そのウマ娘の名は   作:ニモ船長

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※ハルウララさんがJBCスプリントに挑むようです。

 


秋:わたし、本気でがんばる

 

 

 その日のウララは珍しく、悩んでいた。

 理由ははっきりしていた。数日前のレースが終わった後、彼女が去った後に自身のトレーナー、そして友達のキングヘイロー達が、自分の事を話していたのを聞いてしまったからである。

 

 

 「ぴーあーる、って……なんだろ?」

 

 

 ウララをPR目的で無茶苦茶に走らせようとする人がいる。

 あの時そう口にしたのは、これもまたウララの友達の一人であるセイウンスカイだ。解けかかっていた頭の鉢巻を結び直そうと通路の角で止まったところに、唐突に響き渡った声だった。

 とはいえ、ただでさえ状況が把握できていないウララにとってその言葉が何を意味するのか、自分とどう関係しているのかはさっぱりわかっていなかった。むしろレースで走るのが楽しみである彼女にとって、誰かが自分をレースに出させてくれるのなら、それはいいことなのかな? とすら思っていた。

 気になるのは、それがどんな問題だったにせよ……友達のセイちゃんやキングちゃん達は、それを自分だけに隠しているということ。

 それを隠して、みんな自分に接しているのだと気が付いてしまった。

 

 

 「……なんか、すっごくもやもやする」

 

 

 もやもやして、ウララは悩んでいた。

 朝食を食べる間、ずっとうんうんと唸っていた。

 気が付いたら、トレーニングの集合時間なんてあっという間に過ぎてしまい……ウララは久しぶりに練習をサボってしまったのだった。

 ただ、サボったと言っても今日は休日で午前練習に参加していないだけなので、まだ一日は始まったばかりだ。そんな朝の燦々とした日光の光る川の流れをボーッと見つめながら、ウララは学園のそばにある河川敷で座り込んでいた。

 

 

 

 「……チクショウ、見つからねぇ! ゴルシちゃんレーダーが示してるのは、間違いなくここのはずなのに……ッ!」

 

 

 

 そんな時のことだった。

 気が付けば、ウララの前で川にくるぶしまで浸かりながら、ボソボソと呟くウマ娘がひとり。

 

 

 「こうなったら、もう一度送信だぜ! 運が良ければ、また向こうと交信が出来るかもしれねぇ!

 ……レーダー反応ナシ、レーダー反応ナシ。ゴルゴル星ニ電波ガ届キマセン」

 

 「あれ? ゴルシちゃん?」

 

 「ん? おーう、ウララじゃねーか! 最後に会ったのはいつだったっけな? 四十六億年前か?」

 

 「ええ、よんじゅうろくおく!? じゃあ、昨日ってよんじゅうろくおくねんまえなんだー!」

 

 

 大柄な体躯、芦毛の長髪を背中になびかせて、ガニ股で「でもやせたーい!」のポーズと表情をかますウマ娘。

 名前を、ゴールドシップといった。

 

 

 「ゴルシちゃん、こんなところで何してるのー?」

 

 「おう聞いてくれるか……オメーがいて助かったぜ」

 

 

 ウララは話を聞いた。

 なんでもこの目の前にいるゴールドシップというウマ娘は地球生まれではなく、元はゴルゴル星なる惑星で生まれたのだとか。だがここ最近、故郷であるそのゴルゴル星との連絡が途絶えてしまっているらしい。

 

 

 「こりゃ大問題だぜ……もしかしたら隣のウマミラス星からの侵略を受けちまってんのかもしれねぇ……!

 早く事情を把握して救援に向かわねぇと、ゴルゴル星の住民は全員スルメイカの煮干しにされちまう……!!」

 

 「ええー!? たいへんだー! ウララはどうすればいいの!?」

 

 

 ……かなり、いや確実にマユツバ話だが、ウララは一切の疑いなく信じてしまった。

 そしてゴールドシップもまるで嘘をついている素振りなど見せずに、頬に冷や汗を流しながら天を仰ぐ。

 

 

 「チキショー、ここよりも水が多くて人のいない静かなところがあれば、通信が繋がりやすくなって連絡が取れるかもわからねえぜ……おいウララ、良さそうな場所知ってっか!?」

 

 

 ウララは考えた。そして思いついた。

 ハルウララは元々はここ「中央」のトレセン学園ではなく、高知のトレセン学園に在籍していた身である。だから、当時彼女が走っていた高知レース場から少しの距離にあった海岸のことを思い出したのだ。

 海が広がる、水が多い場所。海水浴場として公開されていない場所なら、人も少ない静かな場所……ゴールドシップの条件にピッタリだった。

 

 

 「……おおお!? でかしたウララ!!

