〈痴呆〉のオリヴィア【完結】   作:peg

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〈希望〉

 プリシラを肉片に変えた後の話だ。

 

 クレアは負傷した仲間と共に決戦場を離れ、身体を癒やすために森林近くに見つけた沢で小休止していた。

 

 全員が妖気を限界まで消耗しており、ある程度回復するまでは、聖都ラボナへの帰還すら見送っているのだった。

 

「はぁ……はぁ……」

「シンシア、お前も休め。防御型で回復が早いとはいえ……。お前も、もう限界のはずだ」

 

 仰向けに横たわったデネヴが、集中力を要する作業に息を切らせた様子のシンシアへ声をかけた。

 横たわったデネヴの身体は、肩口の一部筋繊維が露出したままになっていた。妖気がほとんど枯渇しており、回復が間に合わないためだ。

 生命維持にかかわるところではないため、回復が後回しになっていた。

 

「いえ、もう少しだけ」

 

 妖気同調によって妖気を消耗しているのは、回復役を担うシンシアも同じだった。

 プリシラとの戦いの最後の方では、うまく攻撃を躱していたとは言え、シンシアも少なくない傷を負っていた。

 

 修復しているのは、先の戦いで重症を負ったミリアの身体だ。

 先の戦いの最後に受けた攻撃。

 限界を超えた〈幻影〉へのカウンター。

 プリシラとの戦いは、ミリアに浅くない傷を残していた。

 

「これで何とか……」

「……」

 

 修復した胸元が浅く上下を繰り返していた。

 ミリアの妖気の消耗は酷く、今は回復の為、眠りの縁にいた。

 倒れたメンバーは、他にウンディーネやヘレン、ディートリヒがいた。

 

「こっちは終わったぞ!」

 

 他の負傷した仲間を回復させていたユマやナタリーが、汗を拭ったシンシアに声をかけた。

 

「ユマさんも、すっかり再生が上手くなりましたね」

「アレだけやったんだ。上手くもなるさ」

 

 前は下手だったといわんばかりの物言いに、ユマは肩を竦めて答えた。 

 

 声が聞こえたのは、ちょうどその時だった。

 

「おーい」

 

 森林の奥地から、比較的軽症だったイライザとアナスタシアが戻ってきた。

 シンシア達を回復に専念させるため、二人は哨戒に回っていたのだった。

 

「戻りました」

「辺りに敵はいないわ」

 

 イライザの顔には、未だ血の滴った跡が残っていた。

 軽傷。それは、動けないメンバーと比べた場合の話だ。

 全員が何らかの傷を負っていた。

 11名中5名。

 今、辛うじて動ける戦士達の数だ。

 

 戻ってきたイライザの顔は翳っていた。

 疲労もあったが、失ったオリヴィアのことを考えると、胸が張り裂けそうだった。

 

「今は、生き残れたことを喜ぼう。イライザ」

「ッ! わかってるわよ! それよりも、皆治ったの?」

 

 見抜いたナタリーが、倒木に腰掛けたイライザの肩へ手を置いた。

 仲間内でオリヴィアの話は、今現在タブー視されていた。彼女のことを話に上げることができるのは、全てが落ち着いた後だろう。

 イライザにもそれは分かっていた。だからこそ、言葉にせずに気丈にふるまっていた。

 

「あによ?」

 

 シンシア達から、気遣わし気な視線が注がれた。

 

 

 

 

 プリシラに止めを刺したクレアは、足の一歩を踏み出すこともできない程に疲弊していた。

 

「ラキ……。済まない」

「いいって。もっと頼ってくれクレア」

 

 プリシラ戦の最大の功労者である二人は、苔むした倒木に座り、寄り添い合っていた。

 仲間からは少し離れた場所だった。

 仲間達が気を使ってくれたのだ。

 

 完全に疲労困憊となったクレアは、寄りかかるようにラキへのその身を預けていた。

 

「しかし、どうしてお前があそこへ?」

「……前々から、イースレイと決めていたんだ。プリシラが記憶を取り戻したとき、俺が落とし前を付けるってな」

 

 超越者が暴れまわったとき、聖都ラボナに居たラキはプリシラが打ち勝つことを確信していた。

 

「……イースレイとは、〈深淵の者〉イースレイか?」

「その〈深淵の者〉ってのが、未だによく分からないけど、多分そうだと思う」

 

