「それじゃ皆サーン! ウララちゃんの、有馬記念出走を祝して!」
エルの掛け声に合わせて、みんなが手にしたコップを掲げる。
「かんぱ〜い!」
――十二月、半ば。
JBCスプリントにて見事レコード勝ちを決めた後、更に今月の初めに開催されたチャンピオンズカップでも二位と大差をつけて圧勝。
先月の終わり頃に発表された人気投票の中間発表では圏外だったウララも、この二つのG1タイトルを掴み取った為か、つい先程の最終発表では何とかギリギリ有馬の出走権を手に入れるに至っていた。
というわけで、今夜はその祝賀パーティーだ。俺としては身内であるチームメンバーとスペ達とだけでさくっと行おうとしていたのだが……。
「ほら、タマちゃんの分ですよ〜。こっちはオグリちゃんです、お腹いっぱいどうぞ〜♫」
「あーもう! 自分で取れるさかいに、子供扱いせんといてや!」
「助かる。もぐもぐ。うまい。おいしい」
……いつの間にか厨房を牛耳っていたクリークがカレーを作り過ぎてしまったと、戦友であるタマモクロスやオグリキャップを連れてきてしまったものだから、一気に規模は膨れ上がった。
何せ、あの「葦毛の怪物」が襲来したのだ。学園の料理主任も頭を抱える暴食ぶりで有名な彼女が、夜の食堂でドカ食いしているのである。練習終わりにここを利用する生徒も多い中で、そんなバカ騒ぎを目にしたもの好きが一人、また一人と……指数関数的に増えていく。
気が付けば食堂はほぼ満席。しれっとたづなさんと理事長までお越しになって、一種の忘年会じみた様相を呈していた。
「こうなると収まりがつかねぇ……っていうか他のトレーナー何してんだよ……。
ほーらそこ、勝手に占いコーナー始めんなフクキタル! ファルコンライブ始めんな、デジタル鼻血出すな!!
ってスペ、頼むからオグリの後を追わないでくれ、食費俺持ちなんだよ」
「あはは。もしかしてマックイーンがやろうとしているスイーツ大食い大会やめさせた方が良いですか?」
「是非ともお願いしますライアンさん」
しれっとキングまでスイーツ食いに混じってんじゃねーか。俺の懇願を受けて苦笑しながらライアンが彼女達二人に腕でバツ印を送ると、「どうしてですの!?」「やっぱりへっぽこね!!」と、うら若き少女達のドスの効いた激昂を浴びせかけられる。
「すみません、マックイーンが。あの子、あれで結構糖質制限してるんですよ。ちょっと鬱憤溜まってるみたいで。
トレーナーさんも、大変ですよね。キングも相変わらずだなぁ」
他人事っぽい響きだけども、そこはライアンも純粋な娘だ。真面目にこちらを気遣ってくれているのが分かる。
――うちでは年長組ながら、キングやウララよりもデビューが遅れてしまったメジロライアン。
今年はウララの有馬挑戦の年であると同時に、彼女の一生に一度のクラシックレースの年でもあった。だからこそウララの練習をサポートするのと同時並行で、俺は欠かさずライアンのトレーニングにも力を入れていた。
「ライアンも、今年はお疲れ様。
加えて、いつもごめんな。親父の事故の時も今年も、負担かけた」
「いえいえ、そんな風には全然思ってないですから!
むしろ、ウララちゃんへの熱がそのままこっちに来てたっていうか、むしろすっごく濃い一年だったって言うか」
弁解のつもりは全くないが、ウララの事があったからといってライアンのトレーニングを蔑ろにしたことは一度たりともない。
むしろ彼女の言う通り、ウララの件のおかげでチーム全体の結束力は更に強くなり、トレーニングに対するおのおのの情熱や、俺自身のトレーナーとしての技量も去年に比べれば格段に向上したと思う。
「……ただ、アイネスやマックイーンの方が、あたしより強かったってだけですから」
だが、現実は厳しい。
皐月賞は三着、ダービーは彼女の親友であるアイネスフウジンが獅子奮迅の逃げ切りを見せて二着。そして菊花賞は……満を辞して始動したメジロ家の筆頭令嬢、メジロマックイーンの圧倒的な先行走の前に再び三着の惜敗を喫し、ついに無冠のままこの一年は終わってしまったのだ。
「こんなんじゃ、まだまだオグリさんには程遠いなぁ……」
少しだけ力なく笑うと、ライアンは視線の先にいる憧れの先輩……頬をリスの様にしてクリークのカレーを食べるオグリキャップをぼんやりと見つめた。
やるべき事はすべてこなしたつもりだ。ウララに割いた時間を回せば、と言ってしまえばそれまでだが……それを押し退けるくらいに、並の重賞ウマ娘では及ばないほどにハードな練習量を彼女はやり切っていたのだ。
それでも栄冠に届かなかった原因があるとすれば、やはり俺が至らなかったせいだ。キングにとってのスペ達の様に、ライアンの周囲にもアイネスやマックイーンのような思わず腰が引けてしまいそうな強敵が揃っており、そんなスターウマ娘達を押し退けて勝利をもぎ取るだけの決定力の欠如が、俺含むうちのチーム全体に潜む切っても切れない因縁であり、今後の課題なのだろう。
「でもあたし、後悔とかは全然ないんです。それよりも今は、ウララちゃんの有馬記念が楽しみなんですよ。
見てみたいんです。未勝利戦から初めて、才能とか、遺伝とか、全然関係ないけど頑張ってここまで来たあの娘が、有馬記念でどう走るのかなって」
メジロライアンというからには、彼女はウマ娘の名家、メジロ家の令嬢の一人である。
