そのウマ娘の名は   作:ニモ船長

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※注意
これ以降のエピソードは史実と一切の関係のない、いわば完全オリジナルの展開を予定しております。
苦手な方がいらっしゃいましたら、大変恐縮ですがブラウザバックを推奨させて頂きます。

 


真・キングヘイロー編
ザ・ビギニング


 

 

 

 

 

 「……くっ……」

 

 

 

 ――がらんどうの地下バ道に、彼女の悔しげな声が響き渡る。

 

 

 「お疲れ。今日は残念だったな」

 

 「今日も、でしょ」

 

 

 スプリンターズステークス。

 三年前に一着を掴み取った筈のそのG1レースで、しかし今の彼女、キングヘイローは七着に沈んでいた。

 

 

 「……っ、トレーナー! 今回の結果になった理由を、一秒以内で述べなさい!!」

 

 「実力」

 

 「なっ……!? くっ、く……くぅ〜〜っ!!」

 

 

 ――まあ、今更オブラートに包み隠すような仲じゃないからなぁ。

 この1200mの短距離レースにおいて、苦手な内枠二番から最終コーナーまでに大外に切り替えられたのは流石の大局観だったが……そこにエネルギーを注ぎ過ぎて最後のスパートを掛けるタイミングが遅れてしまったのが敗因だ。

 そして、こういった敗北はそう珍しい事でもない。数ヶ月前の安田記念では三着、去年のマイルチャンピオンシップでは今回と同じ七着と、電撃戦とも言われる短距離及びマイルでの差し追い込み戦法の難しさが、今のキングの前には立ちはだかっていた。

 二月の東京新聞杯で一矢報いたとはいえ、シニア級一年目に見せたG1四勝の栄光も今の彼女からは失われつつあるのだった。

 

 

 「し、仕方……ないわ、すっごいイヤだけど、本当にイヤだけど、今だけは認めてあげる」

 

 

 しかしだ。

 そんなあからさまな指摘にだって、真っ直ぐに向き合えるだけの強さを、キングは持っている。

 

 

 「逆に言えば、しっかりと実力をつければさらに上に行けるってことなんだもの。

 なぜならば、私には翼があるから……生まれ持った才能という翼が!」

 

 

 ――キングは、二度と自分を疑わない。

 十度の敗北を越えてあの高松宮記念で勝利を飾ってから、彼女はどんな結果になろうとも決して曲げずに、冷静に自分を分析して少しずつ実力を磨き上げて来た。

 

 

 「……屈服させられた数が違う。笑われた数が違う。バカにされてきた数が違う!」

 

 

 一流であると謳ったがゆえに、誰よりも地を舐め、その度に自分を変えて立ち上がってきた。

 それが、このキングヘイローというウマ娘の真髄だ。

 

 

 「出遅れようが、つまずこうが取り戻せないものなんてない!

 どんなどん底でも、希望を疑わない!! それこそが、このキングが永遠の一流である証明よ!!」

 

 

 今日はまた随分と張り切っているなぁ。なんて能天気に考えられるくらいには、俺も……肚が座っている。

 だって、知っているから。キングには才能があることを。それも、ただ実力があるという話ではなくて。

 どんなに惨めでも、震える脚で立ち上がる。キングはそんな、不屈の天才であるということを、誰よりも理解しているから。

 

 

 「……じゃあ帰ったら早速、今日のレース分析だな。

 っと、その前に腹拵えでもするか。牛丼でも食ってこうか?」

 

 「おーっほっほっほ、当然だわ! 一日の最後まで努力する、それが一流と二流の差よ!

 ……私は王者盛り!! あなたもよ、トレーナー!

 

 

 

 

 

 ――こうして彼女と二人で和気藹々とするのも久し振りだ。

 去年まではウララの有馬挑戦からライアンのサポートまで忙しくて、チームとは別に純粋なキングのトレーナーとして振る舞う暇がなかったからであり。

 ……それはまるで、あの受難のクラシック級が始まる前の、キングも俺もまだ何も知らなかったあの頃のようで。

 

 

 

 (……あれから、全てが始まったんだよな)

 

 

 

 ――俺は思い出していた。

 トレセン学園に入って間もない駆け出しのキングと、唐突にチームのメイントレーナーを任されたばかりの俺が出会った、あの頃のことを……。

 

 

 

 

 ※※※ 

 

 

 

 

 ――親父は、最後まで俺のことを認めなかった。

 

 

 

 

 分かりきっていた。

 俺がこの中央トレセン学園の土を踏んで、クリークの三年間を始めとして親父の元で研修を積んで。その年月の中で、どこか察してしまっていたのだ……俺は、親父には到底及ばない事を。

 だけど、今はそれでも良いと思っていた。だって俺が出しゃばる必要なんてない、客観的に考えても親父が全面的に前に出た方がよっぽど担当のウマ娘達の幸福にも繋がる筈なのだ。

 そんな日々の中で、ほんの少しずつでも親父から何かを盗んで、そうしていつかは一人前のトレーナーと呼べる程に技量を積む事が出来れば。それが優秀すぎる父親を持った俺に残されたただ一つの道だと……本気で思っていた。

 

 

 『……お前では、駄目だ』

 

 

 ――しかし、親父はトレーニング中の事故で引退を余儀なくされ、俺はたった一人で取り残された。

 残念ながらサブトレーナーとしての研修期間も、メイントレーナーへの昇進に要求される年月をとっくに超えていたのだ。そんな俺がチームを引率するに値すると、理事長始めURAの人事は判断を下したのである。

 ……それでも、父親は息子に激励の言葉を一言もくれてやらなかった。

 

 

 

 『お前がトレーナーでは、担当のウマ娘が可哀想だ。

 あまりに未熟で、何も分かっていない。あのチームは……お前が潰すことになるだろうな』

 