 クレアの視界の端に、地面に刺された大剣が見えた。

 ラキによって、最後にプリシラに突き立てられた大剣だ。

 印は誰のものか、判然としなかった。

 

「……あの大剣は?」

「俺にも、良く分からないんだけどさ。来る途中で呼ばれたんだ。そうしたら……そこに突き刺さってた。なんとなく、持っていかなきゃいけない気がして、持ってきたんだ」

「呼ばれた……か」

 

 終わってみても分からない事だらけだ。

 一通り話を聞いたクレアは、醒める様な青空を見上げた。

 

(奇跡的に、戦いに参加した皆が生きている。終わったんだ……全て)

 

 何にしても、全てが無事に終わったと言ってよかった。

 

 

 

 

 

 

―――

――

 

 

 

 むせ返るような緑の香りが鼻腔を付いた。

 

「ん? へっきしゅ!!」

 

 目を覚ますと、深い森林の中だった。

 くしゃみでフワフワとした羽虫が舞った。

 

「え、どこ?……ここ?」

 

 仰向けに寝転んでいた私は、おもむろに立ち上がった。

 

 足元には白い絵の具をこぼしたような半熟卵が広がっていて、かなり気持ち悪かった。私もこれに浸かっていたのか……?

 肘からボタボタと半熟卵が落ちて、微妙な気持ちになった。

 

 私は岩のゴツゴツとした窪地にいて、見上げると木漏れ日が見えた。

 そうやって、しばらくボーッとしていたが、するべきことを思い出した。

 

「そうだ……! あ、『日本語日本語』」

 

 慌てて口を押えた。

 

 不思議と気持ちは落ち着いていた。

 

 でも、思い出した別れが悲しくないわけじゃなかった。

 まるで、大人が自分の心の誤魔化し方を学んだように、私は自分のするべきことだけを果たそうとしている。

 少し夢見心地で、なんとなく自分自身の事をそう思った。

 

「……。『よし!』」

 

 完全に目を冷ました私は顔を数度張った。

 

 目を完全に覚ましたからか、心做しかいつもよりも視界が良好な気がしていた。見通しが何となくよかった。

 10年以上動かしていなかったように、身体が強張っていた。ぐっ、と空に向かって伸びをした。すると、ぽきぽきと体が鳴った。ぐわー体中の関節が鳴る。

 しかし、視界の端に違和感があった。

 

「え、『なにこれ?』」

 

 一房摘んでみると。

 真っ白だった髪の毛が、昔のオリヴィアのような濃い栗毛色になっていた。

 

「え!?」

 

 身体を見下ろすと、半人半妖の手術痕が消えている。

 もっと言えば、つるぺただった胸がツンツンに尖っていた。

 

「『ない!』い、いや、ある??」

 

 いつの間にか背も急激に伸びている様だった。マジで? 成長した……?

 

 カティア達がなにかしたのかも知れない。

 あの暗闇の中、彼女達は私へ色々なものを預けてくれた。この身体も、きっとその1つだった。

 

「……」

 

 無言で妖気の気配を探ると、遠くにクレア達の妖気を感じた。

 

――目が覚めたら、クレアを助けるのよ。

 

「……。『行かなきゃ』」

 

 オリヴィアの言葉を反芻した私は、半熟卵に浮いていたシスター服を身に纏った。うわぁ……べちゃべちゃ。って、ちっさ!

 

 パツンパツンになった服は、結構きつかった。

 その時、私の頭に電流が走った。まるで、小さな探偵が犯人につながる証拠を見つけたような、そんな感じだ。

 よくよく確認してみると、電流の発生源はツンツン乳首だった。

 動くたびに、ピチピチシスター服と擦れた乳首から電流が走るんだが……。誰か何とかしてくれないだろうか。そのうち、乳首スパークが使えるようになるかも知れない。

 

 大剣は何処だろう。半熟卵の中、大剣を漁る私の手に何か硬いものが触れた。

 

「『あった!』 え!?」

 

 持ち上げると、手によく馴染む大剣だった。

 しかし――。

 

「……」

 

 黒い。

 

「は?」

 

 それは黒光りした真っ黒な大剣だった。しかも妖気を感じる。白銀の大剣どこ行った??

