そのウマ娘の名は   作:ニモ船長

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※かつてスーパークリークさんは天皇賞(秋)に挑んだそうです。

 

 


あなたの笑顔のために 後

 

 

 私がメイクデビューを果たしてから、二年と半年が過ぎました。

 クラシック級では体調を崩してしまって、三冠のうち皐月賞と日本ダービーへの出走が叶いませんでしたが、その後トレーナーさんとサブトレーナーさんのおかげで何とかターフに戻ることが出来て、最後の一冠の菊花賞と、今年の春の天皇賞で一着を取ることが出来たんです。

 そして迎えたのが、この秋の天皇賞。ここで勝ったら私、なんと史上初めて春と秋の天皇賞を連覇したウマ娘になるみたいですよ。

 

 

 『さて、好スタートを見せたのは内の二人、メジロアルダンも負けていません!

 スーパークリークは外からすかさず、三番手に付けています!』

 

 

 今日のレースは、実は同級生のみんなが勢揃いしてくれているんです!

 私が出場できなかった皐月賞で勝ったヤエノムテキちゃんに、去年のクラシック時代から活躍して、高松宮杯で優勝して勢いがあるメジロアルダンちゃん、去年の春の天皇賞と宝塚記念で一着になったイナリワンちゃん。

 ……そして。

 

 

 

 

 『……そして一番人気オグリキャップ、中段の内側で控えています!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『オグリちゃん! レース、テレビで見ましたよ~!

 中央初勝利、おめでとうございます~』

 

 

 あなたは知っていましたか? 地方のウマ娘が中央に移籍して初戦で勝つ確率が、どれだけ低いかを。

 ――ヤエノちゃんが言うには、たったの9%、それが重賞ともなると……もう絶望的だったそうです。

 

 

 『ん、ありがとう。スーパークリーク……で合っているか?』

 

 

 それを、オグリちゃんは何度も覆しましたね。

 ペガサスステークスに、毎日杯に、京都特別、高松宮杯、さらにNZTも……スーパーG2と呼ばれた毎日王冠まで。

 うふふっ。実は私、菊花賞に出るまでオグリちゃんにはちょっとだけ親近感があったんです。だって、私も同じように、皐月賞にもダービーにも出走できなかったから……だから、それでも挫けないで重賞で頑張っている姿を見て、すごく頑張り屋さんだな~って思ってたんです。

 そんなオグリちゃんがどんどん人気になって、私も菊花賞で何とか一着になれて、あの年の最後の有馬であなたが優勝した時……その一方で間違えて進路妨害してしまって失格になったのに、私はすごく嬉しかった。

 辛いことがあっても、自分自身の脚で立って走り続ければきっと良いことがあるって、そう証明してくれた気がして、私も前向きに頑張れるような気がして。

 

 

 

 ――だから、いつかこういうことになるだろうなとは、思っていたんです。

 

 

 

 『さあ、第二コーナーを抜けて向正面の……っと、これは、これはすごい歓声だ!!

 観客席が一斉に、オグリキャップの名を呼んで沸き立っています!!』

 

 

 

 良バ場だったはずのターフが、あり得ない程に走り辛く感じました。

 観客の皆さんの声が、そのまま地面を揺らして細かな地響きとなって、まるでオグリちゃん以外の私達の脚を掴もうとしているかのような、そんな。

 ……そして、そのレース場を満たす声援の中に紛れた一握りの言葉を、ウマ娘の優れた聴力を持つ私の耳は聴き取ってしまうんです。

 

 

 ――今日はオグリのレースなんだよ。クリークは出しゃばんじゃねぇよ。

 

 ――オグリちゃんが勝つところが見たくてわざわざ遠くからやってきたのよ。クリークさんが勝ったって、誰も喜ぶわけないじゃない。

 

 ――なんでオグリのほうがクリークよりうしろにいるの! オグリまけてるの? そんなのやだよ!

