「つまらない」
一方。
プリシラは、吐き捨てるように言葉を紡いだ。
「なんというか、生き残ったのが戦士としても2流のあなた達なんて……。なんて、つまらない。でも、目が折れていないのが居るわね。はぁ……いいわ。先輩として、改めて格の違いを教えてあげる」
プリシラはそう言うと、身体が少し縮んで、短い茶髪の少女の姿になった。
小さな人間体に変じたプリシラは、右手に妖気を集中させて大剣を形成していった。
「へぇ。高慢ちきな男だったけど、手品としては使えそうね。これ……」
形成されていく大剣を見てプリシラは、そう言った。
覚醒体イースレイの妖気物質化の力。全てを喰らい尽くしたプリシラへ受け継がれていた。
切っ先まで生成されると、片眉をあげたプリシラは戦士達を一瞥した後、考え込んだ。
「そうね……。強さはどのくらいにしようかしら……。戦士になりたてのナンバー2の強さなんてどう? それなら、多少はいい戦いになるんじゃないかしら。まぁ、力を上げていくけど……ね!」
そして、突如目にもとまらぬ速さで移動した。
(この子が再生の要ね)
「!?」
狙いはシンシア。
この戦いの復帰のキーパーソンだ。
プリシラは、先ほど負傷した戦士を回復する様子を見ていた。
「な!?」
(間に合え!! これ以上、失わせるな!!!)
ミリアは自分に言い聞かせるように駆け出した。
限界を超えた〈幻影〉。
ヒステリアをも下したその技は、ミリアをプリシラがいる高みまで一気に押し上げた。
「!? さすが隊長格……ね」
流石のプリシラも、ミリアの一撃は無視できなかった。
大剣に半ば食い込むミリアの刃。
その時。
ミリアの力を受け止めたプリシラの大剣が、力を受け流すようにあっさりと折れた。
「なにっ!?」
「今のは少し、危なかったわ」
肩透かしになった攻撃の勢いを、ミリアは殺しきれなかった。
速度を制御できずに、陥没した地面を転がった。
「ミリア!?」
「……」
仲間が声を上げる中。
片側の口角を上げて嗤ったプリシラが、片膝をつくミリアへ襲い掛かろうとした。
プリシラは、肉の大剣を再び形成した。
「させるかぁ!」
今この瞬間に、ミリアを追撃しようとしたプリシラ。そこへ下から斬り上げるように、クレアが襲い掛かった。
〈高速剣〉!
「思い出したわ。それ、あの人の技でしょ?」
「!?」
「さっき試しに受けて見たけど。大剣の範囲外で、あなたと等速以上で下がれば……。当たらない。違う?」
〈高速剣〉を知らない相手であれば、その一撃でバラバラになっていただろう。
しかし、プリシラは違った。
(避けられた!)
必殺の間合いを見切られた。
クレアの肌に張り巡らされたレーダーが、無拍子のような動きでプリシラが後ろへ下がるのを感じた。
(戦士としても、こんなにも格が違う)
その事実は、クレアの心を蝕んだ。
徐々に離れていく、敵。
極限の集中により引き延ばされた視界で、クレアは臍を嚙んだ。
「はあっ!!!」
(ここだぁ!)