 

「なんで???」

 

 全ての妖気が結晶化した様な、そんな黒さだった。

 手首を返して鍔の上を見ると、私の印に重なり合うように色々な印で赤く上書きされていた。

 その中にカティアの印を見つけた。

 

「……。『……そっか……皆か』」

 

 皆の力の結晶。

 大剣から感じ取れる妖気は、優しく鼓動していた。

 

「『行こう!』」

 

 大剣を右手に持った私は、皆の方へ駆け出した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 クレア達が休息を開始し、しばらく経った時、それは起こった。

 

「なんですか……これ?」

「……音が」

 

 耳が痛くなるような静寂。

 ユマは両耳を押さえた。

 

「あれ?」

(音はしている……?)

 

 木々のざわめき。

 よく聞けば、音はしている。

 妖気を感じる知覚が、一切遮断される様な不思議な感覚だ。

 

 しかし、付近を探ろうと思えば、いつものように仲間の妖気を感じた。

 遠くを探れば何処かは判別できないが、小さく、それでいて力強い胎動を感じる。

 一度知覚してしまえば、身体中が遠くにある小さな妖気を感知しようと、躍起になってしまった。

 

「……」

「これは……?」

 

 全員が耳を澄ませる中。

 眉根を寄せたシンシアには、半人半妖としての身体が危機を訴えている様にも感じられた。

 

 妖気が消耗し枯渇しかけたからこそ、分かる異常性。きっと平時には、この様に感じ取る事が出来なかっただろう。

 

「一体何が……?」

「オリヴィア……?」

「え?」

「オリヴィアがいる」

 

 深い森林の方を見たイライザが、忽然とそう言った。

 ナタリーが妖気探知を行ったが、先ほどの良く分からない感覚が邪魔をし、何がいるのか判然としなかった。

 

 静かな森の淵。

 静寂としか説明しようの無い中で、それは起こった。

 

「アアァァァアアアア!!」

 

「!?」

 

 絶叫。

 そして、溢れる世界そのものを押しつぶすような異質な妖気。

 

「はっ!?」

 

 衝撃で正気に戻ったシンシアは、倒れた仲間に目をやった。

 妖気を探れば、プリシラがいた方角から何かが高速で迫っていた。

 

「……まずいです。強大で禍々しい妖気が、こちらに向かってきます。さっきのプリシラと同等か、それ以上の力を感じます」

「なんだって!?」

「くそ! 今は私達しか戦えないんだぞ!!」

 

 残った五名は顔を見合わせた。

 

「くっ……。お前ら逃げろ」

「デネヴさん……」

 

 仰向けになったまま、デネヴが言った。

 

 見捨てて逃げろ。

 再起を図れ。

 デネヴの強い瞳は、如実に味方を切り捨てることを願っていた。

 

「私、やります!」

「……シンシア」

 

 デネヴの目を見つめ返したシンシアは、大剣を手に取った。

 

 釣られるように、残った4人が地面に刺していた大剣を手に取った。

 

「お前ら、待て!」

 

 妖気が未だに満ちず、震える身体で上体を起こしたデネヴが5人へ静止を掛けた。

 

「デネヴさん……私達が時間を稼ぎます」

「デネヴ。回復したら、すぐに逃げろ」

 

 シンシアとイライザが少し悲しげに、安心させるように言った。

 目尻に涙を浮かべた5人は、視線を荒野へと見据えた。

 

「おい! 待て!!」

「あ、おい、クレア。駄目だって……」

 

 その5人へ、更なる静止を掛けたのはクレアだった。

 クレアの傍には、突然の行動に驚いたラキがいた。

 クレアは今にも倒れそうなヘロヘロな様子で、大剣を杖に5人に近づくと叫んだ。

 

「待ってくれ!」

「クレアさん……」

 

 現役のアナスタシアがクレアの名前を呼び返し、なんと言って良いか分からずに黙った。

 

「お前は、もう十分良くやった。だから休んでいてくれ」

 

 ナンバーの近いユマが、真剣な表情でクレアに告げた。ユマ達は、これ以上クレアを働かせる気はなかった。

 

「こんなタイミングで出てくるんだ。奴に関係していないわけがない!」

 

 使命感。

 クレアから感じるのは、何としても自分の手で終わらせなければならないという、強い意志だった。

 

「おい! ラキってやつ! 皆を連れて逃げろ! 引き摺ってでもだ!!」

「え? あ、あぁ」

 

 イライザが叫んだ。

 妖気を感じることのできないラキは、異常性を感じ取ることができず、戦士たちの感覚と乖離していた。

 しかし、こんなことに時間を使っている場合ではなかった。

 

