そのウマ娘の名は   作:ニモ船長

3 / 22
ハルウララ編
冬:ワクワクよーいドン!


 

 

 「うう……ん」

 

 

 揺れるカーテンから覗く陽の光が眩しい。

 見慣れた天井を少しの間ぼんやりと眺めた後、頭を目覚まし時計へと向けようとして……自分の身体がびくとも動かない事に気が付いた。

 

 

 「ああ、もう」

 

 

 この状況、一体何度目かしら。

 少なくともこの三年間でとうに百回は超えているわね。そう、寝起きにしては妙に頭の回転の速い思考を巡らせながら、私は胸の少し上で布団からはみ出ている桜色の髪を見下ろして、そっとため息をつく。

 

 

 「ちょっと、ウララさん。起きて、朝よ」

 

 

 んー、と髪をゴソゴソと動かしながら、私の布団の中に潜っていた彼女……ウララさんがこちらに顔を向けた。普段はぱっちりと開かれている瞳も、今はやはり眠たげに閉じられている。

 その幸せそうな顔ときたら、思わず私ももう一寝入りしてしまおうかと思うほどで……。

 

 

 「……ぅウララ、もうキングちゃん食べられないよー……」

 

 

 ……布団を思いっきり取り払って、無理やりウララさんを叩き起こした。

 

 

 「このおばか! キングを! 食べるって! あろうことかこの私を! 食べるって!!」

 

 「わ、わあ、キングちゃん!? いきなりどうしたの!? あ、でもなんだか楽しいー!」

 

 

 ウララさんの肩や背中を、それでも一流のウマ娘としてちゃんと加減しながら叩く私の気持ちなんてつゆ知れず。きもちいーなんて言いながら笑い転げる彼女に毒気を抜かれて、何となくベッドに隣接する置き机の上の携帯端末を手に取って。

 ……そして、既に時刻が始業時刻の十五分前である事に気が付いたのだった。

 

 

 「なっ!? この私が、寝坊するなんて……!?」

 

 

 目覚ましは……いつも朝練の時間に起きる為にセットしていた、目覚ましは鳴らなかったの!?

 思わずベッドのヘッドボードに目を向ける。そこに有る筈の目覚まし時計は、しかし今朝はどういうわけか、ない。

 

 

 「目覚ましー? キングちゃん、昨日わたしに貸してくれたよね? 一個で起きないなら二個同時に鳴らせばいいって

 

 「あああそうだったわね!!」

 

 

 よく耳を澄ませば、隣のウララさんのベッドの布団の中から微かにジリジリと音が鳴っている。

 すかさず布団をめくってみれば、毛布でものの見事に防音されていた私達の目覚ましが、ずっと鳴りっぱなしで電池切れになったのかか細い音を立てていた。……いや、そもそもどうして布団の中に目覚ましがあるのかしら?

 ウララさん、昨日まさかこっちに潜り込む前に、二つとも寝ぼけて抱き込んで……?

 

 

 「ウララさんのへっぽこ! 全く、この子ったらどうすればちゃんと起きられるようになるのかしら!!」

 

 「キングちゃん焦りすぎー! 慌てたって食べちゃったりしないよー!」

 

 「まだ寝ぼけてるのね、このおばか!!」

 

 

 私は一流のウマ娘。支度をするにしても、学園に通うにしても全てにおいて一流であるように心掛けている。

 ――今日も一流の身のこなしてウララさんの服を取り出して、一流の速さでウララさんの口に歯ブラシを突っ込んで、一流の器用さでウララさんのパジャマを引っ剥がす。

 

 

 「おかしい……こんなの、絶対に……」

 

 「わぁっ、よいではないかーよいではないかー!」

 

 

 ……服を脱がす度に妙に俗っぽい言葉を、恐らく正しい意味を知らずに使っているのだろうウララさんに、一刻の猶予もないこの状況の中でもついつい気が緩みそうになってしまう。幾ら何でももう少ししっかりして欲しいとは思うのだが、なにせ彼女と私の間にはもう三年もの間同じ寮のルームメイトとしての付き合いがある。

 本当に、同室が私じゃなければどうなっていたことか。

 

 