 おーし、そんじゃ、ちょーっとばかし大冒険に出るとすっか! ウララ、案内役頼むぜ!」

 

 「え? ……え、ええ~~っ!?」

 

 

 ――今度のウララは考えられなかった。

 なぜなら、彼女が驚いて声を上げた直後に……ゴールドシップが麻袋を被せてきたからである。

 

 

 

 

 こうして、ウララとゴルシの、奇妙な大冒険が始まった。

 その芦毛のトンデモウマ娘はいつのまにか二人分の航空券を用意しており、ウララは彼女と共に空港まで連れられると、そのまま高知空港まで空の便で向かうこととなった。

 ……と言ってしまうと、あたかもゴルシが無理やりウララを誘拐しているかのような図なのだが……実際はというと、意外とウララも楽しんでいた。

 

 

 「じゃあいっくよー! 『ウララ』~~♪」

 

 「よーし、じゃあここはシブめに『落語』じゃな、ウム」

 

 「ご……ご……『ゴルシちゃん』!」

 

 「ちょ、オメーそれアタシが言わなきゃダメな奴じゃねーか! しかも終わってるし!!」

 

 「はっ! 負けちゃった……!」

 

 

 確かにトレーナー達への申し訳なさもあったのだが、それ以上にウララは故郷である高知に久しぶりに帰るのが楽しみだったのだ。

 それに、こうやって練習から離れることで……さっきまで感じていた悩みが吹き飛ぶような、そんな気がしていたのだった。

 

 

 「みんなーっ! たっだいまーっ!!」

 

 

 ――というわけで、現地に着くや否や、ウララは元気よく高知トレセン学園の前で声を張り上げる。

 すると彼女を見た現地のウマ娘達が一斉に歓声を上げて、彼女のもとにやって来るのだった。

 

 

 「あー、ウララちゃん!」

 

 「おかえりー! いきなりびっくりしたー!」

 

 「最近頑張ってるじゃない。来るんなら連絡してよね?」

 

 「えへへっ! ウララ、ゆうめいじんだー!」

 

 

 彼女が自分で言う通り、ウララは高知でも人気者だった。

 当初は勝てない彼女をやる気のないウマ娘と煙たがる選手やトレーナーもいたのだが……結果として、ウララの一生懸命で真摯なレースでの走りがそんな人々を一人残らずファンに染め上げてしまったのだ。

 ……そこには間違いなく、ウララの走りの原点があった。

 

 

 「……へへっ、アイツ、楽しそうじゃん」

 

 

 かつて彼女に夢中になった人々が、今度はウララを笑顔にさせている。

 その様子を見て、ゴルシは妙に格好付けて校門にもたれかかっていた。

 

 

 「ったく、しょうがねーな。……あ、はい、ゴールゴルゴル、突然じゃが、ウララはこっちで預かったでゴル。明日くれーにはそっちに帰してやるから、涙を呑んで大人しく待ってるゴル。ゴールゴルゴル」

 

 

 そして、中央トレセン学園に電話を掛けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 「……レーダー受信、レーダー受信。ゴルゴル星ト回線ガ接続」

 

 

 ――あっという間に、時は過ぎた。

 夕方の海岸にポツンと一人立って、再び「でもやせたーい!」ポーズをかますゴルシを、ウララは後ろからぼんやりと眺めていた。

 

 

 「ゴルシちゃん、どう? れんらくできたー?」

 

 「おう! 完璧パーペキよ! 蓋を開けりゃなんてこたねぇ、向こうでぱかチューブが大流行して回線が混んでただけだったぜ!」

 

 

 ウララが声をかけると、我に返ったゴルシはそう言って、彼女のもとへ駆け寄ってくる。

 どすん、どすん。大きな歩幅に力強い踏み込みだ、ウララは驚いた。

 

 

 「うわぁ、ゴルシちゃんすっごーい! どっかーんって走るね! クリークおねえちゃんみたい!」

 

 「おっ、ウララもアタシの走りの魅力に気が付いちまったかー! そりゃま、連戦連勝のこの黄金不沈艦様にかかりゃこんなもんよ!」

 

 

 ……とはいっても、ゴルシの場合はその体格の良さがあるからこそ出来る走法だ。比較的小柄なウララには合わないので、あまり参考になるとは思えない。

 だが、それでも純粋にすごーいと唸ってしまうウララを見て、ゴルシは思わず乾いた笑いを零してしまう。

 

 

 「やっぱオメー、おもしれーヤツだな! そんなにアタシが走ってるとこがおかしかったか?」

 