 そんな押し問答を行ううちに、最悪が訪れた。

 

 

「!!」

 

 着弾するように、地面がめくれ上がった。

 場所は、そう遠く離れていない。

 音の方向に注視していた戦士たちは、気づけなかった。

 

「…………!」

「なっ……」

 

 そして。

 いつの間にそこに移動したのか、人型を黒く塗りつぶした覚醒者がクレア達の近くに立っていた。

 仮にこれをプリシラとするのなら、先ほどまでの姿とはあまりに似つかない。

 

 全身が影の様に揺らめく覚醒者だった。

 頭から生えた二本の触手が、髪を二つに結んだツインテールのように見える。

 

 人間のような顔は、本来目や口のある場所が、穴の開いた空洞になっているのが見えた。

 

 額には縦に割れた瞳が埋まっていて、ぎょろぎょろと辺りを伺っており、酷く不気味だった。

 

「アァ、アァ、アァ。アアアアアアアア! やっぱり……いなイ!!」

「なんだコイツは!?」

 

 ひび割れた声に驚いたユマは、反射的に大剣を放った。

 放たれた大剣は、人間でいえば急所にあたる心臓の位置にアッサリと突き刺さった。

 

「……?」

 

 不気味な覚醒者は、無表情に胸元を見た。

 攻撃された。

 そのことを認識した黒い覚醒者は、数瞬遅れて叫んだ。

 

「アァアァァッァァァァァァァッァァァァ!!! 組織が裏切った!!!! 私のオリヴィアを殺した!! 許せない赦せないゆるせないゆるせないゆるせない!!!」

 

 狂気。

 黒の覚醒者から溢れるのは、理解しがたい憎悪の発露だった。

 

 蹲る様に縮んだ覚醒者の背中から、刃のついた触手が生成された。

 それは、〈深淵喰い〉が生やす刃によく似ていた。

 背中で揺蕩っていた触手は、突如抜けるような青空に発射された。

 

「殺しテやる……」

 

 ゆっくりと頭もたげた覚醒者が、ぽつりとそう言った。

 

「倒れている皆を起こしてください!! 今すぐに!!!」

 

 シンシアが叫ぶのと同時。

 ナタリーは、両腕を味方へと向けた。

 

 ユマに負けないように磨いていた妖気操作能力。

 

「はぁぁぁぁ!」

 

 妖気解放したナタリーは、複数人の倒れこんだメンバーの関節を操った。

 

「!?」

 

 仰向けに眠った姿勢から、スプリングヘッドしたように、強引に全員が跳ね上がった。

 衝撃に、眠っていたミリアも目を覚ました。

 

(被弾を減らす! 誰も死んでくれるなよ!!)

 

 覚醒者の攻撃は、倒れこんでいた味方には当たらなかった。

 ナタリーの繊細な妖気操作によって、操り人形のように回避することができたからだ。

 しかし。

 

「……ゴフッ」

「ナタリィィィィィ!」

 

 触手の雨を切り開いたイライザの声が響いた。

 味方の操作に集中したナタリーは、攻撃を避けることができず、降り注ぐ触手に体を穿たれた。

 

 ナタリーの大剣を拾ったユマが、降り注ぐ触手を切り払った。

 その脇にはラキも抱えられていた。

 

「ばかやろう! なんで避けなかった!! くそ」

「……」

 

 ナタリーを抱えたユマは、他のメンバーを回収すべく下がった。

 

「ヤァァッ!」

 

 片側のおさげが取れたシンシアが、蹲る覚醒者に切りかかった。

 首筋を狙った斬撃。

 

「……」

 

 しかし、生き物の様に動く、頭部に生えた触手に殴り飛ばされた。

 

「うっ……!」

「シンシアさん!?」

 

 アナスタシアは残り少ない妖気を振り絞って、強化した髪で飛んでいくシンシアを捕まえた。

 

「くっ!」

 

 アナスタシアは踏ん張ったが、足が引きずられた。

 シンシアが吹き飛ばされた衝撃は強く、ぶちぶちと繊維が切れた。

 

「はァァぁ!」

(こんなところで負けられるかァァ!!)