 「はい! これで良し! 早く顔を洗ってらっしゃい! 済んだら直ぐに出て学園まで走るわよ!」

 

 「オッケー! でも廊下はバタバタ走っちゃダメなんだよー!」

 

 「当然よ! 忙しなく学園内を駆け回るなんて、一流のウマ娘のする事じゃないわ! もう、今日朝練があったらどうなっていた事か……!」

 

 

 ウララさんが洗面台に向かったのを見計らって、私も雷光の速さで制服に着替える。直ぐに彼女を追って鏡の前に立つと、髪を最低限纏め上げて……ついでにウララさんの髪も梳かして、仕上げに鉢巻を巻いてあげた。

 

 

 「さあ、早く行くわよ! 鞄を持って!

 いい? 外に出たら、皆さんにばたついた事を一切悟られない様にしゃんとするのよ! この私が寝過ごしたなんて知られたら、一流としての名が折れてしまうわ!」

 

 「はーい! あ、ちょっと待って! あのね?」

 

 

 一気に捲し立てながら二人揃って部屋の扉の前に立つ。直ぐに外に出ようとしたところで、ウララさんが呼びかけて来た。

 ――そして私が振り返ると、いつもの元気な彼女が、くしゃりと満面の笑みを浮かべて言ったのだ。

 

 

 

 「いつもありがとね、キングちゃん大好き!」

 

 

 

 ……そんな一言で、それまでの苦労が報われた様な気持ちになってしまうのだから、私も随分と絆されてしまったのだと思う。

 そして、それを心地よく思う自分がいる事も、分かっていた。

 

 

 (本当に、仕方のない娘ね。……でも、このウララさんが)

 

 

 常に天真爛漫。レースでは未だに一着を取れた事がなく、デビューから今に至るまで未勝利レースに出場し続けている一方で、その勝ち負けに関係なく元気一杯走る彼女のひたむきさが一定の人気を呼び寄せている。

 ――まさか、そんなウララさんが。

 

 

 

 『――わたしっ、「有馬記念」でっ! 一着を取る~っっ!!』

 

 

 

 そんなウララさんが、まさかあんな事を言う日が来るとは……一流の私でさえも全く、見当が付かなかったのだった。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 「失礼します」

 

 

 メイントレーナーになって初めて育成したウマ娘、キングヘイローが有馬で一着を取った数日後のこと。

 今日は去年の疲れを癒す名目のもと朝練を中止にしており、トレーナー室に籠りっきりだった俺は……しかし何の前触れもなく理事長室へと呼び出されていた。

 トレセン学園のトレーナーに年末休みは存在しない。いや、仕事形態上はそれなりに休暇をとれる仕様になってはいるのだが、育てているウマ娘の方が一年中学園の寮で暮らしている都合上、彼女達が一斉に里帰りでもしない限りは面倒を見なければならず、結果として休日を返上して学園内で待機する場合が殆どなのだ。

 そしてチームなんて抱えるトレーナーは尚更な訳で、俺は新年が開けてからの数日間は……とある一つの課題に関して分析を進めていた。

 

 

 「ご苦労ッ、ひとまずは座ってくれたまえ」

 

 

 ……おや?

 そんな理事長の言葉に俺は若干の違和感を覚えた。

 秋川やよい。子供ながらトレセン学園こと「日本ウマ娘トレーニングセンター学園」の理事長であり、やや先走る節がありながらも、現状として海外へ移った母親を継いで国内のウマ娘界を一人で支えていると称されるほどの大物である。

 そんな彼女は普段、随分と豪快な口調で喋る事で有名なのだが……どうにも、今の言葉に覇気が感じられなかった。

 

 

 「……俺、何かしたんでしょうか」

 

 

 いやな予感を感じながらも、取り敢えず彼女の勧め通りに横に並ぶソファーに腰掛ける。続いてそう問いかけた俺の言葉に答えたのは理事長ではなく、その横に控える彼女の秘書さんだった。

 

 

 「いえ……その、トレーナーさんに落ち度があった訳ではありませんので、安心してください」

 

 