だが現在メジロ家で最も有名な令嬢と言ったらメジロマックイーンであり、ライアンは語弊を恐れず言ってしまうなら二番手だ。今だからこそあのマックイーンも実は大の野球ファンでスイーツ(笑)な等身大の女の子である事を知っているが、表向きの彼女はほぼ理想的なメジロ家の代表的存在であり、そしてライアンはそんなメジロの名に恥じないマックイーンに複雑な感情を抱いていた。
「模擬レースでも、今年のレースでも、何度もマックイーンと戦ったのに、結局一度も勝てませんでした。
悔しくて、でも勝てなくて、やっぱりあたしは、あの子には届かないって……多分心が、いや身体がそう考えちゃってるんだと思います」
今のライアンはジャージ姿だが、ボディラインがそこまで出ていないそんな服装でも、彼女の身体がいかに鍛え上げられているかは一目瞭然だ。
……その筋肉の分、彼女は劣等感を背負っている。メジロ家令嬢になれなかった彼女が、あたしはただ身体を動かすことが好きなだけだからと、長いことそう自分に言い聞かせて、ひたすら追い込んで作り上げた諦観の結晶。それが皮肉にも、今のライアンの走りの原動力となっていた。
「でもやっぱり、このままじゃダメなんです。こんなんじゃ、ちゃんと全力で勝ちたいって思ってレースをしてるなんて、言えない。
こんなんじゃ……マックイーンに、失礼だ」
だけど、やっぱりライアンは純粋な娘だ。自分の気持ちや、ライバルであるマックイーンの事まで考えて、しっかりと前向きな結論を出す事が出来る。
そして、何度栄冠を逃したって立ち上がろうとする彼女の姿は、まるでかつてのキングを見ているかの様で。
――なあライアン。多分君がなりたいものって言うのは、マックイーンよりももっと……。
「だから、知りたいなって!
ウララちゃん、なんで有馬記念を目指したんだろうって。あたしだったら腰が引けちゃうのに、あの娘は全然気にしないで、一から積み上げてここまで来て。
あの娘の走りを見て、それが分かったら、きっとあたし……なんて、やっぱり誰かに自分を重ね合わせるなんて他力本願ですよねっ、あはは」
「そうでもないさ」
それが、チームである事の利点だ。お互いを見て、お互いに成長できるチームの存在理由なんだ。
確かに、今年は辛い一年だったかもしれない。今はまだマックイーンにも、そして彼女が憧れの対象としているオグリキャップにも程遠いかもしれない。
――だけどさ。
「きっかけを得られても、そこから頑張れない奴だって多いんだ。
でも、君にはその力がある。ちゃんと努力して、まっすぐに勝ちを目指す力があるだろ。
それを、その全身の筋肉が証明してるじゃないか。そんな君がウララの走りに何か感じるなら……それはちゃんと掴むべきだ」
キングの挫けない一流の魂は、形は変われども確かにウララの本気に受け継がれている。
次は君の番だ、ライアン。ウララから、彼女達なりの信念を受け取ってこい。それがきっと、現状を変える原動力になる。それが、君がうちのチームの一員でいる意味なんだ。
来年の主役は君だ、ライアン。
「はい! 頑張って応援しますね!」
――そろそろ寮の就寝時間が迫ってきている。だというのに、食堂はまだお祭り騒ぎだ。
その中心にウララはいた。とは言っても当の本人はもう眠いらしく、スカイやグラスの肩に寄りかかってうつらうつら船を漕ぎ始めており、それをクリークが見つけて背負い、キングと一緒に寮部屋に戻って寝かしつけようとしている。
「……やっぱり、入着すら厳しそうなんですか」
ライアンのその一言を、俺は否定できなかった。
※※※
――年末。
ついにやってきてしまった。彼女にとっての今年はまさに、今日のためにあったと言っても良いだろう。
『さあ、年末の中山で争われる花のグランプリ、有馬記念!
あなたの夢、私の夢は叶うのか!』
「ゴルシちゃん特製焼きそばー、いらんかねー」
有馬記念。観客動員数は毎年十万人以上にものぼる、名実ともに国内最高峰のG1レースだ。
……そしてそんな日本ダービーに匹敵する一大レースのパドックに、一年前までは未勝利ウマ娘だったハルウララが立っているのだから、何とも言い知れないものが込み上げてくる。
「トレーナー、わたし変になっちゃったみたい!
なんだかね、胸がボワーってするの! あつくって、燃えてるみたい! グツグツで、ゾワゾワなんだよー!」
そして。ゲートに入る前の時間に、観客席の最前列に待機していた俺達……チームメンバー全員にスペ達四人組の前まで駆け寄ってきたウララは、開口一番にそんな事を口にしていて。
――その顔つきは、声音に反して引き締まっていて。
「そっか。……ウララもすっかり、本気になったんだな」
だから俺はそう返してやった。きっとそれこそが、ウララが言って欲しかった言葉だと思った。
ちゃんと本気になれている事。それが他の人にも伝わっている事。それは間違いなく、今日のウララの心の支えとなってくれるはずだ。
「ウララ。ここまで来たら、言えることは一つだけだ。
……本気で楽しんでこい。君の走りで、俺達をワクワクさせてくれ!」
すると、ウララはパアッと更に顔を輝かせて、大きく頷いて。ゲート前まで駆け出しながら……こちらに振り返って。
「うん……うんっ! トレーナー! わたし、一着とってくるからね!