 

 2人に入れ替わるように、イライザは飛び跳ねた勢いで、黒い覚醒者へ斬りかかった。

 

「ミンナ。ミンナ敵……なのね」

「!?」

 

 黒い覚醒者と目の合ったイライザの背に、おぞけが走った。

 頭部に生えた二本の触手が、急に動きを変えて迫ってきた。

 

「!? はぁアア!」

 

 反射的に妖気を開放したイライザは、体勢を変えて触手へ斬撃を放った。

 しかし、頭部に生えた触手の体皮は異様に硬く、イライザの大剣が弾かれてしまった。

 

「なにっ!? ガッ!」

 

 乱打。

 大剣を弾かれて無防備になったイライザへ、波打つような連打が襲い掛かった。

 

「がっ、う、あぁぁ」

 

 大剣を取りこぼし、空中で波に飲まれた木の葉のように、イライザは打ちのめされた。

 

「イライザ!!」

 

 イライザを打ち付ける触手へ、クレアは割り込んだ。

 尽きかけの身体。

 それでも。

 暴れる触手の乱打に、クレアは力を振り絞った。

 

〈高速剣〉!

「ハァァア!」

 

 数秒打ち合ったかに思えたが、クレアの大剣が地面に沈んだ。

 

「なニ?」

(くそ!)

 

 黒い覚醒者に、クレアの大剣が踏みつけられた。

 この黒い覚醒者は、弱った〈高速剣〉を物ともせずに前に前進してきたのだ。

 止まったクレアへ、黒い覚醒者は至近距離から背中から刃の付いた触手を複数飛ばした。

 空中でU字に曲がった触手が、クレアに殺到する。

 

「く!」

 

 全身を使って、クレアは踏みつけられた大剣を無理やり引き抜いた。

 

「はぁぁ!」

〈風斬り〉!!

 

 そして、妖気を伴わない技。

 フローラから受け継いだ〈風斬り〉を放った。

 妖気を伴わない斬撃が、覚醒者の驚異的な触手の刺突を防いだ。

 更に攻め立てようと踏み込んだ時、クレアの右腕が意図に反して、こむらがえった。

 

「なに……!?」

(大剣を落とした!? 腕が!!)

 

 限界を超えた妖気解放。

 基礎能力を大きく上回る疲労。

 クレアの右腕はもう限界だった。

 

「あっ……」

 

 踏み出したまま。

 クレアは膝から崩れ落ちた。

 

 触手の雨を切り開いたクレアの脇を、高速の影が抜き去った。

 

「はァァ!」

「ミリア!?」

 

 状況を把握したミリアが、飛び込んできたのだ。

 ミリアの突撃の勢いに、背を丸めるように蹲っていた覚醒者が押された。

 

「こいつは、サルビアだ!」

「えっ……?」

 

 かつて見た、オリヴィアの額に現れた覚醒者。

 オリヴィアの姉と呼ばれた覚醒者の成れの果てだった。

 

「オリヴィアと共に飲み込まれていたはずだ。お前が、何故ここに? オリヴィアはどうした!!」

「オリヴィア、オリヴィアはどこ?」

 

 斬撃で競り合う中。

 ミリアの呟いたオリヴィアの名前に、サルビアは反応した。

 

「……()()()()は、もう届かないか」

「ぁぁ……何処なの。ねェ!」

 

 会話は成り立たなかった。

 

「ああああ!!」

 

 弾けるようにミリアから離れたサルビアが激高した。

 所かまわず、身体から生成した触手で破壊し始めた。それは、まるで駄々をこねる子供のような動きだった。

 

 触手は、身体のありとあらゆる個所から生えてきた。

 生成された触手の数は256本。

 その一つ一つに、斧のような雑な刃が生えていた。

 

「エゥアァァ!」

 

 泣き叫ぶような声が響いた後。

 斬撃の嵐が吹き荒れた。

 

「いかん!」

「きゃぁ!」

 

 サルビアの攻撃は、仲間を退避させようと動いていたアナスタシアを巻き込んだ。

 

「アナスタシア!!」

 

 ミリアは、斬撃の嵐に踏み込んだ。

 

(オリヴィアの〈千剣〉に比べれば、こんなもの……!!)