 駿川たづなさん。

 理事長秘書として彼女の右腕を務めながらも、トレセン学園の生徒たちの指導にも関わる多忙な方だ。それでも普段は一切その大変さを表情に出さず生徒を優しく見守っている彼女が、しかし今は明らかに顔を曇らせていた。

 直ぐに理事長も自分のデスクから立ち上がり、たづなさんと一緒に向かいのソファーに座った。彼女達にはキングがクラシック級時代に苦しんでいた際も色々とお世話になったものだったが、こんな雰囲気で話をするのは初めてだった。

 

 

 「……ッ、実は」

 

 

 我ながらだが、まさか俺をクビにするという話じゃあるまい。もしそうなら「安心して」なんて言わない筈だ。

 だとすれば、この二人がここまで懸念すべき事態と言うと、幾つかに限られてくる。

 

 

 「うちのチームメイトに、何か問題がありましたか」

 

 

 ――やっぱりか。

 一斉に目を見開く二人を見て、どうやら原因は彼女達にあるようだと確信する。

 ……だとすれば誰の事だ。キングはあり得ないだろう、最後の一年で今まででは一番成果を出しているのだから。クリークも既に初めの三年間が終わっている以上、今名前が挙がるには違和感がある。

 だとすれば、あり得るのはライアンか。彼女は今年からクラシック級だ、再び三冠の季節がやって来る事を踏まえて……いや。

 

 

 「もしかして、ウララですか」

 

 「……肯定ッ。彼女の今年のスケジュールについて、伝えねばならない事がある」

 

 

 俺は一瞬目を瞑って、覚悟を決める事にする。

 

 

 「拝聴ッ。彼女が……有馬記念を目指し始めたと、聞いた」

 

 

 先程この数日間で分析をしていたと言ったが、中身はまさにそれに関する事柄だった。……あの場には俺達以外の観客も大勢いて、彼女のあの宣言が外部に漏れる可能性はゼロではなかったとは思うのだが、だがまさかこんなに早く出回ってしまうなんて。

 ――即ち、未だにレースで勝利した事のないうちのハルウララが、年末の有馬記念にて、一着を目指そうとしているという事を。

 

 

 「他ならない本人の希望です。トレーナーとしては、なるべく可能性を模索してやりたいと考えています」

 

 

 しかし。現実はそう簡単ではない。何故なら有馬記念は、出走するウマ娘が人気投票で決められるレースだからである。

 人気とは言っても、今のウララの様にただファンがいるというだけでは駄目だ。数々の重賞レースにて実績を積んで名実ともに一人前にウマ娘にならねば、勝負如何の問題以前に出走すら叶わないのだ。

 そして、まだ今年が始まったばかりとは言え、ウララはまだ未勝利レースにしか挑めない立場なのだ。

 

 

 「それで、良い方法は見つかりそうですか?」

 

 「……兎にも角にも、まずは一勝です。タイム自体は少しずつ上がっているので、今月中旬の未勝利レースに出してみるつもりです」

 

 

 たづなさんの問いに、俺は後頭部を掻きながら答えた。

 なんにせよ、まずはそこからだった。有馬を目指すのであれば、いずれはあのキングですら苦戦したG1レースでも結果を残さねばならない。その為の計画を現在必死に練っているところだが、どういう路線を歩むにしろここを乗り越えないうちは何も始まらない。

 キングより一年遅くデビューした彼女も、今年でもうシニア級だ。そろそろあいつにもレースで勝つ喜びを教えてやりたかった。

 

 

 「……同意ッ! 我々も彼女の勝利の為なら、協力を……惜しまない……」

 

 

 ……しかし。そこまで言ったところで、やはり理事長は言葉尻をすぼめてしまう。

 ここまで来ると話が読めない。てっきり有馬記念を目指すのは現実的でないと指摘されるものだと思ったのだが、それ自体にはそこまで否定的ではなさそうであり。

 俺もこの場でどうすれば良いのかが分からず、困ったようにたづなさんの方を向いてしまう。すると彼女は隣で俯いてしまった理事長の肩にそっと手を置きながら……やがて、口を開いたのだった。

 

 

 「――実はですね、トレーナーさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あっ! キングちゃん、トレーナー!」

 

 