『約束のプレゼント』、ぜったいにあげるからねっ!」
――先日のパーティーが始まる、ほんの少し前のこと。
有馬出走者の最終発表を見て、ついに出走が叶った事を知ったウララは、一緒に喜んでくれた仲間達に眩しい笑顔を振りまいた後に、俺のところへと駆け寄ってきた。
そして、言ったのだ。クリスマスだから、有馬記念の一着を俺にプレゼントすると。
『すっごく大変かもしれないけど、わたし、トレーナーにあげたいの! だから、もうちょっとだけ待っててくれる?
すっごく特別で、とっておきのプレゼント! トレーナーもきっと、やったーって思ってくれるよね?』
……その時のウララの笑顔が、未だに脳裏に焼き付いている。
あれはガラスの笑顔だ。自信や期待に裏打ちされたものではなく、不安や緊張の中で、それでも叶いたい願いを胸に秘めた、そんな脆い笑顔だった。
「……最後まで言わなかったのね。
――その聞き慣れた声は、今日は隣からではなく……ウララとすれ違い様に軽くハイタッチをしてこちらに寄ってくる、緑のドレスに身を包んだ一人のウマ娘から発せられていた。
「先に言っておくわ。ウララさんがどんな走りをしたとしても、私は構わずに一着を目指す。
……それが、本気で勝負をするって事。そうでしょう?」
「ああ。君らしい考え方だな……キング」
そう。
今年の有馬の出走ウマ娘の中には、ハルウララの他にうちのチームからもう一人……つまりは前回覇者であるキングヘイローが選出されている。
いつかキングちゃんに勝ってみせる。そう宣言したウララとの直接対決は、案外早く訪れたのだった。
「……もう少し上手く出来ていたらって、思わない訳じゃないの。もっとしっかりウララさんを導いてあげられれば……こうはならなかったかもしれない」
正直に白状する。冷静に分析すれば、今回の有馬記念でウララが一着になる可能性は、ゼロに等しかった。
というか入着はおろか、二桁順位ならまだマシな方かもしれない。最悪の結果を想定すれば……またウララは最後方に取り残されて、十万人以上の観客の中をぽつんと一人走るなんて事になりかねないのだ。
「キングはよくやったよ。そもそもここまで来れた事自体がすごい事なんだからさ」
ウララの主戦場はダート。適正距離は短距離からマイル。
対して有馬記念は芝2500m、つまり長距離だ。残念ながら有馬記念は彼女の脚質や適正、その全てに相反している。
「ただ……ただウララは、純粋に早すぎただけなんだ」
――それらを克服するには膨大な経験が必須となる。
あのサクラバクシンオーでさえ本人はステイヤーを希望しているというのに、適正がないからと彼女のトレーナーは初めの三年間、ひたすら彼女を短距離やマイルで走らせ続けていたそうだ。
そうして少しずつ距離を増やして、年月をかけてゆっくりと適正距離を伸ばしていく。そんな数年先を見据えた展望が、オールラウンダーを目指すウマ娘には要求される。
……だから、ウララには早すぎたのだ。彼女の準備期間はたった一年間、一応は春の時点から芝長距離用のトレーニングを少しずつこなしていたとはいえ、目の前のレースで勝利を掴むのに精一杯だった彼女はその分更に練習不足だ。
今まで中長距離をずっと走り続けてきた歴戦の選手達と、付け焼刃の特訓で成り上がったウララ。勝負は既に決していたと言っても……過言ではなかった。
「でも、それを一番分かってるのは多分、あいつ自身なんだ。
あいつはそんな絶望的な状況でも一着を取るって、あれだけ堂々と宣言したんだ」
「……そうね」
エルムステークスが終わって数日後からのウララは、今まで以上に真剣に練習に取り組むようになっていた。それまでは俺達に言われるがままにこなしていたメニューも、最近では自分の頭で考えてここをこうしてほしい、と提案するようになっているのだ。
だから、彼女はもう自分で気が付いている筈だ。圧倒的に経験値が足りないことも、今日のレースにて勝ち目がないことも。そして、それでも……あいつはまだ、諦めていないのだ。
だったらトレーナーである俺は、やれるだけやったウララを最後まで信じてやるべきだ。
「ふふっ。
あの時もそうだったけれど、あなたってこういう時に妙に覚悟が決まっているのね」
「吞気なのが取り柄なもんでね……でも、だからさ」
そしてもう一つだけ、俺にはしなければならない事がある。
「万に一つでもウララが負けたとして、その時は……君が一着であって欲しい!