 

 

 だから何だって言うんだ。あんたみたいに上手くいかないだろう事は、俺自身が一番分かっていると言うのに。

 励ましてくれ、なんて言うつもりはなかった。そんなものはつまるところ中身のない薄っぺらい応援でしかない事は分かっていた。だから……せめて、何も言わずに黙って引き下がっていて欲しかった。

 結果、親父は俺を呪った。そしてそれに俺は心の中で諦めを覚えながらも……クリークやライアンが俺を慕ってくれる手前、空元気を振り絞って反発してチームトレーナーを引き受けることしか出来なかったのだ。

 その、なんと虚しく、惨めなことか。

 

 

 

 『悪いことは言わん。クリーク達も別のチームに移籍させて、チームを解散しろ』

 

 

 

 「……だから、言って……!!」

 

 

 

 

 

 

 「――だから、言ってるじゃない!!」

 

 

 

 

 

 

 小声で溢した筈が、何故か随分と高い声になって辺りに響いて。

 そんな訳あるか、今のは俺の声じゃない。反射的に振り返った先に居たのは、一人のこげ茶色の髪を持つウマ娘だった。

 

 

 

 「私にはちゃんと才能があるのっ! 今度の選抜レースで必ず実力を見せつけて、一流のトレーナーを見つけるんだから……っ!?」

 

 

 

 トレセン学園の制服を着用している以上、生徒なのだろう。

 校舎の裏でこそこそと電話で話し込んでいると言うのに背筋はぴんと伸びていて、整った髪型も相まってその育ちの良さが伺える。やや赤みがかった茶色の瞳は、顰めていなければきっと吸い込まれる様な透明度を誇っていただろう。

 明らかに、普通のウマ娘とは一線を画していた。その風格はやや幼さを含みながらも数々の重賞ウマ娘に引けを取らず、その体格はやや細身ながらトレーナー試験の参考書で見るような、まるで教科書的かつ理想的なバランスを保っていた。

 

 

 「なっ……ちょっ、あっ、……っこれ以上話す事はないわ! さようならっ!!」

 

 

 目が合ったその娘は、ぎょっとあからさまに動揺の色を見せると、慌てて端末にそう息巻いて、電話を切ってしまう。

 ……切るや否やキッ、と俺を睨みつけながら、つかつかと歩み寄ってきたのだ。

 

 

 「ちょっと……! あなたのせいで、大事な電話で調子が狂っちゃったじゃない!

 って、その前にっ、あなた、不審者!?」

 

 「い、いや違う、ちゃんとここのトレーナーだけど」

 

 「ふぅん、どうだか。……こんなところまで来て電話の盗み聞きなんて、疑われても仕方ないんじゃないかしら?」

 

 

 むかっ、と少し心がざわついた。

 いや、なんていうか、大人気ないとは思ったんだけど、この時俺はかなり気持ちが荒んでいたのだ。親父の事で傷心な事もあったが、それ以上に突然トレーナーとして放り出された為にチームの運営管理の負担が全てのしかかって来たのである。

 クリークとライアン、たった二人しか在籍していないのに毎日てんてこ舞いで、徹夜明けなのもあって既に俺のキャパはぶっ壊れる寸前だったのだ。

 

 

 

 「盗み聞きって……君が誰かも知らないのにそんなことするかよ」

 

 

 

 ――ムキーッ、と効果音が出そうな勢いで、相手がこちらに詰め寄ってくる。

 

 

 「な、なっ、なぁぁんてこと! 屈辱だわ、幾ら何でも失礼じゃない! 電話を勝手に聞かれた上に名前すら覚えてもらえていないなんて!!」

 

 「こ……こっちだってやっと仕事がひと段落ついたから、休憩しようと思ってここに来たんだよ! 大体初対面だろ、名前なんて知ってる訳ないじゃないか!!」

 

 「む……ムキィイイーッ!!」

 

 

 

 ……効果音を、本当に口にするやつがあるか。

 暫くは額同士がくっ付きそうになる程にバチバチと火花を垂らしていたが、やがて向こうがフン! と鼻を鳴らして距離を置くと、両手を腰に当てて仁王立ちになり、顎でしゃくり上げながら名乗ったのである。

 

 

 

 「いい!? 私の名前はキングヘイロー!

 輝かしく、誰もが憧れる勝者になるべくして生まれた、一流のウマ娘よ!!」

 

 

 

 ……キングヘイロー。

 実を言うと、最近はろくに有力なウマ娘のチェックもしていなかった事もあって、残念ながら名前に心当たりはなかった。

 だか、どこかで聞いたことのある様にも思う。というのも、彼女本人ではなく、もっと別のどこかで似たような名前を――。

 

 

 「まあいっか、取り敢えずよろしく」

 

 「なぁんでよ!! この私が自ら懇切丁寧に教えてあげたのに、なんでそんなに驚かないのよ! このへっぽこ!!」

 

 

 ――へっぽこって何だよ。

 そのキングヘイロー……自称キングと名乗る彼女の本気な表情を見ると、そうとはとても言えず。

 俺は何とも言えない、生暖かい笑みを浮かべることしか出来なかった。

 

 

 「……まあいいわ。それで?