 一月の中旬。ウララさんが寝坊しててんてこ舞いになったあの日から既に二週間近くが経過し、ついに彼女は今年初めての未勝利戦に挑むことになった。

 そしてつい先程パドックに姿を現したウララさんが観客席の最前列にいる私達を見つけて、笑顔で駆け寄って来た。

 

 

 「二人とも、いらっしゃーい! わたし、今日は頑張って一着を取るから、応援してね!」

 

 「おう。あれだけ練習したんだから、自信持って走ってこい!」

 

 「りょうかい! よーし、頑張るぞー!!」

 

 

 そんな彼女に檄を飛ばすのは、ちょうど私の隣にいるトレーナーだ。去年までの三年間はほぼ私に付きっきりだったこの人は、今はウララさんのトレーニングにも積極的に参加する様になっていた。

 ――嫉妬ではなく、純粋に不審に思うくらいに。

 

 

 「ウララちゃん、応援に来たよ!」

 

 「あっ、スぺちゃんにみんな! 見に来てくれたんだ!」

 

 

 そして、私達の横にはずらりと……スペシャルウィークさんを始め、去年の有馬では全員揃い踏みでしのぎを削った同期が並んでいた。

 実はチームメイトであるライアンさんは数日後にジュニアカップでの出走を控えていて、今も学園のターフで最終調整をしているのだ。そして彼女のサポートの為にクリーク先輩もいない中で、少しでも応援を増やそうと思った私が連れてきたのだった。

 

 

 「ウララ、がんばー!」

 

 「ウララちゃん、頑張ってくださいね?」

 

 「大丈夫デース! エルがついてマース!」

 

 

 そんなスカイさんやグラスワンダーさん、エルコンドルパサーさんの声を聞いたウララさんは目を輝かせて、勢い良く拳を上に振り上げた。

 

 

 

 「みんな……うん、任せて! 一着になってみせるから!!」

 

 

 

 

 

 

 それから少しして、ゲートインの合図を告げるアナウンスが場内に響き渡った。

 

 

 「それにしても、うちのキングがごめんな。みんなそれぞれ予定とかあっただろうに」

 

 「いえいえ。大事なお友達の大一番ですから~」

 

 「んま、暇つぶしには丁度いいよねー」

 

 「ウララちゃん、今度こそ勝って欲しいなぁ……」

 

 「デビューしたての頃と比べたらびっくりするくらい速くなってマース!

 ウララちゃんは必ず! 今日のレースで! 勝利を掴む! これは決まりきった未来なのデス!」

 

 

 皆さんがそれぞれ話している間、私はただ一人沈黙を貫いていた。

 ……いや、本当はトレーナーの言い様に文句の一つでも返してやりたかった。ちょっと、「うちのキングが」って、いつからあなたの所有物になったのよ、と。

 だけど。今の私は、そんな冗談にかまけている余裕はなくて。

 

 

 「ねえ、トレーナー」

 

 「え? ……あ、いや、そういう意味で言ったんじゃなくてな、その」

 

 

 

 

 

 「何か、ウララさんの事で隠しているわよね?」

 

 

 

 

 

 トレーナーの表情が、凍り付く。

 ――同時に、今年初のウララさんの未勝利戦のゲートが、乾いた音と共に開かれた。

 

 

 「あなたも付き合いが長いんだから、知っているでしょう。私、不完全燃焼は嫌いなの」

 

 

 そう。

 私は気が付いていた。この二週間の間、トレーナーのウララさんに対する姿勢が、明らかに変わっていた事を。

 それまでは単調ながらも、決して無理をさせずに地道に重ねていた筈のトレーニング内容が、最近はどういう訳かややオーバーワーク気味になり、あろうことかトレーナー本人もその変化に対応し切れずに焦りを見せていた事を。

 

 

 「そう言えば最近ウララちゃん、ご飯の時にんじんハンバーグの量が前に比べて増えた様な……」

 

 「……そこで気がつく辺り本当にすごいよね〜」

 

 

 ……スペシャルウィークさんは放っておいて。

 でも、それだけ食べないと体力が持たない程には、トレーニングはやはりキツくなっていたという事だ。

 

 