 「ううん、そうじゃなくてね! ゴルシちゃん、走るのが楽しそうだなーって!」

 

 

 ウララのその返答に、ゴルシはフフン、と鼻を鳴らして海を眺めた。

 

 

 「走るのもそうだけど、やっぱレースが好きだなんだよなぁ。

 レースはなぁ、スゲーんだぜ。思いのままにいった試しがねぇ! 同じレースだって、一つもねぇ!」

 

 

 ――今度はウララが、ゴルシを見つめる番になった。

 そこには、彼女がもともと悩んでいた問題の、答えがあるような気がして……。

 

 

 

 「それはなぁ……どいつもこいつも、本気中の本気で走ってるからなんだ」

 

 

 

 本気で。

 ウララの頭に思い起こされたのは、エルムステークスでの周りの選手たちの雰囲気と視線だった。張り詰めていて、怖くて……そして、実際にウララを撃墜すべく、心無い言葉や妨害行為を仕掛けた一人のウマ娘。

 

 

 

 「本気って、なんだろう?

 ただ楽しく走るだけじゃ、ダメなのかな?」

 

 

 

 だから、そんな言葉が、自然とウララの口からは零れていて。

 ――それにゴルシは、きょとんとした顔で返したのだった。

 

 

 

 「んあ? ……何言ってんだ?

 ウララはいつだって、本気だろ?」

 

 

 

 乾いた息が、ひゅうとウララの喉を通り抜けていった。

 どこまでも続く夕空と海の下で、故郷の穏やかな風が流れていた。

 

 

 

 「ここの学園のみんなも、オメーの走りを見て応援してくれてんだろ?

 それって、ウララが今まで、ずっと本気で走ってきたからなんじゃねーのか?」

 

 

 

 ウララは笑っていた。キングが彼女のために同期に頭を下げた時も、彼女を見殺しにしまいとトレーナーやスぺ達が必死にトレーニングをサポートしていた時も、何も知らずに、変わらず笑っていた。

 ――一生懸命、全力で笑っていたのだ。彼女の笑顔こそが、彼女を支える人々にとっての、支え。

 

 

 「……あっ」

 

 

 あの時、一着を目指しちゃいけないと言われた気がして、ウララは戸惑ってしまった。

 自分が走るとみんなが応援してくれるのが当たり前になっていて、どうしてみんなが応援してくれるのかを……見失っていたのだ。

 

 

 

 「なあ、ウララ」

 

 

 

 だとすれば、ウララが考えるべきことは一つ。

 これからも多くのレースで、自信をもってダートやターフを踏むために必要なものは、ひとつ。

 

 

 

 

 

 「……ウララは、なんで走ってるんだ?」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 十一月前半。

 秋の涼しさが冬の寒さに変わる境目のようなこの日に、ウララさんの有馬前の最後のレース……JBCスプリントが開催される。

 大井レース場、ダート1200m。去年の私自身を思い出すような短距離レースだった。

 

 

 「……ここまで、長かったな」

 

 

 トレーナーの複雑な思いの籠った言葉に、微かに頷いて応じる。

 思い返せば、ここまで何とか持ち込んだこと自体が奇跡だった。あのエルムステークスの後、やはり成績が振るわないウララさんに業を煮やした一部のURA関係者が、今回の私達の強行(一体どっちが強行的だったんでしょうね)を取り仕切った理事長やトレーナーの責任追及まで迫ったのだ。

 ……だけど実際、ウララさんの有馬出走はこの時点では絶望的だった。何せシニア級の後半に差し掛かっても、一度も重賞で勝利を飾れていなかったのだ。話題性と実力が嚙み合っていない現状、むしろ私の時のような露骨な批判やバッシング記事が出回っていないだけまだましなのだろうと思う。

 そんな現状を打開するような方法を思いつかずに焦る日々が続いて……ある日、ついに理事長室にまで乗り込んできた彼等に、事情聴取という形で私達は呼び出されて。

 

 

 『こら~~っ!! みんな、ケンカしちゃダメ~~っ!!』

 

 

 そんな時だった。

 勝負服姿で、理事長室のドアを思い切り開けて入ってきたのは……なんと、いつの間にかゴルシさんと高知から帰ってきていたウララさん本人で。

 

 

 『みんな、わたしのことでいっぱいかんがえてくれて、ありがとう!