下がった人間体のプリシラへ。
背後から、妖気が限界まで高められたウンディーネの〈瞬剣〉が放たれた。
ウンディーネは先の分身体との戦いから、己の消耗具合を正確に把握していた。そして、これまで力を温存していたのだ。
最善のタイミングまで。
「!?」
大剣を振りぬく大ぶりの一撃。
それの高速化。
腰のねじりによる渦動を、妖気によって往復する力にまで高めた技だ。
〈瞬剣〉――8連。
斬撃数が何倍にもなったこの技を使えば、ウンディーネはしばらく立ち上がることができないだろう。
しかし、強敵への覚悟が、ここで使うという選択をした。
限界を超えて左右へ振れるウンディーネ。
しかし、その背中を、交差する斬撃の軌道を見切ったプリシラがそっと押した。
「ガッ!」
押す。
いや、足蹴にするのと同時に、プリシラは危険な刃を刈り取るのも忘れなかった。
ウンディーネの残された片腕が飛んだ。
「ちきしょ……!」
「少し、ヒヤッとしたわ。でもよく見れば、対処は容易い。私に傷をつけるには程遠い」
自身に帰ってきた捻れた力が制動できずに、ウンディーネは仰向けに転がってしまった。
そのすぐ脇に、大剣が刺さった。
腕は大剣を握ったままだった。
「ウンディーネ!?」
妖気を絞り出したクレアが、ウンディーネを助けるべく更に追撃した。
込められた妖気によって、クレアの右腕の血管から血が噴き出した。
〈高速剣〉!!
「しつこいわ」
「ガァァッ!」
しかし、プリシラはクレアの攻撃を真っ向からすり抜けた。
「……馬鹿な!?」
「馬鹿なのは貴女よ。先程まではともかく、今の速度なら、私も出せるわ」
「く! ガアアア!」
クレアの〈高速剣〉と見紛う斬撃の速度で、プリシラも応酬した。対するクレアも妖気を振り絞った。
耳を塞ぎたくなるような高速の打撃音が、辺りに響き渡った。
プリシラとクレアの大剣が競り合った音だ。
「ぁ……」
「くす……」
刹那。
クレアの〈高速剣〉が敗れた。
血飛沫を吹き上げたクレアは、自身の血の海に沈んだ。
「クレアさん!? がっ!」
「クレア! くっ!」
助けに入ろうとしたシンシアが蹴飛ばされ、ミリアが大剣で遠くへ弾かれた。
(間に合わない)
誰もがそう思う中。
そのままクレアに歩み寄ったプリシラが、片手で大剣を振り上げる。プリシラは、感じ取れる因縁に終わりを告げるつもりだった。
「!?」
その時。
クレアに止めを刺そうとしたプリシラの首を狙う軌道で、大剣が音も無く飛んできた。
「次から次へと……。……?」
プリシラは、余裕を持って躱した。そう思ったが、違和感のある首元を確認した。
プリシラの首筋が浅く切れた。
大剣を投げたのは、いつの間にか回収をすませていたユマだった。荒く息を吐いた表情から、幾筋もの汗をかいていた。
血を拭って確認したプリシラが、ユマを睨んだ。
「逃げろユマ!!」
デネヴが叫んだ。
「雑魚かと思えば……。こうなった私に、最初に傷をつけるのが……。またあなたなんてね!」
「きゃ!」
「くっ!」
プリシラは周りで斬りかかろうとしていた、イライザやアナスタシア、ディートリヒを大剣で一蹴した。
死に体のウンディーネやクレアを放置して、プリシラは高速で飛び出した。唯一の武器を手放したユマは、丸腰だった。
「え、え!? がっ!?」
ユマは反応できなかった。
勢いよく転ばされ、目を開ければ、逆光で顔の暗くなったプリシラが見えた。
倒れたユマを、プリシラが足で押さえつけていた。
「死ね」
片腕を振り上げて、持ち替えた大剣を真下へ突き刺した。
ミリアは駆け出した。
これ以上、仲間をやられるわけにはいかなかった。
「ユマァァァ!!」
駆け出したが間に合わない。
ミリアの悲痛な叫びが響いた。
しかし――。
「おまえ……?」
「へへ……。私も雑魚のままじゃないんだ!」
プリシラの大剣は、首の皮一枚で避けられていた。
左手で右手の手首を押さえたユマが、プリシラの腹に掌を向けていた。
外部からの妖気操作。
大剣をただ突き下ろそうとしたプリシラの関節の制御へ、ユマは割り込んだのだった。
(一瞬でいい! 止まってくれ!!!)