 「……最近、ウララの練習量を増やしたのは認めるよ。当初の予定にはない変更だったからな、ちょっと手間取ったけど。

 でも、あいつの身体に関しては無理がない様に、万全を期しているつもりだ」

 

 「うんうん、今日のウララちゃん、いつもよりも調子が良いみたいデスね!」

 

 

 エルコンドルパサーさんの指摘に、皆さんが一斉にレース場のウララさんを見る。

 ダート1400mの初めのスタートをそつなくこなしたウララさんは、それでも最後方のバ群にて八番目の位置で踏ん張っている。

 これまでなら既に、ポツンと一人置き去りにされていただろう。

 

 

 「十分フォームも出来上がっているし、基礎は積んである。もうウララは、実践的なトレーニングに移っても問題ないレベルに達している筈なんだよ。

 だから、今日、ここで」

 

 「……あら」

 

 

 確かに、そのトレーナーの言葉が嘘だとは、私も思っていなかった。

 ウララさんも今年で三年目だ。通常なら二年目の秋までに勝利を掴めなければ、学園側から何かしらの措置が取られるとされる中で……されど元々身体能力ではなく面接を評価されて入学した彼女は、特例として今までの現状維持が認められていたのだとか。

 そんなウララさんを、本当の意味で他の生徒から取り残されない様に、ここで勝たせたい。それはトレーナーとして真っ当な考えだとは私も思う。

 ……でも。

 

 

 「本当に、それだけかしら?」

 

 

 ――それが全てだとは、どうしても思えなかった。

 

 

 「あの子、この前寝る時に言っていたのよ。

 最近のトレーナーはちょっとだけ怖いって。でもそれだけウララの事を考えてくれてるんだから、わたしも頑張らないとって」

 

 

 あり得なかった。

 今隣で目を見開いているこのへっぽこトレーナーに限って、あり得ない話だった。伝説の顕彰トレーナーの子だとかそんな事を言っている訳ではない、この人は、頼りなかったり、無精だったり、レディの気持ちが理解出来ないズボラだったりはするけれど。

 ……でも、方針の変更や目標を私に相談せずに、無理やりトレーニングを強要する様な人では、決してなかった筈なのだ。何よりもまず、担当ウマ娘である私の事を考えてくれる、そんな優しいトレーナーだった筈なのだ。

 

 

 「無様なものね。担当の娘の気持ちにも気付いてあげられないで、一人で勝手に焦って。一流のトレーナーの名が泣くわ」

 

 「ちょっと、キングちゃん……?」

 

 

 グラスさんが困ったようにこちらを嗜めてくるけど、構うものですか。

 この人がウララさんを今日ここで勝たせたいというなら、私はこの人の真意を今日、ここで、突き止めなければならないのだから。

 

 

 「……キング、俺は」

 

 「言い訳はよして頂戴。今のあなたはウララさんの事を間違いなく見失っている。

 そんな様子じゃ、今日を勝ち抜いたとしてもいずれダメになるわ。いつか、そう遠くないうちに、あなたはウララさんを」

 

 

 ――壊してしまう。

 私がそう言い募る、その時だった。

 

 

 「違う、それは、断じて違う!」

 

 

 トレーナーは、ようやく彼自身の言葉で……叫ぶように言ったのだった。

 

 

 「俺は……俺は、ウララを決してそんな風にしたい訳じゃない、あいつは」

 

 

 やがて最終コーナーへと差し掛かった先頭集団に、なんと後方のバ群から大きく飛び出して迫っていくウララさんを見つめながら、トレーナーは。

 

 

 

 

 

 「あいつは、俺が守ってやらなきゃ、ダメなんだ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何言ってるんですか、理事長」

 

 

 あの日。

 俺は理事長とたづなさんから聞かされたその話に、ただ愕然とした。

 

 

 「ウララを……年間で二十走以上、走らせる気なんですか!?」

 

 

 思わずつんのめる様にしてそう問い詰める俺の前のテーブルには、URA……このトレセン学園の運営母体であるURAから送られてきたとされる、ハルウララの今年の年間スケジュール表があった。

 未だレースでは未勝利の、評判でいえば弱小ウマ娘にあたるハルウララ。そんな彼女があの有馬記念を目指すという一報は、どうやら俺の予想を遥かに上回る速さで同業者たちの間で知れ渡ってしまっていたようなのである。