 

 

 「……っッ……!」

 

 

 分かっていたんです。

 分かっていた、つもりだったんです。オグリちゃんも私も、何度も記者会見に出て、何度もお互いに敵同士っていう演技をしてたんですから。

 でもそれは、トレーナーさんがそばにいて、チームの皆さんがそばにいて、サブトレーナーさんがいつも一緒にいてくれたから。そうやって皆さんが私を喜ばせてくれるように……私も悪役になることで、みんなを楽しませてあげたかったから。

 全部、自分で蒔いた種なんです。全部私が望んで、望みどおりになって、それで、みんなが……私を嫌っている。

 

 

 (……なのに、どうして)

 

 

 ――どうして。

 クラシックの時とは違って、すべて満たされて、余裕もあって、やりきれると思ったのに。

 どうして、こんなに身体が、重いの?

 

 

 『ま、悪役悪役って、あんまり気負いやしねぇでいこうじゃねぇか!

 そのうちこのイナリさんがオグリも併せて二人とも、ぶち抜いてやるってもんだ!』

 

 

 ゲートに入る前に、イナリちゃんはそう声を掛けてくれました。サブトレーナーさんも、帰ってきたばっかりだった筈なのに、必死で駆けつけてきてくれました。

 でもそれでも、走らないといけないんです。

 

 

 (みんなが、オグリちゃんと私の勝負を楽しみにしてくれている)

 

 

 私には、その義務があって。

 そう……思わないと、脚が前に進まないの。

 

 

 

 (私が走ることで……みんなが笑顔になるのなら)

 

 

 

 

 

 

 ――本当に?

 

 

 

 

 

 (――ダメ……っ!!)

 

 

 

 ストライド走法気味に広げていた歩幅が、無意識に小さくなって。

 いつも息一つ乱れないはずの私の額を、何度も冷や汗が伝って。

 

 

 

 (私は、このレースに、勝って……みんなを)

 

 

 

 ――本当に?

 みんなが望んでいるのは、オグリちゃんの勝利。

 みんなの笑顔のために走るというのなら、私は。

 

 

 

 

 

 (……私は、何を目指して走っているの?)

 

 

 

 

 

 負けるつもりでレースに出走するなんて、私には出来ません。

 でも私が勝ってしまえば、みんなの笑顔を奪ってしまう。

 分かっていた、分かっていたんです、それがそもそもちぐはぐで、それでも結局どちらかを選んで目指す事しか出来ないことを、それを選ぶだけの冷たい覚悟が必要なことを……分かっていた、つもりだったんです。

 でもそれが、こんなに苦しいなんて。

 

 

 

 『……俺は、ついてるから』

 

 

 

 そう言ってくれたサブトレーナーさんの手を、私は振り切ってしまいました。

 ――少しは頼らせてよ。本物のコンビになろう。そう、クラシック級の合宿で、二人で約束した筈なのに、私はそれを破ってしまったんです。

 だから、今更、あの人との思い出に頼るなんて、そんな卑怯なことも出来なくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ああ、今の私は……本当に、ひとりぼっちなんだわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 (……もう)

 

 

 胸がきゅっと締め付けられるような、克服したと思っていたおかしな重みが、私の脚を全て刈り取ってしまいそう。

 

 

 (もう、限界かしら)

 

 

 何となく、予感がするんです。きっとここで挫けたら、私はもう二度と立ち直れない。運命に抗えなかったトラウマを抱えてこの胸の重みをいつまでも引きずって、そのうち重賞にも出られなくなって……最後には。

 それがスターウマ娘になることの代償。それが期待も信頼も失ってしまった、私の末路。

 

 

 

 

 (オグリちゃん、サブトレーナーさん……ごめんなさい)

 

 

 

 

 ……そんな意識も、朦朧とした頭の中に沈んでいってしまいそうになって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「クリークーーーーーーっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 眩しい程にまっすぐな、そのお声。

 レースはもう終盤です。残り600mを切って、第四コーナーに突入して、辛うじてスタンド席の人影が見えるくらいのその位置で。

 私は、それを見たんです。

 

 

 

 

 

 「……えっ?」

 

 

 

 

 