 あなたもトレーナーなんでしょう? この将来有望なウマ娘に対して、何か言うことは無いのかしら?」

 

 

 おや、と気分を改める。

 黙っていれば美人、と称するのは流石に失礼か。それにしてもその競走ウマ娘としてのオーラ自体が既にレースで走っていそうな程だったので、気付かなかったが……このキングというウマ娘は自分のことを「将来有望なウマ娘」と言った。

 そうか、今の時期を考えるに、この娘はデビュー前か。

 

 

 

 「そうだな……良いトレーナーが見つかると良いな。割と雰囲気は出てると思うから、色んな人に声掛けられると思うけど……ちゃんとトレーナーは選んだ方がいいよ、じゃ」

 

 

 

 一応、少ないトレーナー歴の中から振り絞った最適な答えを口にしたつもりだった。

 しかしそこで立ち去ろうとした俺の右腕が、何故かうんともすんとも動かない。

 

 

 「え? ……ええ? あら、もしかして、ちゃんと伝わっていなかったかしら……?」

 

 

 振り返れば、そのキングヘイローという娘は分かりやすく動揺の色を表情に浮かべたまま、俺の二の腕をがっちり掴んでこちらを覗き込んでいた。

 

 

 「お、おかしいわ……この一流のキングがデビュー前でフリーなのよ、トレーナーなら我先にってスカウトしてくるに決まっているわ……まさか、このありがたみがわからない?

 さてはあなた、やっぱり不審者ね!?」

 

 「どーしてそうなるよ。勘弁してくれ」

 

 

 随分と自分に自信があるようだ。そんな台詞の中に一切の作為が感じられない。

 おい、指差すな。大声上げようとすな。アホなのか。

 

 

 「いや……俺もメイントレーナーになりたてで、今チームの業務の方ですっごく忙しいからさ。

 悪いけど君の担当になれる程、暇じゃないっていうか」

 

 

 ――それが、俺がここ最近新たなウマ娘のリストアップすら行えていない理由である。

 正直、今の状況で新メンバーを加入させる事なんてとても不可能なのだ。親父が引退してうちからも随分と多くの娘が他に移っていってしまったが、それでもサブトレーナー時代なんてメじゃない位にはしんどい日々が続いていた。

 そういう状況下においては一応すぐにチーム解散とはならない事をたづなさんから聞き及んでいたので、仕事に慣れてから満を辞して担当を募集しようと考えていたのだ。

 

 

 「私に構っていられるほど、暇じゃない……ですって……!?」

 

 「あ、いや違っ……!」

 

 

 しかしまた。またここに来て、俺は完全に言葉選びを間違えていた。

 

 

 

 「い、いいわ! そこまで言うのなら、見てもらおうじゃない!

 今日の模擬レースを観戦する権利をあげる!! そこで私の圧倒的な勝利を見て、せいぜいスカウトすらしなかった自分の愚かさを後悔するといいわ! おーっほっほっほっ!!」

 

 

 

 ……まあ、漸く時間が空いたばかりで、多少の余裕はあるんだけれども。

 されどいちトレーナーとして、やはり少しは興味がある。それだけ可能性を秘めた身体を持つウマ娘が、実際のレースでどのような走りを見せるのかを。

 

 

 

 「……じゃあ、早くグラウンドに急ごうぜ。

 模擬レースまで、あと十分もないぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それで、結果はどうだったんですか〜?」

 

 

 ――数時間後のこと。

 時刻は午後三時を過ぎている。午前の模擬レースが終わった後にチーム部屋に戻った俺は、クリークと共に再び書類の山に埋もれる苦行に苛まれていた。

 

 

 「うん……まあ、頑張ったんだけどなぁ」

 

 

 結果は、二着。

 決して悪い結果ではない。個人的な意見を言わせて貰えば、正直一着の娘よりも凄まじい素質を感じたのは確かだ。

 ……しかし、気になる点があったのも事実だった。

 

 

 「何だか、上手くいってない感じだった。もし全力を出せてたら……ぶっちぎりで圧勝だったんじゃないかな」

 

 

 あの高飛車ウマ娘、キングヘイローの今回の敗因は明らかである。

 何故か掛かり気味で不安定だったせいで、レース序盤での位置取りが壊滅的だったのだ。どうやら纏まったバ群の中に入るのが苦手なのか直ぐにズルズルと後退してしまい、先頭のペースが読めずにスパートを掛けるタイミングを掴めなかったのである。

 ……だが一人だけ遅れた末脚で二位まで差し切ったのだから、とんでもない実力を持っている事に間違いはないのだ。さらにバ群からスパートを掛けて分散した他のウマ娘達の合間を上手く縫った、初めの失態が嘘のような華麗なコース取りまで披露したのである。

 

 

 「でも……あれは何というか……ちょっとウケない走りかもしれないなぁ……」

 

 「ウケない走り……ですか?」

 

 「うーん、ただの観客として見るなら見栄えはするけど。

 トレーナーとして一番気にするのはやっぱり安定性だからさ。スピードやパワーは今後の本格的なトレーニングで磨くことが出来るかもしれないけど、本人の調子が一定でないとなると……」

 

 

 トレーニングによる安定した成果を得られない可能性、充分に鍛え上げたとしてもレースで調子を落として勝てない可能性。そういう余計な懸念事項が増える事は、トレーナーにとっては厄介極まりないのである。

 実際にその走りを見たその場のトレーナー達の反応は殆どが難色を示していた。「プライドが走りを邪魔している」、「典型的な井の中の蛙」と、割と散々な言われようで。

 結局、その後キングヘイローのもとには誰一人として、スカウトしたいと集わなかったのである。どうやら彼女が模擬レースで走ったのは今日が初めてではないらしく、曰く「初めは多かったが皆断られて、次第に白けてしまった」のだとか。

 

 

 「……うふふっ♫」

 

 「……何だよクリーク」

 

 「いえ〜。……トレーナーさんは、そうじゃないって考えているんですよね?」

 

 

 ――流石に鋭い。

 かくいう俺は、少し違う印象を受けたのだ。結果として不安定な走りであった事は事実だが……それよりも特筆するべきは、最後までスパートを掛け切った根性にあると思う。

 差しや追い込み戦法において、最終直線での出遅れは致命的だ。それても多少レース経験を積めば最後まで諦めないガッツが備わっていくものだが、それをあのデビュー前の段階で既に獲得しているウマ娘はそういない。