 ……それも、最悪の形で。

 

 

 「勝ちなしのウマ娘、ハルウララさんが有馬を目指す一年……これを大々的にクローズアップしてメディアに売り込めば、必ずや今後のウマ娘界の躍進に繋がると、多くのURA関係者の方々が共同署名に参加して理事長に送り付けてきたんです」

 

 

 年相応に言葉もなく俯いてしまった理事長に代わって、顔を蒼白にしながらもたづなさんは状況を詳しく説明してくれた。

 

 

 「ですが見た通り、彼等が提案されたスケジュールは……余りにも乱暴で。

 理事長も私も抗議させて頂いたのですが、有馬記念に出るにはこれでも足りない位だ、と一点張りで」

 

 

 何度も繰り返すが、有馬記念に出走する為には、重賞、欲を言えばG1でトップクラスの成績を誇るウマ娘にならねばならず、またそれに裏打ちされる確固たる人気が必要不可欠だ。

 ――その「人気」の側面を、強引に引き上げようとしているのがこのスケジュールだ。とにかく出走させる、なるべく観客の目に留まるようにする……そうすることで、ウララの影響力を無視できないほどに強めようという魂胆に違いなかった。

 ……結果として、当初の「ウララをメディアに露出させてウマ娘界を活性化させる」という目標も叶って一石二鳥とでも考えているのだろう。

 

 

 「……こんなの、普通のウマ娘だって体調を崩しますよ。少しでもケガをしたら破綻する上に、更に走らせるとなれば無理がたたって下手したら引退ものだ。

 それに……ウララはこんなの無理だ、あいつは」

 

 「裂脚症、でしたね」

 

 

 ――裂脚症。

 ウララは元気な娘だ。子供の頃から走ることが大好きだったらしい彼女は、トレセン学園にやってきてからも変わらずエネルギッシュで前向きな姿勢を貫いており、ケガや体調不良なんて縁遠いウマ娘だと認知されることが多い。

 だが実際は違う。身体そのものの頑強性は高くとも、空気の乾燥等の様々な要因で脚の節々が裂けてしまい、彼女はその傷口に常に絆創膏を貼り付けて走っている。快活な彼女は殆ど顔には出さないが、悪い時は走るのもままならない状況に陥ることもあるのだ。

 そんな彼女がこんなバカみたいにレースに出たらどうなる。脚への負担は普通のウマ娘の比ではなくなる。日々の疲労と裂脚症によるコンディションの悪化が重なって、いずれは。

 

 

 

 「――こんな事をしたら、ウララは二度と走れなくなっちまう!!」

 

 

 

 理事長室に、未だかつてない重苦しい沈黙が帳をおろした。

 

 

 「……理解ッ、分かっているのだッ」

 

 

 明らかに、目の前の二人はこの提案に対して不本意だろう。理事長もたづなさんも、ウマ娘を蔑ろにする様な状況を望むような人ではない。

 ……既に理事長は両膝の上で拳を握りしめて、涙を瞳に湛えていた。

 

 

 「悔恨ッ! 私にもっと力が在れば! 彼等を退けられるだけの強権があれば!」

 

 「……URAも一枚岩ではありません。理事長がお一人で多くのウマ娘界の団体組織を繋げている現状、URAに投資して頂いている方や、提携を結んで頂いている方を……無視できないんです」

 

 

 理事長側としては、何としてもこのスケジュールだけは回避するように妥協案を練りたいとの事で、その為にトレーナーである俺を呼んだのだとか。

 ……確かに、ウララを有馬に出してやりたいとは心から思う。彼女が初めて自分から出走したいと言った大会だ、できることならそれを憧れのままにさせたくない。

 だが、こんな事になるならごめんだ。有馬記念はクラシック三冠と違って、今年ぽっきりではないのだ。

 

 

 「……有馬を回避は、難しそうですか」

 

 「困難。これだけ話が広がってしまっているとなると、むしろ我々や、何より彼女に圧力が掛けられかねないのだッ」

 

 