 

 無軌道に迫る触手は、オリヴィアが縄跳びと称して振り回した紐の挙動よりも甘かった。

 サルビアまでの道筋を見定めたミリアは、力を振り絞って跳んだ。

 

「はァァぁ!」

 

 一瞬の交差。

 サルビアの触手の大部分は、ミリアとの接触により引きちぎられた。

 頭部の触手から、赤い血が滴った。

 

 突撃方向の先、地面が噴出する。

 ミリアが激突した痕だった。

 

 土煙の中。

 遠くで立ち上がったミリアが、崩れ落ちた。

 度重なる限界を超えた〈幻影〉の使用に、身体がもう耐えられなくなっていた。

 サルビアの頭部の触手から滴る血は、ミリアの血液だった。

 

「ミリア!! くそ!」

 

 動かない体に、クレアは拳を地面に叩きつけた。

 万全の状態であれば、プリシラとの戦いのような奇跡的な確率の上に戦うことができただろう。

 どんなに力を振り絞っても、身体が言うことを聞かなかった。

 しかし、連戦を繰り返した戦士達とって、この戦いは死地となった。

 

「せっかく……プリシラも倒したっていうのに……!」

 

 妖気が枯渇し倒れ込んだ身体。

 妖気の尽きた仲間達。

 

 全滅。

 

 北の戦いの焼き回しのようなその光景は、クレア達に絶望を想い起こさせるには十分だった。

 

 全身打ちのめされ、もはや身動き一つ取れないイライザが、空に向かって叫び始めた。

 

「オリヴィアァァァ! オリヴィアァ――」

 

 その声は、戦いが終わってしまった戦場に、哀しく響き渡った。

 

 そんなイライザへ、興味を示したサルビアが近寄ってきた。

 目を瞑ったまま叫ぶイライザを触手で釣り上げると、ジリジリと締め上げた。

 

「ねぇ貴女、どうしてあの子の名を叫んでイルノ? 何処にカクシタノ? ……ねェッテば」

「ぐぅぁぁぁ」

 

 触手に体を拘束され、頭を締め付けられたイライザは、苦痛に悶えた。

 

「イライザ!! くそ! 止めろぉぉぉ!」

 

 ミリア達は、もはや叫ぶことしかできなかった。

 

(オリヴィアァァ!!)

 

 声も出せなくなったイライザは、心の中で叫んだ。

 

 最初から感じ取っていた。

 ここに近寄ってくる親友(とも)の妖気。

 必ず助けに来てくれる事を、イライザは確信していた。

 

「『呼んだ?』」

「!」

 

 イライザを縛っていた触手が、バラバラに切り裂かれた。

 開放され、地面に投げ出されたイライザの目に、蒼いシスター服の裾が踊った。

 

「オリヴィ……ア?」

 

 その姿を確認したイライザの口から、疑問符が飛び出た。

 

「栗毛色の髪の毛……?」

「覚醒者か……!?」

 

 少し小さなボロボロのシスター服を着た少女が、軽やかに力尽きた戦士たちの前に降り立った。

 

 不敵に笑った少女は、栗毛色のウェーブ掛かった髪を肩口で切り揃えていた。

 整った(かんばせ)には、意志の強そうな鋭い茶色の瞳が付いている。

 

 手に持つのは漆黒の大剣。

 戦士の印がある場所には、全ての戦士の印が重なった模様だろうか。

 そんな、幾何学模様が赤く描かれていた。

 異様な妖気の波動を感じる大剣だった。

 

「誰だ……?」

「……フ」

 

 イライザを一瞥し、少し笑った少女は、倒れたミリアや妖気の尽きかけたデネヴへ掌を向けた。

 すると、ドッ、と空気の揺れるような衝撃が、二人から放たれた。

 

「傷が!?」

「なに……?」

 

 外部からの妖気操作によって、二人の傷が強制的に快癒した。いや、それだけではなく、妖気まで全快していた。

 

 さらには、ナタリーやアナスタシアまで回復させた。その後も、次々に傷ついた味方を回復させていった。

 

「妖気が……戻っている……?」

「何だこれは……」

 

 クレアやミリアの残り少なかった妖気が満ち、力がみなぎった。

 

 栗毛色の少女は真っ黒な覚醒者へ茶色の瞳を向け、黒い大剣の柄を祈るように額へ当てた。

 

 そうして、誰もが息を飲む中。

 少女は両手持ちに構えなおして叫んだ。

 

「『行くぞ! 最後の戦いだ!!』」

「なんて???」

 

 まるで最後の戦いのように、栗毛色の少女が格好良く叫んだが、誰にも何も伝わらなかった。

 

 絶望が希望に転換した瞬間、心に飛来した閃きによって、全員の気持ちが1つになった。

 

(こいつ……オリヴィアだ!)