 それに初めの散漫も、気性の問題というよりもどこか焦っているような印象を受けた。結果を出す事に拘った為に視野が狭くなったような……裏を返せば、結果を出さなばならない何かしらの事情があって、それがキングヘイローを苦しめているように見えたのだ。

 

 

 「あらあら〜。キングヘイローさんのこと、気になるんですね〜?」

 

 「いや、そうじゃないんだけどさ」

 

 

 悪戯っぽい顔でそう微笑むクリークに被りを振ってみるが、実のところ心当たりがない訳ではない。

 どこか、後ろ髪を引かれるというか。話した時はあれだけ自信満々に見えた彼女が、しかしレースで見せたのは苦しみながらもめげずに勝利を目指す姿だった。

 そんな、激情に駆られるほどとは言わずとも、絶えず蝕んでくるような苦しみに囚われる気持ちは……俺にも分かる。

 

 

 

 「でもそう言われれば、キングヘイローさんとトレーナーさんは似ているかもしれませんね?」

 

 「……と、いうと?」

 

 

 

 だって〜、とクリークは語尾を伸ばしながら端末を取り出して、一つの画面をこちらに見せてくる。

 そこにいたのは、伝説のウマ娘。国内の重賞を総なめにして、アメリカG1で七勝を飾った、知らぬ人などいないウマ娘。その名前はまさに、キングヘイローの名を聞いた時に俺が引っかかっていたもの、そのもので。

 ――ずっと、気になっていた。選抜レースを見に来たトレーナー達が何故か、彼女のことを「ご令嬢」と呼んでいたことが。

 

 

 

 

 

 「……まさか、キングヘイローは……?」

 

 

 

 

 

 「こんにちはーっ! トレーナーさん、今日もお仕事お疲れ様です!

 ってあれ、もしかして何か取り込み中でしたか……?」

 

 

 

 クリークが頷くのと同時に現れたのは、現状俺のもう一人の担当であるライアンだった。

 どうやら目の前に聳え立つ書類と俺たち二人が話し込んでいる様子から、何かあったのかと懸念してくれている様だ。余計な心配を掛けたくはなかったので、俺はありのままにそのご令嬢ウマ娘の話をしたのだが――。

 

 

 

 「え? ああ、キングヘイローさん、ですか?

 さっきちょっと話題になってましたよ。午前中にレースをしたばかりなのに、今度は午後にチーム入団試験を受けに行くって。

 すごいパッションですよね、あたしももっとレッツ・マッスルしないと……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……あら。またあなたなの?」

 

 

 チーム部屋を飛び出して、入団試験の受付前まで向かってみれば、その尻尾まで優雅に振る後ろ姿を簡単に見つけることが出来た。

 

 

 「もしかして、ようやく私をスカウトする気になったのかしら?

 でもごめんなさいね。残念だけど今から、ここのチームの入団テストを受ける予定なの」

 

 「……本気かよ」

 

 

 俺は、今度は真剣に彼女を見つめていた。下手にからかうようなそぶりもなく、威圧とまではいわなくても険しい表情を浮かべていた筈だ。

 ……それを、キングヘイローは一分の動揺も見せず、堂々と受け止めている。

 

 

 

 「分かってるのか。選抜レースがどうして、一日に一度しか出られないのか」

 

 

 

 それはひとえに、走るウマ娘の肉体的負担を考慮しての事だ。

 まだ共用の練習メニューしか手渡されていない、場合によっては「本格化」を迎え切っていないウマ娘達が、一日に二度もレースで全力で走ったらどうなるか。その未熟な身体に極度の負荷がかかって、今後の競走ウマ娘としての人生を左右しかねない様な故障を招く可能性があるのだ。

 

 

 

 「これでもトレーナーの端くれだからな。無茶な真似をするウマ娘を見過ごせない」

 

 「あら、ご忠告感謝するわ。

 でも、残念だけど私を止める権利を、あなたにはあげられないの。今度こそ一着になって、一流の走りをその目に焼き付けてあげるんだから!」

 

 

 ……ダメだ、何も分かっていない。

 思わず息巻きそうになったが、ここは人の目も多い。この娘のスタイルを考えるにあまり悪目立ちは得策じゃないだろう、とりあえず合図を送って、二人で端まで移動する。

 

 

 「……本当に何を考えてんだよ! 午前で模擬レースに出て、午後に入団テストなんて前代未聞だぞ!?」

 

 「何よ、前代未聞だから良いんじゃない! 朝から夕方まで、何度でもキングの勇姿を見せつけてやるまでよ!」

 

 「そもそも今回の入団テスト、定員一名じゃないかよ! 明らかに欠員補充でこの倍率、そんな中を朝走って消耗している君が本気で勝てると思ってんのか!?」

 

 「~~っっ! あなた性懲りもなく何度もこのキングを……!!

 いいわ、今度こそ!! 今度こそ絶対に勝って、あなたにも思い知らせてあげる!!」

 

 「だから、そうじゃないんだって!!」

 

 

 ――埒が明かん!

 もうダメだ、ここまで頑固なんじゃ取り付く島がない。一度ガツンと言ってやんなきゃ、お互い頭も冷えないってもんだ。

 

 

 

 「あのなぁ! 確かに君の才能は認めるさ、ああ認めるとも!! 数年に一度、いやもしかしたらそれ以上の逸材だよ、でもそれは磨けばの話だ! 今の君はただのデビュー前の原石なんだぞ!?