だからキング。頑張れ、勝ってこい!」
――トレーナーとして俺が一番望むのは、単に名誉だけではなく……担当ウマ娘達の、幸福。
勝ちを望まれているのはウララだけじゃない。その思いが伝わったのかキングは一瞬だけ目を細めると、すぐに顔を上げて、いつもの高笑いをし始めるのだった。
「……当然よ! キングの二連覇を目の当たりにするのを、楽しみに待っていなさい! おーっほっほっほ!」
そうしてキングも向かっていく。今年最後にして、最大の大舞台に。
見れば先にゲート前でウォームアップをしているウララが、そしてあのJBCスプリントで彼女が宣戦布告をしたウマ娘……今日も堂々の一番人気に推された常勝の覇王、オペラオーがいる。先日のパーティーでお互いに意気込みを語っていた二人も、今日は何を言うでもなくそれぞれの準備に徹していた。
「……ん……?」
だが、その時。
「トレーナーさん……これって」
そう呟いたのは、この一年間ウララを支え続けてくれた黄金世代の一人、グラスだ。
彼女の言葉に、そこに横並びになっていたチームメンバーやスぺ達全員が何か違和感を覚えて、一斉に押し黙った。
「……オペラオー」
――ウララやキングは気が付いているだろうか。ゲート前に並ぶ他の選手たちの間に、どこか異質な空気が流れていることを。
そして……恐らくそのすべてが、オペラオーに向けられていることを。
「みんな、つよいねー! でも……負けないぞーっ!!」
レースが始まって、わたしはすぐにおいて行かれちゃった。
なんかね、いつもより脚が前にうごかないんだ。ゲートがひらいてバーって走って行こうとしたら、ギュッてじめんに掴まれちゃったみたいになって……気が付いたらみんなどんどん先に行っちゃったんだ。
あともうちょっと、わたしの脚が長かったら、きっと追い抜いてたのかなぁ?
(……ううん。
ほんとはきづいてるよ。わたし、まだまだなんだよね?)
勝ちたいってなるとね、どうすれば勝てるのかなって思うようになるんだ。
そしたら、わたしのダメなところがどんどん分かってね。でも、ぜんぶだいじょうぶ! ってならなかったから……やっぱり、ダメなんだよね?
(でもでも、だからって……諦めたくない!)
だってみんな……みんな、ウララを応援してくれてるんだもん! そんなみんなをワクワクさせるって、わたし決めたんだもん!
――ぜったいに、キングちゃんに勝つんだもん! トレーナーに……ありがとうのプレゼント、あげるんだもん!
『さあ、第二コーナーを抜けて、向正面の直線に入りました!
全体としてまとまった展開が続いております、ハルウララどうした、一人最後方を走る! 芝のコースは苦手か!?』
前の子を追い抜こう、追い抜こうって、すごくがんばってるよ。でも、みんなすっごくはやくて、追いつけないんだ。
すっごく楽しいのに、ちょっとだけ……なんだろう。まえの時とはちょっと違って、楽しいのに、つらい。
(まだ……まだまだーっ!)
わたし、知ってるよ。そう思うのは、わたしがちゃんと本気だからなんだって。
だから、最後まで、ウララはがんばるよ!!
「ウララ、ゴー!!」
みんなが言ってくれた! わたしの武器は、バビューンって走りつづけるすえあしの長さなんだ!
まだまだ、ここからが勝負だーっ!!
『――おおっと! ここでハルウララが早くもスパートを掛けたか!? バ群との差が少しづつ縮まっていきます!!』
もっとはやく、もっとはやく!!
有馬記念は、今までわたしが走ってきたどのレースよりもきょりが長いんだ! だから、コースの真ん中よりちょっと後の、このタイミングで……いっきに!
少しずつ、少しずつ追いついていく。バ群の一番後ろがちょっとずつ近づいてきて、だんだん誰がどこにいるのかがはっきりしてきた。
びっくり! いちばん後ろにいるの、キングちゃんだ! 少しだけバ群からはなれたところを、コースの内側にピッタリ沿って走ってる!
(でも……全然あせってない?)
きっとキングちゃんは、脚をためてるんだ。スペちゃんが言ってたんだ、疲れないようにギリギリまで全力を出さない事を、脚をためるって言うんだって。
やっぱりキングちゃんはすごい。どんなレースでも、ちゃんと本気で走ってるんだ。ウララとも、本気で勝負してくれてるんだ……。
(あれ? でも、なんかちょっとだけ、変?)
だけどね?
よく見たらキングちゃん、ちょっと変な顔してる。疲れてるとか、あわててるとかじゃなくて……悩んでる? まよってる?
それがちょっと不思議でね、ついキングちゃんが見てる、まえの方の子たちを見ちゃったんだ。
――え……っ?
『さあ、先頭が第三コーナーに入りました! ここから勝負どころ……ああっと、これは……これは何という事でしょう!?
オペラオーが、オペラオーが完全に包囲されている!!』
……オペ、ちゃん?
何が起きてるのか、すぐには分からなかったんだ。オペちゃんが一気に駆け出そうとした時ね、まるでそれをつつんで、ふさいじゃうみたいに……周りの子達がオペちゃんをかこんだんだよ?
それで、それを見てたキングちゃんがね、いっしゅん、すごくくやしそうな顔をしたんだ。なんだか、こうなる事が分かってたみたいに。
「……なんで?」
なんで、そんなことするの?
そんなことしたら、オペちゃんが……オペちゃんが、ちゃんと走れないよ?
『オペラオー、完全にバ群に埋もれている! オペラオー包囲網だ! オペラオーを他の選手たちが完全に封じてしまっている!!』
――みんなの顔、見たよ。
みんな、すっごくつらそうだった。オペちゃんを囲んでるみんなが、オペちゃんの方をみて、すごくかなしそうに、ごめんねって思ってるみたいな顔してる。
それを、キングちゃんは外からつらそうに見つめてる。
(……誰も、ワクワクしてないの?)