 

 

 

―――

――

 

 

 なんかイライザが超ピンチになっていた。

 可愛そうだったので救ってやった。

 

 遅れてやってきた救いのヒーロー。

 皆からは、そう見えているだろう。

 

「……フ」

 

 気分の良くなった私は、死にかけメンバーに妖気を分けてやることにした。とりあえず、ヤバそうなデネヴとミリアだ。

 

 そのあと、手当たり次第に回復させてやった。

 

 私は更にカッコつけたくなった。

 

 大剣の柄を額に当てた私は、眼を瞑った。しかし、この行動には特に意味はなかった。かっこいいだろう。

 自慢気に大剣を構え直した私の前には、人系埴輪型兵器が立っていた。

 

 眼の前にいるのは、きっとサルビアだろう。

 姿かたちが変わっていても分かる。肉親だからだ。

 オリヴィアの願いを想えば。

 彼女も送ってやるべきだろう。

 

「『行くぞ! 最後の戦いだ!!』」

 

「その声。その言葉……。またお前か! また、お前が私のオリヴィア(家族)を奪ったな! 許さない!」

 

 私の声が届いたサルビアは、身体だけが大きくなった子供のように喚き散らした。彼女の感情に合わせて、生えた触手が辺りへ破壊を撒き散らしている。

 

 私の言葉はきっかけに過ぎない。

 きっと、話しているのは組織の誰かへの恨みだろう。サルビアは私を見ているようで、虚ろに叫んでいた。

 

「サルビア。『もう一人のサルビア。私はアンタに感謝してるんだ。あの時、オリヴィアを救ってくれた。私がここに立つ遠因を作ったのはアンタだ』」

 

「その言葉を、その声で話すなァ!!」

 

 凄まじい勢いで駆け寄ったサルビアは、刃の生えた複数の腕を作り出し、私に襲いかかった。多すぎて千手観音像みたいになっている。

 

「よっ、ほっ」

「!?」

 

 一手一手、丁寧に捌いていく。

 黒い大剣を持った私には、そのくらいの余裕があった。

 傍から見れば、何をしているかわからないくらい、素早く動いているだろう。

 

「何が起きているんだ……!?」

「あの攻撃を全ていなしているんだ。きっと、会話を続けるために」

「……いや、伝わってないように思うんだが?」

 

 みんなの動揺した声が聴こえる。うるさいよ。

 埒が明かないとみたのか、サルビアが再び距離を取った。

 しかし、攻撃には移らずに頭を抱えた。

 

「ぁあぁ。オマエは、あの村デ……私たちの平穏を壊した! 助けると言った! なのニ、オリヴィアで実験した!! 許せない!」

 

 記憶が混同しているのか、時系列の前後したことをサルビアは喚き始めた。

 

「『聞いて、サルビア。オリヴィアは、アンタに感謝していたよ』」

「黙れぇ! その言葉をしゃべるなぁァァ!!」

 

 きっと、オリヴィアはこの状況を見越していたんだ。

 だからこそ、サルビアが過剰に反応する日本語(秘密の言葉)を話させたんだ。

 言葉が届かないサルビアに、想いを届けるため。

 

 頭に生えた触手を振り回して、サルビアは私に連打を放ってきた。

 避けるまでもなかった。

 

「!?」

 

 大剣で触手を打ち払うと、サルビアは蹲って背中から触手を大量に放出した。

 

「またあれだ!」

「逃げてください!!」

 

 ユマやシンシアが叫ぶ声が聞こえた。

 

 きっと、マップ兵器みたいな攻撃だろう。

 そう踏んだ私は、大剣を後ろ手に構えた。

 

「ァァアアアアアア!!」

 

 上空で折れ曲がって、触手が高速で帰ってくる前に私は大剣を放った。

 

「投げた!?」

「何やってんだ!?」

 

 クレアやナタリーが叫ぶ中。

 私は右腕に左手を添えて構えた。

 解き放たれた黒い大剣は、回転しながらサルビアの脇を通ると、私が繋げた妖気の糸によって急激にその進行方向を変えた。

 

「ガァッ!?」

 

 蹲ったサルビアの背の上を通った大剣は、発射された触手の根元を切断し、私の手元に帰ってきた。

 

 力を失った触手の雨が降る中。

 私は皆の大剣を構えた。

 