 そんなときにやたら場をかき回して無茶したら周りはどう見る、プライドだけやたら高い、そのくせまだ実力が追いついていない、扱い辛い訳アリウマ娘って……そう思われたっていいのか!?」

 

 

 

 ようやく、キングヘイローの瞳に戸惑いが映りだした。

 この時点でもうかなり取り返しがつかない事になっている予感はしたが、構うか。ずっと気付かないで一人ピエロになってるより、遥かにマシだろ。

 

 

 「……それでも、私は一流にならないといけないの! 出来るだけ早く勝って、誰もに認めてもらって、キングヘイローっていう一流のウマ娘にならないとダメなのよ!!」

 

 「それだよ、それ!! 今日の朝からずっと言ってるけどさ……!!」

 

 

 沸騰しかけた頭は、しかし今までにあり得なかった程に彼女の言葉の細部までを記憶していた。

 私は一流のウマ娘。一流のトレーナーを見つける。その為に、一流の走りをその目に焼き付けてあげる。

 

 

 

 

 

 

 

 「――君の言う『一流』って、なんなんだよ!

 何が出来たら一流なんだ、レースに勝てば一流なのか!? バカの一つ覚えみたいに無理やり自分のやり方を押し通して!

 周りを見てみろよ! 誰が君を認めてる!? それのどこが『一流』なんだよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ……やっちまった。

 いくら何でもそれを言うのは間違っていた。流石に越えてはいけない一線だったと……それに俺が気が付いたのは、しかし目の前の彼女の瞳に、みるみる涙が溜まり出した事に気づいたからだった。

 トレーナーがウマ娘を純粋な罵倒で泣かせる。前代未聞だ、図に乗ってみればまるで他人のことを言えた義理じゃない。

 

 

 「……あなたにっ、何が分かるのよ」

 

 

 その震える声からはもう、今までの上品な色は消え去っていた。

 

 

 

 「私はっ、ただ走るだけじゃ誰にも見てもらえないの……!

 勝って、目立って、見てもらって、そうしないと私は自分で居られないのよっ……だって」

 

 

 

 だって。その後に出てきた言葉を聞いて、俺はようやくこのキングヘイローというウマ娘のことが分かってきた。

 ……ああ。自分に過信している訳でも、周りが見えてない訳でもないのか。むしろ、全て把握した上で。

 それでも構わないから、多くを犠牲にしても構わないから……叶えたい願いがあったのかと。

 

 

 

 

 

 「だって……私は、伝説のウマ娘の、ご令嬢だから……!!」

 

 

 

 

 

 

 「おお~、盛り上がってますねー。

 あれ、ウララも出走するんだ、ファイト〜っ!」

 

 

 キングヘイローを止めに行ったその足で、俺はそのまま入団テストを見に来ていた。

 ……そしてなぜか俺の隣にいる、妙に人懐っこい一人の葦毛のウマ娘。

 

 

 「おやおや~? そんなに怪しまなくたって、ウンスちゃんは何も取って食ったりしませんよ~?」

 

 

 ――あの後キングヘイローは顔を歪めたまま……しかし決して涙をこぼすことなく、その場を走り去ってしまった。

 その直後に物陰からひょっこりと顔を出したのがその、自称ウンスちゃん……セイウンスカイというウマ娘だったのだ。

 

 

 

 「……いや、悪いことをしたとは、思ってるんだけどさ」

 

 

 

 言い過ぎた。ヒートアップしたあまりに彼女の尊厳まで傷つけかけた。それは認める。

 だが、主張そのものを撤回するつもりは毛頭ない。今だって何だかんだでレースを見に来ているのは、キングヘイローが過労によって体調を崩してしまうのではないかと気が気でならなかったからだ。

 どんな事情があっても、自分の将来を脅かす行為をして良い理由にはならない。それはあの時のクリークのように……一生の心残りになるような、そんな深い挫折の根源になりかねないんだ。

 

 

 「いやー、お嬢様は相変わらずですからねー。

 いつだって全速前進! 優秀な私をご覧あれ~って、ずっとそんな感じですから」

 

 「……知り合い?」

 

 「知り合いって、同期ですよー?

 もしかしてわたし達の世代の事、知らなかったりします~?」

 

 

 ……トレーナーとしては失格ものではあるが、折角なのでご高説をお願いしよう。

 恥を忍んで頷いてみれば、にゃはっ、と朗らかに笑いながら、セイウンスカイはゲートに入るウマ娘達を指さし始めたのである。

 

 

 

 「あそこにいるのがエル、エルコンドルパサーです。今回のテストの最有力選手ですねー。で、まーた高笑いしてるキングはいいとして……あれがスぺちゃん、スペシャルウィークっていうんですけど。

 それと、この入団テストを開いているチームにグラスちゃん、グラスワンダーっていう娘がいて、みーんな足が速いので『黄金世代』なーんて言われちゃってるんですよ~。スぺちゃんは転入して来たばっかりだから、まだ何とも言えませんけどっ」

 

 

 

 ――黄金世代。

 そんな娘が、既に()()もクローズアップされているのか。朝から気になってはいたのだが、それこそまるであのオグリやクリークがクラシック級で走っている時のような活気があるのは……そういう訳だったのか。

 

 

 

 「そんな皆をまとめて撫で切って、世代の頂点に立って見せるわーって、キングったら張り切ってて。

 ……だから、さっきみたいな意見は、今のキングには必要だとは思いますよ。ちょっと、やる気がありすぎてがんじがらめになってるみたいだし」

 

 

 

 ……意外だな。ウマ娘の立場としては、否定的に感じられてもおかしくないと思ったんだけども。

 そう、セイウンスカイに改めて向き直ろうとしたその時……ゲートが開く音が辺りに鳴り響いて。

 

 

 