 お日さまの光を宿して燦々と輝く、暗闇を照らす灯火。

 見間違えるはずもありません、あれは季節外れの、真っ白なすみれの花束。

 それをサブトレーナーさんが、観客席の最前列で、オグリちゃんを応援する人の間に割って入って、必死に空高く掲げていたんです。

 

 

 

 

 ――だって~、名前がかわいいじゃないですか。「すみれステークス」だなんて。

 

 

 

 ――ごめんなさい……私が体調を崩してしまったばっかりに。

 すみれの花、サブトレーナーさんと一緒に見られなかったのは残念ですけれど……。

 

 

 

 ――レースでは小さな花、咲かせますね。私、頑張りますから。

 

 

 

 

 「ぁあ……あああっ……!!」

 

 

 

 あの後調子が悪くなってしまって、サブトレーナーさんに「三つあげる」事が出来なくなって。

 リハビリ中は申し訳なくて言えなかったけれど、いつか、いつかまた私がレースに復帰出来たら、その時はきっと一緒に見に行きたいなって、こっそり思っていて……それからはずっと忙しくて、まだ叶っていないけれど。

 でも、それはまさに今の私が、一番見たかったもの。

 

 

 

 「クリーク!! 勝っちゃいけないなんて、思わなくていいんだ!!」

 

 

 

 両隣の観客の方に押しのけられそうななりながら、必死にサブトレーナーさんはそう叫んでいたんです。

 それは、一見力強いように見えて、まだ自分でも正解を探しているようなそんな響きを持っていました。まだ一人前のトレーナーとしてお父さんに認められていないながらも、それでも自分の思うままに、一心に私を救おうとして、花束を用意して、そして。

 ……そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「君がっ!! 英雄になればいいんだ!!

 オグリキャップすら超える、スターウマ娘に!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、誰かのために走るのが好きなウマ娘でした。

 というより、誰かのために何かをしたいって気持ちが強くて、普段からいつも誰かを甘やかしちゃうんです。レースの時だっていつでもトレーナーさんやサブトレーナーさん、それに私を応援してくれるファンの皆さんの為にって想って走っていました。

 

 

 

 

 ……()()()の笑顔のために、走っていたんです。

 

 

 

 

 (そうだったんですね、サブトレーナーさん)

 

 

 

 でも。

 それだけが、スターウマ娘の義務という訳では、ないのかもしれません。

 私の走る理由は……それに縛られなくていいのかもしれない。

 

 

 

 

 (誰からも期待されていなくても。勝利を望まれていなくても。

 ……それでも私は、()()のために走ることが出来るのかもしれない)

 

 

 

 今日のレースでオグリちゃんが負けちゃったら、みんな悲しんでしまうかもしれない。

 ――本当に? 私が全力を出し切って、誰もが息を呑んで、つい私達二人ともを応援してしまうようなレースをして……その上でオグリちゃんに勝てたとしたら?

 

 

 

 

 (……そんなレースを、みんなの笑顔を……()()()()()()()()

 

 

 

 

 オグリちゃんを応援する皆さん、私を応援してくれている皆さん、それからイナリちゃん、ヤエノちゃんやアルダンちゃん……みんなを応援してくれる皆さん。私を今日ここに連れてくるべきかを、昨日の夜から眠らずに考え抜いてくれたトレーナーさんに。

 そして、私が不安で押しつぶされそうな時……いつも一緒にいてくれて、いつだって私が本当に欲しいものをくれる、サブトレーナーさん。

 

 

 

 

 

 

 

 ――今日のレースを見てくれているたくさんの、あなた(誰か)の笑顔のために。

 その為なら……私は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(私は魔王にだって――なってみせる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「全くお前は……いい加減大人らしく振る舞ったらどうだ」

 

 

 周囲からの視線がなかなかに痛い。親父に首根っこを掴まれてる事もあって、マジで気まずい雰囲気である。

 それは勿論、先程までの俺の行動がちょっとヤバかったからではあるのだが、それと同時にこのオグリブームの中でたった一人クリークの名を叫んだからでもあって。

 だから、れっきとしたクリークのサブトレーナーである俺は、そんな中でも堂々と胸を張ることにしたのだった……首根っこを掴まれてはいるけれど。

 