ユマはそのまま妖気を高めて、プリシラの動きを制止しようとした。
「今だ!! ナタリィィ!!」
「はぁああ!」
「!!」
ユマの上、大剣を地面に突き刺したプリシラを狙った大振りの横なぎ。
不意の一撃。
しかし、寸前で大剣に防がれた。
ユマのつたない妖気操作では、プリシラを縛り付けるには至らなかった。
プリシラは勢い付いた大剣に振り回され、ユマと離れた遠くに着地した。
今度は、首が深く切れた。しかし、切断には至らなかった。
傷が徐々に塞がり、流れた血もすぐに止まった。
死角から大剣を振ったのは、ナタリーだった。
「死んだはず……。いや、鎧で滑らせて躱したのね? 妖気がないから、判別が出来なかったわ」
「いいや。外れだ!!」
「……何にしても次で殺すだけよ」
オリヴィアのおっぱい
ナタリーは自信満々に外れを叫んだ。
極限の緊張と、この強敵の裏をかけたことで、ナタリーの脳内に快楽物質が大量に分泌されていた。
立て続けに、ミリアが再度襲い掛かった。
今回は、速度を正確にコントロールした動きだった。
「ハァァア!」
「ふん……」
ミリアが戦っている間、アナスタシアは髪を紡いでいた。
(初めに一撃で破壊されたように、空に張ったところで、あの覚醒者には立体的な攻撃など意味がないかもしれません。それでも)
そんな考えの元、アナスタシアが絡めているのは、味方への糸。反発力を利用して、ミリアを助けるべく動いていた。
思い出すのはオリヴィアのあやとり。
船の中で教わった紐を使った遊びだった。
(一本の紐も絡めれば、形が変わる。そうですよね!)
ミリアとプリシラの戦いには、イライザ、ヘレン、ディートリヒが続いた。先ほど善戦したユマやナタリーも参戦したが、警戒されていたのか、プリシラによってあっさりと退場させられてしまった。
他のメンバーは、ケガや消耗で死に体となっていた。
「クレアさん!」
「く……!」
シンシアがクレアの再生に入った。
傷は深く深刻だった。
妖気同調によって塞いだはずの傷口から、血が飛び散った。
「!? クレアさん、あなた……?」
「いいんだ。続けてくれ! 必ず治るはずだ!」
「……」
クレアの妖気は既に枯渇寸前だった。
真剣な表情になったシンシアは、治療を止めた。
「やめないでくれ! シンシア! 必ず治る!!」
「クレアさん……。もう休んでください。貴女は一番弱いくせに、大きな力をその身に宿して戦い続けてきました。もう休んでください。あとは、私が引き継ぎます」
「シンシア!?」
「私こう見えて、ウンディーネさんに次いでナンバーが浅いんですよ?」
そう笑ったシンシアは、妖気解放するとプリシラの方へ飛んで行ってしまった。
「そんな……待ってくれ……。私はまだ戦えるんだ。待ってくれ……」
(身体に妖気を満たせ。絞りだすんだ! できる! 動け!!)
クレアは涙を零しそうになりながら、大剣に縋り這うように立ち上がった。
今、クレアが使える持ち札は少なかった。
〈高速剣〉も全盛の力を使えるのは、ほんの一瞬だけだろう。疲労した状態の〈風斬り〉も、どこまで通じるかわからない。
なんとしても、必殺の間合いまで近づかなければならなかった。
(大剣が重たい……。〈高速剣〉を使いすぎた……)
クレアは直情的に〈高速剣〉を打ち放ったことを悔いた。
仇を前にはやる気持ちが、クレアにそれを強いているのだった。
遠くの戦いで、ヘレンやイライザが負傷したのが見える。
(みんなが倒れていく……。駄目だ!!)