 「……お~、キングにしては珍しい展開だね。選抜レースの時、集団に埋もれちゃったのがなんだかんだで応えたのかな~?」

 

 

 

 ――驚きで、処理が追い付かない。

 一つずつ順を追って話そう。まずは、選抜レースの時は差しにいったキングヘイローが、今度は先行気味に前に位置取りをしていたこと。

 先行策というのは、差し戦法よりも大量のスタミナを消耗する。常にレースの先頭集団に喰らいつくだけのスピードを維持しなければならない上に、最終コーナーから最後の直線までの間にそこから抜け出すだけの脚を残さなければならないからだ。

 それを、あのキングヘイローは躊躇うことなく採用し、しっかりとやってのけている。午前のレースの疲労がまだ残っているはずの身体で。

 

 

 「……けど、ちょっとフォームが崩れてるなぁ。力みすぎってやつだね」

 

 

 ……それはトレーナー目線でようやく見て取れるというレベルでの僅かな乱れだ。やはり本調子でないハンデが響いているらしい、それにしてもそれに気付くなんてこのセイウンスカイというウマ娘、ただものではないぞ。

 それはそうと次に驚いたのは、そんなキングヘイローと鎬を削っている、「黄金世代」の他のウマ娘達の能力だ。

 エルコンドルパサー。これはもう……デビュー前であることが信じ難いスペックの持ち主だ。既に場を支配するような存在感と、レース展開を楽しむ程の強者の余裕が出来上がっている。キングヘイローが絶好調ならイーブンだったかもしれないが、そうでない今回は彼女の一人芝居になってしまうかもしれない。

 次に、スペシャルウィーク。転入したばかりと言っていたがなるほど、大きくスタートから出遅れてしまっていた。しかしその後ものすごい勢いでまくって上がってきており、何とか上位に縋りつくキングヘイローに追いつきそうな程の凄まじい末脚を発揮している。

 ……そして、何よりもその表情が、走ることが楽しくてたまらないというほどに、弾けていて。

 

 

 「……正反対に、なっちゃってるな」

 

 

 それは何よりの武器である一方、恐らくエルコンドルパサーもスペシャルウィークも、まだ「勝負」という概念を理解できていない。

 というよりデビュー前かつトレーナースカウト第一波のこの時期に、それを呑み込んでいるウマ娘なんてほぼ皆無で、現実に直面する前の純粋な娘の方がまだ大多数な筈だ。

 

 

 

 「はあ……はあ……!

 私は、一流として……結果を残すのっ……!!」

 

 

 

 ――キングヘイローだけが、それを既に掴みかけている。

 誰よりも先頭に立って、結果を出さねば、誰も自分を認めてくれないということを。それを前にしては走る楽しさも、日々の努力も、全てが無駄になってしまう可能性があることを。

 だから、常に「一流」でなければならない。自分を見てもらうためには、いつだって、どんな瞬間でだって優秀でなければならない。毎日がすべて勝負であり、それに全部勝ち続けなければならない。

 

 

 

 『……お前では、駄目だ』

 

 

 

 ……俺は、勝てなかった。

 大きすぎる親父と張り合うことを諦めて、着実に力をつければいいなんて宣って尻込んで、そうしてその背中の後ろに隠れてしまった。

 

 

 

 「……キングのお母さんがすごい人なのは、知ってますか~?」

 

 

 

 セイウンスカイの言葉に、キングヘイローを見つめながら頷く。

 国内筆頭、アメリカでもレジェンド級のスターウマ娘だ。さらに引退後も勝負服のデザイナーとして世界中の注目を集める、まさに現在のウマ娘界隈を牽引する一人である。

 

 

 「キング、ずっとレースに出るの、ずっとお母さんに止められてるみたいなんですよね。

 才能がないから、諦めて帰ってきなさいって。……キングが才能がないんだったら、わたしなんかどうなっちゃうんでしょうねー。てへっ☆」

 

 

 ――私にはちゃんと才能があるのっ。今度の選抜レースで必ず実力を見せつけて、一流のトレーナーを見つけるんだから。

 あれは恐らく母親からの電話だったのだろう。そしてそんな母親の娘としてキングヘイローは、「伝説のウマ娘のご令嬢」としてしか認識されていない。

 

 

 

 「……にゃはっ。

 気になってきちゃいましたか? キングのこと」

 

 

 

 ――キングヘイローは、諦めていない。

 偉大過ぎる母親と張り合うことを諦めず、勝って自分こそ一流になると、そうしてその背中の後ろから、自らの意志で飛び出そうとしている。

 

 

 

 (……ちくしょう)

 

 

 

 無茶だとか、誰も認めていないだとか。

 違う。俺はつまるところ、その道の末路を知る人間として彼女の事が目も当てられなくて、それと同じくらい……眩しかったんだ。

 そんな彼女ならもしかすれば、もしかするかもしれない。俺が、同じような境遇の人間が、そして現実の前でうなだれる多くの人々が超えられなかった壁を、彼女なら。

 

 

 

 「……ちくしょう……!!」

 

 

 

 明らかにガス欠気味のキングヘイローを、スペシャルウィークが追い越そうとする。

 再び、彼女に敗北が圧し掛かろうとしている。

 

 

 

 

 

 

 「――――()()()

 

 

 

 

 

 

 ――だけど、彼女なら。

 彼女なら「一流」になれるかもしれない。

 その予感は、衝動は、俺の全身を勝手に動かして。

 

 

 

 

 

 

 

 「――諦めるなあぁっっ、キング!!」

 

 

 

 

 

 

 ――ぬらりと、夕闇が動く。

 その光に照らされたキングの雰囲気が、ぞわりと変わる。

 

 

 「……キング……!?」

 

 