 

 

 『……すまない、聞こえているか、サブトレーナー?』

 

 

 

 ――レース前に、クリークと親父が控室から去った後のことだ。

 彼女のライバルであり、この一大ブームを巻き起こしたオグリキャップ本人が俺に尋ねてきたのである。

 

 

 

 『今日のレース、なんとかしてクリークを元気付けてやれないだろうか。

 彼女はきっと今、とても抱えきれないほどの重圧を感じている。……ヒールとヒーローでは立場が違うとはいえ、世間からの目を背負うことがどれだけ負担になるかは、私も分かっているつもりだ』

 

 

 

 ――英雄としての栄誉を賜っているオグリキャップも、決して楽な立場ではないのである。

 普段のトレーニングから私生活にまで、執拗なほどに世間の目に晒され、調子を安定させることに精一杯なのだとか。……酷い時は、夜中に寮室の中に記者が不法侵入してきたことまであったのだそうだ。

 

 

 

 『今のクリークを救えるのはあなたしかいない。

 トレーナーでもなく、サブトレーナーのあなただ。誰よりもクリークと共にいたあなただからこそ、出来ることはないだろうか?』

 

 

 

 ……それからはかなり忙しかった。レースに向かっていったオグリとは対照的にレース場を飛び出して、幸い目の鼻の先にあったショッピングモールへと急行したのだ。

 クリークを元気付けられるもの。それは難しいようで、意外にも限られていた。

 

 

 ――もしレース場の広場にすみれが咲いていたら、二人でお弁当しましょう。ふふ♫

 

 

 なぜなら、基本的に甘やかしたがりのクリークから欲しいものをねだられる事なんて……滅多にないのだから。

 

 

 「どこにもいないと思えば、そんな事をしていたのか。担当のウマ娘が出走する直前に、レース場を出るなんて言語道断だな」

 

 「……なんとでも言えよ。そうするしかなかったんだ」

 

 

 そこで秋すみれの花束を買って、大急ぎで戻って、スタンド席をびっしり詰める観客の間を割って入って、押し退けられそうになりながら……最終コーナーに差し掛かったクリークにそれを掲げたのがついさっきのこと。

 

 

 「ったく、……見てみろ」

 

 

 すると親父は乱暴に腕をふるって俺を前に押し出す。相変わらず禄でもねぇ、と思いながらも呑み込んで、目下最優先のクリークのレースに注目しようとして。

 

 

 

 

 『さぁ、府中の直線500mに入ってきました!! オグリキャップは出て来られるのか……!?

 おっと、ここで内からメジロアルダンがやってきた!! ヤエノムテキもいるぞ!! ヤエノムテキもアガってきた!! イナリワンも、イナリワンも負けていない!!

 ()()()()()()()()()()()()()()()()!! 同期のウマ娘達が大奮闘だ!!』

 

 

 

 

 なんと。

 凄まじい加速度と共に追い上げてくるオグリキャップ……しかしその前に、彼女の同期であるメジロアルダンやヤエノムテキ、そしてイナリワンが怒涛のスパートをかけて立ちはだかっているのだ。

 

 

 

 「分かるか。あれが、ウマ娘だ」

 

 

 

 後ろから、親父の声が降りかかる。

 

 

 

 「自分を証明したい。誰かに恩返しをしたい。彼女達が走る理由は千差万別、その頭数(あたまかず)だけ存在する」

 

 

 

 前に、タマモクロスがクリークに問いかけた事がある。

 アンタらは最高のコンビで、出会った時にもう終わってるやないか。満ち足りてるアンタらに、手に入れたいもんがあるウチらと同じ走りが出来るっちゅーんか?