涙目でクレアは、倒れそうになる足を進めた。
そんなクレアの前に、傷の治りかけのデネヴが立ちふさがった。妖気が、もはや足りていないのだろう。大剣を杖に、必死な形相だった。
「どいてくれ! デネヴ!」
「なんて顔してやがる。クレアよく聞け。それ以上動くな!」
「!?」
デネヴから戦いを止められたことで、クレアの頭の中は衝撃で満たされ、真っ白になった。
「違う。そうじゃない。戦いを止めろと言ったんじゃない」
「え?」
「力を温存しろ。チャンスはたったの一回だ。皆もう限界だ。だから、お前に託す。ミリアの最後の策だ」
―――
――
―
まともに戦えるのは、いつの間にかミリアだけになっていた。
プリシラは徐々に力を戻しており、既に翅のない覚醒体へと変じている。
「あなたには、わかっているんでしょう?」
「はぁ……はぁ……」
限界は近い。
全員身動きできないほど、消耗しているのだった。
ミリアに至っても技を放つことができるのは、あと1度だけだ。
「力差が。どんなに振り絞っても勝てないってことを」
(まだか……!)
その時、ミリアの小指に結んだ髪の毛が一定のリズムで引かれた。
(来た!)
顔を伏せたミリアは、その場に沈み込んだ。
「最後まで……」
「!?」
「やってみなければ、判らないだろう!!」
限界を超えた〈幻影〉。
その動きを既に何度も見たプリシラは、怪しく笑った。
「またそれ? 避けるのは大変だけど、難しくはないわ」
「ガァァ!」
衝突の刹那。
技の初動を見切ったプリシラは、衝突の力を大剣を使っていなした。
折れるプリシラの大剣。
ミリアにも、躱されることが分かっていた。
もう何度も見せた技だ。
ヒステリアの様に、何度も同じ技に付き合ってくれる相手じゃないのは分かっていた。
「フフ」
プリシラは接触によって切断された大剣を、ミリアの大剣の懐で
「がっ!?」
中途半端に接合された大剣は、ミリアを切断するには至らなかったが、撫で斬りの様にミリアに傷を負わせた。
凄まじい速度で、遠くへ転げていくミリア。
プリシラの中で落胆が広がった。
「これで全員倒れた。なんて、あっけない……ぅ!?」
プリシラの胸から飛び出すのは、大剣の刃。
あの瞬間に、ミリアの〈裏刃〉が届いていた。
思慮外の攻撃を受けたプリシラの動きが止まった。
その瞬間。
「ぁぁ!!」
弱々しい妖気が眼前へと迫っていた。
「!?」
(こいつら、糸で繋がって!?)
空中に煌めくのは、アナスタシアの髪の毛。
糸に引っ張られて迫ってくるのは、弱々しい体に不釣り合いな力を蓄えた戦士。
クレアだった。
倒れこんだ戦士達の手には、髪の毛が握られていた。
ウンディーネに至っては、口で喰らいついていた。
みんなの気持ちは一つ。
(いけぇ! クレア!!)
プリシラの打倒。
全員の力が結ばれた、絆の作戦だった。
衝突までの数瞬、プリシラは半分だけ残った大剣で、ミリアと全員の糸を断ち切った。
「!?」
速度が急激に落ちるクレア。
しかし、もう止められない。
もう、プリシラの攻撃を躱す力は残っていない。
クレアは目を瞑り、攻撃に全神経を集中させた。
〈高速剣〉!!!
「馬鹿よね。あなた……」
「はァァァァ!!」
互いの攻撃の寸前。
プリシラの首元から大剣が生えた。
「!?」
通り過ぎる刃に、プリシラは不思議と思い至った。
「あっ……」
(私の、大剣……?)
クレアから放たれる無数の刃。
硬直したプリシラは躱せなかった。
飛び散る肉片。
頭すらバラバラとなった。
そして、クレアの見る視界の向こうで、あのラキが大剣を突いていた。