 セイウンスカイが、その余裕げな声音を失ったまま、呟く。

 歪ませていた顔が、一瞬色を失って……そして次の瞬間、怒涛の形相に変わる。

 そして、何が起こったか分からずに困惑するスペシャルウィークの横で、彼女は。

 

 

 

 

 

 

 

 「――っだあああああっっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 そうだ。それでいい。

 その走りは、今は君にしか出来ないものだ。勝負の厳しさと、自分の抱える運命に誰よりも向き合っている君だからこそ出来る、泥臭い走り。

 

 

 「……なっ、ななっ、キング!? ええ、あんな……!!」

 

 

 ――爆発したキングヘイローの脚はそのままグンと加速して、先頭を走るエルコンドルパサーのもとへと突き進んでいく。

 セオリーならあり得ない走り。とっくに限界を超えて、身体への負担の許容量を超えて、なのに指数関数的に伸びていく末脚。

 それは本来、シニア級レベルのウマ娘がようやく会得する業だ。数々のレースを経て自分に出来る事と出来ない事を理解したうえで、限界を超えたいと渇望するウマ娘が切り拓く境地。

 

 

 「……っやあああぁぁっ!!」

 

 「ケ!? ……まだまだあああっっ!!」

 

 

 しかし。ここでスペシャルウィークだ。

 キングと違ってスタミナの残っている彼女も、その差し切りに喰らい付いていた。さらにエルコンドルパサーも焦った様子を見せながらも、ぶれずに先頭を守り続けている。

 こんな……こんな世代があるのか。キングがあれだけやっても勝ち切れない、そんなに才能に溢れたウマ娘が存在するのか。

 

 

 

 

 

 「諦めない……絶対に諦めないわ……!!」

 

 

 

 

 

 それでも。

 それでも、キングは、首を下げずに――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……あなた、また来たのね」

 

 

 ――ゴールラインを三着で駆け抜け、その後もふらふらと覚束ない足取りのキングを、待ち構えていた俺はスタンド席を乗り越えてタオルで受け止めた。

 

 

 「バカ野郎、って言ってやりたいけど……今となっては同罪だからさ」

 

 

 そのままざっと汗を拭くと、傍に待機してくれていたセイウンスカイからジャージの上部分を受け取り着せてあげる。少し不服そうではあったが、どうやら自分の状態を客観的に把握できていたらしい。特に抵抗もせずに、その場でゆっくりと腰を降ろすのだった。

 

 

 

 「……キングヘイロー」

 

 

 

 声が掛かる。

 見上げてみれば、そこにいるのはその入団テストを開催していたチームのメイントレーナーだ。灰色のスーツに銀縁の眼鏡を夕日に光らせるその女性は、トレーナーの中では言わずと知れたベテランだった。

 

 

 「ご苦労だった。……しかし、結果は見ての通りだ。

 私はやれることを全て行った。テスト直前になって飛び込みで登録申請をしたお前に、機会は与えた」

 

 「……飛び込みだったのかよ」

 

 「し、しょうがないじゃない」

 

 

 公共の面前だし、場を少しは和ませようとちゃちを入れてみれば、眼鏡の内から凄い形相で睨まれる。

 

 

 

 「これ以上、してやれることはない。

 キングヘイロー、もっと冷静になれ。今のままでは、お前は一流からは程遠いぞ」

 

 

 

 「……そんなことは、ない」

 

 

 

 だけど。

 そう言われてしまっては、俺も真剣にならざるを得なかった。……よく考えれば数十分前に、まさに同じことを俺自身が言っていたというのに。

 

 

 

 「今、この娘のやってることは無茶苦茶だ。それはもう否定のしようがない。

 でも、本筋を失っているわけじゃない。貴女もプロなら分かるでしょう……キングヘイローは」

 

 

 

 ……この時、俺達を見守る多くのトレーナーが何を思ったかは分からない。

 でもそんなことは心からどうでもいい。キングが示したように、俺も俺が思ったことを口にするまでだ。

 

 

 

 

 「誰よりも一流から遠くても、誰よりもずっと、一流に近い。

 キングヘイローは……そんなウマ娘なんだ」

 

 

 

 

 隣で荒くついていた息が、一瞬止まる。

 そして、目の前のベテラントレーナーは少しの間俺を凝視し、そしてキングに目を移すと、フッと不敵に嗤ってその場で踵を返すのだった。

 

 

 

 

 「……それが分かるのは、あと数年も後の事だ。

 だがいいだろう、確かにお前達は……敵に回した方が、倒しがいがありそうだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……おばかね」

 

 

 日が沈んで。

 すっかり人気のなくなった学園内の舗道を、俺はキングを背負ってとぼとぼと歩いていた。

 

 

 「……どっちに言ってる?」

 

 「どっちもよ。あなたは何度も私をコケにしたと思ったら、諦めるなとか、あんなこと言って。

 ……私は、こんな……無様な……っ」

 

 

 ――気落ちした言葉を聞いたのは、これが初めてだ。

 事実、歩けない程には疲労困憊なので、精神もかなり衰弱しているのだろう。背負う時だって一発くらい蹴られる覚悟をした筈が、言ってみればすんなりである。

 

 

 「……別に、無様じゃない」

 

 「……やめて、ちゃんと、現実を見てよ……!」

 

 「こら騒ぐな、落ちるぞ……いいんだよ、俺が無様じゃないって思ったんだから、それで」

 

 

 そんなことで言い争いなんて、したくなかった。

 でも実際は、今日の二度出走からの二度の敗北をもって、今度こそ殆どのトレーナーはキングに見切りをつけてしまった可能性が高い。エルコンドルパサーはあのままチームに入団したが、それでも彼らの注目がスペシャルウィークへと移ったのは火を見るより明らかだった。

 まさに今のように、周りに誰もいなくなって。いつの間にか、目の前は真っ暗で。

 