うそだ。そんなの、おかしいよ。
だって、キングちゃんが一着になった去年は、みんなすごく真剣で、本気で走ってたよ? それを見てウララも、ゾワゾワって不思議な気持ちになったんだ。
……だからわたし、有馬記念に出たいって思ったんだよ?
(あのときと、同じ?)
エルムステークスに出たときのこと、思い出したんだ。ウララを勝たせたくなくて、砂をバーってかけたあの子のこと。
あのときは何でそんなことするのって思ったけど……今はちょっとわかるんだ。すごく、すっごく勝ちたいって思ったら、きっとどこかで思っちゃうんだ。他の子たちの、邪魔をすればいいんだって。
(……でも)
でもね?
それで勝って、ワクワクするの? それで一着になって、うれしいのかな?
それじゃ、負けるほうも、勝ったほうも、なんにもワクワクしないんじゃないのかな?
「……いやだ」
そんなの、いやだ。
このままじゃ、みんなつらいままでレースが終わっちゃう。
「そんなの、いやだ」
止めなきゃ。わたしが、なんとかしなきゃ。なんとか、あそこまで追いついて……オペちゃんを、みんなを、助けてあげなきゃ!
でも、ずっと本気で走ってるのに、ほんのちょっとずつしか近づけないんだ。これじゃ、ゴールするまでに追いつけない。
なにかないかな。ウララ、何とかしてはやくなりたいな。今だけでも、はやく走れるようになりたい……。
『うわぁ、ゴルシちゃんすっごーい! どっかーんって走るね! クリークおねえちゃんみたい!』
『おっ、ウララもアタシの走りの魅力に気が付いちまったかー! そりゃま、連戦連勝のこの黄金不沈艦様にかかりゃこんなもんよ!』
――あった。
まだいっかいも試してないけど、もしかしたらはやくなるかもしれないほうほう。
……だけど、これをやっちゃったら、わたし。
(……トレーナー)
でもね。ウララは、諦めないよ。
だってわたしは、みんなをワクワクさせる為に走ってるんだよ。応援してくれるみんなも、いっしょに走ってるみんなも……キングちゃんも、オペちゃんも、ほかのみんなも、みーんな、ワクワクさせる為に走ってるんだ。
「待っててね、オペちゃん」
――なのに、みんなが、キングちゃんが……オペちゃんが、あんなに泣いちゃいそうな顔をしてる。
わたしがやらなきゃいけないんだ。ただ勝ちたいってだけじゃないんだよ。勝って、みんなが笑ってくれなきゃ、わたしはいやだ。
(だからね、トレーナー。ごめんなさい。
プレゼント……ちゃんとあげられなくなっちゃった)
――わたしは、やるんだ。
ぜんぶ、ぶつけるんだ。ウララのいままでも、
だから、みんな。
(わたしを、みろぉぉっ!!)
――その瞬間。
突然、中山レース場全体を揺るがすような、凄まじい轟音が響き渡った。
「うわ……っ!?」
そして、その突然の衝撃に驚いたのか、観客席が一瞬、静まり返った。
「今のは、なんだ……!?」
思わず周りを振り返って、チームのみんなやスペ達を確認する。だが誰も心当たりがないのか、俺を見て戸惑うのみだった。
……だが。やがて俺達を含めた観客がレースに関心を戻し始めた時、再びその怪獣の進撃のような音が鳴り響いて。
「……っ!? トレーナー、あれ!!」
やがて何かに気付いたらしいスカイが、慌てて俺の袖を引いて、レース場の一点を指差した。
「……ウララ……!?」
そこに、ウララはいた。
オペラオーを封じる大きなバ群の遥か後方で、彼女はその脚で地面を思い切り踏みしめ、そして蹴り上げていた。
その瞬間、また先程の轟音が鳴り響いて、ターフの芝があり得ないほどに捲れ上がる。
――それは、色さえ変わればまるで……桜吹雪のようで。
『お……おおっ!? ここでハルウララが動き出した! 場内に凄まじい音を立てながら、突然すごい速度で捲って上がってくる!!』
「なんだ、あの走り方は……!?」
あんな走法を、ウララに教えた事は一度もない。
ウララは小柄な分、ピッチ走法さながらに小刻みに脚を捌く事で速度を上げる走り方を得意としていた。そして何故か一般的なセオリーに反して芝の方が走りにくいとされるウララは、その走法も相まって細かく足を地につける分減速してしまうようなのだ。
――だが、今のウララは歩幅がかなり大きい。仮に彼女がストライド走法で走るとしてもあそこまで広げはしないだろう。そうして減速を最小限に止めながら、まるで交互に繰り出される脚一本で身体を支え蹴り飛ばして、倒れ込みそうになりながら加速するかのような走り方だ。
『すごい、すごいぞハルウララ! 大差の付いていた間隔があっという間に埋まっていく!!