 でももう大丈夫だよ! なーんにも心配なし! だってね!』

 

 

 そして、私達だけではなくて、そのウマ娘界隈の重鎮達をも前にして、彼女は堂々と宣言したのだ。

 

 

 

 『だって、わたし……次のレースで、ぜったいに一着、取るんだもん!!』

 

 

 

 ――その次のレースが、このG1レース、JBCスプリント。

 文字通り、本当にこれが最後のチャンスだ。ここで勝てなければ、ウララさんの有馬への夢が潰えるどころではなく、そのURA関係者それぞれの面子を汚したとされて、彼女自身の今後の可能性を大きく損なってしまう可能性がある。

 ……私の時でさえ、自分の道を自分で決める権利はあったというのに。ウララさんの置かれた境遇は、あまりに理不尽だった。

 

 

 「でも、大丈夫よ」

 

 「ああ。もちろんだ」

 

 

 でも。

 それでも、私もトレーナーも信じていた。今度のレースでこそ、ウララさんは一着を勝ち取ると、確信していた。

 一年前の高松宮記念。負け続きだった私が初めてG1で勝ちを手にしたあの時……私は自分の事で精一杯だったけれど、きっとトレーナーはこういう気持ちだったのでしょうね。

 

 

 「あっ、キングちゃーん! いまそっちいくねー!」

 

 「もうすぐ出走だねぇ。みんな、スイーツ買ってきたー?」

 

 「もう、スカイさん……こんな時まで吞気なことを言って」

 

 「いいじゃないデスか! 大一番だからこそ、景気よくパーってやるもんデース!」

 

 

 そして、それは、ここにいる皆さんも一緒。

 正直、ここまで誰も脱落せずにやってこれるとは思っていなかった。元々彼女達の時間を割いて貰っているんだから、もし誰かが自分の時間を優先したいと言っても、それは当たり前の理屈。

 ――だというのに、今日まで誰も嫌な顔一つせずにやって来れたのは、決して私の度量によるものではない。もちろん、私は私で器の大きさも一流でしょうけど……でも今回のこれは間違いなく、ウララさん自身のおかげ。

 あの子が笑い続けてくれたから、私達も頑張ってこれたのだ。負けても、負けても、変わらず笑顔でいる、私とは違う意味での不屈さが、ウララさんを彼女たらしめていた。

 ……そして、そんな彼女だけの魅力に、今日ついに――中身が伴おうとしていた。

 色が彩られようとしていた。

 私はそう、信じていた。

 

 

 「さあ。見届けましょう。ウララさんが起こす革命の、目撃者になるのよ!」

 

 

 

 

 「ほう! 革命の目撃者か! 実に甘美な響きじゃないか!」

 

 

 

 

 その時。

 私とトレーナーの背後にいた、スペシャルウィークさん達よりさらに後ろから、そんな飄々とした声が飛んできたのだ。

 

 

 「……驚いたな」

 

 

 そう呟いたのはトレーナーだ。彼は振り返るでもなく、それが誰によるものかを察したようだった。

 慌ててそそくさと道を開けるスペシャルウィークさんとグラスさん……「黄金世代」の真ん中を臆さず突っ切るようにしてこちらへ歩み寄り、目の前に広がるダートコースを睥睨するそのウマ娘は、映える橙色の髪を持つ凛々しい美貌の持ち主だった。

 

 

 「いやはや、このボクに比肩する時代の旋風を巻き起こしているウララ君の姿を、一目垣間見ようと思ったのさ!」

 

 

 いつだったかしら、前に一緒にラーメン屋で早食い勝負をした、共に「王」の名を冠するウマ娘。

 ――今年に入ってからは驚異の重賞六連勝無敗。最強と謳われる「黄金世代」……つまり私達を下し、世代交代を目指すと公言するスターウマ娘。

 

 

 「……いつかぶりね。オペラオーさん」

 

 「おや。久しぶりだね、キング君」

 

 

 

 テイエムオペラオー。

 ウララさんが目指す今年の有馬記念の、優勝候補筆頭だった。

 

 

 

 

 

 

 (わあっ、なんだかゾワゾワしてきた~! あと、ムズムズもだ……)

 

 

 二ヶ月ぶりのレースだった!

 なんだか落ち着かないな。パドックに行くための道を歩いてるだけなんだけど、なんだかいつもよりもワクワクしちゃって、今すぐにレースがはじまらないかなって思っちゃう。

 

 

 「ふう~……。うんっ!」

 

 

 でも、がまん、がまん!

 あんまりワクワクしないようにしないと。すぐはしゃいじゃうから!

 もちろん、レースに出るのは楽しみだよ! 今すぐにワーって走っちゃいたいくらいだもん!

