日常に溶け込む狂い娘 作:狂目
「質問。たづな、君は知っているかな? 例の噂を」
「ええ。にわかには信じられない事ですが……本当に起きているんですか?」
「肯定。既に被害は出ている」
ウマ娘たちが通う日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称トレセン学園。その理事長室にて、二人が深刻そうな表情で資料を見つめる。
『ドッペルゲンガーの噂』。その資料にはまさしくそう描かれていた。生徒会長であるシンボリルドルフが生徒たち全員に聞き込みをした上でまとめられたものである。
「誰かに擬態し、日常に溶け込んだ末に、本人をさらうウマ娘……これがもし真実だとするのなら」
「感嘆……そのウマ娘は、天才としか言えないだろうな」
この噂によるものと思われる被害は既に数件上がっている。最初はクリューホリデー、次いでアイアンタイシン。そして先日、ついに生徒会の一人であるエアグルーヴまでもが行方不明となっていった。
2件立て続けに発生した為に、エアグルーヴに異変が現れた際は生徒会役員に監視を命じたのだが、それも全て杞憂に終わってしまった。本当に忽然と姿を消してしまったのだ。
「一応、全てのトレーナーには緊急事態宣言として報告してあります。集団行動に下校、トレーナーにもトレーニング中は絶対に担当ウマ娘から目を離さないように、と」
「了承。今はそれでいい」
ウマ娘に擬態。それは普通じゃ考えられない事だ。なぜなら彼女達は、得意なバ場や脚質がそれぞれ異なっているからだ。必ず得意なものや不得意なものがある。
だというのに、これまでの被害者はすべて敵性もまばらだ。ホリデーは芝の長距離に逃げの脚質が、アイアンはダートの短距離とマイルに追込。そしてエアグルーブは芝のマイル・中距離に先行・差しだ。
これらを統計すると、黒幕はすべてのバ場と脚質における才能を秘めているのだと考えられる。
……そんなウマ娘、いままで私は聞いたことがなかった。
(速い所、正体を突き止めなければならない。勿論、いなくなった子たちの行方も)
今はただ、早期解決を祈る事しかできないだろう。
***
「スペちゃん、大丈夫?」
「こほっ……はい、ただの熱なので。多分数時間で治ります!」
「そう。無理だけはしないでね。トレーナーさんには、私が伝えておくから」
「すみません、スズカさん」
スペちゃんが突然熱を出した。GⅠレースが控えているからと言って張り切り過ぎたのが仇となったのだろう。その気持ちは分からなくもないけれど。
測れば体温は37.6℃程だったので、運が良ければトレーニングの様子を見に来れるぐらいには元気になっていると思う。というよりは寧ろそう願う事しかできない。
「……ふう。ん?」
扉を閉めて、学舎へと向かう。その時ふと、背後から誰かの視線を感知する。
ギリギリまでスペちゃんの看病をしていたので、今の時間私以外はもう全員向かっちゃってる筈だけれども。
とりあえず振り返ってはみるものの、そこにはただ誰もいない廊下が広がっているだけだった。
(気のせい、かしら)
スペちゃんを心配する心が、いらぬ気配を感知したのだろうと思い、首を振って頭と心を覚醒させる。これで良し、と。
壁掛け時計を見れば、かなり時間が過ぎていた。不味い、と私は急いで自分の教室へと走った。
「スペちゃんが風邪!? 大丈夫なの?」
「元気なウマ娘は風邪をひかないと思いましたけど、迷信みたいですわね」
「ああ、俺も驚いた。だが、心配ばかりしている訳にもいかないぞ~」
午前の座学も終わり、チームの部屋に向かった所で、他のメンバーにも風邪の事実を伝える。
やはり相当な驚愕のようで、ゴールドシップさんとトレーナーさん以外は声を上げてリアクションをとった。
「練習終わり、一応御見舞いにでも行ってやるか~。な?」
「そう、だな。よっし、辛気臭い顔してたら、更に具合悪くなっちまうだろうし、気分変えていこうぜ?」
「ウオッカにしてはまともな事言ったわね?」
「んだと!?」
「はい、喧嘩は止めッ。早速トレーニング行くぞ」
ゴールドシップさんとウオッカさんのおかげで、皆の気分が良くなったようです。やはりこういうチームメイトは、一人確実に必要だと思います。
この時私は、改めてチーム・スピカに入って良かったと心から思いました。
「急げ急げ! 遅れ、る……な?」
「――え?」
「何?」
「嘘?」
「「え? え?」」
「……」
トレーナーが皆を連れ、外に通ずる扉を開いたその時でした。私含め皆の脳に衝撃の電流が走りました。
あの状況から誰が予想できたでしょうか? そこに立っていたのは、先ほど私が風邪だと伝えたスペちゃんの元気な姿でした。
「皆さん、心配かけてすみません!」
「ス、スペ(ちゃん)!?!?」
本当に午前中で治ったのだろうか? 到底さっきまで熱とは思えない程の元気っぷりです。
「スペ……お前、熱だっつったが?」
「ああ、なんか午前中で治っちゃったみたいです。寮長が持ってきてくれたおかゆでもう元気いっぱいです!」
「本当に、大丈夫なの?」
「そうだよ。別に無理しないでも――」
「本当に大丈夫ですって。あ、なら今熱測ってもいいですよ?」
トレーナーも『わかった』と言い、その場にあった体温計で熱を測る。ピピッという静かな音と共に確認してみれば、そこには36.1℃と記録されていた。明らかに平熱です。
スペちゃんも『ほら、問題ないですよね?』と言って、トレーナーを言いくるめる。
「ああ、分かった。だが無理はするなよ?」
「分かってますってー!」
トレーナーもスペちゃんの押しに根負けしたのか、数十秒悩んだ末に渋々了承する。
GⅠレースの事もあり、1日でも多く練習機会を増やしたかったのだろう。いつもなら『駄目だ、休め』と厳しく言ってくる筈でしょうから。
でも私は、やはり心配でなりません。ですが、スペちゃんがそこまで言うのなら、仕方のない事でしょう。ならば、練習中はいつでも応対できるように傍へいてあげようと思います。
「スペ」
「はいっ!」
「お前今日結構タイム良いぞ。次のGⅠ、期待していいかもな」
「えへへ、ありがとうございますっ」
「すげーな、スペ」
「アナタもしっかり走ってくださいまし」
「へーへー」
今日のスペちゃんの走りは、誰が見ても好調と呼べる様子でした。苦手だったコーナー取りも、少しだけ良いペースになっていました。一人で練習していたのでしょうか?