まるで……まるで嵐の様な、
そう。まさに春一番。
この寒空の下に開かれた有馬記念に、オペラオーを封じる殺伐としたレース展開に……一足早く春を、暖の到来を告げる嵐の様な。
そんな圧倒的な走りを見せるウララは遂にバ群の尾に追いつくと、何とキングをあっという間にかわして、オペラオーの包囲網に向かって全身全霊で迫ろうとしていたのだ。
「すごい……すごいよ、ウララちゃん!」
「このまま加速できれば、もしかしたら……!」
「頑張れーっ!! ウララちゃーん!!」
スペが、グラスが、エルが……続いてスカイも、ライアンも、クリークも、みんながウララに歓声を送る。
この時、間違いなく会場の誰もがハルウララに目を奪われただろう。一年前に突如として有馬記念を目指し始めて、それから多くの重賞レースに出走して、勝ち切れない日々が続いて……でも最後には結果を出して、このターフに立った彼女を。
そして今、このレースを無情の争いから本気のぶつかり合う真のレースに変えるかの如く駆け出したウララに、誰もが仰天した事だろう。かくいう俺も、周囲に芝をダートの砂塵の如く撒き散らしながら爆走するウララから視線を離せなかった。
――だが。
「おい! ウララのトレーナー!! オメーだよオメー!!」
だが、突如としてその場にやって来た一人のウマ娘――数ヶ月前にウララと学園を抜け出して勝手に高知まで連れて行った、あのゴールドシップが次に息巻いた内容とまるで同じ考えを……俺は抱いていたのだ。
「オメー、あの走り方をウララに教えたのか!?
バカ野郎、あれはアタシみたいに体格が良くないとダメなんだ!! ウララみたいなちっこくて細いやつがあんな走り方をしたら……脚にとんでもねぇ負担が掛かって、身体がぶっ壊れちまうだろ!!」
――違う。俺じゃない。
売り子姿のゴルシに胸ぐらを掴まれたまま、俺は震える様に首を横に振る。教えたのは俺じゃない、と伝える様に。
すると彼女も察したのか、俺を離すと、のろりとレース場に目を移した。
「……バカ野郎ッ……!!
あいつ、ここで……ここで、
その叫びに、スペ達全員が、そして周囲の観客が言葉を失い、顔面を蒼白にした。
間違いない。あいつは、自身の選手生命を懸けて……いや、そんな陳腐な言葉じゃ済まされないか。
あいつは今、命まるごと懸けて走っている。憧れの舞台で、苦しんでいるみんなを救う為に、魂そのものを燃やして走っている。
「ウララ……ウララぁぁぁっ!!」
――そして、俺が堪えきれずに、そう叫んだ瞬間。
ウララの脚の絆創膏が弾け飛んで……真っ赤な鮮血が、辺りに飛び散ったのだ。
『な……何という事でしょう!! ハルウララ、裂脚症か!? 脚から血を流している!!
血を流しながら……しかし止まらない!! 構わずに……さらに速度が上がっていく!!』
想像出来るだろうか。
芝と、血と、チップと、砂と。その全てが舞いに舞って、その中で鉢巻の取れた桜色の髪を燃えるように靡かせて、轟然とした気迫を発しながら駆ける、そんなウマ娘の姿を。
――その走りに、俺は夢を見た。
「ウララちゃん……っ」
――その走りに、皆は夢を見た。
「ウララ……!!」
「ウララー!! 頑張れー!!」
「一着を取って!! あなたなら、勝てるわーっ!!」
――その戦いに、人は夢を見る。
『ハルウララがんばれ! ハルウララがんばれ!!
……誰もが、君の勝利を望んでいる!!』
――勝ち続けると、勝ちを望むと、全てのウマ娘が敵になる。
「……ウララ君、君は……っ!!」
――そのウマ娘は完全に包囲された。
そのウマ娘は、完全に取り残されていた。
『そしてっ、ここで何と、オペラオーだ!!
オペラオーが、ハルウララの走りに応えるかの様に、包囲網から抜け出した!!』
――道は、消えた筈だった。
「ちくしょぉぉっ!! ウララぁぁっ!!
勝ってくれ……俺に、プレゼントを、くれぇぇっ!!」
――テイエムオペラオー。
そして……ハルウララ。
『バ群を追い抜いて……残り100m、テイエムオペラオーとハルウララの一騎討ちだ!!
わずかにテイエムオペラオー有利か、わずかに有利か、ハルウララ追い上げる!! 速度はハルウララが上だ!!
――今ゴールイン!! オペラオー逃げ切った!! ハルウララ圧巻の追い上げも、二着だ……っ!!』
――お前はなぜ、走れたのか。
『ああっと、問題発生だ!!
ハルウララ、止まれない!! ゴールラインを越しても減速しないぞ!!』
……ウララの気迫に完全に呑まれて、我に帰った時には時すでに遅し。
ウララは止まらない。ただでさえ制御不能な走り方をしていたのだ。腕はだらんと垂れて、頭もぐるりと揺らしながら……されど限界以上の加速をしてしまった脚が止まらない!!
「ウララ……ウララっ!!」
どこかで、誰かの悲鳴が上がる。
俺は思わずレース場に降りて、ウララを受け止めに行こうとした。誰かが止めてやらないと、ウララはそのままスタンドの塀に、時速60キロ前後の速度で激突する事になる。
そうなったら……もう、助からない。
「駄目です、トレーナーさん!! ウララちゃんを受け止めたら、トレーナーさんが死んじゃう!!」
「離せライアン、俺なんか構うか!! ウララは……ウララだけは……!!」
こんなのって、あるか。
俺は何してたんだ。あいつの走りに気を取られて、ボケッと突っ立って。あいつの走りを一番そばで見てただろ、俺だけは……俺だけは、呑まれちゃいけなかったんだ。
俺のせいで、俺のせいで、ウララは……!!
『大変なことになりました! 救護班が向かっていますが、前例のないアクシデント、対応に困って……!?
いや! あれは……あれは! 一人だけ! 一人だけ、ウマ娘がまだ加速している!!