 こうしている間も、向こうは外堀を埋めるために策を練っているかもしれない。マスコミやパパラッチに情報を流してしまっているかもわからない。

 八方塞がりだった。有馬には出ねばならず、有馬に出るためにはこのスケジュールをこなさねばならない。どう立ち回ったとしても、ウララにとって良い結果になる筈が……。

 

 

 

 

 

 「……いや」

 

 

 

 

 

 そうじゃない。

 まだ道は残っている。かなり厳しい道だが、ウララの負担を減らしつつ有馬を現実的にする道が。

 

 

 「理事長、たづなさん。

 このスケジュールのレース、全部G3以下の規模の小さいレースですよね」

 

 

 二人とも俺と頭を合わせて表を覗き込み、揃ってうなずく。

 ウララの負担に関しては憎いほどに無理解なこのスケジュールも、しかし彼女のスペックと照らし合わせば妥当な選定だ。キングじゃないが二流、三流のウマ娘なら入着出来る程度のレースばかり採用されている。

 ――ここから出走回数を減らしつつ、知名度を上げるならば、必然的にレースの格を上げねばならない。

 

 

 「……まさか、トレーナーさん」

 

 

 たづなさんは俺の言わんとすることを察したようだ。理事長も一瞬首を傾げていたが、やがて結論に至ったのか、大きく目を開いて俺を見つめる。

 

 

 「驚愕ッ、本気で挑む気なのか、トレーナー」

 

 「ええ」

 

 

 挑むしかないのだ。年初めからとんでもない結論だが。

 だが、ウララを競走ウマ娘として引退させないまま、有馬記念に出走させるには……これしかない。

 

 

 

 

 「……出走レースを重賞クラスにのみ最大限絞って、ウララを勝たせます」

 

 

 

 

 ――未勝利のままでいいなんて、悠長なことはもう、言っていられないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おばか」

 

 

 ――そんな事だろうと、私はとっくに見抜いていたんだから。

 

 

 「……は、え? キング?」

 

 「私を誰だと思っているのかしらね。あなたがペースを崩すなんてよっぽどの事よ、何か圧力が掛かったって考える方が順当でしょう?」

 

 

 学園の人間に、彼やウララさんを苦しませる様な人は居ない筈。そう考えれば、学外で何かがあったと考えるべき。

 ……そう考えて、意を決してお母様に連絡を取ってみればずばりだった。URA関係者及びウマ娘界に影響力のある人間に、ウララさんを有馬記念に出す要望書への署名申請が回っているのだそうだ。

 

 

 「全く、あなたはそうやって、隠し事が出来る様なまめな人間じゃないでしょうに。

 分不相応な事はおやめなさい。取れる手段を最大限こなす事が、目標達成への一番の近道よ」

 

 

 そう言って、私は最終コーナーを曲がり切ったウララさんを見つめた。

 ウララさんは懸命に走っている。一心不乱で、顔を歪めながらも決して辛そうではなく……走る事の楽しさや、純粋にゴールや一着を目指す前向きさに溢れる、眩しさを瞳に灯している。

 ――そんなウララさんは今、後ろと三バ身近くの差を付けて……先頭を突っ走っていたのだ。

 

 

 『ハルウララがんばれ! ハルウララがんばれ!

 ハルウララの初めての勝利が見えてきた!!』

 

 

 実況も熱くなる。観客もこうなると一心不乱に彼女を応援する。

 これがウララさんの最大の魅力なのだ。結果がどうあれ、その走りで誰もを夢中にする。G1出走者でも備えるウマ娘は少ない、そんな彼女だけの才能。

 ……それを彼女から、大切な友達であるウララさんから奪う様な真似を、私が見逃す訳がないじゃない。

 

 

 「トレーナー。私をあなたの計画に組み込む権利をあげるわ」

 

 

 スペシャルウィークさん達がウララさんに声援を送っていた。

 だけど私はトレーナーを見据えていた。私は信じていた。ウララさんは、間違いなく一着を取ると。

 私とトレーナーの見るべき場所は、このレースより先にある筈だから。

 

 

 「そうは言ってもだな……キングにだって自分のレースがあるんだ。

 迷惑をかける訳にもいかないだろ」

 