 

 

 

 

 「……でもな、走っている時に感じることはただ一つ。

 勝ちたい。絶対に一着になりたい。ヒーローもヒールもない、境遇も格の違いも関係なく、その衝動の元に栄光を掴み取りにいく。それが、競走ウマ娘なんだ」

 

 

 

 

 スタンド席はどよめきの渦の中にあった。

 当然だ、オグリキャップの圧勝かクリークとの戦いだと思われていたこのレースが、蓋を開けてみれば同期全員のデッドヒートとなったのだから。

 ……しかしそれは決して、失意によるものではなかった。

 

 

 

 「……ヤエノちゃん、頑張ってね? 皐月賞以来調子悪かったからなぁ……行けるなら頑張ってほしいなぁ……!」

 

 「アルダンちゃんも怪我の時期長かったからな、上手い事軌道に乗ってほしくはある……」

 

 「ちきしょーっ! おらぁ元はといえば江戸っ子だー!! 頑張れイナリーーっ!!」

 

 

 

 場の空気が、彼女達によって書き換えられていく。

 彼女達の走りに、観客が呼応する。オグリ一辺倒だと思われていた人々が、次第に彼女達全員をそれぞれ応援するようになっていく。

 

 

 

 「分かるか。これが、スターウマ娘の力だ。

 スターウマ娘になるとは……こういうことなんだ」

 

 

 

 そして。

 そんな大激戦を繰り広げる彼女達を率いる様に最前線に立つ、未だ尽きる素振りもないスパートを更に伸ばしていくウマ娘。

 

 

 

 

 

 『オグリキャップだ!! オグリキャップがやってきた!!

 オグリキャップがやってきた――』

 

 

 

 

 

 

 一万人もの観客の心を捉える同期のスターウマ娘達の、その信念の激流の先頭に立つ、大いなるせせらぎ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『――――しかし届かない!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そのウマ娘の名は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『オグリキャップは届かない!!

 オグリキャップの前に立ちはだかったスーパークリークが、史上初の天皇賞春秋連覇だ――――!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時。オグリキャップは見た。

 2000mを全身全霊で走り切ったウマ娘達が精魂尽き果てて、誰もがその場で座り込んだと言うのに……たった一人だけ、疲れた様子すら見せる事なく、その場に敢然と立つウマ娘がいた。

 

 

 

 「……っ」

 

 

 

 「彼女」は振り返り、そして睥睨した。

 ホームストレッチにいたウマ娘だけでなく、それを目撃した観客も一人残らず、本能的に畏れを抱いたという。夕陽の逆光によって浮かんだシルエットの中で唯一ぎらついた、瞳の中に灯る魂の奔流に。

 

 

 

 「……これがッ……!!」

 

 

 

 膝をつく「怪物」が思わず睨みつけた、その「彼女」の姿は。

 

 

 

 

 

 「これが、スーパー……クリーク……!!」

 

 

 

 

 

 

 ――それはまさに、「魔王」だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……とまあ、その後の有馬でイナリが優勝した辺りからかな、クリーク達は『永世三強』って言われる様になって、人気が高すぎて未だにトゥインクル・シリーズでの出走を期待されてるんだよなぁ」

 

 

 我ながら中々の長話だった。

 しかしキングを始めとしたチームメンバー全員が、その話に思いの外聞き入ってくれたみたいで。

 

 

 「す……すごいです……たくさんの観客を前にして、堂々とヒールを演じるだなんて……」

 

 「でもでも、キングもそういう規模のG1レースをずっと走ってたんだよね。一流ウマ娘って大変だなあ」

 

 「なるほど! そういった苦境を乗り越えてこそ、今の屈強なクリーク先輩がいらっしゃいますのね!!」

 

 「カワカミさん……あんまり先輩を『屈強』呼ばわりするのはどうかと思うわよ……?」

 

 

 改めて思い起こしてみると、当時の俺はなんというか若すぎてちょっと小っ恥ずかしい。いやキングの時もそんなに落ち着いていたとは言えない振る舞いが多かった自覚はあるのだけれど、今ではああいう無茶な行動を懐かしく思うだけの余裕の様なものがある。

 見てみればクリークも、うふふっ、と微笑みながらもどこかくすぐったそうだ。

 

 

 