レースを終えて、ただ一人だけ……暴走するハルウララを追う様に走り続けている!!』
俺は、ハッとウララの走る方角を見た。
オペラオーを始め、選手のほぼ全員がレースの終わりと同時に減速し、全力を出し切ってその場で荒く息をついている。だから、止まらずに走って行ってしまったウララに追い縋る事は不可能な筈だった。
……しかし、たった一人だけ。まるでウララがこうなる事を全て見越していたかの様に速度を下げずに走り続けて、ウララに迫っていく影があった。
――それは緑のドレス。不屈の塊。
「……キング……!?」
その時、私は誰よりも先に、ウララさんを見た。
元々パドックにいた頃から、オペラオーさんに対する皆さんの雰囲気がおかしい事には気が付いていた。だから私は敢えてバ群の下に控えて、様子を見守っていたのだ。
そして……案の定、オペラオーさんが集団マークされている事実を知って、複雑な気持ちを持て余していた。される側も、する側も……どちらも心苦しい、そんな様子に歯痒さを覚えていた。
――そんな迷いを、ウララさんのあの轟音が吹き飛ばしてしまった。
「ウララさん……っ!?」
誰よりも近い位置で、ウララさんを見た。
それは普段のあの娘からはかけ離れた、一人では担いきれない覚悟を背負ってしまったかのような、そんな表情だった。加速した思考の中で、まるで雪片の様に飛び散る芝の中で……ウララさんの瞳は、かつてない程に輝きを灯し始めていた。
「う……ららああああああっっっっ!!!」
すごく動揺したわ。もちろん彼女が逆転する可能性を考えていない訳ではなかったけれど、でもウララさんは今まで見たことのない走り方で、今までにない加速度であっという間に私との距離を詰めてきたのだから。
……私だけじゃない。バ群を構成する皆さんも、そして他ならないオペラオーさんの意識すらも、ウララさんは完全にもぎ取っていってしまったのだから。
――そして。いよいよウララさんが私を追い越そうとする時。
一瞬だけ、ウララさんがこちらを見た。その瞬間だけ、ウララさんの瞳は元の彼女のものに戻っていた。
まるで謝っている様だった。ごめんなさいと。今までありがとうと。
(ウララさん)
私は気付いてしまった。
毎日ウララさんの服を着替えさせて、ウララさんと一緒に練習して、たまにウララさんと一緒に寝て。そうして、今までずっと彼女の側にいた私だけは、気が付いてしまったのだ。
――ウララさんが、全てを投げ打って走っていることに。
(本当に、あなたって娘は)
そして。そう思った瞬間……私も、全てを捨てていた。
一流としての矜持も。有馬記念二連覇の名誉も。失礼極まりないですけれど……私を応援してくれる、ファンのことも。
残ったのは、ただのキングヘイロー。ただのお節介な、ウララさんの友達。
誰よりもウララさんを心配している、一人のウマ娘。
(冗談も程々になさい……っ!!)
だから私は、最後の直線に踏み入れても、敢えてスパートの脚を振り抜かなかった。
ウララさんが飛び込んで、四散したバ群やそこから抜け出したオペラオーさんにぐんぐんと離されて……残り300mの位置で、漸く末脚を爆発させる。
それだけの距離で、最下位から四着まで一気に大外に切り替えて駆け上がる。けどそれはゴールではない。有馬記念のゴールラインは、今の私に意味を成さない。
(あなたは、私が守る!!
あなたは誰よりも大切な私のライバルで、大事な友達なのよ!!)
ゴールラインを踏み越えて、更に加速する。本来の私のスパートのスピードに乗って、随分前へ行ってしまったウララさんを懸命に追いかける。
絶対に、絶対に、守ってみせる。あなたが皆さんに見せたワクワクを、悲劇に終わらせたりはしない。
「ウララ……さあぁぁんっっ!!」
――そして、漸く。
なんとか、私はウララさんに追いついた。前を見ればもう距離がない、減速は無理だ。
こうなったら、一か八か。私は隣で抜け殻の様になってしまっているウララさんに両腕を回すと……その場で全力で斜めに軌道を逸らしながら、ターフに横倒しで倒れ込んだのだ。
『キングヘイロー、なんとハルウララに追いついた!!
そして……ああっ、地面に転がった!! 激突は避けましたが……すごい勢いです……!!』
何度も、何度も衝撃が身体を貫いた。
意識が薄れる。肺から空気が溢れ出る。それでもウララさんだけは守る為に、思い切り彼女を抱え込んで、跳ねる様に転がって、そして。
数十秒ほど経ったのち、私達は漸く勢いを失い……それぞれごろりとターフに投げ出されたのだった。
「……キング、ちゃん……?」
だけど、そんな痛みは、彼女の声の前では何でもない。
私は全身に鞭を打って、目の前で転がるウララさんの元まで這って行った。そして着くや否や、その身体をひしと抱きしめた。
ウララさんは満身創痍だった。脚からは無数に開いた傷口から血が流れており、先程の爆走で全身に負荷をかけ過ぎた影響なのか、腕や上半身がビクビクと痙攣してしまっている。
「このおばか。なんて……なんて事をするのよ」
――人々にワクワクを、夢を、暖かさを与えて、自分は落花となって散っていく。
そんな筋書きを、私は絶対に認めない。私達はいつまでもターフに立っているからこそ、誰かの希望となるのだ。
「えへへ……ごめんね、キングちゃん」
……でもそれは、ウララさんもきっと解っていて。
それ以上は何も言えなかった。私は力なく横たわるウララさんを抱きしめたまま、解けて広がっている桜色の髪を撫でさすることしか出来なかった。
これ以上何かを言ったら、その場で泣き崩れてしまいそうだった。
『――ここに宣言する!