 

 

 (……だって)

 

 

 じっと歩いて、パドックにゆっくり出て、さっとジャージを脱ぎ捨てるとね、みんなうわーって言ってくれたんだ……やっぱりあの時みたいに、ちょっとだけぽっかりあなが開いちゃってるかんじがするけど。

 でも、みんな見てくれてる。ウララの走りを、見てくれてるんだ。

 

 

 「わぁ……みんな、ありがとー!!」

 

 

 だから、いつもより大きな声で、そういって手をふったんだ。みんなに応えるんじゃなくて、わたしから呼びかけるみたいに。

 そんなウララのこと、おとなりさんで走るみんなが、やっぱりびりびりって見てきたよ。でもね、なんだか、ちょっとだけびっくりもしてるみたい。

 もしかして、もう気付いちゃったのかな? 今日のわたしは、ひとあじちがうよーってこと。

 

 

 (あっ! ダメダメ! がまんがまん!)

 

 

 ワクワクしたいのもがまん、話しかけちゃいたいのもがまん、がまん!

 ……ウララ、むりしてるなっておもう?

 

 

 『各ウマ娘、ゲートに入って体勢整いました』

 

 

 ――ううん、そうじゃないんだよ!

 これはググーって力をためてるの! ワクワクも、楽しさも……みーんな、レースでどーんってできるように!

 だって、だってね!

 

 

 

 「……勝ちたいなあ!」

 

 

 

 そのときね、かんきゃくせきの一番前にトレーナー達がいるの、見つけたんだ。

 みんな、笑顔で見てくれてる。トレーナーも、スぺちゃん達も、あと……あれ! オペちゃんもいる!

 それにね、それにね。

 

 

 (……キングちゃん)

 

 

 キングちゃんと目があった、ような気がして。

 すぐにゲートがあいて、レースが始まったんだ!

 

 

 

 『さあスタートです! ここ、大井レース場に砂の旋風が巻き起こる!

 おっと、ハルウララ、少し出遅れたか!? いきなり最後方からのスタートです!』

 

 

 

 ――ドドドーって、みんなすごい勢いでコースを走ってるんだ。

 みんな、ちょっと怖いかおで、いっしょうけんめいがんばってる。

 

 

 (みんな、一着をめざしてるんだよね)

 

 

 みんなで一着をめざせたら、すごくワクワクするなっておもってたんだ。

 みんなでがんばって、みんなでがんばったねーって笑って、それってすっごく楽しいことだっておもったんだ。

 でもね、さいきん気付いたの。勝ちたいってなったら、なんだかギューってなって、楽しくても……たのしくなくなっちゃうんだよね。

 ウララもこのまえのときは、たぶんそうだったのかな?

 

 

 (だから、分かったんだよ。

 わたし、勝ちたかったんだ。きっと、みんなとおんなじ……ううん、ほんとはもっと勝ちたかったんだ!)

 

 

 なんども負けたよ。

 今みたいに、いっつも、みんなの後ろを走ってた。それも楽しかったけど……ほんとは、わたしは、ずっと、ずーっと、一着になりたかった!

 ――でもね?

 

 

 (ウララが一着になったら……みんなは、一着になれないんだよね)

 

 

 わたしがいちばんになったら、みんなワクワクできない。

 でも、みんながいちばんになっても……わたしはワクワクできるんだもん。

 だからきっと、わたし、本気だったけど、本気にならないほうがいいのかなって……いちばんになりたいけど、ならなくてもいいのかなって、あの時のレースのあと、思っちゃったんだ。だから。

 だから、あの日……キングちゃんからおはなしを聞いたときね、すっごくびっくりした。

 

 

 

 『ごめんなさい、もっと……もっと早く、あなたに伝えるべきだったわ』

 

 

 

 ゴルシちゃんといっしょに学園にかえってきたあの日の夜にね。いつものりょうの部屋で、キングちゃんが、ぜんぶ話してくれたの。

 ウララが有馬記念に出たいって言ったから、出してあげようって言ってくれたひとがいるってこと。

 でもそれはすごくつらいやり方で、わたしがやったらからだをこわしちゃうかもしれなくて。

 だから、そうさせないように、今までキングちゃんやトレーナー、スぺちゃん達も必死になってわたしを勝たせようとしてくれたんだって。

 

 

 

 『あなたから……あなたから、その笑顔を奪いたくなくて、私……っ』

 

 

 

 キングちゃん、そう言って……すごくつらそうで、でもぜったいに泣くもんかって、ぶるぶるしてて。

 スぺちゃん達を責めないでって。トレーナーにおこらないでって。かくそうって言ったのは私だから、私におこってって。

 ……ずっと、わたしを守ってきてくれてたキングちゃんが、そんなこと言ったんだよ。

 

 

 

 ――なあ、ウララ。

 

 

 

 だから、だからね?