トレーナーさんに褒められるスペちゃんは、何時も以上に嬉しそうな感じでした。その表情を見ていると、私もなんだかうれしくなってしまいます。
「スペちゃん、次は一緒に走らない?」
「あ、はい! 勿論です!」
「良し、それじゃ行くぞ! よーい……スタート!」
ここで私は、少し驚きの表情を見せました。普段の私は逃げ脚質であるため、先行・差しの脚質であるスペちゃんとは一緒に走っても必ず距離差が生じます。
それなのに、今回のスペちゃんはギリギリまで私に粘り付き、かなりのスピードを出していました。その様子は、私とトレーナーはもちろん、他の仲間たちも驚愕していました。
「スペ、はええ!」
「……独学の成果、って奴かしらね」
「スペちゃん努力家だねー!」
「負けてらんねぇな」
「ええ、そうね」
その距離差は変わらぬまま、私とスペちゃんは共にゴールを迎えました。スペちゃんと走った後は、凄い身体と気分が高揚し、心地よい状態になっていました。
スペちゃんも笑顔を見せ、『ありがとうございます』と言ってくれました。やっぱり、元気なスペちゃんが、一番素敵だと思いました。
「それじゃあ今日はここまでだ。変な噂もあるから、皆一緒に帰れよ」
「ありがとうございました!」
トレーナーへ挨拶を返した私達は、栗東寮へと全員で帰還する。私達チーム・スピカは同じ寮なので、集団下校も特に問題ありませんでした。
「いやあ、スペも問題なかったし。次のGⅠも期待できそうだな!」
「それはどうかしら。確かセイウンスカイさんも出バするらしいですし、油断はできませんわよ」
「そうね。スペちゃんはどう?」
「え? あ、うん! 大丈夫だよ! ちゃんと勝ってみせますから!」
この調子なら大丈夫だろう。と皆が安心しきったその時です。
「あ、皆ごめん。ちょっと、そこのトイレ行ってきていい?」
「お? 別に構わねえけど。集団下校って言われたからな」
「えぇ~別に良くね? 寮も目の前だしよ」
「ボクも早く戻りたいな~。マヤノも待ってるし」
「スペちゃん、大丈夫?」
「うん! 先に皆部屋に戻ってて! まだ寒いし、外で待たせるのも悪いから!」
そう言って、彼女はまさに彗星の如く、トイレへと駆けて行った。今日は休みなしのぶっ続け練習だったので、それもまた仕方のない事でしょう。
でも、何でしょう。このどこかに感じる違和感は――。
「良し、それじゃあ帰るか!」
「おー!」
私達はスペちゃんの言葉を信じ、そのまま部屋へと戻っていったのです。
……でもここで、私はその違和感に気づいたのです。
「あ、じゃあ私この部屋なので」
「おう、しっかしスペもスズカも寮部屋入口より近くていいよな~」
「わがまま言うんじゃありません」
「ふふ、ではまた明日――」
寮部屋の扉を開き、その近くにあったスイッチを押して電気をつけた――その時です。
「え?」
「ん、どうした?」
皆が私の疑問符に気づき、ぞろぞろと私の方に戻ってきます。
私が驚いたのも無理はありません。なぜなら、ベッドの上には――……。
「こほっ……。あ、スズカさん。ごめんなさい、結局あの後も治らなかったみたいで……」
今日の朝と同じ、熱をだしたスペちゃんが横たわっていたのですから。
「スペ、ちゃん?」
「は? おい待て待て、お前熱治ったんじゃなかったのか!」
「だよね? ボクたち、一緒に練習してたもん!」
「……え?
全身に恐怖が走りました。私はその場を離れ、急いでトイレへと戻っていきます。皆も私に続きます。
女子トイレの中に入ると、そこにはトレセン学園のトレーニング服がそのまま脱ぎ捨てられていました。――これで確信がつきました。
「何? 何? こほっ。皆、どうしたの?」
「……スペちゃんの」
「偽、物……?」
今までただの噂だと思っていた事が、目の前で起こってしまったのです。
***
「……あー、面白かった」
チーム・スピカがトイレを覗く光景を、遠くから観察するスペシャルウィークと姿も声も瓜二つの存在。
しかしこの時、スピカはその存在に気づいていない事でしょう。
「やっぱり、トレーナーと一緒に居られるって言うのは、良い関係なんだね。羨ましい」
それだけ言い残し、その影は今日もトレセン学園の闇へともぐりこんでいくのであった。
こういうの書きたかったです。