 「……そっか、スターウマ娘って、そんなに大変な事なんですね。

 そんなのをずっと背負ってるマックイーンって、やっぱりすごかったんだなぁ……」

 

 

 

 一方で、どうやらそのクリークの話を聞いて、ライアンは少し落ち込んでしまった様だ。

 無理もない、と思わなくもない。彼女はあの宝塚記念でマックイーンと肩を並べる存在になる事を宣言しており、さらに年末はスターウマ娘の頂点とも言えるオグリとの対戦を控えているのだ。

 

 

 

 「……ライアンちゃん?」

 

 

 

 でもな、ライアン。

 俺がクリークの話で言いたかったのは、そういうことじゃないんだ。

 

 

 

 「確かにスターになることってすっごく大変です。私みたいに悪者扱いされちゃうこともありますし、オグリちゃんだって当時はみんなの期待を背負って辛いこともありました」

 

 

 

 実際、オグリキャップはあれから長期のスランプに陥ってしまった。

 それがキング達黄金世代との直接対決が実現しなかった理由だ。しばらくはクリークやイナリと三強対決を繰り広げていた彼女だったが、その後数年レベルでの体調不良を抱えてしまい、周囲の期待に応えられない歯痒さに随分悩んだ事もあったそうだ。

 

 

 

 「でも、ライアンちゃん。

 みんなの期待にお応えする。それだけが、私たちが出来る事じゃないんです」

 

 「……えっ?」

 

 

 

 期待に応じる。それだけだと、あの時の彼女の様に、何かしらの理由で誰からも期待されなくなってしまった時に……潰れてしまう。

 そうだよな、クリーク? 「魔王」の裏にあるのはいつだって、誰かの為に走りたい、そんな誰よりも優しいクリークの純真無垢な心(ピュリティオブハート)だった。

 そんな献身的な想いが、勝ちたいって言う根源的な欲求と結びつく。そんな「答え」を、あの時彼女は見出していた。

 まさにあの瞬間に、スーパークリークというウマ娘は完成を迎えていたのだ。

 

 

 

 「スターウマ娘に出来ること、それは――」

 

 

 

 

 

 

 「こんばんはー! セイちゃんのご登場でーす!」

 

 

 

 その時。

 突然チーム部屋のドアを開けたのは、ここ最近脚のリハビリの為にうちに通ってもらっているスカイだった。

 

 

 

 「んもう、スカイさん!

 せっかく良いところだったのに、邪魔しないでくれるかしら!?」

 

 「そう言わないでよキングー、除け者にされちゃったら悲しいなぁ、グスン。

 セイちゃんはただ、ちょっと気になることがあって報告しに来ただけですよー?」

 

 「……報告? 何のことだ?」

 

 

 

 なんだか含みのある言い方だ。気になって俺はスカイに問いただしてみる。

 ……すると。

 

 

 

 「いや、なんかマックイーンさん、もうトレーニング終了時刻ギリギリなのに、ずっと通しで走ってるみたいだから。

 ……あれ多分、無理しちゃってると思うんだよねー」

 

 

 

 ガタン、と椅子から立ち上がる音。

 振り返るまでもない、ライアンだ。

 

 

 

 「マックイーン、まさかあのこと気にして……!!」

 

 

 

 ……理由は、なんとなく察することが出来た。

 一日前の、今年の秋天。かつてクリークがオグリに勝ったそのレースに出走したマックイーンは。

 

 

 (期待を背負う、か)

 

 

 先程も話題に上がった通り、マックイーンはその為に走るウマ娘だ。

 メジロの筆頭として、メジロの悲願を達成する為、それを待ち望むファンの人々の期待に応える為。

 その為の努力を、今の今まで絶やさずに積み上げてきた。

 

 

 

 「ごめんなさいっ! あたし、ちょっと見てきますね!