 わたし、さがしたんだ。キングちゃんもトレーナーもスぺちゃん達も、みんな泣かなくていいほうほう。

 わたしもワクワクして、いっしょにレースで走るみんなもワクワクするほうほう。

 ……わたしは本気になって、どうすればいいんだろう~って。

 

 

 

 

 

 ――……ウララは、なんで走ってるんだ?

 

 

 

 

 

 見つけたよ。

 わたしだけの、本気。

 

 

 

 

 『キングちゃん。わたし、ぜったいに勝つよ』

 

 

 

 

 だから、あの夜も。キングちゃんをぎゅっと抱きしめて、ゆびきりげんまんしながら、そういったんだ。

 

 

 

 『やくそくするよ。次は、ぜったいに……絶対に、一着になる』

 

 

 

 ……ううん。

 そのゆびきりは、やくそくなんてものじゃない。

 

 

 

 『……ウララ、さん?』

 

 

 

 ――それは、約束の、進化系。

 

 

 

 『わたしね、気付いたんだ。

 わたし、誰よりもワクワクしながら走る。誰よりも、全力で、必死に、本気になって走るんだ。そうすればきっと――みんなも、おきゃくさんも、いっしょに走るみんなも、みんなわたしを見て、ワクワクする!

 ワクワクい~っぱい、届けるよ! それがわたしの、走る理由なんだ!!』

 

 

 

 一着になったわたしを見て、みんなも負けないぞって思う。

 次もいっしょに走って、わたしに勝つぞって、思ってくれる。

 おきゃくさんも、わたしみたいにがんばろうって思ってくれる!

 

 

 ――だからね、わたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「わたし、本気でがんばる!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ほう……これは、ウララ君には厳しい展開になりそうだね」

 

 

 スタートして、始めの直線が終わって最初のコーナーに差し掛かるころ。

 今回は逃げや先行策の選手達の仕掛けが遅いのか、大きなバ群が一つだけあるようなレース展開だった。

 ……そして、その後ろでたった一人で走る、ウララさん。

 

 

 「1200mの短距離レースだ、早めに前につけなければ勝機はない。……ウララ君が、なるべく早く巻き返せれば良いのだけれどね」

 

 

 レースでは中長距離を走るオペラオーさんも、決して短距離走の経験がないわけではない。もちろん、そのほとんどが学園内の模擬レースでしょうけど……実際、現役で一流スプリンターとして活躍しているこの私でさえ、その見解には頷けた。

 コーナーを曲がる時は遠心力が掛かるため、他の選手を出し抜きにくい。結局仕掛けるタイミングは最終コーナーからゴールまでの直線に限られるけど、その場合はそこに至るまでの間にある程度順位を上げておかなければ、差し切れずに一着を逃してしまう。

 ……でもそれは、ここにいる誰もが、そしてウララさん本人も分かっていて。

 

 

 「……なあ、オペラオー」

 

 

 そして、その上で、ウララさんはあの位置に控えているのだから。

 

 

 

 「ウララの、最大の長所って何だと思う?」

 

 

 

 そんなトレーナーの呟きにオペラオーさんは眉を上げると、ふむ、と軽く唸ってから答える。

 

 

 「それは、ウララ君の走りにある魅力、という意味かな? 彼女のひたむきな姿勢が誰もを魅了するという、そういう意味での」

 

 「違う。純粋に……ウララの、競走ウマ娘としての特長っていう意味で、さ」

 

 

 それに気が付くのに、私もトレーナーも、チームの皆さんも、スペシャルウィークさん達も……全員で必死に考えたっていうのに、結局半年以上の時間を費やしてしまったわ。

 ――だけど。文字通り、ウララさんが本気で練習に参加するようになると、ほんのひと時でそれは明らかになったのだから、悔しいというか。

 

 

 「ウララちゃん、すっごく頑張り屋さんなんですよ。ちょっとだけ気分屋さんですけど、コースを決めたり併走するってなると、いつだって真剣に走るんです」

 

 

 とは、スペシャルウィークさんの言葉だ。私に次いでウララさんとダートコースでの併走相手になってくれた彼女は、たまにその泥だらけの地面に足を取られて、顔から突っ込んで……見ていられないったらなかったけど、それは一生懸命、ウララさんの事を考えてくれた証なのよね。

 

 

 「わたしじゃ、ああはできないよねー。どっかで手を抜いちゃうよ、ここ一番ってときは別だけどさ~」

 

 

