の戦いで、折り合いを付けたはずなのに私の涙は止まらなかった。
「足を止めるな」
「進むんだ、オリヴィア」
ミリアチームにいた、クーニーとウェンディだ。
二人は、前が見えなくなり足を止めた私をそっと押した。
私が、あの時もっとちゃんとしていれば、彼女たちも助けられていたのかもしれない。
No.20 クーニー
No.30 ウェンディ
「ミリア隊長を頼むぞ」
「ああ。あの人はすごいけれど、放っておけないからな」
「……うん」
どこか、吹っ切れたように言う二人が、薄くなって消えていった。
「やめてよ……。消えないで……。勝手に逝かないでよ」
みんな、私を生かすために、辛うじて繋いでいた命を使っているのを私は悟った。やめてくれよ……。
「オリヴィアさん……」
「もう、止められねぇよ」
「お前が生きて繋ぐんだ」
「私達の生きた証を」
No.8 フローラ
No.27 エメリア
No.36 クラウディア
No.43 ユリアーナ
めっちゃ強かったゆるゆるロン毛のフローラ。そんな隊長に率いられててみんな。
フローラがライオンのやつに倒されてなかったら。
本来は、ミリアのチームよりも生き残っていたのかもしれない。
「クレアさんを宜しく頼みます。私の〈風斬り〉。受け継いでくれてありがとうって、伝えてください」
「自分で言えよ……馬鹿」
最期だっていうのに、私の口からは減らず口が出た。やめてみんな。逝かないでよ。
「くす。実は前にもう言ったんですけどね」
「……えぇ」
手を振った4人が消えていった。
私はついに膝から崩れ落ちた。
私は、自分だけ助かりたいがために、足を進めてるんじゃないんだ。
本当にやめてくれよ……。
私はあの時、みんなと、人間として生き残りたかったんだ。
「…………」
次は、セフィーロ、ロザリー、レア。
私と一心同体のみんなが、私の前に現れた。
「さっきまで、一緒にいたじゃん! やめてよぉ!!!」
私は叫んだ。
「ごめん。オリヴィア」
「でも……ちょぉっと。足りなかったみたい」
「子供を助けるのは、親の義務よ」
みんな私を助けるために、辛うじて残っていた命を削っていた。
「独りにしないでよ!!」
私の慟哭を聞いたみんなは、膝を折って利き手を私に添えた。
「一人にするわけじゃないわ」
「ずっと、そばに居るよ」
「心は離れないわ」
「やめてよぉ……」
みんなが光の粒に代わって、私の中に注ぎ込まれた。
周りの影が薄くなった。
みんなの力が、私の体に馴染むのを感じた。
「うぅ…………」
嫌な予感はしていた。
順番に消えていく仲間。
最後に現れるのは、私が探し求めていた人。
「オリヴィア……」
「……カティアぁぁぁ。やめてよぉ」
髪の長いカティアは、べそをかいて顔をぐちゃぐちゃにした私を見ていた。
「逝かないでよぉ……」
「オリヴィア。……変わり無いようね。ねぇ。少し、背が伸びた?」
カティアは私の手を引いて、助け起こした。
「……オリヴィアに伝えたいことがあって。私はみんなから、少しだけ時間を貰ったの」
「……」
多分、カティアはあの時にやはり死んでしまったのだろう。
それでも、残留した思念としてこれまで残り続けてたんだ。
「オリヴィア。あの時、私を人に戻してくれてありがとう。最後に貴女にそれが伝えられなかったことだけが、私の唯一の心残りだった……」
そう言って、カティアは私の頭を撫でた。
「……最後なんて言うなよ。感謝してたのは私の方なんだ……」
カティアの顔を見ようと思ったのに、頭をあげられなかった。
本当は、ほんとの本当に最後なんだと分かっていた。
本当は。
本当の最期は、笑顔で送り出さなければならない。
しかし意に反して、涙が溢れた。
再び逢えて嬉しかったのかもしれないし。
折角逢えたのにまた別れないといけない事が悲しかったのかもしれない。
私は、私の気持ちが分からなかった。
「私は! この世界に生まれて、ずっと独りぼっちだったんだ!」
オリヴィアとの記憶を取り戻すまで、私は本当に独りぼっちだった。
私を理解してくれる人間なんて誰もいなかった。
言葉も通じなかった。
「……カティアが。あんたこそが、私を人に戻してくれたんだ! もう一度、ちゃんと人として生きようと思えたのも。あんたのお陰なんだ! だから、……最後なんて」
ずっと人に理解されないまま、馬鹿をやって生きてた。
寂しさに狂っていた。
成長しない身体に、白い頭。
そして中々上達しない言葉が、相手に通じないことだって苦しかった。
勝手に動き出す腕も、勝手に喋り出す口だって。
自分の身体が人でなく、さらには、他の仲間とも違うなんて事を考えただけで、本当は苦しかったんだ。
そんな時にカティアに逢えた。
あんとき、地獄のような任務だったけど、本当に苦しかったあの頃。
たった一つ救えた命がカティアだった。
「オリヴィア……」
私の名前を呼んで、カティアは髪を掻き上げて柔らかく笑った。
本当に悔いなんて無さそうな。そんな笑みだった。
視界が、さらに歪んで見えにくくなった。
「貴女に、私の大事なおまじないをあげる。私も大事な人から貰ったの」
「……な゛に?」
カティアは、私の額に顔を寄せて口付けた。
「泣いても笑っても、悔しくても前に進みなさい。それが、貴女をきっと救ってくれるわ。これから先も、きっとね」
光が弾けた。
白い光が溢れて、カティアだったものが空に上っていった。
「行ぐなよ! 置いでぐなよ!」
――生きて、オリヴィア。それが皆の願いよ。
「……」
皆の願いだって……?
降ってきた光が私の頭に触れて、みんなとの思い出が弾けた。
世界が白く染まっていく。
目覚めの時間は近かった。
何行か書くのに、ティッシュをやたら使ったのは私です。