 教えてくれてありがとう、スカイ!」

 

 

 

 ……そんなライアンを、クリークは目を細めて見つめていた。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 「……!! ……!!」

 

 

 ――夕食もそこそこに、俺は駆けだしていったライアンの様子をこっそりと見守っていた。

 既に日は沈み、グラウンドはナイター環境である。その誰もいない学園のコースの真ん中で、制服姿のライアンとジャージのマックイーンが何かを話し込んでいる。

 

 

 

 「――あらあら~。トレーナーさん、こんなところに~」

 

 「……あれ、君も来たのか?」

 

 

 すると、背後からそんな声が掛けられる。振り返ればやはりそこにいるのは、食事の後片付けの為に再びエプロンを着たクリークだった。

 

 

 「何言ってるか、分かる?」

 

 「女の子の秘密は、探っちゃめっ、ですよ?」

 

 

 ……そういうのとはまた違う気がするのだが、恐らく二人の会話が聞こえてるクリークが言うのだから、余計な詮索はよすとしよう。

 いずれにしても、俺にはどうしようもない問題ではあるのだ。

 

 

 「うふふっ、二人とも、とってもいい子です♫

 トレーナーさんは安心して、サポートしてあげてくださいね?」

 

 「……君がするように、かい?」

 

 「そんな~、私はお世話してあげるのが好きなだけですから~」

 

 

 そうは言うが、ライアン達を見つめるクリークの視線は、年頃の少女のものとは思えないほどに慈愛に満ち溢れている。

 オグリとの対決を控える二人、という特殊な状況ではあるが、それ以前にクリークはチームメイトに対して並々ならぬ愛着を持っているのが手に取るように分かる。

 

 

 

 「……トレーナーさん」

 

 

 

 ――しかし。

 そうして今まで若い新星ウマ娘達を見守ってきた彼女は今、ようやく自分自身の道を歩みだそうとしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 「私、今年いっぱいでトゥインクル・シリーズを引退しようと思っています」

 

 

 

 

 

 「……うん。そうだと思ってたよ」

 

 

 オグリの電撃引退に、イナリも今年一杯と決めていたようだ。

 クリークのその申し出は、まさにあってしかるべきものであった。

 

 

 「ドリームトロフィーリーグには移籍する?」

 

 「はい~。暫くはそちらで走って、自分の中で一区切りついたら……競走ウマ娘を引退しようと思います」

 

 「……そっか」

 

 

 「永世三強」の三人は、通常の競走ウマ娘と比較して明らかに移籍のタイミングが遅すぎる。

 ――それはつまり、そのまま彼女達の選手生命の短さにも直結する。数年ですぐに時間切れということはないが、それでも長く走っていれば衰えは生じるものだ。その後の将来を視野に入れるのは、彼女達に限っては至極妥当なことだった。

 ……だから、俺が掛けてあげるべき言葉は、きっと。

 

 

 

 

 

 

 「今までお疲れ様。頑張ったな、クリーク。

 出会ってくれて、本当にありがとう。君は、俺にとって最初で最後の……特別なウマ娘だった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――もしもそのウマ娘が、その男に出会わなかったら。

 

 

 

 

 

 「トレーナーさん。

 もしあの時、体調を崩すことがなかったら。……私はあなたに、『三つあげる』こと、出来たと思いますか?」

 

 

 

 

 

 ――もしもその男が、そのウマ娘に出会わなかったら。

 

 

 

 

 

 「……ああ。きっと……きっと、取れていたさ。

 俺が今の俺だったら、必ず君に三つあげられたはずだ」

 

 

 

 

 

 ――天才を、天才にしたウマ娘。

 

 

 

 

 

 「あらあら、すっかり逞しくなって~。

 でも……私はもう十分、い~っぱいトレーナーさんから、大事なものを頂いたんですよ?」

 

 

 

 

 

 ――スーパークリーク。

 

 

 

 

 

 「……私はそんな、あなたみたいな――素敵なトレーナーに、なってみたい」

 

 

 

 

 

 ――本当の出会いなど、一生に何度あるだろう。

 

 

 

 

 

 「……君にはいっつも、苦労を掛けてばっかりだったな。

 それでも、そう言ってくれるなら……俺は保証する。

 

 

 

 

 

 

 ――それはきっと、君にとって黄金の道だ」

 

 

 

 

 

 

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