 スカイさんが続く。如何にもらしいというかなんというか、あなたの場合は手の抜き方が上手いという話だと思うけれど。

 でも、それでも実力者の彼女をそこまで唸らせるだけのものを、ウララさんは持っていた。

 

 

 「私も経験があるから分かります。ケガをするかもしれないという恐怖のもと、いつも欠かさずあれだけ走るには、人並み以上の勇気と気概が必要なんですよ?」

 

 

 グラスさんはクラシック級時代、怪我に見舞われ活躍の機会を失ってしまった過去がある。その上で慢性的な裂脚症に悩まされるウララさんの、それでも晴れやかな姿勢には思うところがあるのかしら。

 

 

 「その上、いつだって必ず一着を目指してるんデス!

 本当の強者とはかくあるべきだと、エルはウララちゃんを見ていつも思ってましたよ!」

 

 

 いつも一番後ろ、順位は最下位。

 それでもウララさんはいつも、必ず一着を目指していた。入着すればいいなんて、レース中にそんな妥協を絶対にしない娘なのだ。それはエルコンドルパサーさんが言う通り、決して弱者の心構えではなかった。

 

 

 「……ほう、なるほど。確かにウララ君には、そういった力はあるみたいだね。

 しかし、それは重賞で走るウマ娘なら、誰もが持っているものなのではないかな?」

 

 

 「そうね。普通に考えれば、その通りだわ。オペラオーさん」

 

 

 その通りだ。

 私だってそうやって、絶対に勝利を諦めずに戦ってきたのだ。そういう苦難の道の先に、栄光とはあるものだから。

 だけど、ウララさんは。

 

 

 

 「絶対に諦めない心をもって、いつだって真剣に、ケガを顧みないほどに全力で走る。

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 オペラオーさんの瞳が、大きく見開かれた。

 模擬レース、未勝利戦。例のスケジュールではなくとも、規模は小さけれど、ウララさんは普通のウマ娘がこなすレース数の軽く数倍は、この三年間で走ってきた。

 その全てを、一切の妥協なく、ペース配分や体力温存を考えずに、全力で走り抜いたのだ。正しいフォームを知らずとも、勝てなくとも……絶対に気を緩める事無く、がむしゃらに走り切ったのだ。

 ――そんなウララさんの走りに、彼女を知る誰もが魅せられてきたのだ。

 

 

 

 「ウララさんの武器、それは――」

 

 

 

 

 

 『さあ、第一コーナーに差し掛かっ……おっと、ハルウララだ! ハルウララが一気に迫ってきた!!

 何てことだ、ハルウララが……バ群ごとかわして、一気に前に出た!!』

 

 

 

 

 

 観客の視線が、一斉にウララさんに降り注いだことでしょう。

 ウララさんはまだ第一コーナーに入ったばかりだというのに、もう最下位から一位にまで飛び出していた。そしてそれに甘んじず、あれよあれよという間に加速して、二番手の選手と三バ身、四バ身……と差をつけていく!

 

 

 「……なっ……!?」

 

 

 ――そう、微かな声をオペラオーさんが漏らしたの、私は聞き逃さなかったんですからね。

 ウララさんの武器とは、1000m近く続いても尽きないスパートの持続時間。今回でいえば、コースの三分の二を駆け抜ける、空前絶後のロングスパート。

 

 

 

 『何が起きている、何が起きている――バ群と既に十バ身以上の差がついています! ハルウララ、ぽつんと一人……ひとりだけ、最終コーナーを抜け出した!!

 まるであの、「異次元の逃亡者」を見ているかのようです!!』

 

 

 

 ……言ったはずよ。

 私達は確信していた。ウララさんが、今日のレースで……絶対に一着を取ることを。

 数々のレースを言わばスパートのみで走っていたウララさんにとって、たかが一度のレースを通して全力で駆け抜けることなんて容易かった。そんな驚異のド根性に加えて、この三年間で付けた基礎体力と正しい走法、そして技術が加われば……そこには誰も追随出来ない、唯一無二で圧倒的な末脚が完成する。

 だから、始めからウララさんには、最序盤だけは他の選手から敢えて離れて後方待機しておくように指示を送っていた。バ群に呑まれて、折角のスパートが不発に終わることを防ぐためだ。

 

 

 

 「どうだい。君はあいつに、有馬で勝てそうかい」

 

 

 

 そして。

 彼女以外が漸く最終コーナーに突入する一方で、たった一人で最後の直線を、しかも更に加速しながら突っ込んでくるウララさんを見ながら……トレーナーはオペラオーさんに、声を掛ける。

 

 