 「私は、あなたを信じて良かったと思っているわ。

 そう思えたのは、あなたと目指す場所が一緒だったから」

 

 

 三年間。

 苦い思いを沢山した。悲しい思いも、苦しい思いも、嫌と言うほど味わった。

 ――トレーナーと一緒に、味わった。

 

 

 「ウララさんもそうよ。あの娘もこれからレースに出るのなら、色んな苦労を、同じ志を持つ人と一緒に味わう事になるわ。

 あなたや、私の様なね」

 

 

 私は決して無関係ではない。ウララさんに取っても、私自身に取っても。

 この困難もまた、私だけの道に繋がっている。その途中で、たまたまウララさんと交わったというだけなのだ。

 

 

 

 「だからトレーナー。一流のあなたと私で、一緒に考えましょう。

 ウララさんを強くする方法を。彼女に無理をさせずに、有馬記念に出走させる方法を」

 

 

 

 あなたなら私の気持ちが理解できる筈よ。私と一緒に道を歩んだトレーナーなら。

 すると彼は少しだけ悩ましげに瞳を揺らしながら、やがて諦めた様に頭を振って。

 

 

 

 「ああ。分かった」

 

 

 

 思った通り、私の期待通りに……トレーナーは頷いてくれた。

 

 

 

 「一流のプランニングを頼むぞ、キング」

 

 

 

 ――ここから、新たな物語が始まる。

 そんな一年の、やがて訪れる春を告げるかの様に……瞬間、ウララさんは一着でゴールを決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ……そして。

 ウララさんを迎えに、トレーナーがその場を離れた後の事。

 

 

 「はわわわわ……!! やったぁ!!

 すごいすごーいっ! わたし、一着だよーっ!!」

 

 「ウララちゃん……おめでどおぉぉ……!!」

 

 「もー、スペちゃん泣きすぎー……でもウララも、やるじゃん」

 

 

 沸き立つ歓声の中で満面の笑顔を振りまくウララさんに、万感の意を持って手を振る四人の横に……私は並んだ。

 

 

 「これでウララちゃんも、立派な競走ウマ娘ですね。

 ……話、聞いてました。有馬記念、目指すんでしょう?」

 

 

 グラスさんの言葉に、他の三人も一斉にこちらに振り返った。彼女達のその表情は少しだけ硬くて、それだけウララさんの目指す目標が厳しい事を物語っている。

 

 

 「ええ。その通りよ。かなり厳しい道になると思うわ」

 

 「……キングちゃん」

 

 

 エルコンドルパサーさんの珍しい気遣う様な声に、そういえば私らしくはないわね、と心の中で零した。普段なら「キングはそんな事でへこたれたりはしないわ!」と大見栄を切るところだ。

 ……だけど。

 

 

 「正直に言って、私だけのサポートじゃ、厳しいかもしれない。

 私は……誰かに教えられる程、結果を出せていないから」

 

 

 だけど、見栄を張っている場合じゃない。

 さっきあれだけトレーナーに強気で捲し立てた身としては少し情けないけれど、でも皆さんになら素直に伝えられる。

 ……だって、同期なんだものね。

 

 

 

 「だから、皆さん。お願いよ」

 

 

 

 ……難しい道なのは分かっていた。

 泥水を濯ぐだろう事も、分かっていた。

 

 

 だから、私は四人に、頭を下げた。

 

 

 

 

 「どうか、私に、協力してくださらないかしら。

 ウララさんの為に、力を貸して頂けないかしら……!」

 

 

 

 

 

 ――ウララさんは変わらずに、レース場で笑っていた。

 

 




 
※ハルウララさんが有馬記念を目指し始める様です。
※この時点では、まだ主役はキングの様です。この時点では。
※前書きが日常編、本文がウララ編のつもりの様です。←割とそんな事はなかった様です。
※ウララ編は全四話となる予定です。

あら、もう有馬記念まで終わっているじゃない。続くかは分からないけれど、今後どうすればいいか、考える権利をあげるわ!

  • 過去編(クラシック級とか)
  • ウララ編(翌年の有馬でオペラオーと激突)
  • チーム全体編(スピカやシリウスみたいに)
  • 日常編(うーららー)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。