 

 

 「……なあキング。俺のチームはさ、たった二人しかいないんだ」

 

 

 

 ――真っ暗な中でも、見上げれば満天の星空があった。

 

 

 

 「元々はもっと多くの娘がいたんだけどさ。みんな親父に教わりたくてチームに入ってたんだよな。

 ……親父が引退していなくなって、気付いたらこんな有様だった」

 

 

 

 何度も、何度も迷った。

 ライアンも、クリークも、本当に俺と共にいて良いのか。俺しかいない今、親父のいう通り二人とも移籍させた方がいいのではないか。

 ……俺はもう、諦めた方がいいのではないか。

 

 

 

 「――そんな終わり方なんて、やっぱりおかしいよな?」

 

 「――ええ。絶対におかしいわ」

 

 

 

 二人揃って、小さな笑みが溢れる。

 

 

 「うちの名前はチーム『ポラリス』。まだ無名だった親父が、いつか頂点を取りたいって名付けた名前だ」

 

 

 しかし、ポラリス……つまり北極星は、二等星。その輝きは決して、スピカやシリウスの光には及ばない。

 

 

 「――及ばなくたって、知ったことじゃない。

 どんなに厳しくたって、辛くたって、泥臭く上を目指す。そうしていつかは世界の真上に立って、誰もが見上げる指標になる……それが、うちのチームコンセプトだ」

 

 

 かつての親父は見事にそれを達成して。

 そして彼が引退したことで、再びチームは地に墜ちた。

 

 

 

 「……君に取っても、俺にとってもかなり険しい道だ、特に同期があんなんじゃなぁ」

 

 

 

 ――だとしても。

 諦めなければ、いつかは掴めるはずだ。キングも俺も、二人で笑顔になれる、勝利を。

 

 

 

 

 

 「誰もが憧れる、一流の星ってやつを。

 ……一緒に、目指してみないか?」

 

 

 

 

 「それって、とっても――面白そうじゃない」

 

 

 

 

 ――数多の星々の上で、北極星は静かに光を湛えている。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 そうして、キングがチームにやって来て。

 そして、その彼女にチームに入る条件として、スカウトから漏れてしまったウララも一緒に入れて欲しいと要望されて。

 そんな彼女達を追う様に取り巻きーズとカワカミが入ってきて。

 ……あまりに忙しくなったチーム業務に、土下座してクリークにも本格的に手伝ってもらって。

 

 

 「……ぶふっ」

 

 

 ――あれから、もう六年が経とうとしている。

 当時は俺もかなりやさぐれていたし、今と比較するとキングも少し落ち着きがなかった様に思う。あの後もなんだかんだ結構言い争いになることは多かったが、どうやらキングとしても俺相手には忌憚なく色々ぶっちゃけられるということなので、特に改善しようともせずにここまでやってきていた。

 

 

 「……うっぷ」

 

 

 結果的にはそれが、パートナーとしては気持ちの良い関係になれた一番の秘訣だ。それでも現在、比較的丸い間柄に収まったのは幾度の挫折の中で色々と洗練されていったからだといえば聞こえはいいけど……それでも俺は確信を持って、言える。

 キングが居なければ、俺は、ここまで来れなかったと。どこかでトレーナーとしての自分に見切りをつけて、トレセン学園を去っていただろうと。

 

 

 「き、今日もやってやったわ、トレーナー……」

 

 「……明日から減量な」

 

 

 ……数時間前に牛丼王者盛りを完食して未だに腹を出している、真横のキングが居なければ、だ。

 

 

 「……あなたも出てるじゃないの……おなか」

 

 

 おばかみたいにいうな。

 ともかく、思い出話もそこそこに。帰りのバスもそろそろトレセン学園へと到着する。あらかじめ荷物を取ろうと椅子の下からバックを取り出し、ふと何気なく前に取り付けられたテレビを見て。

 

 

 

 

 『――ここで速報です! 驚きのニュースが飛び込んできました!!』

 

 

 

 

 ……テレビを、見て。

 

 

 

 

 

 『何と、今年の凱旋門賞を制したのはあのブロワイエです!! かつてジャパンカップでスペシャルウィークと大接戦を繰り広げたブロワイエが、二度目の凱旋門賞を制覇しました!!』

 

 

 

 

 ――それは、明らかに異形の走りだった。

 パワーアップというレベルではない……まさにウマ娘そのものが入れ替わったかの様な、あり得ない走りの変化だった。

 

 

 

 『いやぁ……最終直線、後方十二番手からの豪快な差し切り! ラスト一ハロンなんて10秒8ですよ!? おまけにコースレコードまで叩き出して……ブロワイエ選手、()()()()()()()()()()は、とんでもない快進撃を続けております!!』

 

 

 

 ――気が付けば、横からキングが顔を寄せてニュースに噛り付いている。

 その目線を辿って、俺も言葉を失った。インタビューを受けるそのフランスのウマ娘の、身に着けている勝負服の裾の、あのロゴは。

 ……度々キングと共に見に行くファッションショーのトリを飾る、あのブランドそのもので。

 

 

 

 『さらになんと! ブロワイエ選手、なんと二度目の……二度目のジャパンカップ出走予定です!!

 今生放送でインタビューをお伝えします!!』

 

 

 

 

 

 

 その、文字通り世界最強の走りを見せたブロワイエは、今も現地でこう呼ばれ始めているという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――踊る、勇者と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
※チーム名は、実は一話時点から定まっていた様です。
※踊るは英語でdancing、勇者はbraveと表記するようです。
※この「真キングヘイロー編」が、今作のメインストーリーにおける最終章となる予定です。 
※ご要望を多く頂きました日常編を書かないとは言っていないようです。
 
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