 

 「覚えておくといい、あれがハルウララだ」

 

 

 

 その瞬間。ウララさんが、私達の目の前を走り抜けた。

 その瞳は、信念に燃え滾っていた。絶対に勝つ。そして、私達を、共に走るウマ娘達を……そしてこのレースを見る全ての人々に、溢れんばかりのワクワクを、夢を与えると。

 既にその顔つきは、スターウマ娘のそれだった。

 

 

 

 「スぺが、グラスが、エルが、スカイが、うちのチームのみんなが……そしてキングが育て上げた、『黄金世代の最終兵器』。

 それが君が有馬で戦う、最強の刺客の名前だ」

 

 

 

 ――そして、そして……ついに。

 

 

 

 

 『ご……ゴールイン!!

 誰が予想したでしょう、誰が思い描いたでしょう!! ハルウララ、二番手と大差をつけての大勝利です!!

 勝ちなしのウマ娘が……ついに、G1を制しました!!』

 

 

 

 

 この瞬間……ウララさんは。

 ハルウララは、正真正銘のG1ウマ娘となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『さて、着順が決まりました、一位はもちろんハルウララ!

 そして……なんと、ハルウララ、今回の走りでコースレコードを更新しました!』

 

 

 ウララさんがゴールラインを走り抜けてから、ここに走り寄るまでの間には、わずかな時間があった。

 彼女の遥か後方から追いかけるほかの選手たちが、まだコースを疾走していたからだ。

 

 

 「トレーナーっ! みんな~~っ!!

 わたし、やったよ! 一着になったよーっ!!」

 

 

 そういって眩しいほどの笑顔で駆け寄ってくるウララさんは、さっきまでの絶対的なオーラがが噓のようで、少しだけ苦笑いを浮かべてしまう。

 ……もう、私が世話を焼いてあげる必要はなくなったかと、安心していたのに。

 

 

 「みんな、ありがとう! 今まで、わたしといっしょにがんばってくれて、ありがとね!!

 ――キングちゃん!」

 

 

 だけど。

 今まで、必死に視線を少し上に向けて……こみ上げて溢れそうになる涙を堪えていたというのに、このへっぽこウララさんは構わずに声を掛けてきて。

 

 

 

 「わたし、いつかきっとキングちゃんに勝ってみせるよ! がんばって、キングちゃんに勝っちゃうからね!

 それが、わたしからの、せいいっぱいのおんがえしだから!」

 

 

 

 ……そんなことを言われてしまったら、私も、応じざるを得なくなるじゃない。

 

 

 

 「……ええ、ウララさん。――負けないから」

 

 

 

 この瞬間、私とウララさんは、真に対等な関係になったのだろう。

 守ってあげる存在ではなく、お互いに競い合う、ライバルとして。

 

 

 

 「それと、オペちゃん!!」

 

 

 

 ――そして。

 このG1レースで勝利したということは、まだウララさんには可能性がある。

 有馬出走。そして……そして、その頂点に立つ可能性が。

 

 

 

 「わたし、オペちゃんにも負けないから!

 ぜったいに、ぜ~ったいに……ウララが、有馬で、一着になるから!」

 

 

 

 ぐぐっと身体を屈めて、一気に伸びながら右腕を振り上げる。

 その開かれた手が、ぎゅっと握られて……人差し指だけが天を衝く。

 

 

 

 

 「勝負だ! オペちゃん!!」

 

 

 

 

 ――オペラオーさんはその様子を、少しの間驚いたように見つめると……やがてフフッと口元に笑みを浮かべて、くるりと踵を返す。

 

 

 

 「そうか。……世紀末覇王の時代に、新たな役者が芽を出したようだね」

 

 

 

 そのまま、観客席を後にしながら……その常勝スターウマ娘は、一勝を挙げたばかりのスターウマ娘に檄を飛ばすのだった。

 

 

 

 

 「来るがいい……時代の頂点を決める、最高の舞台へ!!」

 

 

 

 

 




 
※この後チャンピオンズカップでも圧勝して、晴れて有馬記念に出走するようです。
※長文になってしまい申し訳なく思っているようです。
※ウララの有馬での雄姿をご期待頂ければ幸いです。





※ちなみにキングヘイローさんも有馬に出走するそうです。


 

あら、もう有馬記念まで終わっているじゃない。続くかは分からないけれど、今後どうすればいいか、考える権利をあげるわ!

  • 過去編(クラシック級とか)
  • ウララ編(翌年の有馬でオペラオーと激突)
  • チーム全体編(スピカやシリウスみたいに)
  • 日常編(うーららー)
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