「『聞いて、サルビア』」

 

「どうして、あのときも助けてくれなかったの……! ドゥして……。赦せないゆるせないゆるせないゆるせないゆるせない」

 

 サルビアから、更に濃い影が溢れてきた。

 悔恨、恨み、怒り、無力感。

 それは、そんな感情を全て煮出したような色をしていた。

 

「サルビア……。『ごめん、助けられなくてごめん』」

「助けて……助けて、欲しかった……よ」

 

 両膝を地面につけたサルビアは、嘆くように小さく言った。

 怒りと哀しみで意識が混同し始めたサルビアに、私は精一杯謝った。

 

 私はそんなサルビアの命を断って、すべてを終わらせようとしている。

 許されるなんて思っていない。

 

 オリヴィアを守るために大剣を取ったサルビア。

 そして、組織の悼ましい研究で生まれてしまったこの子は、サルビア(自分自身)を守るのではなく、オリヴィアを守ることを願われて生まれてきた。

 そんな本当は優しい願いで産まれてきたこの子が、このまま一人ぼっちで苦しみ続けているのは、私はやっぱり許せない。

 これはエゴだ。

 サルビアはもう人間には戻れない。

 あの頃には戻れないんだ。

 だからこそ。

 

「『だから』これで、最後。ね? おねぇちゃん」

「ェぇ? オリヴィア……?」

 

 私が終わらせる!!

 

 皆から貰った、()()()半人半妖としての肉体。

 この体には、妖気の上限はない。

 当然、限界なんてないから、覚醒なんて出来ない。覚醒なんて必要ない。

 

 出来るのは、普通の人間と同じ様に、力一杯大剣を振るうことだけ。

 

「行くぞ! はァァァァァ!!」

「あぁぁ、オリヴィア。……そこに居たのね。良かったよかっ――」

 

 この世界の言葉で、私の声を聞いたサルビアは、安心するように両手を広げた。彼女はずっと探していたのかもしれない。

 居なくなった本物のオリヴィアを。

 そして、きっと救われたかったんだ。

 

 完全な肉体に合わせた最強の〈千剣〉。

 

 私は大剣をサルビアへ投げた。そして、追い掛けるように強く踏み込んだ。

 浅くクレーターを残した地面を横目に、私は空中に踊った。

 

 右手を伸ばした私は、大剣へ妖気の糸を伸ばす。

 強い力で私と大剣は引かれ合った。

 大剣を手に取る頃には、〈千剣〉を発動するのに十分な力を蓄えた。

 捕まえた大剣の力を殺さずに、上下左右無軌道な回転する力へ変えていく。

 一瞬で空気の音が変わった。

 

 斬撃の結界だ。

 でも、まだだ!!!

 

「イライザ!!」

「!?」

 

 私の呼びかけで、イライザが空中へ手を伸ばした。長年一緒にいたため、声だけで意図が伝わった。

 イライザに続くように、力尽きた仲間たちも次々に手を伸ばしていった。

 

 私は回転しながら、器用に仲間達へ妖気の糸を紡ぐ。

 墜落しかけの〈千剣〉が、仲間達からの微弱な妖気に引かれ合って、空中で再加速した。

 

 手を広げて止まったままのサルビアへ、私は回転する刃の向きを変えた。

 

「くぅぅッ! ハァァァ!」

 

 悲鳴を上げている身体中の筋繊維を、妖気で更に強化する。

 仕上げだ。

 全部終わらせる!

 

 サルビアへ刃が届く瞬間。

 私は、瞬発的な〈千剣〉を重ねた。

 全ての力を、この一瞬に捧げるためだ。

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

 私の中で、様々な記憶が蘇った。

 

 地面に辿り着いたとき、回転する刃が空気の壁を超えた。

 

 

―――――――――。

 

 

 切った感触は殆どなかった。

 余りの斬撃数に、サルビアは肉の一片も残さずに消え果てた。

 

 大地に穿たれたクレーターの中。

 私は透き通る青空を見上げた。

 

 すると、森から付いて来ていたのだろう。

 私の髪の毛に紛れていた光る羽虫が、空へと昇って行った。

 フラフラと飛んで行った羽虫は、日の光に紛れて見えなくなった。

 

「……サルビアもずっと一緒だよ。アンタの気持ちも、私は大事に持っていくよ」

 

 一陣の風が吹き、森林から流れてきた花弁が舞った。

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