この勝利により、テイエムオペラオーは世紀末覇王となった!!』
その時。
ウイナーズ・サークルに立ったらしいオペラオーさんの声が、マイクを通してレース場全体に伝わって。
『だが! 今日の勝利は、決してボク一人で得たものではない!
絶対の王座を決める熾烈な戦いの中で、誰よりも聴衆を惹きつけ、誰よりも魅了したのは……ボクではない! ウララ君だ!!』
……オペラオーさんにしては、随分と湿っぽい声音だった。
『みんな、彼女に拍手を!! 主役であるはずのボクに真っ向から張り合ってみせた、今日のもう一人の主役に……どうか、万雷の拍手を!!』
ウララさんの容態が分からない、というより良い筈がない現状、素直に彼女を賛辞して良いのか誰しも分からなかったのだろう。そんなオペラオーさんの懇願に応えた拍手は……決して華やかなものではなかった。
「……ねぇ、キングちゃん」
華やかではなくとも、穏やかだった。
中山レース場に駆けつけた十万人以上の観客が、総出で……ウララさんに相応しい、暖かな拍手を彼女に捧げていた。
「わたし、いっちゃくになれたかな?」
――救護班が駆け付けて、ウララさんと私を担架に乗せる。
そうして横並びになって運ばれる私達を待っていたのは……冬のからっとした青空と、溢れんばかりの、うららかな声援。
「……ええ。ウララさん」
――それは、まるで春のようだった。
「あなたが、いちばん輝いていたわ」
※※※
――月日は、流れる。
「わあっ! いよいよレースだー!
楽しみだな〜! ワクワクだな〜!!」
「ちょっと、あんまりはしゃぐと転ぶわよ?」
パドックへと進む道。
他の選手達はもう外に出てしまっていて、残すところは私とウララさんだけだった。それでも、私達を待ち望みにする観客の皆さんの声がここまで聞こえてくる。
「だって〜、すっごく久しぶりのレースなんだもん!
うっらら〜♫ いっぱい走れるといいなぁ!」
「それはそうね。……本当にね」
――病院にて精密検査を受けた結果、ウララさんは裂脚症の悪化はもちろんのこと、全身の内出血に加えて、更に両足とも骨折する大怪我を負ってしまった事が判明した。なので結果として、その治療及びリハビリの為に二年近くもの間、彼女はレースから離れざるを得なくなっていたのだった。
……ちなみに私は軽い打ち身と擦り傷で済んだので、お構いなく。
「リハビリ、けっこうたいへんだったなぁ。でもね、またレースしたいから、ウララがんばったんだよ!」
「ええ。ずっと見てたわ」
病院でも相部屋になった私達にトレーナーはすぐに駆け付けて、情けない泣き顔でひたすらに謝っていた。ウララの事、止められなくてすまない。キングに無理をさせてしまってすまない、と。
全く、無様なものだったわ。あなたがどうこうしたところで、ウララさんはああするしかなかったでしょうに。
「でも、レースに出られるようになって、すぐにキングちゃんといっしょに出走できるなんて、うれしいな!
久しぶりだよね! キングちゃんと一緒に走るの!」
「全く、感謝なさいな。この私があなたの為に、わざわざダートレースを走ってあげるんだから。
ああもう、想像するだけでも憂鬱だわ。砂、舞いすぎなのよ……」
私は軽症だったので数日で退院したけれど、その後もウララさんの様子は毎日見に行っていた。
だけど、ウララさんの病室には、いつも必ず誰かがいた。スペシャルウィークさん達だったり、オペラオーさんだったり、クリーク先輩だったり……ライアンさんだったり。
『ウララちゃん! あたし、頑張ってみるね!
君みたいにどんなに厳しくても堂々と、夢を駆けてみるよ! 絶対に……絶対に、一着になってみせる!!』
なんて、妙に熱く語っていたライアンさんが懐かしい。
そんな入院生活と苦しいリハビリを乗り越えて……晴れてウララさんは今日ここ、地元の高知レース場での復帰戦へと出向いていたのだった。
「ほら、そろそろ行きましょう。 準備はいい?」
「うん! ……あ、待って!」
だけど。いよいよパドックに出ようとした私を、ウララさんは引き留めて。
「キングちゃん」
――そして、振り向いた私の胸の中に、ぽすっと飛び込んできたのだった。
「いつも、ありがとね。
……キングちゃん、大好き」
……いつかの朝にも、言われた言葉。
あの頃とは、状況も、重みも、違うけど。
「……ええ。
ずっと、一緒にレース場に立つ権利をあげるわ」
これからも、きっと乗り越えていける。
私が一流である限り。ウララさんが、本気で走る限り。
「さあ、今度こそ行くわよ!
勝負よ、ウララさん。一流の走り、見せてあげる!」
「うん、行こう!
キングちゃんも、みーんな、ワクワクさせちゃうよ!」
高知レース場はその日、歴代最多動員数を更新したそうだ。
了
あら、もう有馬記念まで終わっているじゃない。続くかは分からないけれど、今後どうすればいいか、考える権利をあげるわ!
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ウララ編(翌年の有馬でオペラオーと激突)
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